第21話 蒼色の暴虐

 暗い天井を埋め尽くし、広がる不定件の粘体。スライムと呼ぶには巨大なそれは深い蒼色をしていた。

 まるで深海のごときその体には、うっすらと様々な生物であったもの達の残骸が、ぷかりぷかりと浮いているのが見える。


 それはソードグラスホッパーの頭部であったり、ダンジョンロックコーチの殻であったり。見たこともない聞いたこともないモンスターの骨であったり、はたまた、人の亡骸とおぼしき皮すらもそこには浮いている。


 天井に広がる蒼き粘体の海が、胎動するかのように、波打つ。

 すると、ぷかりぷかりと浮かんでいた亡骸たちが、ゆっくりと表面まで浮かんでくる。

 粘体の一部と共に、そのままポトリポトリと落下してくる。


 それはまるで亡者が地の底から涌き出るように。

 粘体に喰らい尽くされ、弄ぶように残された残骸を、更なる冒涜の渦中へと押し出すかのように。


 一つ、また一つ。


 大地へと再び産み落とされ、ぺちゃりと張り付いた亡骸の一部。そこに、共に落ちた粘体が潜り込み、まるでかつての生を模倣し嘲笑するかの如く、動き出す。


 真っ先に産み落とされたのは、頭部だけとなったソードグラスホッパー。そこに潜り込んだ粘体。

 粘体のはみ出した部分が、その体を、その脚を形作る。しかし、歪で、ぶよぶよとした体は、生前の劣化した模倣でしかない。

 のたりのたりとした動きで、こちらに向かって襲いかかってくる。


 俺は、重力軽減操作をした軽くなった体で駆け寄る。動きの鈍い粘体のソードグラスホッパーを、駆け抜け様に横薙ぎに一閃する。


 まるで水を斬ったかのような手応え。


(見た目より、液体に近いのか!)


 粘体ソードグラスホッパーは、何事もなかったかのように、振り向き、飛び掛かってくる。

 しかし、本物に比べても劣る速度しかない粘体ソードグラスホッパーの体当たりを、俺は余裕をもってかわす。すり抜け様に、唯一実体のありそうな頭部を唐竹に斬りつける。

 両断される頭部。


 しかし、粘体ソードグラスホッパーは両断された頭部を粘体の中に保持したまま、再び何事もなかったかのように着地する。


(頭部は飾りか?)


 俺が戦っている間に、次々と落下してきた亡骸に潜り込む粘体。


 次々に産み出されていく粘体の疑似モンスター達。

 そして、かつては人間だったであろう皮だけになった物までもが、次々に粘体の海から落下してくる。


 地面にぺちゃりと張り付いた皮。そのかつては目や口であった穴から、ぐにょぐにょと皮の中へと潜り込む粘体。

 水風船のように膨らみ、出来の悪い人形の如く立ち上がり、のたりのたりと歩き始める。


 無数の敵が、俺に向かって襲いかかってくる。


「不味いな。動きは遅いけど、斬っても手応えがないし、数が多すぎる……」


 思わず弱気な愚痴が漏れる。


 俺は攻撃の通らないソードグラスホッパーをしまうと、一縷の望みをかけてツインテールウィップを装備し、振るう。


 二又に別れた鞭先が俺の腕の振りに合わせて広場を駆け巡る。その打撃面が粘体のモンスター達を捉えると、確かな手応えを感じる。

 どれ程のダメージを与えているかは不明だが、衝撃で粘体モンスター達は、弾き飛ばされていく。


(おっ、時間稼ぎには、なるっ)


 俺は無我夢中で鞭を振り回し続ける。

 イエロースラッグ相手に振り回し続けていたお陰か、動きの遅い粘体モンスター達であれば大きな空振りもなく、鞭を当てることができた。


 そのままいくら時間がたっただろうか。

 俺はひたすら鞭を振り回し続けていた。

 状況は完全に膠着状態に陥っていた。


 オドの強化と、重力の軽減による体力の温存があるとはいえ、いつ果てるともしれない戦いは確実に俺の心身を蝕んでいく。

 熱を持ち始めた腕の筋肉。すでにその熱は全身に回り、苛む。


 天井に張り付いたスライム本体に動きはない。まさに高みの見物といったところなのだろう。

 地を這う粘体モンスター達は飽くことのない執念さをもって、いくら弾き飛ばされても変わることなく俺に向かって襲いかかってくる。


 精神的、肉体的疲労の極致で、ついに俺は手元が狂ってしまう。

 手首の返しが遅れ、鞭先がくるくると敵に巻き付く。それは、はからずもかつては人だった皮をまとった粘体モンスターであった。


 俺は焦り、振りほどこうとするが、逆に鞭で強く引き寄せてしまう。


 眼前まで迫る、かつては人の顔の皮とそこに詰まった粘体。

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