第8話 産み直し

 帰りの車の中で、曽根崎さんはずっと顎に手を当ててブツブツと何かを呟いていた。尋常ではない様子だが、何も気づいていない僕にできる事は無い。


 そんな彼がやっとまともな言葉を発したのは、旅館の駐車場に到着してからだった。


「景清君、この村は危険だ。今すぐ忠助と藤田君を連れて帰ろう」


 車を降りようとした僕を引き止め、今にも泣き出しそうな顔の曽根崎さんは言った。恐らく、真剣な表情を作りたいのだろう。

 ならば、僕も向き合わねばならない。真っ黒な瞳を見つめ、問いかけた。


「何故ですか、曽根崎さん。何が分かったんです」

「……儀式の真意の一端が分かったかもしれない」

「かも、じゃないんでしょう? 曽根崎さんの中ではもう確信に近いんですよね? だったら僕にも教えてください」


 答えを求める僕に、曽根崎さんは迷うように言葉を詰まらせる。


「……全ては、私の推測だ。しかし、もしもそれが正しかったとすれば……」


 三秒ほどの沈黙。何かを振り切るように、彼はまっすぐ僕を見て言った。


「――今回ばかりは、私の力では太刀打ちできないかもしれない」


 その一言に、頭から冷水を浴びせられたような気持ちになった。


 怪異の掃除人を自称し、その名の通り数々の事件を片付けてきた曽根崎さんにすら、太刀打ちできないものだと?


 そんなものが、この村に潜んでいるというのか?


「……頭を下げろ、景清君。もしかすると、旅館の連中に見られるかもしれない」


 曽根崎さんに言われ、慌てて座席の下に潜り込む。曽根崎さんも小さくまとまりながら、疲れたようにもじゃもじゃ頭を片手で押さえた。

 そして、ため息混じりに言う。


「言わなきゃならんが、君には言いたくないな」

「なんでです」

「言えば、恐らく君は解決したいと言い出すだろう」

「そんなのわからないじゃないですか」

「わかるよ。他ならぬ君の事だ」

「何様だアンタ」


 一体どんな立場のつもりなのだろうか。全くもって理解不能だが、僕は曽根崎さんを小突いて話の続きを促した。


「……まず頭に入れておかねばならないのは、多間村の民話だ」


 渋々、曽根崎さんは謎解きを始める。


「昔々、信心深い一人の男がいた。男は山の女神に長年仕えていたが、やがて老い、癒えることのない病の淵についた。死んでしまえば、二度と女神に会えなくなる。その事を男は嘆いた。何度でも生まれ変わり、また女神を信仰したいと願ったんだ」

「はい」

「すると、慈しみ深い女神は男に言った」


 彼は、何かを受け入れるかのように両手を広げる。


「――ならば、私がお前を産み直そう。赤子からやり直し、老いるたびにまた私から産まれるがいい」


 産み直し?

 奇妙な単語に戸惑うも、曽根崎さんは淡々と続ける。


「男は喜んで、女神の胎内に帰った。それから女神は外より来たる男神と交わり、一つの卵を産み落とす。やがて時が満ち卵を割ると、男そっくりの赤ん坊が産声を上げた」

「……」

「こうして男は何度も同じ生を繰り返し、女神に仕えましたとさ。めでたしめでたし、どっとはらい」


 曽根崎さんはふざけた手の動きでオチをつけると、僕の反応を待った。いや、待たれても困るんですが。

 とりあえず、真っ先に抱いた感想を伝える。


「……オカエリ様の民話なのでしょうが、なんとなく不気味な話ですね?」

「確かにな。死と再生は神話を語る上で外せない要素だが、神の胎内に自ら入っていくというのは珍しい。わざわざ女神の胎内に入り、よもや卵となると……。まあ母体とは社そのものであるという説や、修験者が入山する事を受胎になぞらえたりといった話も無くはないが、この辺りの解説は割愛しよう」

「そうしてください」


 興味がないわけではないが、長くなりそうだ。

 しかしどうもその民話が、今回の儀式と密接な関係にあることは間違いないらしい。


「……その民話に出てくる “ 外より来たる男神 ” というのが、マレビトの花婿――つまり僕ということですか」

「そうだと思う。民話に沿うなら、君はいずれ一児の父になるな」

「卵生の子ができるとは思ってもみなかったな……。でも、まさかそんな迷信じみた話を根拠にして、帰ると言い出したわけではないですよね?」

「そうだな。むしろ本題はここからだ」


 曽根崎さんは、人差し指を立ててみせた。


「一年前、君の知人である橋野氏が花婿としてこの村の儀式に参加した」

「はい」

「ところで、この儀式はどんなタイミングで行われているか君は把握しているか?」

「いえ……一年ごとではないんです?」

「違う。ざっとここ五年の記事を見てみたが、その中で儀式が行われていたのは三回だった。一年前、二年前、とんで五年前」

「……規則性が見えませんね」

「そうだろう。だが、一年前に同時に起こった事象に一つ思い当たる事があり、関連性を調べてみた。すると、興味深いことがわかったんだ」


 彼は、殊更声を潜めて、言う。


「――儀式が行われる年には、必ず第五地区の住民が死んでいた」

「……え?」

「第五地区の人口はざっと六十人。毎年毎年死人が出るわけでもない数だ。もっとも、人が死ぬたびに儀式をするのは特に目を引く話でもない。ただし、これが最初に話した民話と関連づけると、途端に恐ろしいものにすりかわる」


 少しずつ動悸が激しくなってくる。呼吸が浅くなっている事に気付いた僕は、努めて深く息を吸って、吐いた。その合間に、彼の言わんとする事を考える。

 震える声で、僕は彼に問いかけた。


「……他の人間を犠牲に、死人を生き返らせているのですか?」


 その答えは、正しい気がした。だが、曽根崎さんは首を横に振る。


「少し違う。死人を生き返らせているのではない。恐らく、オカエリ様と呼ばれる何かが “ 産み直し ” をしているんだ」

「何なんですか、その産み直しって」

「わからん。しかし、それが行われる事で村人は卵になり、赤子まで若返ってはまた人生を生きていく」


 あまりにも突拍子の無い話だ。信じがたい内容を何とか理解しようと、僕は両手で顔を覆った。


「でも、橋野さんは一年後に亡くなりました」

「あえて時間差が生じるよう、多少の寿命を残されたのかもしれない」

「物証が少なすぎます」

「明日にでも柊ちゃんや田中さんに連絡して、この儀式に参加した人の消息を調べてもらうさ」

「……」

「……日本で若返りといえば変若水の伝説があるが、あれは飲んですぐ効果が出るものだ。しかし卵の中で若返っていくとなると、もしかすると相当時間がかかるのかもな」


 二枚の写真を取り出し、彼は眺める。


「まあその方が、むやみに怪しまれなくていいのだろう」

「……」


 ――どうしてこの人は、あの短時間に得た情報だけで、これほどまでに恐ろしい道筋を描くことができるのだろうか。

 卵に包まれる得体の知れない村人も怖かったが、涼しい顔をして怪異に沈み込む目の前の男の存在も、僕の肌を粟立たせていた。


「まとめると、私の答えはこうだ」


 曽根崎さんの声がする。僕は、情報と感情がごちゃ混ぜになった脳で彼の結論を聞いていた。


「第五地区の住民は、寿命が来る前に他の人間の命を対価にオカエリ様の力で若返りを果たし、素知らぬ顔で何度も生を繰り返している。……これが、私の推測だ」


 彼の言葉は、やはり淡々としていた。

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