第87話 二つ名

 急速に間合いを詰めてくるミズ・ウルティカ。


 俺は模擬戦でいやというほどミズウルティカの近接戦闘の餌食になってきた経験から、咄嗟に飛行スキルと重力軽減操作を発動しながら、バックステップ。


 目の前を通りすぎる銀光。

 それは、銃剣の切り払いの残影。

 俺は、何とかミズ・ウルティカの初撃をかわしていた。


 すかさず放たれる銃剣の追撃。俺は何とか発動の間に合った飛行スキルで、空へ逃れる。


「ミズ・ウルティカ! どうしたっていうんですかっ!」俺は空中に浮かびながら怒鳴るように問いかける。


「ウウウゥ……」ミズ・ウルティカの口から漏れるのは、聞き取りずらい、うめき声だけ。

 獣のように、姿勢を低したかと思うと、ミズ・ウルティカはスーツに包まれた肢体を躍動させながら銃剣を構え、走り出す。


 明らかに届かない高さに滞空しているはずの俺は、しかしその様子に一抹の不安にかられる。


「やめてください、ミズ・ウルティカ! 俺のことはわかるんでしょう?! どうしたって言うんですか」と、何とか攻撃を制止しようと声をかける。


 高速で駆け巡りながら銃口を俺に向け、銃剣の引き金を引き絞るミズ・ウルティカ。


 衝撃を覚悟する俺。


 しかし、その銃口からは何も発射されない。魔法銃特有の魔法光のマズルフラッシュすら、ない。それでも、彼女は駆けながら引き金を引き続ける。


 俺は一向に発射されない銃弾と、それでも引き金を引き続けるミズ・ウルティカに、薄気味が悪くなってくる。頭によぎるのは、『不発弾』というミズ・ウルティカの二つ名。


 俺はそれを、てっきり称賛を込め、皮肉の効いた二つ名とばかり思っていた。魔法銃を撃てないハンディを圧倒的な銃剣術の技量で凌駕し、覆してきた事への、称賛。


 しかし、それは大きな勘違いだったとしたら。

 圧倒的な銃剣術の技量とは別に、ミズ・ウルティカが当然複数のスキルを保有していることは、想像として妥当だろう。

 何せ、ナインマズルの五位、なのだ。


 数多のガンスリンガー達の頂点。

 そんな彼女がただ魔法銃が撃てないと言うだけの二つ名を冠するだろうか。

 ……それよりかは、『不発弾』と言うスキルだとしたら。


 俺が忍び寄る不安に思考が加速しかけた時だった。急にミズ・ウルティカが、立ち止まる。


「は、や……。に、げてぇ」再度告げられたのは、逃避の指示。


 しかし、それはあまりに遅すぎた。

 俺を取り囲むように急に現れた、無数の魔法弾の光。


 ──そのすべてが、俺に向かって殺到する。



 

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