第3話 打ち上げ

 6000円もの稼ぎを手にした俺は、浮かれていた。

 二日続けての牛丼という贅沢を堪能した後、俺は近くのコンビニへ向かっている。


(これだけあれば、牛丼分とネカフェのリクライニングシート席代抜いても、余裕ありまくり! これはもう、あれ、するっきゃない)


 俺はコンビニでお会計を済ませ、その足で公園に向かう。


 夏になる前の穏やかな風が吹き抜け、夕暮れ時の香りを運ぶ。いつもなら住宅街に漂う夕御飯の匂いにお腹が鳴るが、懐のあたたかい今なら何のその。


 公園に着く。

 人影も疎ら。

 俺は隅っこのベンチを確保し、さっそくコンビニの袋から、例のブツを取り出す。


 焦って震える指。

 せっかくの瞬間を楽しもうと深呼吸。ゆっくりと開け、それを一気に喉に流し込む。


「あー。しみる。半年ぶりぐらい、かな……」


 何故か、夕陽に滲む涙。

 俺は発泡酒の缶をもう一度傾ける。


「ふぅー。」


 目を閉じ、ゆっくりとアルコールの余韻に浸る。

 俺は発泡酒をベンチにおき、あてに買ってきたコンビニセルフブランドのスナック菓子を取り出すと、こちらも噛み締めるように味わう。


 閑散とした公園。

 緑の繁った木々を眺めながらゆっくりと、酒とあてを交互に口に運ぶ。

 思い浮かぶのは今日の自分の動き。靴のスキルのおかげとはいえ、自身の手で手に入れた成果に、酔いも進む。


「なんで、一個しか装備品出なかったんだろ。ネットで見た限りだと、もう少し確率高そうだけど。」


 そんなことを呟きながら、缶を傾ける。


 しかし、そんな至福の時間は、すぐに破られてしまった。


「あ、いたいた。」


 ぼーとしていた俺に、突然、声がかけられる。


「え、エナさん? どうしてこんなところに?」


 そこには、俺がたまに拾いにつかせてもらっている江奈・キングスマンというハーフの女性が仁王立ちしていた。


 金髪をショートに切り揃え、俺より僅かに年下の彼女は、すらりとしたモデル体型とは裏腹に、しっかりと鍛えられた強い体幹をうかがわせる姿勢の良さで、強い存在感を放っていた。


 スキニーパンツの両足に巻かれたサイホルスター。そこに収納された二丁魔法拳銃の駆動魔石が、夕陽でキラリと光る。


「あんたこそ、どうしたのよ。オッサンから今日のこと、聞いたわよ。」


 エナはそういうと、どかりとベンチに座り込み、勝手に俺のコンビニの袋を漁り出す。

 そして発泡酒を取り出すと、一気に煽る。


「あぁぁっ。俺の……」


「なによ、散々稼がせてあげたのに。しみったれたこと言ってんの。」


 エナは、ばんと俺の背中を叩くと、俺の手の中のスナックの袋に手を伸ばす。


「はい……」


 俺はしょんぼりとエナの手の中の発泡酒を見つめながら、諦める。


「それで、何があったのよ。急に羽振りがいいみたいじゃない?」


「いやー。何だか急にコツが掴めたんですよね。」


 俺はとっさにオッサンにしたのと同じ言い訳をする。エナには散々お世話にはなってきたが、それでもすべてを話す勇気が出なかった。


「あそ、ふーん。」


 じとっとした視線で睨んでくるエナ。


「何だか良さげな靴を履いてるわね。」


 エナの言葉にドキッとしながら濁し気味に答える。


「安物ですけど、今日の稼ぎで……。それよりエナさんは、わざわざ俺を探しにここまで?」


「んなわけないでしょ。仕事終わりにたまたま通っただけよ。だいたい、こんなダンジョンの近くの公園で飲んでるじゃない、あんた。」


 確かにここからダンジョンは近い。


「まあおおかた、何かスキルが取れたんでしょ。おめでとさん。で、どうするのよ?」


「どうするって?」


「明日からは潰しをしていくの? それとも先を目指してるの?」


「俺は……」


 俺は、言葉につまる。エナの指摘に、先のことなんて何も考えていなかったことに気づく。日々の稼ぎで精一杯で、だいぶ近視眼的になっていたらしい。


「まあ、いいわ。ごちそうさん。」


 エナはそういうと、座ったままノールックで20メートル先のゴミ箱へ、手首のスナップだけで空き缶を放る。


 空き缶は綺麗な放物線を描き、吸い込まれるようにゴミ箱にインする。


(さすが、ガンスリンガー。)


 俺は空き缶の軌跡を追っていた視線を戻すと、エナはベンチを離れ、すでに公園の出口。そのまま去るかと思ったらくるりと振り向いた。


「もしも、先に行くって決めたなら、教えなさいよねっ!」


 そういうと、エナは今度こそ立ち去って行った。


(うーん、どこまでバレたかな……。スキルの存在に、靴への言及。ガンスリンガーは目と勘が命って聞いたことあるしな……)


 俺は僅かに残っていた発泡酒を飲み干し、歩いてゴミ箱まで行くと、投げるようなことはせず、ゴミ箱へそっとごみを捨て、公園を立ち去る。


 辺りはすっかり暗い。


 いつものネカフェに歩きながら、俺はこの先のことを考え始めていた。


(先を目指すにしても、金はいる。まずは、潰しをして資金確保。ついでに重力軽減操作スキルにも慣れなきゃ。まだまだ無駄な動きがあるしな。それで資金が貯まったら、貸ロッカー借りて、備品を揃えなきゃ。)


 俺は、ネカフェにつくまでつらつらと今後のことを考え始めた。



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