第20話 扉を閉めろ
そうして、驚くべき速さで軽トラックは鉄扉の前まで戻ってきた。
あらゆる意味で決死の逃亡を乗り越えた僕と曽根崎さんは、互いの無事を目線で確認し、阿蘇さんを伴って急いで荷台から降りる。
「藤田さん、とりあえずありがとうございました」
「とりあえずって何?」
「柊ちゃんは大丈夫ですか?」
「呼吸に乱れは無いけど、気絶したまんまだね。一応後で病院に連れて行ってあげよう」
柊ちゃんは、助手席の下に押し込まれていた。荒い運転を耐えるための応急措置とはいえ、気絶したままなのは石で殴られたせいだけではないのだろう。
柊ちゃんを救出していると、曽根崎さんが鋭い目で覗き込んできた。
「モタモタしている暇は無いぞ。急いでこの扉を閉めなきゃならない」
「閉めるんですか?」
「そうだ、村人が追いついてくるまでにな。幸いこの扉は中から開けられないタイプのものだから、外から鍵を閉めてしまいさえすれば、中に閉じ込められる」
「で、ですが……」
鉄扉を見る。大きさにしても重さにしても、大人の男三人で閉められるかどうかは微妙な所だった。
だが、切り抜けなければならない。腹を括った僕は、曽根崎さんを見上げた。
「トラックで扉を引かせる、というのはどうですか?」
「採用しよう。君にできるか?」
「ええ、一応マニュアル車の運転免許証は持っています。まあ藤田さんにやってもらう方が確実でしょうが」
「力のある藤田君には扉を押してもらいたいから、君に頼みたい。だが抜かるなよ。トラックを降りるタイミングを誤り、外に出る前に扉が閉まってしまえば君は花婿に逆戻りだ」
「ふふふ、僕を誰だと思ってるんですか」
曽根崎さんの胸を拳で軽く叩き、僕は笑ってやった。
「――怪異の掃除人のお手伝いさんを、あまり舐めてもらっちゃ困ります」
それからすぐに行動を開始する。彼が何か言う前に、僕はトラックの荷台に積まれていたロープを使って扉の鍵穴とトラックを結びつけた。
運転席に乗り込んでエンジンをかけた僕に、藤田さんが割れた窓から首を突っ込んでくる。
「エンジンかかった? じゃあブレーキとクラッチを一緒に踏んで。それが済んだらミッションを1速に入れてサイドブレーキを戻してだな……」
「大丈夫ですよ! 危ないんでどいてください!」
「景清」
「なんですか!?」
「好き」
「ウゼェなぁこの叔父はホント!!」
藤田さんが脇に避けたのを確認し、僕はアクセルを踏む。少しずつ動き出した車に、握ったハンドルが汗で滑らないよう力を入れた。
やがて縄がピンと張りつめ、前進していた車体が反動に揺れる。僕は扉を押しているだろう曽根崎さんらを振り返り、声を上げた。
「力加減はどうですか!?」
「足りない! もう少しアクセルを踏め!」
「わかりました!」
「……よし、今の速度だ! アクセルを固定して帰ってこい!」
え、固定?
顔から血の気が引くのが分かった。……そうだ。いつまでも僕がアクセルを踏んでいるわけにはいかないのだ。なんでもっと早く気がつかなかったのだろう。
何か、何か固定するものは無いか。パニックに陥りそうになる僕に追い打ちをかけるかのように、洞窟の奥から村人達の声が聞こえてくる。
時間が無い。
何か、何か、何か。
うつむいた僕の目に、スニーカーが目に入る。考えている暇はない。僕はもどかしい手つきで靴紐をスニーカーからほどくと、車内に落ちていた石をアクセルの上に乗せ、紐で固定した。
「景清君! 急げ!」
うるせぇなぁ、こっちは忙しいんだよ!
僕はドアを開け外に出た。見ると、村人はほんの数メートル先にまで迫ってきている。――間に合うだろうか。靴下だけの足の裏を小石が裂くのも構わず、僕は全速力で走り逃げた。
徐々に閉まっていく鉄扉の隙間から、曽根崎さんの長い腕が伸びる。
「受け止める! 飛び込め!」
その言葉に、靴を履いている方の足で思い切り地面を蹴って体を宙に投げた。曽根崎さんの手が僕の腕を掴み、強い力で扉の外へ引き込む。彼の体に倒れこむと同時に、重厚な鉄扉は音を立てて閉まった。
だがまだ安心はできない。村人らが、鉄扉を開けようと体当たりをしているのだ。藤田さんがかんぬきをかけるが、木でできたかんぬき自体老朽化が進んでいるのか、ミシミシと心もとない有様である。
「曽根崎さん、鍵は!?」
「出してやるから早く降りろ!」
「あ、すいません」
体から降りた僕に、曽根崎さんは四本の鍵を手渡してきた。その鍵にはそれぞれ違う模様が掘られている。もっと古ぼけたものをイメージしていたが、それは真新しい金属でできていた。
「……柊ちゃんにお願いして、合鍵を作る道具を持ってきてもらってたんだ。どうやら、四種類の鍵を正しい場所に正しい順番で差し込まないといけないらしい。そこで君は鍵を持って扉の前に行き、576通りの組み合わせを片っ端から試してくれ」
「わかりま……576通り!?」
「頑張れ、君の幸運に私達の命がかかってる。オカエリ様や村人と記憶を共有したままの忠助が、一瞬でも正気を取り戻してくれりゃ話は早いんだがな。そんなわけで私と藤田君は忠助をビンタしてくるよ」
曽根崎さんは立ち上がり、扉の隣でピクリとも動かない阿蘇さんの元に走っていく。その前には、既に藤田さんがしゃがみこんでいた。
――可能なら、阿蘇さんの回復を待たずに僕が正しい組み合わせを引き当てることができればいいのだが。
僕、くじ運悪いんだよなぁ。
しかし嘆いている暇はない。なぜなら、今にも扉が破られそうだからだ。
僕は四つの鍵を握りしめ扉の前に立ち、深呼吸をして鍵穴にその内の一本を差し込んだ。
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