第5話 公民館にて
自治会館を兼ねた公民館にいた二人の性別も、やはり男性であった。一人は老人で、一人は曽根崎さんぐらいの年齢である。僕らの訪問を知った彼らは、儀式の準備だろう設営の手を止めて笑顔を向けてくれた。
「今回の花婿様ですね! お話は聞いております。ようこそいらっしゃいました!」
「こちらこそ、一週間よろしくお願いします」
「いやぁ、噂の通り見目麗しい方ですねぇ。貴方だけじゃなく、お連れ様も」
え、曽根崎さんも?
思わず訝しげな顔をしてしまったが、この時僕の隣にいたのは藤田さんだったので、その言葉も納得である。それにしても、この村に来てからやたら容姿を褒められるので、なんだかむず痒くなってきた。
「すいませんが、少々お尋ねしたい事があるのですが、構いませんか」
ずいと前に寄った曽根崎さんに、村人二人はギョッと後ずさりした。やたら存在感のある背の高い不審者面であるが、目に入ってなかったようである。
しかしそこはホスト側だという面目があるのか、すぐに老人が対応してくれた。
「勿論いいですよ。何かありましたか」
「実は私は大学で教鞭を執っている身なのですが、一つ気になる噂を耳にしましてね。こちらを見ていただけませんか」
曽根崎さんはポケットから二枚の写真を取り出し、二人に差し出した。が、二人はそれを見るなり、困ったような笑みを作ってみせる。
「……ああ、すいません。時々、この写真を持って来られる方がいらっしゃるんです」
常時でも睨むような目つきの曽根崎さんを気にしたのか、老人が急いで取り繕う。
「でも、何の事はありません、ただご先祖様にそっくりだったというだけの話ですよ。村内での結婚も多いので、どうしても血が濃くなってしまいます」
「そうでしたか」
「ご用件はそれだけですか?」
「もしよろしければ、ご本人にも直接会ってみたいのですが」
ガンガン行く人である。だが二人は別段気を悪くした様子もなく、快く情報を教えてくれた。
若い方の男は三人の内の二人を指差し、曽根崎さんを見る。
「申し訳ありませんが、この二人には会えないんです」
「ええ、こちらの方は女性ですからね。この儀式の間は会えないでしょう」
「流石先生ですね。よくうちの決まり事をご理解なさってる」
「それほどでも。ではこちらのご隠居は何故?」
女性ではない方を指した曽根崎さんの問いに、一瞬男の動きが止まる。その異変に彼が気付く前に、すかさず老人が答えた。
「……彼はもう亡くなってしまったんです。もう一年になるのですが、那巻はよく懐いておりましたので、未だショックが大きいようで……」
「それは失礼しました」
もじゃもじゃ頭を下げる学者気取りに、那巻と呼ばれた男は手を振って恐れ入る。だが、その顔はまだ少し強張っている気がした。
「曽根崎さん」
もう行きましょう、と暗に言いながら、彼の黒スーツの裾を引く。既に写真の謎は知れたようなものである。動揺させてしまった以上、詮索するのも良心が咎めた。
「最後に一つだけ」
しかしヤツはまだ粘る。人差し指を立てる曽根崎さんの無神経にハラハラしたが、那間さんは頷いてくれた。
「村の歴史がわかる資料館のような場所はありませんか?このような風習が今なお根付いているなど、大変興味深く思います。ぜひ、後学のためにご案内いただきたい」
「結構ですよ。そこまでの地図を描いてきますので、少々お待ちください」
「ありがとうございます」
背筋の伸びた曽根崎さんの佇まいに、少しホッとした。目的の為なら手段を選ばない人なので、更なる無遠慮を働くのではないかと気を揉んでいたのだ。
「……もっと突っ込んで聞く気だったでしょう」
二人が奥に引っ込んだ隙に、僕は曽根崎さんに尋ねる。彼は、真っ黒な瞳で館内を見回していた。
「血が濃いという割に、全く似てなかったからな。血縁でないのなら、どういう経緯で五十も年の離れていそうな二人が親密だったのか聞きたかった」
「大きなお世話ですよ」
「フィールドワークとはこういうものだ」
アンタ学者じゃねぇだろ。
僕の渋面に素知らぬふりをする曽根崎さんは、那間さんから受け取った地図を片手に、阿蘇さんの肩を叩いた。
「さて、次の行き先も決まったな。忠助、車を頼むよ」
「ハイハイ、どうせ俺はクソ兄の専属運転手ですよ」
「そう不貞腐れるな。いずれ景清君にお願いするから、それまでの辛抱だ」
「げ、そんな目論見があったんですか?」
「君、免許証持ってるだろ」
「まさか免許が重荷になる日が来るとは思わなかった……。絶対それまでにバイト辞めよう。っていうか曽根崎さんは運転しないんです?」
「逆に聞くが、私の運転する車に乗りたいか?」
「全人類納得の理由」
この人の運転は大変危なっかしそうである。事実、一度免許を取ろうとした時もあったらしいが、阿蘇さんを含めた周りの人から猛反対されたという。
運転してもいいよと手を挙げる藤田さんを置き去りにしつつ、僕らは車に乗り込んだ。
資料館は、第五地区から離れた村の中心地にあった。が、僕らはそこで思わぬストップを食らうことになる。
「改装中?」
「ええ、第五地区の人から聞いていませんか?」
たまたま近くを散歩していた中年の女性が、目を丸くして僕らに教えてくれた。第五地区以外では、こうして女性も出歩いているのである。
「知りませんでした。いつまでですか?」
「さぁ……。でも毎回、大抵一週間くらいはかかってるかしら」
それならば、滞在期間中に資料を確かめようがないではないか。これではさぞ曽根崎さんもガッカリしているだろうと振り返ったら、彼はスタスタとどこかへ歩き出していた。
「どこ行くんです、曽根崎さん!」
女性にお礼を言って、慌ててスーツのもじゃもじゃを追いかける。曽根崎さんは資料館の裏側に回り込み、外観を眺め回していた。
そして、その目線はピタリと一つの窓で止まる。
「……ここが手頃だな」
「手頃?」
「よし、今日の所は引き上げるぞ。後は釣りでもナンパでもして過ごそう」
「待て待て待て待て! アンタ何考えてんだ!」
「静かに。忠助にバレたら多分殺される」
僕の唇の前で人差し指を立て、曽根崎さんは緊張した声で言う。ということは、犯罪スレスレか犯罪そのものをやらかす気なのだろう。
しかも、僕を巻き込んで。
僕は、嫌悪に思い切り唇をヒン曲げて言ってやる。
「……不法侵入するんですか」
「夜にな。それまでに忠助から車の鍵をスッておくから、運転は頼んだ」
「僕ペーパードライバーなんですが……」
「私が隣にいるから大丈夫だよ」
「何ですか、その根拠は。いや、まだ僕行くとも何とも言っていないんですが」
「頼む! 君がいる今夜ぐらいしか、ここを見るチャンスはないんだ!」
曽根崎さんが、僕に向かってパチンと両手を合わせ、頭を下げた。珍しい姿に、つい僕の同情心がぐらりと揺らぐ。……いや、だめだ。これがこのオッサンの手口なんだ。人の心が無いくせに、人の心の隙につけ込むのが上手いんだコイツは。
チラリと、向こうでオバサンと話している阿蘇さんと藤田さんを見る。……誘うなら、藤田さんでもいいんじゃないかな。それかあれか、運転に難があるのと、夜二人きりになったら何されるか分からないからか。
……詰まる所、僕しか適任がいないようである。
「……しょうがないですね」
断じて、僕がこの人に甘いわけではない。
後ほど相応に払われる金に釣られるだけなのだ。
「阿蘇さんにバレたら、曽根崎さんに非人道的な手段で脅されたって言いますからね」
「構わない。どちらにしてもバレた瞬間に死んでる」
「なぜそこまでの覚悟をしてまで、資料館に入りたがるんですか……」
オカルトマニアの知的好奇心は恐ろしいものである。僕は嬉しそうな曽根崎さんを連れて、阿蘇さん達の所へと戻った。
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