第70話 ナインマズル
テントに入ると、そこには三人の男女がいた。
まず目を引くのは巌のような筋骨隆々の大男。その両肩にはキャノンと言っても過言ではないような巨砲が二丁。座っていると言うのに、キャノンの先端がテントの天井を押し上げている。
(あれは、どうやって出入りしてるんだ? 絶対引っ掛かるよね)
俺がそんなことを考えていると、別の席についていた老人が江奈に声を掛けてくる。
「江奈君、良く無事だった! オリーブハイブ君が、みまかったと聞いたよ。辛いだろう……」
「マスター・マスカル! 師匠は立派な最後でした……」
江奈の声に滲むものに、マスター・マスカルとおぼしき老人は優しげな笑みで労りの言葉を続ける。
(あれが『画伯』か。確かに江奈さんと仲が良さそうだ。)
そして、最後の一人。ナインマズルとおぼしき面々の中でこの場で唯一女性である人物。見た目な妙齢の女性。きっちりとスーツを着こんだ彼女は一見有能なキャリアウーマンのような出で立ち。しかし、その鋭い眼光と全身の神経まで掌握していると言わんばかりの立ち振舞い。底知れない強さを感じさせる。
彼女が俺に向かって声を掛けてくる。
「貴方が朽木竜胆ですね。私はウルティカ。早期に警告をホルンパージに伝えてくれてありがとう。人型の巨大なスライムの討伐の手際も見事でした。お陰で人的な被害は最小限で済みました。ガンスリンガーを代表してお礼を言わせて貰います。」
そういうと、ウルティカは座ったままではあるが、深々と頭を下げる。その所作さえも、圧倒的風格。
俺は久しぶりに丁寧な扱いをされ、慌てて答える。
「マスター・ウルティカ! 頭を上げてください。元はと言えば、原因の一旦は俺、いえ私にあるので……」
「無理に敬語を使わなくてもいいわ。それと、私のことはミズ・ウルティカと。貴方のことをマスター・オリーブハイブが受け入れた時点で、責任はマスター・オリーブハイブが引き受けたことになります。そのマスター・オリーブハイブは命をとして責任と向かい合ったのよ。だから誰も貴方のことを責めることはないわ。」
俺は思わずその言葉に、少しうるっと来てしまう。どうやら一連の出来事に、心が張り詰めていたのは江奈だけでは無かったみたいた。
俺は大きく呼吸をし、気分を落ち着かせると、警戒のレベルを上げて答える。強さだけではない、人心掌握に長けた人物というのが、彼女の印象だ。
相対した者の心を緩めるその手腕は、尊敬するとともに、十分注意して相手をしていく必要がある。
そこで、江奈とマスター・マスカルも俺達の話に入ってくる。
「さて、それでは本題に入ろうかね。朽木君だったね。ホルンパージ君から概要は聞いているよ。」
ちらりと、巌のような大男に視線をやるマスター・マスカル。それで俺はキャノンでテントを支えているのがマスター・ホルンパージだと理解する。そのまま話し続けるマスター・マスカル。
「それで、今回の事態、今後の危険度どう見ているのかな?」
マスター・マスカルがこちらに話をふる。
俺は急いで頭を働かせながら、時間稼ぎにゆっくりとした口調で答える。
「俺も良く理解しているとは言えないのですが、今回の騒動の原因であるアクア。彼女はダンジョンコアを指して、回廊ダンジョンという言葉を口にしていました。世界をつなぐといった趣旨のことも。ダンジョン『焔の調べの断絶』の鳴動と新しいスライム系モンスターのポップ。多分アクアが新しいダンジョンマスターになって、回廊ダンジョンのコアを使い、ダンジョンを作り替えたんだと思います。」
俺は一度言葉を切り、その場にいる一堂を見回す。皆、無言でこちらを見つめている。
急に、冒険者の中でもトップクラスの重鎮達に注目されていることを意識する。俺は喉の乾きを覚え、思わず生唾を飲み込む。そのまま無理やり話し続ける。
「多分、アクアは別の場所で回廊ダンジョンのコアを使いたかったのではないか、と思います。ほぼ、勘ですが、『逆巻く蒼き螺旋』で。でも、師匠がその命と引き換えに、アクアの存在をほとんど削り取った。その状態で、外に出ようとすれば当然マスター・ホルンパージとぶつかることになりますよね?」
無言で頷くマスター・ホルンパージ。
「だから、今の状況はアクアにとっても完全に本意ではないと、思います。脅威は計り知れないぐらいです。もしかしたら、今起きている全世界同時ダンジョン活性化よりも被害が出るかも。でも、まだ時間的余裕があるんじゃないかと思います。アクア自身の完全ではない状態、不完全な場所。……もちろんすべて推測に過ぎませんけど。」
そこまでしゃべり、口をつぐむ俺。
しばしの沈黙。そこで江奈が口を開く。
「私からもいいですか?」
頷くマスター・マスカル。
それを見て、話し始める江奈。
「朽木の推測に大まかには、私も賛成です。少しだけ、補足を。アクアは、ダンジョンの大本の世界をプライムの世界と言っていました。その世界が侵略するのに、ダンジョンを使っているとも。敵の言うことです、当然丸のみにするには危険な情報です。」
そこで一度話を切る江奈。
「しかし、私が気になったのはそこではないんです。私のガンスリンガーとしての勘が囁きかけて来るんです。アクアからは、漁夫の利を狙う漁師のような狡さを感じるんです。」
「ふむふむ、大変参考になったよ。朽木君も江奈君もありがとう。」
と、マスター・マスカル。
そしてナインマズルの三人は無言で視線を交わす。
やがて三人ともが頷くと、これまで一言も話さなかったマスター・ホルンパージがその重たい口を開いた。
「我々はナインマズル三席同意のもと、今回の事案を世界の危機と認める。ここに、ガンパウダーの盟約基づき、ナインマズル全員の強制召集を宣言する。」
「この三名だけども事態の収集のためダンジョンに潜るか、時間をかけてでも最大戦力を揃えるか。貴方達のお陰で決まったわ。」
そういって微笑むミズ・ウルティカの笑顔は闘士のそれであった。
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