第12話 軟禁された部屋で

「うわっ!」


 数人の村人に四畳半ほどの広さの部屋に押し込められた僕は、他の行動を取る暇もなく目の前でピシャリと襖を閉められた。同時に、外でガチャガチャと鍵のようなものがかけられる音がする。

 襖に取り付けられる鍵ってどんなのだろう。いい加減拉致されるのにも慣れてきてしまった僕の頭に、そんなしょうもない疑問が浮かんだ。


「……また夜になったら迎えに来るよ。それまでに、儀式の衣装に着替えておいてね」


 藤田さんの声だ。カッと頭に血が上った僕は、襖に噛み付く勢いで彼に怒鳴る。


「藤田さん! こんな真似をするなんて後で承知しませんよ! 言っときますけど僕は、身内だろうと何だろうと容赦なく法に訴えますからね!」

「落ち着いて、景清。仕方ないだろ、こうでもしないとお前が逃げるかもしれないんだから」

「逃げやしませんよ。衣食住の為なら神にすら婿入りする、それが僕です」

「守銭奴もここまで来ると、いっそ清々しいな……」


 おや、いつもの藤田さんのような事を言うではないか。僕は少し声のトーンを落ち着けると、彼に向かって問いかけた。


「……曽根崎さんと阿蘇さんはどうしました?」

「曽根崎さんは旅館に戻ってもらってるよ。何かあっちゃいけないから、流石に今夜の儀式には参加させられないけど。阿蘇はその付き添いだね」

「そんな手薄な軟禁でいいんですか?あの人、目的の為なら手段を選びませんよ」

「だからこその阿蘇だよ。弟相手なら、流石の曽根崎さんもワガママは言わないだろ」

「言いますし、やりたい放題やりますよ。あの人はそういう人です」

「うん、そうだな。ごめん、そうだったわ」


 ……やはり、時々僕の知る藤田さんが戻ってくる。彼の身に何が起こっているのか、もう少し話せばわかるかもしれない。

 しかし目論見を実行に移す前に、襖の向こうで藤田さんが立ち上がる衣擦れの音がした。


「じゃあオレはそろそろ行くね。ご飯やトイレは声をかけてくれれば、見張りの人が何とかしてくれるから」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 呼びかけも虚しく、無情にも足音は遠のいていく。一人残された僕は、諦めてしょんぼりと肩を落とした。

 ……晩までに着替えておけ、か。僕は、部屋の隅に置かれた装束を手に持って広げてみた。


 白い着物と、白袴である。袴とはまた、僕が履いたこともないものを用意しやがって。ため息がこぼれたが、着ておけと言われたなら大人しく着ないといけない。

 スマートフォンなども取られ、今の僕が他に取れる選択肢など無いのだ。


 しかしそれにしても生地が薄い。なんと向こう側が透けて見えるほどで、着物というより襦袢に近い代物に思えた。まあ、シャツとズボンの上から着てしまえば問題無いだろう。


 よし、できる事は終わった。僕は娯楽の一切ない殺風景な部屋を見回し、その場に寝転がる。

 色々あって疲れたし、何より昨日の睡眠時間はいつもより短かったのだ。僕は時間まで寝て過ごす事を決め、目を閉じた。










 が、目を閉じたと思った瞬間、誰かに肩を叩かれ起こされた。


「景清! ちゃんと着替えとけっつったろ!!」


 目を開けると、焦り顔の藤田さんがいた。あれ? 僕そんなに寝てた?

 僕は目をこすりながら身を起こす。


「おはようございます……」

「だから遅いんだってば! ほら、オレも手伝うからそこ立って! うっわなんだこの衣装、プレイ用かよ」


 あー、いつもの藤田さんだ。スッケスケの装束を掲げながらドン引きしている藤田さんを見て、ぼんやりと思う。

 そんな彼に向かって、僕は両腕を突き出した。


「……え、何?」

「着せてください」

「シャツの上から?」

「はい。そんなアホみたいな装束、直に着られませんよ。よって僕はシャツとジーンズの上から着ます」

「いいのかなぁ」

「いいんですよ。ほら、時間が無いんでしょう? 寝惚けてる僕に無理矢理かぶせたってテイで乗り切るんです。早く着せてください」

「いや、まず自分でだな」

「浴衣すらまともに着られないんですよ? そんな僕がこれを着られると思いますか。さあ早く」

「なんでちょっと開き直ってるの?」


 着られないものは仕方ないではないか。腕を突き出したままピョコピョコと手招きする僕に、藤田さんは仕方なく装束の袖を通してくれた。


「……いよいよ儀式だね」


 少し緊張したような藤田さんの声に、僕は鷹揚に返してやる。


「そっすね」

「その反応は何だかなぁ」

「だって形だけですもん。村の人にとっては大事な儀式なのでしょうが、僕にとっては一週間タダ飯をいただく為の通過儀礼です」

「しょうがないなぁ、景清は」

「藤田さんにとっては違うんですか?」


 その問いに、藤田さんの目がどろんと濁る。次に落ちた言葉は、僕のよく知る彼のものではなかった。


「……オカエリ様の儀式だよ? 大切じゃないはずがないだろ」


 ――やはり、ここなのか。


 僕は、藤田さんと藤田さんでは無い何かを行ったり来たりする彼を、そっと観察していた。


 ――本人の気づかない内に、何かが起こったのだ。そしてそれは恐らく、阿蘇さんの身にも。


 曽根崎さんが囚われたという事は、彼にその何かは起こらなかったのだろう。しかし、それもいつまでもつかはわからない。次に会った時には、藤田さんのように変容してしまっているかもしれない。


 ――曽根崎さんの言う通り、あの時無理矢理にでも逃げておけば良かったのだろうか。


 あまりにも身勝手な後悔が、僕の心臓を鷲掴みにする。感情と義憤にかられたあの選択が、藤田さんらの脳を変えてしまったのだとしたら。この地区に取り込ませてしまったのだとしたら。


 ……今更だ。僕は心細さと後悔で震える手を握りしめ、唇を噛んだ。愚行も、判断ミスも、まだ答えを出すには早すぎる。


 僕は、曽根崎さんに誓った事を遂行するしかないのだ。


「……覚悟はできた?」


 袴の帯を締めながら、藤田さんは僕に尋ねる。

 それに僕は、深く頷きながら、返した。


「ええ。完全にやりきってみせますよ」


 それは心強いね、と笑う藤田さんの顔は、少しだけ引きつっていた。

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