第127話 脱出と破壊と何か

 薄暗いなか、立ち込め始めた煙。

 まだ、煙は天井付近を漂っているだけだが、それでも一層視界が悪くなってきている。


 階段で縮こまって固まっていた子供たちを、冬蜻蛉と二人して何とか励ます。

 子供の扱いが苦手な俺とは対照的に、冬蜻蛉は巧みに子供らに言葉をかけ、何とか出口に向かって歩き始めることに成功する。


 歩き出す時に、子供らの中で一番幼いであろう子を冬蜻蛉から手渡される。どうやら抱っこしていけという事らしい。俺はホッパーソードをしまい、右手で抱き抱えるようにして抱きあげる。左手は念のためカニさんミトンを装備したままに。

 そうして俺が先頭、その後ろに猫林檎。そして最後尾に冬蜻蛉がつく。


「旦那、旦那! 歩くの速いっすよ」どうやら猫林檎はペースメーカーの役割のようだ。歩き始めてしばらくして自然と速足になっていた俺はたしなめられてしまう。


 ──旦那だなんて、随分と時代がかった呼び方だな。まあ、冬蜻蛉のことをアネキって言っていたから、こっちじゃあ普通なのかもしれないけど。


 そんな事を考えながら後ろを振り向くと、確かに子供らの列が延びてしまっている。

 薄暗さに加え、先ほどの戦闘で棚から雑多な物が散乱し、歩きにくさが増していたのを失念していた。

 俺は立ち止まり、子供らが追い付いてくるのを待つ。


 その間、視線は周囲を警戒するため左右に。自然と目につくのは、床に散らばるホームセンターの商品。


 ──あの角材とか、ぷにっと達へお土産にしたら、ネカフェの補強に使えそうだな。お、あれなんかも……。いやいや。今はどうせ持っていけないんだ。集中集中。


 自身の腕のなかにいる名も知らない幼子の体温を感じて、我にかえる。

 その時だった、俺が投げ捨てた白蜘蛛のハンマーが棚の残骸に突き刺さっているのを発見する。


 ──あれはっ。そうか。ここら辺はさっき戦った場所の近くか。……あのハンマーのスキルは、存在自体が邪悪すぎる。よし。


 俺は腕の中の幼子に目をつぶっているように声をかける。

 そんな俺たちの様子を興味深そうに見ている猫林檎。


 ──冬蜻蛉達、追い付くまであと少しか。急いで破壊だけ出来れば、いいんだ。


 俺は空いている左手を伸ばし、掌をハンマーへ向ける。

 汲み取ったイドが、体に満ちる。泡魔法を発動。射出された酸の泡がハンマーへ到達する。


 じゅっと音を立てて溶け落ちる、ハンマーの周りの残骸。

 支えを失ったハンマーが床へ倒れ、甲高い金属が響く。


 ──無傷か……。いやまてよ。もしかしたら。


 俺は再び展開した酸の泡を見つめる。

 カニさんミトンの先に浮かぶ、スイカほどの大きさの酸の泡。

 それと自身が、イドを通じて繋がっているのを感じる。


 俺はこの漆黒の瞳になって手に入れた知覚でイドの流れを見ながら、思い付きを試してみる。


 ──イドをこうして。細かく振動をおこして……


 急速に消費されていくイド。慌ててイドを追加で汲み出し、補給していく。

 しばらくすると、目の前の酸の泡からゆらゆらと、かげろうのような物が立ち上ってくる。

 徐々に動きの激しくなる酸の泡。それに伴って、どんどんと泡が小さくなっていく。


 ついには俺の拳よりも小さくなった酸の泡を、俺は気合いを込めて白蜘蛛の持っていたハンマーへ撃ち出す。


 ──さあ、これでどうだっ!


 ハンマーの柄に、小型酸の泡が着弾。見つめる俺の目の前で、酸の泡がどんどんと柄を溶かしていく。

 柄が溶け、ハンマーが二つに折れたその時だった。


 突然、ハンマーの残骸が黒い煙と化す。まるで装備品化スキルが発動した時のように。

 しかしその煙は装備品として再構成されることなく、急速に俺の方へと迫ってくる。

 くるくると俺の周りを漂いながら回転する黒い煙。

 俺の顔面をめがけ、ぶつかってくる煙。とっさに背けた俺の顔を追尾するようにして顔が覆われる。


「きゃっ!」闇のなか猫林檎の、年相応の女の子らしい悲鳴が背後から聞こえる。


 俺は左手で煙を振り払おうとする。が、空を切るばかり。


 ──実体がないっ!?


 そのまま、俺の両目へと煙状の何かが入り込んでくるのが、わかる。 

 咄嗟に目をおさえたミトンの隙間から、次から次に。


 そして、ようやく晴れる視界。

 目の前には、いまだ漂う、黒い煙の切れっぱし。

 俺の瞳に入りきらずに残っていたそれが、ふらふらと腕に抱えた幼子にも入り込んでいくのが、見えた気がした。


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