第11話 決着

 俺はチョロチョロしている通常個体のピンクキャンサー達を力ずくで蹴飛ばし、時たま踏みつけ、飛び越える。

 その間にも巨大ピンクキャンサーは攻撃の手を休めてくれない。ぶっちゃけ忙しい。


「朽木、一度下ろしてくれ。私も戦う。」


 江奈がまたそんなことを言い始める。

 俺は忙しいなか、何とか返事する。


「いやいや、イドはそんなにすぐには回復しないだろ。よっぽど精神的に活性化、それこそ興奮して鼻血が出るぐらいの事がなけりゃあ……」


 何故か顔を真っ赤にして怒鳴ってくる江奈。


「バカっ。いいから下ろせ。もう動けるぐらいには回復した。それに予備の実弾もある。」


 分かりやすすぎる江奈の様子に、俺も何だか気恥ずかしくなってくる。タイミングを見計らい、素直に江奈を下ろす。

 もちろん重力軽減操作を解除しておくのは忘れない。

 そのタイミングで、ちょっとよろける江奈。


 思わず支えようと手を出すと、バシッと払われる。


「……元気そうだね。」


 無言で睨んでくる江奈。


 その間にも、蟹達の攻撃が迫ってくる。互いに左右に別れ、迎撃に移る。

 俺は迎撃しながら江奈に話しかける。


「エナさん、七色王国は2回ぐらい撃てそう?」


「ああ。」


 イドの回復の件ですっかりへそを曲げたのか、素っ気ない返事。


(撃てるなら、もしかしたら、いけるかもしれない。)


「エナさん、俺が合図したら巨大ピンクキャンサーの脚に向かって青の七色王国をお願い。」


「……ああ。だが、あれほどの巨体だ。相当のオドだろ。大して凍らないぞ?」


「大丈夫! 任せて。」


 俺は自信満々に見えるように答える。


 俺は迎撃しながらステータスを開く。

 周りの通常個体のピンクキャンサーが邪魔だ。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 氏名 朽木 竜胆(クチキ リンドウ)

 年齢 24

 性別 男

 オド 24 

 イド 6 (11)


 装備品 

 ホッパーソード (スキル イド生体変化)

 革のジャケット 

 カニさんミトン (スキル 強制酸化)

 なし

 Gの革靴 (スキル 重力軽減操作)


 スキル 装備品化′

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 俺もイドが回復しているのを、確認する。


(これじゃあ足りない可能性あるよな。仕方ない。生きるか死ぬかの瀬戸際だしな。)


 俺は、周りのピンクキャンサー達が片付き、巨大ピンクキャンサーが壁に近づいたタイミングで、江奈に近づきながら声をかける。


「エナさん、七色王国を!」


「ふん、サービスだ。受けとれ蟹野郎。」


 江奈は四発の魔法弾を連射して撃つ。

 全てが見事、巨大ピンクキャンサーの脚先に命中。

 凍りつき地面にそれぞれの脚が固定される。 


 突然の事態にジタバタもがく巨大ピンクキャンサー。それだけで、凍りついた脚の氷にヒビが入り始める。


「さすがエナさん。ありがとう。そしてすまん。」


 俺はそういうと、そっと江奈をだきよせ、そのまま唇を奪う。


 はじめキョトンとしていた江奈は、何をされているか理解すると、一気に顔を真っ赤にする。何かを話そうとしたのか、ふがふが言い始める。


 しかし、当然、口は開かないので、ふがふがとしか聞こえない。

 俺はそっと拘束していた両腕を離す。


(殴られるかなー。)


 俺のそんな予想とは裏腹に、ぺたんと座り込む江奈。

 口を手の甲で覆って、目がキョロキョロ泳いでいる。


「あー。ちょっと逝ってくるわ。」


 俺は何て声をかけていいか悩み、結局そんなことしか言えず、巨大ピンクキャンサーに向かって走り出す。


 すでに、脚の氷は二つ、割れている。


(ありゃ。割れるの早いねー。それでもっ!)


 俺は巨大ピンクキャンサーの懐に到達する。振り下ろされるハサミ。

 何とか掻い潜ると、ジャンプし、そのままハサミに飛び乗る。


 俺が乗ったことに気づいたのか、ハサミを振り上げて撥ね飛ばそうとする巨大ピンクキャンサー。

 俺は、自身の重力軽減操作はきり、ハサミに重力軽減操作をかける。そしてそのままハサミが振り上げられる勢いを利用し、壁に向かってジャンプする。


 空中で自身に重力軽減操作をかける。


 俺は無事に壁に取りつき、軽くなった体を支える。


 後ろを見ると、巨大ピンクキャンサーは、よろけている所だった。

 脚が固定されたまま、振り上げようとしたハサミが想定よりも軽くなっていたのだ。当然、勢いのままに、のけ反る姿勢になる。


 そのままひっくり返るかという淡い期待はさすがに裏切られる。


 踏ん張った巨大ピンクキャンサーが姿勢を正す。

 しかし、すっかり意識が俺からは逸れている。


(ひっくり返るかのが理想だったけど仕方ないね。)


 その隙をついて、俺は目の前に戻ってきた巨大ピンクキャンサーの甲羅の背に、飛び乗る。

 右手で逆手に構えたホッパーソードを甲羅の突起に引っかけ体を固定する。


 そして左手のカニさんミトンを甲羅にあて、強制酸化のスキルを発動した。

 イドの消費と引き換えに酸化が始まる。


「うまくいってくれっ」


 俺は祈るような気持ちで呟く。


(あ、行けそうかも?)


 感覚的に、思っていた通りの作用が起きていることが把握できる。


(でも、かわりにエナさんのお陰で溢れていたイドが、あっという間になくなって行くわ、これ。やっぱりこのまま、イドの枯渇死ルートですかね。)


 急激に精神的に蝕まれていく俺の足元で、巨大ピンクキャンサーも泡を吹き、苦しそうに暴れている。

 ホッパーソードを支えに、何とか甲羅の上に留まる。


 そうしているうちに、カニさんミトンを中心に巨大ピンクキャンサーの甲羅がぼろぼろになり、崩れていく。その崩壊は脚へ、ハサミへと広がっていく。

 外骨格ゆえに、それが崩れることで徐々に動きが制限されていく巨大ピンクキャンサー。


 しかし、それは俺のしていることの副産物でしかなかった。


 俺はカニさんミトンで、巨大ピンクキャンサーの体内の水分に含まれる酸素を、甲羅のキチン質に強制的に結合させていた。

 そのため、キチン質が強酸を掛けたかのようにぼろぼろになっていく。

 しかし真の狙いは、ピンクキャンサーの呼吸を奪うこと。カニはエラの周りの水分に含まれる酸素が無くなると窒息死してしまう。カニと同じ生態であれば、ピンクキャンサーも息ができなくなるはずだ。

 実際に、泡を吹き続ける巨大ピンクキャンサー。その動きは明らかに鈍いものとなってきている。


 しかし、残念なことに、俺もイドの残りが、危機的なまでに少なくなってきた。


(やっぱり、イド足りなかったかも。何とかなるかと思ったんだけどなー。)


 最後に大きく痙攣する巨大ピンクキャンサー。しかし、俺も同時に意識を失い、そのまま甲羅から落下してしまった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る