第12話 土の味

 意識が徐々に浮上してくる。


 背中がゴツゴツして痛い。


(あたたっ、甲羅から落ちた?! 敵っ!)


 ガバッと起きる。


 青空に、太陽が傾きはじめている。ダンジョンの入口が見える。

 外のようだ。辺りには沢山の冒険者や県軍の兵士たち。


「目が覚めたか。」


 後ろから声がする。

 急ぎ振り返ると、仁王立ちで腕をくみ、こちらを見下ろす江奈の姿が。


「エナさん、無事だったか。蟹はどうなった?!」


 無言で何かを差し出してくる江奈。


 受けとると、それはゴツゴツした拳大のピンクの魔石だった。細かい突起が沢山ついた不思議な形。しかし、何となく嫌な雰囲気を発している。


(でかっ! 巨大ピンクキャンサーの魔石か。こんな形、見たことないなー。でも、魔石があるってことは、結局倒せていたのか。それに、脱出も出来たんだな。良かったぁ。)


 俺はそこで相変わらず無言でこちらを見下ろす江奈の姿をちらりと見る。

 言葉にはならない威圧感を、ひしひしと感じる。


 俺は覚悟を決める。ゆっくりとした動きで、足を揃え、地べたに正座する。


 ゆっくりと息を吐ききり、キリッとした顔を作る。

 江奈の顔を正面から見据え、その視線を一度しっかり受け止める。そんな俺の姿を見て訝しげな表情をする江奈。


「な、何よ。」


 俺は、そのまま勢いよく、頭を地面に擦り付けるように土下座する。


「もうしわけ、ありませんでしたっ!」


 腹の底から声を出し、謝罪の言葉を叫ぶ。

 辺りに響き渡る俺の魂のシャウト。


 何事かと周りにいた人達がこちらに注目するのがわかる。


「いや、ちょっと! いいから頭を上げろっ!」


 江奈の慌てた声。

 俺は構わず、地面に頭をつけたまま、再び叫ぶ。


「本当に、すいませんでした!」


 江奈がさらに慌てたようにキョロキョロすると、俺に頭をあげるように言う。

 しかし。俺は頭は地面に擦り付けたまま、少しだけ声のトーンを落として話す。


「それは麗しい江奈様の魅力に負けた哀れなわたくしめをお許し頂けるという寛大な御言葉で……」


 江奈が俺の流れるような口上を遮り、逆に叫ぶように言う。


「そういうのはっ! いいからっ! さっさと頭を上げろっ!」


 しばらくの無音。叫んで荒くなった江奈の呼気の音だけが聞こえる。

 俺はすっと立ち上がる。


 目の前には、顔を真っ赤にしてこちらを睨む江奈。しかしその瞳は少しだけ潤んでいるようにも見えなくはない。


 俺は自分より僅かに高い位置にある江奈の頭をぽんっと叩いて、言う。


「ありがとう。二人とも生き残れて良かったよ。」


「なっ!」


 真っ赤な顔のまま、口をぱくぱくさせる江奈。

 ちょうどそのタイミングで、冒険者協会の制服を着た役人が足早に近づいてくる。


「あ、はじめまして。朽木さんですね。」


 役人は手元の端末を見て、俺の顔と照合すると話を一方的に続ける。 


「私、こちらの冒険者協会の支部の者ですが、支部長より召喚状をお届けに上がりました。こちらです。」


 今どき珍しいペーパータイプの召喚状をバインダーから取り出し、渡してくる。


「え、人違いじゃないですかね?」


 手渡された召喚状には俺の冒険者IDが乗っていた。


「至急の出頭をお願いいたします。もしよければこのまま私がご案内します。」


 そういって役人は俺の返答を待つ。


 俺は仕方なく返事をする。


「あー。はい、わかりました。」


 俺はまだまだ口をぱくぱくしている江奈に声をかける。


「と言うわけなんで、それじゃあね、エナさん。」


 俺は役人とともに冒険者協会の支部のあるビルを目指す。


 10数メートル離れた所で江奈から声がかかる。


「ばっきゃろーっ!」


 そんな江奈からの悪態に、軽く右手を上げて応えておく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る