第4話 占い

 光坂さんの柔らかな手が、テーブルに置かれたカードの束に重ねられる。その動作をぼんやりと見ていた僕は、「では、何について占いましょうか」という彼女の優しい声でハッと正気に戻った。


「えーと……特に何も考えていないのですが」

「なんでも構いませんよ。明日の運勢でもいいですし、好きな子がいるなら相性占い、勿論他に悩みがあるならそれについても占えます」

「うーん」


 悩み、か。

 あるにはあるが、それをそのまま光坂さんに伝えるのは、僕にとっていささか勇気のいることであった。


 黙ってしまった僕に、光坂さんは微笑む。


「悩みを伏せたままでも占えますよ?」

「そうなんですか?」

「ええ」


 タロットカードが広げられる。彼女に誘導され、僕は自分の手でカードを混ぜた。


「ただし、そうなると、私ができるのはカードの示す結果を伝えることのみです。なので、解釈自体は景清君の方でお願いしますね」

「わかりました」

「では、頭の中で悩み事を問いかけてください」


 カードが一つの山にまとめられ、そこから更に数回切る。そして何らかのルールに則って、一枚一枚光坂さんが並べていった。

 丁寧にカードに触れる彼女の白い指が、色の暗いテーブルにやけに映えている。


「見ていきますね」


 並べ終わったカードが、彼女の手によって露わになっていく。その内の数枚は、絵柄の上と下が逆になっていた。


 光坂さんはじっと全体を眺めている。が、やがて下の方に置かれたカードを、労わるように撫でた。


「……今の景清君は、 “ 献身 ” の人」


 確信めいた小さな声に、僕はドキリとして顔を上げる。彼女の目線は、左足首を縛られて笑う男のカードから離れない。


「状況が混沌としていく中、貴方はなんとかそれを繋ぎ止めようと問題解決に心を砕いているのでしょう。きっとそれほどまでに、貴方を悩ませるものは失い難い」

「……」

「必死で力を尽くしている時は、やれどもやれども足りないと思うものです。けれど、時としてその強迫観念は行動を過度にする。貴方の気持ちは相手の方に伝わっていると、そう信じてください」

「……」


 僕の心臓はドクドクと高鳴っていた。いっそ口から出してしまえるならば、いくらか楽になったかもしれない。


 光坂さんの言葉は抽象的だ。それなのに、どうしてここまで核心を突いてくるのだろう。


 ――この人は、頭の中を読む。


 昨日曽根崎さんに言われた一言が、僕の脳内に蘇った。


「だけど、そうですね」


 しかし、光坂さんの占いはまだ終わっていない。僕は姿勢を正し、彼女の声に耳を傾けた。


「……伝わっているからこそ、相手は秘匿するのかもしれません」


 光坂さんの手は、魔術師のような服を着た老人のカードに当てられている。


 ――伝わっているからこそ、秘匿する?

 その言葉に、僕は今になってやっと、曽根崎さんが巨体のバケモノと対峙した時のことを思い出した。


『――私では、長く楽しめないと』


 あの言葉の意味は、何だったのだろう。


「……貴方の抱える問題は入り組んでいます。心が折れかねない障害も起こり得るでしょう。あるいは、最も恐れる事態が目の前に迫るかもしれません」

「……はい」

「それでも、景清君は手を伸ばしてください」


 光坂さんは、しっかりとした口調とは裏腹に、柔らかい表情で僕を見つめていた。


「耐えて、耐えて、これは試練の時と捉えて、諦めない。そうすればその先にきっと、景清君の幸福があります」

「……」

「以上が、私がこのカードから読み取れることです。他に何か聞きたいことはありませんか?」

「……いえ」


 半分魂が抜かれたような僕に、光坂さんは笑いかけた。そして近くに置かれたポットからお茶を入れ、差し出してくれる。


「お疲れ様です、景清君。良かったら飲んでください。喉が渇いたでしょう」

「あ、はい……」


 なんだか体に力が入らなかった。悪い結果ではないはずなのに、それ以上に得体の知れない不安が僕を襲っていた。


 頭を振って、温かいお茶を流し込む。多少不安も飲み下せた気がした所で、頭を下げた。


「……ありがとうございました」

「いえいえ、よかったらまたどうぞ」

「……貴重な体験でした。占いって初めてだったんですが、面白かったです」

「ふふふ、私だってただの無名先生マニアじゃないんですよ?」


 光坂さんは得意そうに胸を張る。

 ……それ、あまり公言しない方がいいんじゃないかな。彼女には悪いけど、どちらかというと悪趣味に入る部類だと僕は思う。


「そんなにいいもんですか、あの人の書く話」

「いいなんてもんじゃないですよ! なんですか? 語りましょうか? 入門編なら『ミニスカ妖怪退治シリーズ』がおススメですが……!」

「それだけは勘弁してください。ただでさえあの主人公、僕がモデルだってのに……」


 言ってすぐに後悔した。

 それまでほんわかとしていた表情の光坂さんであったが、僕の言葉を聞いた瞬間ギラリと目が輝いたのである。


 動物的な本能で逃げようとしたが、その前にがしりと両肩を押さえられた。


「景清君……」

「なななななんですか」

「……少し、お話しをしましょう」


 拒否権などあろうはずもない。


 それから僕は、みっちりと光坂さんの質問責めをくらい続けたのであった。

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