第19話 運転

「柊ちゃん!」


 なんで彼女が軽トラでここに!?


 驚いた僕だったが、それはオカエリ様に意識を操られる村人らも同じだった。

 狼狽する彼らに、地区長が怒鳴る。


「お……女を運転席から引きずり出せ!」

「させんよ。その前に、この卵諸共オカエリ様を爆破してやる」


 曽根崎さんの手には、どこから出したのやら短い塩ビ管が握られていた。それを全員に見えるよう彼は頭上に掲げる。


「見ての通りパイプ爆弾だ! 急ごしらえだが、家が一つ吹き飛ぶぐらいの威力はあるぞ!」

「待て! やめ……!」

「景清君、逃げるぞ! こいつはきっちり三分後に爆発する!」


 パイプ爆弾を穴の中に放り投げ、曽根崎さんはトラックに向けて走り出した。爆弾を取り出そうと穴に群がる村人らを避け、僕も急いで彼の後を追う。


「もういい! 思い知らせてやる……! 首を掻き切れ、藤田!」


 業を煮やしたのか、とうとう彼らにとっての切り札が切られた。しかし、地区長が命令を飛ばした先には誰の姿も無い。

 動揺する村人らに、爽やかな声がかけられた。


「――体を重ねてもないのに、そんな馴れ馴れしいのは好きじゃないなぁ」


 藤田さんだ。混乱する場に紛れ、彼は阿蘇さんを担いでとっくに軽トラックの元に逃げていたのである。


「藤田さんにも記憶の処理を施してたんですか!?」

「今日の昼にな。でなきゃ誰が公民館に忍び込んで録音を流せると思う?」

「阿蘇さんは……」

「忠助はまだ洗脳されている。襲われそうになったら頑張って避けつつ村人からも守ってやってくれ」

「難易度高くないですかソレ!?」


 軽トラックのタイヤに足をかけ、荷台に飛び乗る。しかし、オカエリ様の元に行かなかった村人が数名、車体にしがみついてきた。

 わらわらと伸ばされる手に、運転席の柊ちゃんがおののく。


「ちょっと! 何これゾンビ!?」

「ゾンビみたいなもんだよ。柊ちゃん、早く車を出せ」

「わ、わかった!」


 柊ちゃんは曽根崎さんの指示通り、クラッチを踏んで発進しようとする。が、それを邪魔せんとフロントガラスにべたりと男が張り付いた。


 その顔は悲愴に歪み、涙でぐしゃぐしゃになっている。


「やめてくれ! このまま発進されたら、俺は怪我をしてしまう!」

「じゃあ降りなさいよ!」

「ダメだ……ダメなんだ! 体が言うことを聞いてくれない! 発進しないでくれ……痛い思いをさせないでくれ!」

「な、何を言って……」

「嫌だ! 死にたくない! 動かないでくれ!」

「私にも気づいて! 私はタイヤの下にいるの! お願い! トラックが動いたら死んでしまうわ!」

「助けてください! 僕の父があの卵の中にいるんです! どうか爆弾を解除して……!」


 口々に上がる悲鳴に、僕と柊ちゃんは固まってしまっていた。


 ――なんだ?

 彼らに、個人の意思など無いのではなかったのか?


 僕の目に映る彼らは、僕と何も変わらない同じ人間のように見える。泣き惑い、望まぬ洗脳に従わされているように。

 それとも、これすらオカエリ様の罠だというのか?


 ――だが、もしも罠ではなく、曽根崎さんの推理の方が間違っていたのだとしたら?


 疑惑と不安が膨らむ中、曽根崎さんと藤田さんは、軽トラによじ登ってこようとする人々を容赦無く蹴り落としていた。

 これではキリがない。焦る曽根崎さんは、柊ちゃんに向かって声を張り上げた。


「柊! 発進しろ!」

「で、でも、今動かしたら、この人たちが……!」

「構うものか! このままじゃこちらが死ぬぞ!」

「……ッ!」


 覚悟を決めた柊ちゃんが、その美貌に痛いほどの苦悩を滲ませながらアクセルペダルを踏み込む。


 しかし、時既に遅しだった。


 男の振り上げた石に、運転席の窓がけたたましい音を立てて破られる。その石は、予想外の展開に反応が遅れた柊ちゃんの額をも捉えた。

 ガツンという嫌な音と共に、柊ちゃんの体がグニャリとハンドルに崩れ落ちる。


「柊ちゃん!」


 思わず身を乗り出した僕だったが、藤田さんに片腕で制された。


「阿蘇を頼む」


 そう言って荷台から飛び降りた藤田さんは、柊ちゃんを割れた窓から引きずり出そうとする男の頬を、手にしたナイフで切り裂いた。一拍遅れて、男の絶叫が辺りに響き渡る。

 藤田さんは自身の行為を省みることすらせず、男を押しのけるとそのまま運転席に乗り込んだ。


「オレが運転します! 振り落とされないよう掴まっててくださいよ!」


 彼の言葉に、僕は先ほどまでの思考を外に追いやることにした。阿蘇さんを引き寄せ抱え、片手で荷台の縁を掴む。曽根崎さんは、そんな僕らを守る為、荷台に這い上がろうとする村人を長めの木材で阻んでいた。


 そして、トラックは動き出す。ぐちゃりと何かが潰れる音と共に、ガクンと体が揺れた。


「――舌噛むから絶対口を開けんじゃねぇぞ。それじゃ行くよ!」


 藤田さんが合図を発した次の瞬間、僕は思い切り荷台に叩きつけられた。

 凄まじい勢いで加速した軽トラックは、悲鳴をあげる村人を跳ね飛ばし轢き散らしながら、迷い無く出口へ通じる道に向かっていく。しかし、鉄扉までの道幅は決して広いものではない。本来であれば、両側に迫る壁にぶつからないよう、スピードを落として慎重に進まなければならない場所だろう。


 ところが、この軽トラックはその道に差し掛かる直前、グンとより速度を増した。


 ――いや、嘘だろ?

 この速度で突っ込む気か!?


 ああもう、チクショウ!

 ぐったりとなった阿蘇さんを庇うように抱え直し、車体にしがみつく。体の軽そうな曽根崎さんも、自分が振り落とされないようにするので精一杯らしい。


 ガリガリと両脇の壁を削りながら、それでも軽トラックは速度を保って坂道を爆走していく。一歩間違えれば大事故になる状況にも関わらず、藤田さんの運転には何の躊躇いもなかった。


 なんならちょっと笑っている気がした。


 ――そりゃ、誰も藤田さんの車に乗りたがらないはずだよな。


 激しい振動に耐えながら、僕は叔父の意外な一面を痛感したのであった。

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