第30話 翼を広げて

「あんなの、トカゲで十分なの。それより、手に入れたスキルを使うの。ちょうど良いスキルが手に入った。」


 アクアが俺の思考につっこみを入れてくる。


(スキルって、この飛行ってやつだな。ぶっつけ本番とか本当に勘弁してほしい。)


 俺は飛行スキルを発動する。


 スキルの発動を念じると、俺の頭の上数センチのところに、真っ黒な魔方陣が、みょんっと音と共に展開される。


 水中でも聞こえた音に、思わず上をむく。魔法陣もその動きにあわせて動く。


(あっ、見えない……。)


 俺は諦めて、上目遣いで魔法陣の動きを追う。


 直径30センチぐらいの真っ黒な魔法陣は、緩やかに回転しながら、その中の文字が次々に点滅を繰り返す。

 光る文字に合わせて、水を突き抜け、音が鳴り響く。

 どうやら振動ではなく、直接精神に届いてくる音のようだ。


 その不思議な音楽とも言えない音が鳴りやむと、魔法陣からずるずると、何か黒い物がゆっくりとはえてくる。二つの突起から始まり、徐々にその全貌を現す。

 それはコウモリの羽のような、ゴツゴツと骨の浮き上がる真っ黒な1対の羽であった。全長は軽く俺の身長を越えている禍々しささえ醸し出している羽。


 俺の意識に反応して、それは羽ばたき始める。

 しかし、その羽ばたきには物理的な抵抗を一切感じられない。


 俺は不思議に思って、羽を下げて手で触れてみる。


(近くで見ると一層気持ち悪いかも。)


 恐る恐る触ると、するりと手が羽をすり抜ける。

 どうやら、物理的に翔ぶものではない様子。


(飛行は魔法よりのスキルなのか。この羽は飛行の概念を具現化している?)


「クチキ、遊んでないでさっさと飛び立つの。毒の処理がそろそろ限界なの。」


(あ、ああ。そうか、毒、アクアが処理してくれてたのか。ありがとう。)


 俺はお礼を思考にのせると、上昇するように羽を動かそうと意識する。

 自然と強く羽ばたき始める禍々しい羽。

 それは半分俺を包むアクアの水から飛び出し、力強く動く。


 一切の水流も空気の流れも作り出さず、俺たちの体が上昇を始める。


 アクアが右手で俺に繋がった形で、飛び上がり、そのまま薄青色のガスの海を突き抜け、一気に羽付きトカゲ達が旋回する高さまで近づいて行く。


 羽付きトカゲ達も、俺たちが近づいて来たことに気がつき、旋回を乱してバラバラに動きを変える。

 俺は羽付きトカゲ達より上空を位置取ると、上昇を一旦止め、その場でホバリングする。


 アクアがそのタイミングで俺を手放すと、思いっきり俺のことを蹴りつけて、その反作用で羽付きトカゲの一体に飛びかかる。


「ぐえっ。ごはっ!」


 腹を思いっきり蹴られ、アクアの右手だった水を吐き出しながら横に飛ばされる俺。

 全ての水を吐ききると、空気に溺れそうになり、急いでエラを解除する。


 俺が何とか体勢を立て直した時には、次々に羽付きトカゲを乗り移りながら殴り殺しているアクアが、最後の羽付きトカゲの脳天に、拳を埋めているところだった。


 脳天を打ち抜かれた羽付きトカゲが落下を始める。

 アクアがその死に体のトカゲを思いっきり踏みつけ、俺の方に向かってくる。

 俺は無意識に腹を庇いながら、少しずれるように移動して手を伸ばす。

 みょーんと伸びてきたアクアの手を掴む。


 羽付きトカゲ達の死体は全て、薄青色のガスの海の中へと沈んで行ってしまった。生命に死をもたらすガスは、荒野のかなりの部分まで広がりを見せている。


「ああ、魔石、もったいない……」


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