第52話 鏡の間での対峙

(おいおいおい、いったいどういうことだ、この状況!)


 俺は鏡張りの広間を右周りに回っていた。相対する相手の攻撃を避けながら、必死に状況を把握しようとしていた。


(目の前のって、どう見ても、俺だよな。お互い、武器は無しか。なんか鏡で見るより、不細工に見えるが……。まあ、そんなことはどうでもいい。)


 取り敢えず決して認められない現実からは、軽く目を反らしておく。目の前の敵は、先ほどから絶え間なくパンチやキックを繰り出してきている。しかし、どれも動きが素人臭い。ボクシングの真似事程度にしか感じられないお陰で、かわすだけなら難なく出来ている状況だ。


(そもそも、ここはどこだよ。俺は確か、ダンジョンの因子を発動しようとして。その間に師匠に怪しい草の煙を吸わされていた……。そのまま、気絶したのか? そういや、最後の方で師匠が何か言っていたよな。)


 大振りをやめて、ローキック中心で攻めてくる目の前の敵。

 ガードすると地味に痛い。


(いてて。そうだ、ダンジョンの因子に、一つ一つ勝ってこい的な事を言っていた。と言うことは、目の前の俺の姿をした奴はやっぱり敵だってことだよな。ここは夢とか意識の中とかそんな感じなのかな。まあ、それなら遠慮なくやらせてもらいますか。)


 覚悟を決めた俺は、反撃することに決める。一度覚悟してしまえばだいぶ気持ちも変わる。目の前の敵の動きに意識を集中する。


(俺はボクシングとかネカフェの漫画で読んだくらいの知識しかない。トレーニングもしたことないし。実際パンチしても、目の前の敵とどっこいどっこいだろう)


 俺は相手の動きに合わせて、軽く踏み込みながら左手でジャブっぽく拳をくり出す。

 目の前の敵も全く同じ動きでジャブを繰り出してくる。

 予想していたのか、お互い頭を僅かに後ろに反らし、互いのジャブは空振りに終わる。


(やっぱりだ。この目の前の敵は俺と同等のステータスなんだろうな。だとすると……)


 俺は再び踏み込みながら左手でジャブを放つ。今度は重力軽減操作のスキルを発動させ、左こぶしにかかる重力を減らす。

 僅かに切れが良くなるジャブ。


 敵は今度は片手で俺のジャブをガードすると、ローキックを放ってくる。俺は、脛でガードする。接触の瞬間、衝撃が予想を下回ったことから、相手が重力軽減操作をするのがなんとなくわかる。


(いってー。敵も、完全に同じ動きをするわけではない、みたいだな。そしてスキルを使っている。)


 壁の鏡に、くるくると互いに向き合いながらお互いの周りを回る俺たちの姿がうつる。


(さて、どうしたものか。決め手にかけるよなー。どうしても。)


 互いにパンチとキックの応酬。しかし、同じステータス、同じ条件で打ち合うそれは、互いの体力を同じだけ使って、同じようなダメージを蓄積させていく。

 互いに鈍り始める動き。


(何か、均衡を崩すものがないと……)


 俺は徐々にぼろぼろになっていくお互いの姿を見ながら必死に考える。


(これは修練、なんだよな? 師匠も俺の準備が出来た、みたいな事を言っていたし。だとすると、何か正解が必ずあると思うんだよね。何か、ヒントは無いものか。)


 俺はこれまでの師匠の言動や焔の街に来てからの事を洗いざらい思い返していく。


(ここにきてやったのはダンジョンの因子を感じることだけ……。うん? 待てよ。さっき、ダンジョンの因子を感じるときに自分のものだけじゃなく、この今いるダンジョンの因子も感じられたよな。ってことは……)


 俺は目の前の敵に集中していた意識の幾ばくかをさいて、別の場所に集中してみる。そのままでは、特に何も感じられない。そこで、自分のダンジョンの因子をまず感じ、それを発動してみる。


 一度、ダンジョンの中で発動できたお陰かスムーズに発動させられる。


 もちろん、干渉があるのも感じられる。

 俺はその干渉のうち、自分の足元から感じられるものに意識を集中させる。


「あ、これか!」


 思わず声が出る。

 その隙を狙って繰り出される、敵の右ストレート。

 危うくかわす。


(あっぶねー。気をそらしすぎた。でも、お陰でわかったぞ。)


 俺は自身のダンジョンの因子を操って、自分の足元のGの革靴の中の、ダンジョンの因子に意識を伸ばす。


(出来た!)


 その瞬間、隠されていたスキルの存在が自然と頭に浮かぶ。

 まるで鑑定をしたかのような情報の逆流を僅かに感じる。本物の鑑定スキルの使い心地を知っている身からすれば大したことはない。


 俺はローキックを繰り出した敵にそのままこちらからも踏み込む。俺の太ももに敵のローキックが浅くヒットする。


 その接触の瞬間、スキル名を呟く。


「重力加重操作、発動。」


 ガクッと膝をつく敵。そのまま俺は敵の背後を取りに行く。

 うまく動くことの出来ない敵の背後に易々と回り込む。


 そのまま相手の首に腕をかけ、体重を使って背中側に引きずり倒すように、閉め落とし始める。


 俺は自分自身にも重力加重操作のスキルを発動させる。

 俺の全身に、一気に数倍の重力がかかる。


 ボキッ。


 腕の中で嫌な音が響いた。

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