第5話 阿蘇さん合流

 翌る日の事務所前には、曽根崎さんの他にもう一人男が立っていた。


「よ、景清君」


 ガタイのいい身を白シャツに包み、爽やかな挨拶をしてくれた彼の名は、阿蘇忠助さん。曽根崎さんの異母弟で、警察官をしている人だ。


「田中さんから直々の命でな。お前らの護衛につけだとさ」

「ありがとうございます」

「しかし難儀なホシだよな。決定的なアリバイがあるもんだから、大っぴらに身柄の拘束もできねぇし」

「そういう相手の逮捕って、どうするんですか?」

「俺が言うのも何だが、カラクリごと白状してくれさえすりゃ、どうとでもなるよ。それがどんなに突拍子が無いもんでもな。だから、このオッサンが犯人を精神的に追い詰めまくって、もう逮捕してくれ! と叫ばせる事ができれば、俺らの勝ちだ」

「……」


 “ このオッサン ” の所で指名された曽根崎さんは、小さくピースサインをした。……精神的に追い詰めまくる自信でもあるのだろうか。物騒な人である。


 しかし、今回は相手が相手だ。次の犠牲者が出る前に、一刻も早く事件を解決しなければならない。


 決意と同時に脳に過ぎった凄惨な死体の映像を、頭を振って追い出した。


「……本当に、君も来るのか」


 僕の様子に気づいた阿蘇さんが、心配そうな声で言う。僕は、力強く頷いた。


「行きます」

「兄さんは止めなかったのか」

「止めた所で彼はついてくるよ。変に巻き込まれるよりは、側に置いておく方がいいだろ」

「正論に聞こえるが、そりゃ詭弁だぜ」


 曽根崎さんの言葉に、阿蘇さんは元々鋭い目を更に吊り上げ、説教モードに入った。


「景清君、君はどうしたって一般人なんだ。警察官である俺や、怪異の掃除人の異名を持つコイツとは違う。巻き込まれて色々な経験はしてきただろうが、今まで助かってきたのだって奇跡に近い」

「……」

「……俺はもう、君を巻き込みたくないと思ってる。案件には関わらず、兄さんの世話をするアルバイトだけしてりゃいい」

「アルバイトは継続なんですね」

「俺は二度とクソ兄の世話なんざしたくねぇからな」


 吐き捨てて、阿蘇さんは涼しい顔をしている曽根崎さんを睨みつける。――無骨だが、真面目で世話焼きな性根が見え隠れしている。阿蘇さんは、こういう人なのだ。


 だからこそ、伝えなければならない。僕は、阿蘇さんの顔を見上げて言った。


「阿蘇さん」

「なんだ」

「あなたは、今回も曽根崎さんが僕を金で釣ったと思ってますか」

「うん。……あれ、違うのか?」

「違います」

「え、そうなの? クソ兄に丸め込まれたんじゃねぇの?」

「いや、今回巻き込んできやがったのは田中さんですよ。僕が怪異の掃除人を動かす唯一の存在だとかっつって」

「あのボケ老人か!!」


 阿蘇さんが頭を抱えて崩れ落ちた。……つくづく、周りに恵まれない人である。

 一方兄である曽根崎さんは、そんな弟の肩に手を置いてどこか楽しげに言った。


「事故を装って景清君に被害者の遺体写真を見せ、彼の情に訴えようとしたんだ」

「ぶっ殺そう」

「そうそう、その意気だ。弟と意見が合うと嬉しいね」

「念入りにぶっ殺そう」

「腰が弱点らしいぞ。まあ、その話は後でするとして……」


 曽根崎さんは、阿蘇さんの車を親指で指した。


「まずは、犯人退治といこうじゃないか」


 半ば強引にまとめた曽根崎さんだったが、田中さんへの怒りで頭に血が上っていたせいか、阿蘇さんは素直に運転席に乗り込んだのだった。









 長時間の車移動は疲れるものである。ようやくスポーツジムに到着した時、助手席に座る僕は既にぐったりとなっていた。


「体を動かしてぇな。不謹慎だが、行く先がジムで良かったよ」


 さすが現役警察官は言うことが違う。文学部生の僕とオカルトフリーライターの曽根崎さんは、これ以上疲れる事はしたくないという気持ちを目線で共有していた。


 阿蘇さんは後部座席に置いていたスポーツバッグを手に取りながら、僕に向かって言う。


「じゃ、作戦通り、景清君はめちゃくちゃ照れ屋な俺の弟な」

「はい、わかりました。一言も喋りません」

「で、兄さんは、俺たちが気を引いている間に、スポーツジムをうろつくと」

「インカムとマイクを忘れるなよ。会話を聞いて、こちらから指示する事もある」


 曽根崎さんが、後部座席でゴソゴソと着替えながら言う。阿蘇さんには一見ピアスに見えるインカムとボールペン型のマイク、僕には補聴器型のインカムが用意されていた。

 ……相変わらずの超技術製品である。僕は曽根崎さんに尋ねた。


「これ、どこで売ってるんですか」

「ホームセンター」


 ンなわけねぇだろ。

 しかし、以前聞いた時も同じ回答だったので、案外本当なのかもしれない。

 ……だとしたら、未だ警察の目をくぐり抜けているのが不思議なぐらいアウトなホームセンターであるが。


 僕がインカムの調子を見ていると、曽根崎さんのウンザリしたような声が聞こえた。


「忠助、髪にワックスつけてくれ」

「自分でやれ」

「やり方がわからん」

「景清君」

「ハイハイ、ちょっと大人しくしててくださいね」


 くるりと体ごと後ろを振り返る。両手に適当な量のワックスをつけ、スポーツウェアに着替えた曽根崎さんのもじゃもじゃ頭に手を突っ込んだ。まるで、そういう犬種の犬を撫で回しているようである。

 さて、スポーツジムに行く人の髪型ってどんなだろうな。ひとまず、前髪と横側の髪を後ろに流してやることにしよう。


 そうこうしていると、無造作なオールバックが出来上がった。うん、悪くはない。


「出来ましたよ、曽根崎さん」

「ありがとう。君はこういう事も出来るんだな」


 これは使える、と言わんばかりに曽根崎さんの目が光った。……しまった。余計なことをしてしまったかもしれない。


「金取りますよ」

「残念、腐るほどある」


 目の下のクマ隠しの為か、黒縁メガネをかけながら彼は言った。いつもの不審者っぷりはどこへやら、気づけばすっかりそれなりに見られる格好になっている。

 運転席から身を乗り出して兄の変身を確かめた阿蘇さんは、マズイものでも食べたかのようにしかめ面をした。


「……兄さん、今日はあまり女性に近づくなよ」

「別に用が無けりゃ近寄らんよ。なんだ、通報防止か」

「事件をスムーズに解決したけりゃ言う事聞け」

「はい」


 どうやら、阿蘇さんも僕と同じ感想を抱いたようだ。……いつもこの外見であの年収なら、世の女性から放ってはおかれないだろうとつくづく思う。

 いや、無理か。この人の生活能力の無さと性格と本業考えると無理だわ。口を開いたら途端に尊大なんだもんな。


 僕らの考えなど露ほども察していないだろう曽根崎さんは、少し嬉しそうに髪を触った。


「これ、顔に髪がかからなくて便利だな。時々やってくれないか、景清君」

「やりませんよ、面倒臭い」


 ピシャリと跳ね除け、僕らはイカした三十路を連れて車を降りたのである。

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