番外編 チキチキ古今東西枕投げ対決
「第一回! チキチキ古今東西枕投げ対決ー!」
「わー!」
「いやいやいやいやいや!?」
藤田さんの掛け声に、沸き立つ浴衣の男ども。
なんやかんやあって、僕らは柊ちゃんに手配してもらった温泉旅館に来ていた。
いつもと違って嗜む程度のお酒に控えていた藤田さんだったが、夜十時を迎えたころにおもむろに立ち上がる。そしてオモチャのマイクを片手に、高らかに宣言したのであった。
「ルールは至ってシンプル! 二分間、一対一で枕を投げ合い、先に布団に沈んだ方が負け! なお枕を投げる際には古今東西ゲームを行い、答えに詰まっても負けとする!」
「賞品!! 優勝者には賞品が出るんでしょうね!?」
これは酔いが回った柊ちゃんの言である。いつもは背中に流している長い黒髪が今日は結い上げられており、白いうなじが色っぽい。そんな彼女に負けず劣らずの艶かしい流し目で、藤田さんは答える。
「いくつかご用意しておりますが、目玉はこちら! 柊ちゃん知り合いのポルノ雑誌社長に無理矢理書かされたという、曽根崎慎司さんによる官能小説でございます!!」
「うわ、とっくに廃棄したと思ってたのに」
「同じ人類が書いたとは思えない、性癖の魔境、エグすぎて逆に哲学といった感想を受け、残念ながらボツとなったこの小説原稿を優勝賞品とします!」
「ヤッタわ! 読んでみたかったのよね、あれ!」
「今から藤田君ごと燃やしていいか」
茶封筒を天井に突き上げる藤田さんに、曽根崎さんがライターをカチカチさせながら寄っていく。それを阿蘇さんと押しとどめながら、なんとか宥めた。
「と、いうわけで、事前に作っておりましたトーナメント表の通り参ります! まずは阿蘇VS柊ちゃん!」
藤田さんの合図で、阿蘇さんと柊ちゃんが向かい合う。
「……賞品には露ほどの興味もねぇが、やるからには本気でいくぜ。恨みっこなしだ」
「モチロン。すぐにお布団にキスさせてあげるわ」
睨み合う二人に割って入るように、枕を持った藤田さんの右手が振りあげられる。
「それでは古今東西……景清の好きなところ! ファイッ!」
「ふぁいっ!?」
なんだよ、そのお題!? 動揺する僕を尻目に、宙に放たれた枕をまず掴んだのは、阿蘇さんだった。
「……真面目なところ!」
始まってしまった。抉るような鋭い投球にも関わらず、柊ちゃんは体で枕をキャッチし持ち直す。
「顔!」
「声!」
「まとも!」
「クソ兄の世話をしてくれる!」
「ボクと遊んでくれる!」
「俺の料理を美味しそうに食べてくれる!」
「根性がある!」
目で追うのがやっとの速度で交わされる枕の応酬も見応えがあるのだが、それよりもベタベタに褒められるこの環境は大変僕の心臓に悪かった。藤田さんに泣きつき、懇願する。
「藤田さん、これストップさせることはできませんか!? 羞恥で死にそうです!」
「オーケー! そうでなくともこの二人、身体能力高いから永遠に終わらなそうだしね。お題変更といくか!」
藤田さんは柊ちゃんの手から鮮やかに枕を掠めとると、再び二人の頭上に放り投げた。
「古今東西……曽根崎さんの好きなところ!」
「げ」
「え、ちょ」
パッと身を引いた阿蘇さんと、うっかり枕を掴んでしまった柊ちゃん。この時点で、勝敗は決してしまった。
「えーと……」
「3、2、1、はいアウト」
「あ、締切守ってくれる」
「遅い、残念。阿蘇の勝ち」
「よし」
「なんだよ君達。そんなに私の長所が出てこないか」
ふてくされる曽根崎さんだったが、皆一様にスルーした。無いことは無いのだが、こう、すぐには出てこないのである。まあ阿蘇さんには本当に無いのかもしれないが。
続いての対戦は、曽根崎さんと藤田さんだった。
「布団に沈めることに関しては、オレの方に分がありますよ」
「そうかい? 私もまあまあ得意だよ」
レフェリーを引き継いだ柊ちゃんは、アーモンド型の目を細めると、勢いよく枕を上にぶん投げた。
「古今東西……今まで付き合った子の名前!」
「カナデちゃん!」
バレーボールでいうところのアタックで、藤田さんは曽根崎さんに枕を叩きつける。曽根崎さんも、トスの要領で枕を受けた。
「ツバサ」
「ハナコちゃん!」
「イツキ」
「アカリちゃん!」
「アオイ」
「コノミちゃん!」
「スバル」
……。
これも勝敗がつかないお題だな?
「ついでに嘘をついてもバレないな?」
「景清、気づいちゃった? ボクも同じこと思ってたの」
「お題変えましょうよ」
「そうね。よいしょ」
だからなんで藤田さんにしても柊ちゃんにしても、あの速度の枕を難なく片手で取れるんだろう。以前枕投げの選手でもしてたんだろうか?
頬に指を沿わせてお題を考えていた柊ちゃんだったが、ようやく思いついたのか顔をパッと明るくした。
「古今東西っ! 好きなAVのシチュエーション!」
内容は割愛する。
が、曽根崎さんの書いた官能小説に俄然興味が湧いたことは事実だ。
いや、だってあのシチュエーションとあの性癖が合致した小説って何なんだろう。ジャンル何? SF? ホラー?
とにかく、そんな彼らの恋人をやっていたらしい、前半戦に挙げられた名前の方々が心配である。精神的な面でも肉体的な面でも。
そんな救い難い勝負の軍配は、藤田さんに上がった。一度、曽根崎さんが枕を受け損ねたのである。
「景清君、後は任せた」
「受けたくねぇバトンだな……」
布団に仰向けに寝転んだ曽根崎さんの手を叩き、僕は藤田さんに向き直る。
「ま、変態ド下ネタ野郎に引導を渡してやりますよ」
「来なよ、景清。かわいがってあげる」
「位置についたわね!? それでは、古今東西……」
枕を取る気は無かった。まず、藤田さんの出方を見るのだ。
「――言われてみたい愛の言葉!」
「だから何でさっきから合コンのノリなんだよ!?」
ツッコんでいる間に、藤田さんが枕をキャッチし、僕に投げてきた。
「“ 藤田さん、抱いてください ” !」
「言うかボケェ! えーと、“ 借金全部払うよ ”!」
「“ 毎日ご飯作るよ! ”」
「“ 世界で一番好き! ”」
「“ オレの方が好きだよ! ”」
「“ これ換金したら一億円だよ! ”」
「ちょっと待て、それ愛の言葉かな!?」
「愛の言葉ったら愛の言葉だ! 僕にとって愛と金は表裏一体なんだよ!」
「守銭奴の暴論は見苦しいな! でも “ そんなとこも可愛いね! ”」
「うげ、セリフ混ぜてきやがった!」
不意をついて飛んできた枕を辛くも受け取る僕だったが、バランスを崩し布団に倒れそうになる。しかし、そんな僕の背を押し戻した手があった。
「……うちのお手伝いさんにそんな卑怯な手を使うなんて、雇用主としては見過ごせないな」
「曽根崎さん!」
「おっと、二対一は卑怯じゃねぇとでも? ……だったら俺は、弱きを助ける警察官として、一に味方せざるを得ねぇぜ」
「阿蘇さん!」
目つきの悪い兄弟が飛び入り参戦し、まさかの二対二の対決になってしまった。レフェリーの柊ちゃんは親指を立てている。ノリノリだ。
「そんじゃ、デカダン腐れ縁チームVSモラルハザード事務所チームで二回戦、いくわよ!!」
「なんて悪意のあるネーミングだ」
「誰がデカダンだよ、誰が」
「古今東西ぃー……」
柊ちゃんが枕を上に投げる。それを僕ら四人は、息を詰めて見守っていた。
「……相方へのクレーム!」
枕に四人が殺到した。こうなると、身長の高い曽根崎さんが有利である。阿蘇さんに狙いを定めながら、彼は勢いよく枕をぶん投げた。
「いくぞ。……景清君、もっと自分の身を大事にしろ!!」
「すいません!」
意外な剣幕に謝ってしまった。
そして枕は阿蘇さんの手に渡る。目は僕を見ているが、そのクレームの矛先は藤田さんだ。
「藤田ァ! お前ほんともう……! もう、ほんとマジでいい加減にしろ!!」
「ぶふぇっ!?」
クレームだけじゃなく枕の矛先も藤田さんだった。蓄積した怒りのあまり、コントロールがブレたのだろうか。
「やりやがったな、阿蘇……!」
「すまん、手元が狂った。ほら早く投げろ」
「後で景清ごと抱き潰してやるから、覚えてろよ!」
「ギャアア僕を巻き込まないでください!」
後ほど藤田さんの簀巻きを作らねばならないと覚悟しながら、投げられた枕を受け止める。次は僕の番だ。
枕を振りかぶり、曽根崎さんを見つめた。
「……僕がいなくても、三食しっかり食べろ!」
「君もこっちに投げるのか!?」
流れでぶん投げてしまった。やはりこれはお題がまずいのではないだろうか。
難無く受け止めた曽根崎さんは、ムスッとした顔で僕に枕をぶつけてくる。
「食欲湧かないんだから仕方ないだろ!」
「じゃあもう僕とか阿蘇さんの写真でもテーブルに置いてそれ見て食え!」
「嫌に決まってるだろ! 女房に先立たれた夫か私は!」
「嫁貰え、嫁!」
「ンなあっさり貰えるもんなら苦労はないんだよ!」
段々と激しさを増すやり取りの中、僕の横っ面に小さめの枕が飛んできた。
振り返ると、そこにいたのはにこやかな藤田さん。
「……叔父さんも甥っ子と遊びたいです」
「いくつだよ、アンタ!」
「ボクも遊びたいわぁ! 混ぜて混ぜて!」
「よし、こうなりゃ最後に立ってたヤツの優勝ってことで」
「それ阿蘇さんが一人勝ちするヤツだ!」
「まずは一人目、クソ兄死ね!」
「ごふっ」
「曽根崎さん死んだー!!」
混戦状態と化した枕投げは、複数人で阿蘇さんを封じたり、ずっと酒を煽っていた柊ちゃんが勝手に自滅したり、僕の禁断の肘鉄により藤田さんが沈んだりした結果、まさかの僕の一人勝ちとなった。
死屍累々となった部屋を見回し、一つ思い出した僕は藤田さんの足元に落ちていた茶封筒を拾い上げる。
……優勝したんだから、僕のものだよな?
茶封筒の紐を解き、中の原稿を引っ張りだす。ミミズののたくったような酷い字だが、不思議と僕には読めてしまった。目で字を追いながら、僕はある感情に口元を手で覆う。
その後の詳細は伏せる。僕にだって、言わないでおきたい話ぐらい、あるのである。
番外編・完
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