第6話 そういうテイ

 そんなわけで、アレな現場を目撃してしまった僕は、ひとまず状況を観察することにした。


 ――曽根崎さんの顔は、引きつった笑みを浮かべている。ということは、きっとこの状況は彼の本意ではないのだろう。

 それが分からない僕ではないのだが……。


 肉感的な体を、余すところなく曽根崎さんに押しつけている女性を見る。あんな役得状態でヤツが困っているということは、相当厄介な相手なのだろうか。


 ……関わりたくねぇな。


「景清君」

「なんですか」

「頼む、この事は君の姉さんには言わないでくれ」


 姉さん?


 一人っ子である僕は、彼の言葉に戸惑い口をつぐんだ。この人は何が言いたいのだろう。

 困惑する僕の様子を察したのか、曽根崎さんは言葉を足してくれる。


「……私は彼女にプロポーズしようと思っていたんだ。誤解とはいえ、君の姉さんに余計な心配をかけたくない」


 あ、なるほど。僕が曽根崎さんの恋人の弟というテイで、話を合わせろということか。


 やっと彼の意図を理解した僕は、肯定の意を伝えるべく小さく頷いた。そして、一歩前に出る。


「……浮気相手を抱き締めたまま言い逃れをしようとは、いい度胸ですね。そろそろ手を離したらどうですか?」

「あら、貴方は?」


 まるで初めて気づいたといわんばかりの態度で、女性は僕に顔を向けた。

 ……柊ちゃんとはまた違ったタイプの美人だ。長い睫毛は黒目がちな目をより艶やかに見せており、ウェーブのかかった栗色の長髪からはコロンの香りがする。普通の男であれば、彼女が視界に入っただけでクラリとしてしまうことだろう。


 そして、それは僕とて例外ではない。

 だが悲しい哉、今の目的はオッサンの救出だ。この色気は無視する。


 腕組みをし、無愛想に女性に言った。


「僕は、その不審者の恋人の弟です。たまたま占い館に遊びに来てみれば、曽根崎さん、なんて不埒なことをしてるんですか」

「景清君、せめて話を聞いてくれ」

「言い訳は僕の姉さんの前でみっちり聞かせていただきます。……ほら、あなたもいつまでくっついてるんです。これ以上密着してるってんなら、凄まじい解像度を誇るスマートフォンのカメラで貴女方二人を撮影しますよ。録画もしますよ。実況も入れますよ。最後は上映会を開催しますよ」

「……まぁ」


 僕の脅しに、ようやく女性は曽根崎さんから離れた。だがまだ右手は彼の胸辺りに添えられており、上目遣いで可愛らしく拗ねてみせる。


「悪い人……。恋人がいらっしゃるなんて、一言も仰らなかったじゃないですか」

「聞かれませんでしたから」


 そう言う曽根崎さんは不敵に微笑んでいた。あれは結構動揺している時の顔なのだが、相手からすると余裕があるように見えるのかもしれない。

 表情が上手く作れないというのも、使いようである。


「景清さん、曽根崎さんは転びそうになった私を支えてくれただけなのです。どうか彼を信じてあげてください」

「転んだだけなら、あんな長時間抱きついてる必要は無いですよね。はいギルティ」

「惚れ惚れするぐらいの一刀両断だな」

「うるせぇ諸悪の根源。ほら行きますよ、曽根崎さん」

「はい、すぐに。……」


 返事は早かったが、曽根崎さんがこちらにやってくる気配は無かった。

 恐らく、これも何か考えがあっての事だろう。そう判断した僕は、角を曲がった所で足を止め、壁に張り付いて聞き耳を立てることにした。


「……ああ、どうしてくれるんですか」


 曽根崎さんの嘆き声だ。わざとらしい。


「これで私は彼女に激怒されるでしょう。大変だ。あの人は怒ったらまともに人の話を聞かなくなるんです」

「すみません……私のせいで」

「ええ、本当に迷惑に思っていますよ。……しかし、そもそも貴女は、どういう理由で私に運命を感じたのですか? 先程も言った通り、こうして私には結婚を決めていた恋人がいたというのに」


 え、あの人曽根崎さんに運命感じちゃってたの?

 なんでだろう。めちゃくちゃ視力が悪いのかな。


「……それは」

「それは?」

「……前世で私達は夫婦だったからです。とても強い結びつきだったので、今生でもまた夫婦になれると期待してしまいました」


 なんだその理由。

 いまいち腑に落ちかねる僕をよそに、曽根崎さんは短く返した。


「なるほど」


 ……納得できるんだ……。


 適応力の高い曽根崎さんは、彼女の言い分を踏襲した上で自分の見解を述べる。


「……であるならば、貴女という運命を越えてまで出会った私と彼女は、とてつもなく強い絆で結ばれているのかもしれませんね」

「え?」

「明日、改めて貴女を訪ねても構いませんか。……はっきりさせましょう。貴女の運命と私の恋人の運命、どちらが上にあるのかを」


 ん?

 え?


 僕は曽根崎さんの提案が飲み込めず、その場で当惑した。それは彼女も同じだったようで、相槌すらも聞こえてこない。

 けれど外野の反応に鈍い曽根崎さんは、そのまま続けた。


「本当なら、この誤解を解くよう私の恋人に貴女から説明してもらいたいのです。ですが、貴女は私に運命とやらを感じているのでしょう? ならば直接、私と彼女の関係を見定めていただくしかないかと。その上で、貴女との結びつきの方が強いと言うなら、私は潔く彼女と別れ、貴女の恋人になろうと思います」

「……」


 つまり、あれか。

 恋人と女性占い師、それぞれの相性を占って、より良い結果が出た方と付き合うってことか。


 なんとも虫のいい話を淡々とする曽根崎さんに、やっと彼の言を解した女性の挑発的な笑い声がかぶさった。


「そんなの……私との縁が勝るにきまっていますわ。占うまでもないくらい……。そんな過程なんて飛ばして、もう私とお付き合いしませんこと?」

「あいにく私の恋人は粘着質な人でしてね。そう易々とは私を手放さないでしょう。それこそ、目の前で敗北を突きつけられない限りは」

「……」

「まあ突然の申し出です。貴女にも都合というものがある。……どうしても会えないというなら、仕方ない、ここは光坂さんに事情を説明して占ってもらうとしましょうか」


 曽根崎さんの口から彼女の名が呼ばれた瞬間、僕にも分かるほどにピリッと空気が張り詰めた。

 その出どころは、どこなのか。姿が見えなくてもはっきりと知れた。


 数秒の沈黙のあと、低い声で女性は言う。


「……私が、占いますわ」

「おや、構わないんですか? 光坂さんには今日プライベートでも会う予定なので、その時にでもと思ったのですが……」

「私が! 占うと言っているでしょう!!」


 豹変した女性の大声にビリビリと鼓膜が震えた。あまりの大声に、空き時間を持て余していたのだろう占い師がドアを開けて出てくる音がする。


 ここが切り上げ所のようだ。


「……ではまた明日、この時間によろしくお願いします」


 言い捨てるなり、曽根崎さんは僕のいる角へと逃げてきた。残された女性へのフォローは当然無しである。酷い男だ。


 僕は足を動かしながら、今しがた運命の人に出会ったらしい不審者面に問いかける。


「……なんであんな演技をしてまで、まどろっこしい約束を取りつけたんですか? 普通に話をしてくれば良かったのに」

「彼女の誘いがあからさま過ぎて、罠の可能性もあった。よって、事前対策を取り、こちらの手数を増やした上で出直すのが最善と結論づけたんだ」


 僕があの場所に行くまでにどんなやり取りがあったかは知らないが、そういう考えなら納得しておこう。


 しかし……。


 ざわつき始めた占い館を早足で抜ける。その間、僕はずっと気になっていたことを曽根崎さんに質問した。


「曽根崎さん」

「なんだ」

「どう考えても怪しいあの人に面会する僕の姉とやらは、どこで調達するおつもりなんです?」


 この疑問に、彼はパンと両手を僕に向かって合わせ頭を下げた。


 あ、コレ悪い流れだ。


 そして、すぐに嫌な予感は的中する。


「頼む、景清君! 三万円で女装してくれ!」

「やっぱりかよ!! お断りだ!!」

「じゃあ二万円で一日私の恋人になってもいいメンタル強めの何が起こっても絶対に他言しない友人を一人生贄に差し出せ」

「いるわけないだろ、そんな人間! そんでなんで一万円値引いた!?」


 とりあえず、この件は保留である。僕と曽根崎さんは、長居し過ぎた占い館をとっとと後にしたのだった。

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