第22話 反撃

 あわやぶつかるといったその時、反射的に突きだした左腕。

 とっさに強制酸化を使用する。


 カニさんミトンに触れた瞬間、粘体人間は、弾け飛ぶように蒼い粒子となる。


 粒子は渦を巻きながら、一つへと結実する。

 新たなる装備品の誕生。

 それは、かつて粘体人間だった時の慣性のままに俺の顔面へとぶつかってくる。


 幸いなことに、非常に軽い衝撃。しかし、そうはいっても軽く仰け反る。


 どうにか倒れずに姿勢を戻すと、何やら鼻に引っ掛かりを感じる。手探りでそれをひっぺがす。

 まじまじと見ると、それは蒼い単眼鏡であった。


 取り急ぎ左目に装備する。

 単眼鏡をかけた瞬間、無数の文字やグラフが目の前を乱舞する。まるで脳に直接情報を叩きつけられているかのように。


 思わず激痛の走る左目を押さえ込み。うずくまる。


 すぐに、周囲では、他の粘体モンスターたちが間近まで迫りくる。

 そのすえた腐敗臭がかぎとれるくらいまで、近くに。


 俺は激しい痛みを無理やり押し込み、鞭を振るう。

 ただただ、生き残るために。

 不思議と単眼鏡を外すと言う選択肢は頭には浮かばない。

 無意識のうちに、これこそが状況打開の鍵だと、闘争と生存を司る本能が告げている。

 痛みを単なる記号だと自分自身に思い込ませる。怯む腕を、必死に振るい続ける。


 極限の最中、いつしか、すべてを見下ろすかの如く、俯瞰している自分に気がつく。

 単眼鏡がもたらす、データの海といっても過言ではない量の情報の大波。そこにぷかりぷかりと浮かび、消えていく何かが徐々に掴めてくる。


 俺は鞭を振るうのを止め、その何かに導かれるように、こちらに迫りくる粘体達にふらふらと近づいて行く。

 一番最初に接敵したのはソードグラスホッパーの頭部に潜り込んだ粘体。


 まるでその粘体の意思と同調してしまったかのように、攻撃の流れが『ミエ』る。

 その予定調和の動きに合わせ、そっと添えるように左手をかざす。

 右目で見ればただの粘液でしかない、その場所。しかし、左目の単眼鏡を通して『ミ』た世界では、そここそが、その粘体の基点にして要であることが何故か読み取れる。

 その要のポイントに、そっとカニさんミトンを差し込む。最小のイドで、強制酸化を発動する。


 パシンっ


 ソードグラスホッパーの骸を弄んでいた粘体は、それだけで弾け飛び、その穢れた粘液を撒き散らし、果てる。

 後に残るのは、粘体の束縛から解き放たれたソードグラスホッパーの頭部だけ。その頭部はころころと地面を転がって行く。


 それを見送る間もなく、次々に襲い来る粘体達を、時にいなし、時に真っ正面から、カニさんミトンでいっそ優しいと言えるタッチで触れていく。極小のイドで発動する強制酸化。要を破壊された粘体達はこの度に、次々に弾け飛び、ただの穢れた水溜まりへと化していく。


 そして、地を這う粘体がすべて倒れた。

 俺の意識は体とは裏腹に、ただただ、単眼鏡のもたらす情報の洪水のせいで、ぼーとその様子を眺めていた。半ばから、ひたすらにもたらされる情報のままに動くだけどなっていた俺。

 それは過剰すぎる情報への一種の防御反応であったのだろう。


 俺がカニさんミトンを下ろす。同時に、ついに天井に張り付く海のごとき粘体、超巨大な質量を有するスライムと呼ぶのも馬鹿らしくなる蒼色の暴虐の化身が、動き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る