第88話 産み出されしは

 圧倒的な生命の危機に間延びする、俺の知覚。

 それでさえも、魔法弾の着弾までに僅かに思考する時間しか生じてくれない。

 その僅かな余裕、俺の頭を占めていたのは生への渇望。そして先ほど確認した自身のステータス。


 ミズ・ウルティカが現れる前に使うか悩んでいた陰魔法を、発動する。


「流転陰生(コノヨノワザワイ)」


 俺の漆黒に染まった瞳から、闇が溢れ出す。

 瞳、そして視神経を通して脳まで走る、灼熱。


「ッカ、ハァ……」言葉にならない嗚咽が漏れる。


 ──これ、魂変容率が上がるやつか。

 頭を過る後悔の念。しかし、俺の思いなどお構い無く、発動した陰魔法は、影となり俺の体を多い尽くす。

 発動の起点たる俺の瞳を除き、一瞬で全身を覆い尽くした影。


 そこへ、ミズ・ウルティカの放った無数の魔法弾が殺到する。


 まるでそれを迎え入れるかのように、俺を覆う全身の影が、その手を伸ばす。

 はたから見ればそれは漆黒の針ネズミのように見えただろう。


 影と魔法弾が、接触する。


 影でできた針先が、ぱかりと口を開ける。口の中で蠢く無数の歯。

 当然漆黒のそれは、形ばかりは人のそれで。

 螺旋状に並ぶ漆黒の歯が、魔法弾を咀嚼していく。


 殺到していた魔法弾があっという間に、全て影に食らいつくされる。


 すっかり見通しが良くなった空中で、俺は脳みそを苛む灼熱で、飛行スキルの制御を誤ってしまう。

 急速に近づいてくる地面。

 最後の最後で、上昇方向に制動をかけ、何とか不時着する。

 そのまま勢いを消しきれずゴロゴロと転がる俺。

 その俺の体から影が剥がれる。


 影は頭のない四つ足の生き物のような形を取ると、こちらに襲いかかろうと駆け寄ってきていたミズ・ウルティカに飛びかかる。


 俺は痛みと墜落の衝撃で霞む瞳で、その様子を見守る。

 うまく体が動かない。

 しかし、影が剥がれたお陰か、脳を苛んでいた灼熱感は消えた。

 せめてもと、ステータスを開く。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 氏名 朽木 竜胆(クチキ リンドウ)

 年齢 24

 性別 男

 オド 24

 イド 7(20)


 装備品 

 ホッパーソード (スキル イド生体変化)

 チェーンメール (スキル インビジブルハンド)

 ダークバングル (スキル 陰魔法)

 黒龍のターバン (スキル 飛行)

 Gの革靴 (スキル開放 重力軽減操作 重力加重操作)


 スキル 装備品化′ 廻廊の主権

 召喚顕在化 アクア(ノマド・スライムニア) 送喚不可

 魂変容率 22.7%

 精神汚染率 ^D'%

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


(イドが減り続けている。あの影か。……あっ、発動キャンセル出来ない)


 俺は陰魔法を止めようとするも、失敗する。その間にも減り続ける俺のイド。咄嗟にイド・エキスカベータを発動、イドの減少は止まる。


(まるでこちらの送った停止信号がブロックされたような感触だ。えっと、不味くない、これ……?)


 俺の眼前ではミズ・ウルティカと影が互いの命を奪おうと闘争を続けていた。

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