第6話 イド生体変化

 俺は自分の精神がガリガリと削られていくのを感じる。


 言葉にならない不快感。


 その気持ち悪さに囚われていると、背中の痛みが急激に軽くなっていることに、遅れて気がつく。


 ソードグラスホッパーの攻撃の衝撃で、折れたであろう脊椎が、傷ついていた内臓が、何かで補填され、正常な状態になっていく暖かな感覚。それとともに、痛みが急速に減少していく。


 あっという間に修復された身体。かわりに、強い不快感と絶望感が精神を蝕む。


 すでに目の前まで迫るソードグラスホッパー。


 俺は、死にそうな厭世感を何とかねじ伏せ、自身の身体と握りしめたままのホッパーソードに、重力軽減操作のスキルをかける。

 そのまま、跳ね起きるようにして立ち上がりざまに、ホッパーソードで切り上げる。

 その一閃は、手の届く距離まで近づいて来ていたソードグラスホッパーに、見事命中する。

 その身体を易々と両断する。



 そのままへたりこむ俺。


「ヤバかったー。本気で死ぬかと思ったー。」


 見上げる空の青さが眩しい。気が抜けて再度押し寄せてくる絶望感に飲み込まれそうになりながら、何とかステータスの確認を行う。


「よし、ステータスは開かない。取り敢えずは近くに敵はいない、か。」


 地面に座り込んだままの身体を何とか持ち上げる。


(この絶望感は、とっさに使ったイド生体変化のスキルのせい、だよな?)


 俺は手を握ったり、足を動かしたりして身体の調子を確認する。


 なんの違和感もなく動く身体。


(イドが、言葉通り生体、この場合は俺の怪我した場所の骨や内臓となって補填されたんだろうか? もしそうならすごくない? ほとんど回復魔法じゃん。しかし、この精神を蝕む感じは辛いな。ネットの噂でイドの枯渇の話は見たことあったけど、こんなにきついのか。)


 俺はゆっくりと辺りを見回し、倒れたままのスーツの男性を見つけると駆け寄る。


 すでに事切れている様子。


 俺はしゃがみこみ、ご遺体に手を合わせる。

 そして買ったばかりのスマホを取り出すと、覚束ない操作で『ダンジョンに潜ろう』の公式ホームページに冒険者IDでログインする。


 スタンピート関連の会員専用ページに、ご遺体の位置とソードグラスホッパーに遭遇撃破したことを書き込んでおく。


(間に合わなくて申し訳ありません。必ずこれで、誰かがお迎えに来てくれるはずです。)


 最後にご遺体に手を合わせると、俺は立ち上がり、折れた鉈を拾い、ソードグラスホッパーの残った方の死体に近づく。スマホでソードグラスホッパーの魔石の採取方法を検索する。


「ふむ、場所は額の所か。うげ、複眼の横から刃を入れて切り開いていくのか。」


 俺は軽い吐き気を抑え、落ち込みがちな気分を何とか奮い立たせ、ソードグラスホッパーの頭部を解体していく。


「うまく解体したら売れる部分もあるのか……」


 俺はあまり時間もなく、道具も折れて刃こぼれしてしまったかつての愛用の鉈しかないので今回は魔石の摘出に専念する。


 スマホと交互に見ながら、何とか魔石の位置を特定すると、割らないように気を付けながら、グリグリと周りの肉の部分を抉り、無事に魔石を取り出す。結局5分かからずに魔石の摘出に成功した。


 それは小指の爪ぐらいの大きさの真っ赤な魔石のだった。


「やったーっ! 人生初のちゃんとした魔石、ゲット!」


 スマホで見ると、ソードグラスホッパーの魔石は大きさによって2~3000円ぐらいになるらしい。ダンジョンロックコーチの砂みたいな魔石とは存在感が違う。

 今回、一匹は装備品になってしまったが、もし装備品化しなければ、5000円前後の稼ぎになっていたことになる。


「Gを一日潰すのと同じぐらいか。コスパは断然いいけど、命懸けだったからな……。でも、このホッパーソードは絶対、当たりだ。」


 俺は手にしたホッパーソードを眺めながら呟く。


「しかし、スキルつきの装備品が二回も連続で出るものなのか?そもそもスキル付きの装備品の存在自体、ネットには全く情報ないしな。」


 空にかざしたホッパーソードはキラキラと太陽の光を反射する。


「……悩むのは後にするか。皆が心配だしな。」


 俺は急ぎ公園を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る