第23話 翌日の村役場
「――と、これが第五地区で起きた全貌になります」
翌日、曽根崎さんと僕は多間村の村役場に来ていた。ここの村長に、第五地区で何が起きたかを説明するためである。
阿蘇さんは柊ちゃんの病院の付き添いに行き、藤田さんは役場の外で待ってくれていた。
村長は終始蒼白な顔で話を聞いていたが、曽根崎さんの締めの言葉にとうとう両手で顔を覆うと、長い息を吐き出した。
「……ツクヨミ財団の方から、事前に話は伺っていましたが……」
まさか本当にあのバケモノ共を潰してしまうなんて、と彼は続ける。その声には、代々脈々と継がれてきたのだろう恐怖への疲弊が見て取れた。
「こんなことなら、もっと早く解決に乗り出し動くべきでした。……第五地区は、決して表出してはならないタブーだと聞かされ続けてきたのです。見ぬフリをし、素知らぬ顔で受け入れろ、と」
「そうすれば、危害は加えられないと?」
「ええ。……下手を打てば、あの中に取り込まれてしまう可能性もあった。村を統括する者としては、たとえ外部の人間を犠牲にしても、他の村人を守らねばならない。それが村長たる者の呪いだと、前任者にも強く言われておりました」
「そうですか」
「……軽蔑されるでしょう。村人を守る為に、何の罪もない青年が犠牲になるのを見過ごしてきただなんて」
責められるのを待っているかのような、そんな自虐的な言葉だった。しかし、曽根崎さんは一切興味が無さそうに長い足を組み替える。
「別に。私がこの話をしに来たのは、あなた方の道徳観を弾劾したいからではありません。第五地区の後始末について相談し、口裏合わせをする必要があったからです」
「ええ、それはわかってはいるのですが……いや、お恥ずかしい。まだ我々が第五地区から解放されたのが信じられず……」
きまり悪そうに頭をかく村長に、僕は胸の内が痛むのを感じた。
――きっと、彼は許しが欲しかったのだろう。長年にわたる重責と、それに付随する罪の意識に。
しかし、あくまで曽根崎さんは “ 怪異の掃除人 ” だ。怪異を消すことはできても、巻き込まれた人のケアまでは範疇にない。
そして、僕にもできないのだ。僕のような若造が何を言った所で、この人の背負ってきた荷を下ろすことなど不可能である。
それが多少なりともできる人間がいるとするなら、事件を解決した彼だけだ。
「曽根崎さん」
「なんだ」
僕は、無表情にソファーに腰掛ける曽根崎さんに目線を送った。それに少し迷惑そうな顔をした彼だったが、組んだ足を解き座り直すと、村長をまっすぐ見据えた。
「……何にせよ、呪いは終わったのです。あなたはもう、犠牲者の悲鳴を夢に見ることもなく、愛する村の住人に枷を課す必要も考えなくていい。まあ、人が死んだ事実は変えられませんがね。それはそれとして受け止め、二度と同じことが起こらぬよう対策を施すしかない。……それで己の臨終の際に、できることはやりきったと思えれば、罪は贖えたようなものではないですか」
「……すみません。ありがとうございます」
魂が抜けたようにがくりとうなだれる村長に、曽根崎さんがこれで満足かと言いたげな目で僕を見た。それに僕は、小さく頭を下げて返す。
確かに、橋野さんはこの村に殺された。
僕だって殺されそうになった。
泣きながら大声で罵ってやりたい気持ちはある。罪悪感の鎖で一生縛り上げてしまいたい気持ちも。
だけど、それらは全て押し込めると決めたのだ。僕にも彼らにも、生きていかなければならない世界がある。
それに、何より――。
僕は、不審者面をした雇用主の顔を見上げた。
――曽根崎さんが終わらせてくれたものを、永遠に引っ張り続けることなど、誰ができようものか。
「では、心の整理がついた所で後処理について話しましょう。まずオカエリ様の祠ですが……」
僕とのやりとりが済んだと判断した曽根崎さんは、淡々と本題に移る。向かいに座る村長も、一つ頷いて背筋を伸ばした。
その話し合いは、一時間に及んだ。
村役場の外には、藤田さんの他に阿蘇さんと柊ちゃんもいた。
「柊ちゃん、大丈夫ですか?」
尋ねると、彼女は美麗な顔を憮然とさせて答えた。
「最悪よ! おでこは怪我しちゃうし、暴れ損なったし!」
「やっぱり暴れるつもりでしたか……」
「当然! ま、なんとかみんな無事みたいだし? 百歩譲ってヨシとしてあげてもいいわよ!?」
白いガーゼを額に貼りつけた柊ちゃんは、腰に手を当てて息巻いていた。全然元気である。ホッとしていると、温かな手が僕の頬に添えられた。
「な、なんですか?」
「景清」
「はい」
「……ごめんね」
僕の眼前にある柊ちゃんの眉尻が、申し訳なさそうに下がる。想像だにしない彼女の行動に、僕はきょとんとした。
「何の話です?」
「ボクがこんな話を持ってこなきゃ、アンタが巻き込まれることも、傷つくこともなかったわ。しかも、ボクってば途中から伸びちゃってて、何の役にも立てなくて。……ごめんなさいね」
「いえ! 話に乗ったのは僕ですし、柊ちゃんが責任を感じることなんて……!」
「だから、お詫びといってはなんだけど、別の温泉宿を予約しといたから」
――はい?
話が全く飲み込めない僕に、美しき友人は朗々と述べる。
「勿論シンジやタダスケ、おまけのおまけにナオカズも含めて一泊二日の温泉街ツアーに予約してきたわ! あ、料金は景清の分しか払わないから、アンタらは自腹でよろしくね」
「相変わらず勝手なことをする人間だな」
「シンジだって不完全燃焼でしょ? ボクはみんなで古今東西枕投げ大会をしたいわ」
「なんですかソレ。流行ってるんですかソレ」
またあの謎のゲームが開催されるのか。ただの性癖暴露大会にならねばいいのだが。
……なりそうだな。うっかり本音を言って茶化されないよう、適当に無難な事を言うイメージトレーニングをしておこう。
「……ところで柊ちゃん、今回のツアーのチラシ、あれはどこで手に入れたものだ?」
頭を悩ませる僕を脇に寄せ、曽根崎さんが柊ちゃんに尋ねる。
「村長に聞いたところ、あのチラシはまず一般には出回らないものらしい。そりゃそうだ、大っぴらに宣伝できるような代物ではないからな。だから目をつけた児童養護施設や支援団体だけに、ひっそりと少数配られていたそうだが……。その性質を考えると、君が入手できる経路があるとは思えない。どこで手に入れた?」
「ええと」
柊ちゃんは、細い指を自分の頬に這わせ考える。そして、答えた。
「……編集長の机よ。内容を読んで面白そうだったから詳しく聞いてみたら、道で出会った知らない男の人に貰ったんですって。会社の机に置いておけば、興味を抱いて勝手に持っていく者がいるだろう、なんて言われたらしいけど……」
――道で出会った男の人に。
そのなんでもない一言に、僕と曽根崎さんはハッと顔を見合わせた。
曽根崎さんの表情は、引きつった笑みになっている。
「……柊ちゃん、その男の容姿についてもっと話を聞いてないか」
「ちょ、ちょっと何よ。そいつがそんなに重要人物なの? 終わった話じゃないの?」
「いいから。教えてくれ」
「教えてくれったって……編集長もあまり覚えてないらしいのよ。……ああ、でも」
柊ちゃんの次の言を、僕は嫌な予感と共に固唾を飲んで待っていた。
まるでスローモーションのように彼女の唇が動き、言葉を紡ぐ。
「……確か、黒い手袋をしていたって言ってたわ」
僕の体に、ゾワリと怖気が走った。
――ああ、あの男だ。
――またしても、あの黒い男がゲームを仕掛けてきていたのだ。
僕と同じ回答を得た曽根崎さんは、口角を上げたまま怒りで凄まじい気を放っている。
柊ちゃんはそんな僕ら二人を見て、珍しく狼狽していた。――彼女は、黒い男について知らないのだ。曽根崎さんと阿蘇さんに正気を削る不気味な呪文を授け、曽根崎さんの命を弄ぶようなゲームを仕掛けてくる、謎に満ちた存在のことを。
「……ボク、やっぱり全員分の旅費もった方がいい?」
同じく険しい顔をしていた阿蘇さんと藤田さんに、彼女は恐る恐る問いかけたのだった。
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