第9話 私に誓え

 僕は混乱していた。


 先日葬儀に出た橋野さんは、この第五地区の儀式に参加した事が原因で死んでしまった。そして村人は、彼の犠牲を糧にオカエリ様の力により若返り、再び人生を生きていく。その非道な繰り返しは、地区内で誰かの寿命が訪れるたびに発生する――。


 許される所業ではない。しかし、ならばどう止める?


「……さあどうだ、景清君」


 言いたいことを言い終えた曽根崎さんが、挑発的な笑みを見せる。


「敵はざっと六十人。どういうカラクリか全員に戸籍は存在し、人権を得て法に守られている。加えて未だ風習が徹底されているところを見るに、彼ら自身の連携も強固だ。下手に手を出せば、かえって何が起きるかわからない。……それでも君は、まだ見ぬ犠牲者の為にこの事件を解決したいと思うのか?」

「思います」

「即答ー」


 いや、そりゃそうだろ。

 うんざりした顔をする曽根崎さんに、僕は意気込む。


「既に橋野さんが殺されているんです。その上ここで引いてしまったら、また犠牲者が出続けます。見殺しになんてできないじゃないですか」

「じゃあどうやって解決するんだよ」

「……それはまだ分かりません」

「だったら……」

「だけど僕は、情報さえ集まれば、曽根崎さんが解決策を組み立てられると信じています」


 咄嗟に口から出た言葉だったが、それは紛れもなく僕の本音でもあった。

 目を見開く彼を見つめ、言葉を紡ぐ。


「……明日、僕は儀式に参加します。オカエリ様との初夜もやってやろうじゃないですか。それで持ち帰った情報を元に、曽根崎さん、あなたの頭を働かせてくれませんか」

「嫌だ」

「嫌て」


 こちらも即答である。


「嫌に決まってんだろ。なんで君が犠牲になるような提案を私が受けなきゃならないんだ。それをするぐらいなら、私の知らない他の誰かが粛々と死んでいく方がなんぼかマシだ」

「倫理観トんでますね」


 いや知ってましたけどね。それにしても、極端な人である。


「一日ぐらいでどうもなりゃしませんよ」

「不確定要素が多い。初日で二十年ぐらい寿命を取られたらどうする」

「その時は運が悪かったと割り切ります。自らが蒔いた種ですし、大人しく受け入れますよ」


 半分冗談で言った言葉だった。が、僕はすぐに後悔することになる。


 突然の首が締まる感覚にグェと声が漏れた。


 僕は、曽根崎さんに強く襟を掴まれ引き寄せられていた。


「……君は」


 ギリギリまで近づけられた曽根崎さんの眼光が、僕の目を射る。


「よくもそんな事を私の前で言えたもんだな」


 ギリ、と首が締まる。息をするのもやっとだったが、今の曽根崎さんに配慮などできるはずもなかった。

 彼は熱のこもった低い声で、僕に静かに告げる。


「大人しく受け入れようかな、だと? ふざけるな。そんな死にたがり屋の為に、この私が動かされてたまるものか」

「……ッ」

「弔い合戦のつもりか? もしくは単純な正義感か? 大いに結構。以前も言ったが、君のそのお人好しは美徳だよ。敬意を表し、場合によってはこの私が自ら手を貸してやる事もやぶさかではない。しかし、情に引きずられた君が、君自身を二の次に置くと言うなら話は別だ」


 真っ黒な瞳には、怒りが燃えていた。


「――不愉快でくだらん戯言をほざく余裕があるなら、私に誓え。私の脳を働かせる為にそこへ行くのであれば、決して、オカエリ様とやらに自分の寿命一秒たりともやらないと」

「……」

「そうすりゃ、私はこの地区を真っ赤に潰し、片膝をついて君に捧げてやるよ」


 パッと手が離される。僕は涙目で咳き込みながら曽根崎さんを睨み、しかし口角を上げて言ってやった。


「……言質は取りましたよ」

「その前に誓え。ありとあらゆる手を尽くし、君の一片すらオカエリ様にくれてやらんとな」

「最初からそのつもりですよ。誰があんな気色悪い存在に婿入りするもんですか」

「おや、存外ノリノリだったと見えたが。てっきり本当に所帯を持つのかと思ったよ」

「曽根崎さんが妬いていたとは知らずすいません」

「雇い主に向かって生意気だな、君は」


 呆れたように嘆息する曽根崎さんに、僕はへへへとワザとらしく笑う。これで、僕らの方向性は決まった。


「……田中さんに連絡して、せいぜい正式な依頼にしてもらわにゃ割に合わんな。今回は骨が折れそうだ」

「それはいつものことでしょう」

「あーあ、こうなると思ったから君に言いたくなかったんだよ。次からは黙って抱えて帰ろう」

「発想が人さらいのソレ」


 曽根崎さんは座席の下から身を起こし、窓の外を見て人の気配を確認する。そして僕を振り返り頷くと、ドアを開けた。


「……すいません。ありがとうございます」


 卑怯な僕の言葉は、彼には届かなかったかもしれない。










 旅館に戻った僕らを待ち受けていたのは、明らかなる異常事態だった。


「えーと……」


 散乱した浴衣と、全裸もしくは半裸で気絶し転がる男ども。それら全てが立ち込めた酒の匂いに包まれて、旅館は地獄の様相を呈していた。

 僕は曽根崎さんの推理を聞こうとしたが、彼は一切興味が無さそうに感想を述べる。


「楽しい宴会になったようだな」

「これが? 事件性しかありませんよ?」

「どうせどこかの藤田君がやらかしたんだろ。深く考えるな。発狂するぞ」

「ほんと恥ずかしい身内だな、あの人……」


 まあそのおかげで、資料館にいた僕らが助かったような気がしないでもないのだが。

 赤ら顔で伸びている男の人を踏まないように注意しながら、自分達の部屋に戻る。


 襖を開ける時には、流石の僕も恐る恐るだった。しかし予想に反し、中は出かけた時のまま綺麗に保たれていた。


 ――部屋の中央に、布団で簀巻きにされた藤田さんが寝てさえいなければ。


「……」

「これをやったのは忠助だろうな。きっと的確な判断だったんだろう」

「……」


 言葉を失う僕に解説をしてくれる曽根崎さんだったが、何の慰めにもならない。


 阿蘇さんは、藤田さんから離れた場所に布団を敷いて寝ていた。浴衣は寝乱れることすらなく、きっちりと着られている。

 簀巻きにされたまま爆睡する藤田さんとは対照的すぎて、もう何故こんな事にと頭を抱えざるを得なかった。


 それらを全く気にするそぶりすら見せない曽根崎さんは、スーツの上着を脱ぎながら、僕に言う。


「しかし残念だな。みんなで枕投げしたかったのに」

「三十路にもなって枕投げですか」

「あれはいくつになっても楽しいぞ。……古今東西、つい目がいく好みの部位! 手首!」


 謎のゲームが始まると共に、枕が飛んできた。僕はそれを右手でキャッチし、強めに投げ返してやる。


「マニアックだなアンタ! 脚!」

「そう言う君も人の事言えるのか! くるぶし!」

「至ってノーマルだ! 鎖骨!」

「ばふっ」


 顔面に枕がクリーンヒットした白シャツの曽根崎さんは、仰向けにひっくり返った。やはり、そば枕じゃ硬すぎたか。

 僕は浴衣とバスタオルを片手に、彼を見下ろす。


「風呂行きます?」

「行こう。水鉄砲もあるぞ」

「アンタ実はめちゃくちゃ旅行楽しみにしてたんですね?」

「アヒルさんは……すまない、忘れた……」

「アヒルさん言うな。期待も要望も無いよそんなん」


 結構ドタバタやっていたが、不思議と阿蘇さんや藤田さん、その他村の人も起きてはこなかった。こうしてみると、資料館での恐怖体験が嘘のようである。風呂場までの道中、床で寝ている那巻の姿も見つけた。


 そして僕らは、誰の邪魔も入らないまま、風呂場で射的もどきを楽しんだのであった。

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