第7話 冷たい彼の目

 抱えている問題は、三つ。


 一つは、連続失踪事件。

 一つは、光坂さんへのストーカー事件。

 一つは、僕の女装案件。


 最後!!!!


「景清、覚悟は決まった?」

「ねぇ、これ僕じゃなくても問題無いヤツですよね?」


 時刻は午後四時。事務所の椅子に縛り付けられた僕は、化粧具両手にやる気満々の柊ちゃんに訴え続けていた。

 ほんとこれ、僕じゃなくていいだろ。それこそ柊ちゃんとか……。


「イヤよ。だってソイツ佳乃のこと嫌いなんでしょ? 会いたくないわ」

「じゃあ藤田さんは?」

「アイツね、今論文の締切が迫ってるみたいで連絡すらつかない」

「っていうかなんで今から女装しなきゃならないんですか! 会うのは明日なんだから明日やれば……!!」

「アンタ女装ナメてるでしょ。いくら外見を女性に近づけた所で、本人が自分は女の子だと自覚しなきゃただのスカート履いたイタい男が出来上がるだけなの。わかる?」

「……そ、その理屈は分かりますが」

「だから、アンタには今日のバイトが終わるまで女の子として過ごしてもらうわ」

「なんでだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 特訓まで込みとか、コレ本格的なヤツじゃねぇか!

 女にされる! 柊ちゃんに女の子にされる!


 しかし本気になった柊ちゃんはとても怖かったので、それからの僕は抵抗をやめて大人しく彼女のオモチャになることにした。脳内で給料のことを考え気を紛らわせていれば勝手に時間は過ぎていく。大丈夫大丈夫。心が死にそう。


 そうやって僕と柊ちゃんがドタバタやっている横では、曽根崎さんと光坂さんが何やら話し込んでいた。


「……つくづく景清君にはご面倒をかけますね。代わりに私が、曽根崎さんの恋人役をやれれば良かったのですが」

「気にするな。今の君がそれをやってしまうと、彼女の火に油を注ぎかねない。できるだけ離れておくのが賢明だろう」


 彼女とは、あのグラマラスな女性・奈谷さんのことを指している。何故か光坂さんに対して攻撃的だったが……。


 曽根崎さんは深くソファーに座り、ゆっくりとした口調で光坂さんに言った。


「……さて、君からは、奈谷氏についていくつか聞かせて貰わねばならない」

「はい」

「彼女はよほど君を目の敵にしているな。あれはいつから、どういうキッカケでああなったんだ?」

「ええと」


 光坂さんは、頬に手を当てて考える。


「……それが、よく分からなくて」

「分からない?」

「はい。奈谷さんは元々私のお客様の一人だったんですが、当時はとても親しくしていましたから」

「……しかし、彼女は一年前に占い師に転職している」

「ええ。その時も、二人でお祝いパーティーを開くぐらい仲が良かったんです」

「だとしたら、何故あれほど険悪に?」

「……」


 光坂さんは、黙って首を横に振った。それも分からない、という意味であろう。


「……彼女が占い師になって、数ヶ月した頃でしょうか。徐々に私に対してアタリが強くなっていきました」

「ほう」

「私のお客様を自分のものにしたり、私の悪い噂を流したりですかね。あとは面と向かって、汚い、醜い、など悪口を言われたこともありました」


 涼しい顔で言う光坂さんだったが、その内容を聞いた僕は柊ちゃんがどんな反応をするか気が気ではなかった。しかし彼女は僕の女装メイクに夢中で、話の一片も耳に入っている様子はない。


 ……曽根崎さんが僕を椅子に縛り付けてまで、女装を柊ちゃんに依頼した理由はコレか。

 彼の目論見がうまくいって良かった。僕は何一つ良くないけど。


 光坂さんは、俯いて静かに言葉を続けていく。


「……何度も訳を話すよう、私は彼女に迫りました。ですが未だに事情は不明なままです。彼女曰く、私が自分で気が付かなければ意味が無いと」

「しかし、肝心の君に心当たりは無い」

「はい。……恥ずかしながら」

「心配するな。明日その辺りも含めて探りを入れてくるよ。君はできるだけ彼女を避け、しかし態度は変えぬよう気をつけて接してくれ」

「わかりました」


 口には出さないが、曽根崎さんはストーカー事件の容疑者を奈谷さんに定めて物事を考えているようだった。でなければ、彼がここまで彼女にこだわる道理がない。


 そして忘れてはならないのが、光坂さんが視線を感じ始めた時期と最初の失踪事件が起こった時期の一致だ。光坂さんと奈谷さんが繋がれば、二ヶ月前から始まるこれら二つの事件の相関が見えてくるかもしれない。


 ……そういえば。


 僕は、占い館で拾った水晶のことをふと思い出した。あれやこれやあったので、ポケットに突っ込んだまますっかり忘れていたのである。

 取り出し、見つめてみる。柊ちゃんはウィッグと服を取ってくるとかで自分の車に戻っていったので、思う存分調べることができた。


 八面体の水晶は綺麗に磨かれており、部屋の光を反射してキラキラしている。結構な重さがあり、こういったものにありがちな安っぽさは感じなかった。


「……」


 ところで、僕は万華鏡が好きである。お土産屋に行ったら絶対に手に取るし、昔はよく自分で作っていたものだ。


 だから、自然とその行動を取ったのだと思う。


 僕は、水晶を右目に当てて、曽根崎さんを覗いてみたのだ。


「ハッ……うわっ!?」


 しかし、覗き込んだ先の景色は、僕が想像したものと違っていた。慌てた僕はクリスタルを取り落とし、ゴトリと鈍い音を部屋に響かせる。


「どうした、景清君」


 曽根崎さんがこちらを見る。ショックが収まらない僕はなんとか呼吸を整えつつ、「なんでもありません」と返した。


 ――あれは、何だったのだ。


 落とした水晶を拾い、こわごわとまた曽根崎さんを見てみる。しかし、今度は何も変わったことは起きなかった。


 それなら気のせいだ。これは女装に心を乱された僕の白昼夢だったのだと思い込もうとする。

 だというのに、どうしても悪寒のような震えを止めることができなかった。


 ――水晶越しにソファーに座っていたのは、目の下のクマもなく、頭も今ほどもじゃもじゃではない、若い曽根崎さん。


 それだけでも異常なことだったのに、あろうことか僕は彼と目を合わせてしまったのだ。


 ――その光彩が見えぬほどの黒い目は、ゾッとするほどに冷たかったのである。

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