第2話 装備品化

 ネカフェのオープン席で目覚めた俺は早朝からダンジョンに来ている。


 最初の広場に入ると顔馴染みの雑貨売りのおっちゃんから声をかけられた。


「よう、朽木。早いな。今日もG拾いか?」


「いや、今日は久しぶりに潰しの方をやるよ。」


「へぇ、珍しい。そんな棒きれだけで大丈夫か。なんか道具買ってけよ。」


「また今度なー。」


 俺はおっちゃんにひらひらと手を降ると、広場に並ぶ店舗を抜けて、奥までやってくる。


 ここのダンジョンは一階部分の半分は先程のような雑貨や食べ物を売る屋台が場所を占めている。

 というのも、一階には怪我を負わせてくるようなモンスターが出てこないからだ。

 唯一出てくるのが、通称G。そう例の黒いあいつである。正式にはダンジョンコックローチ。

 まあ、まんまの名前だが、手のひら大の大きさのGである。

 大量に現れる奴らは当然みんなの嫌われもの。しかし上級冒険者は当然そんなやつらは相手にしないし、店やっている人間から見たら天敵みたいなものである。だから、奴らの駆除とその死骸集めは俺たち底辺冒険者の数少ない稼ぎとなっている。

 何せ、やつらには薬剤が一切効かないのだ。

 ひたすら潰すしかない。

 それで、やつらに関わる仕事は『潰し』と『拾い』に別れている。『潰し』はひたすらGを潰し、『拾い』は潰れたGをひたすら集める。


 G潰しの元締めやっているオッサンに声をかける。


「オッサン、今日は俺、潰しをやるわー。」


「どうした朽木。お前、最近はいつもはエナのとこで拾いだったろ。お前の潰しの速度だと拾いも兼任だぞ。効率悪いのは知っとるだろうに」


「わかってるわかってる。」


 俺は軽く答えてさっそく潰しに取りかかる。


 やつらは地上にいるやつに比べて、何倍も速い。素人に毛の生えたような人間にはなかなか捉えられないのだ。

 だからこそ、スキルを持っていたりして、潰しを専門にする人間がいるし、拾いはそういった潰し専門の人間の下で潰されたGを集めるようになっている。

 集めたGは全てオッサンに提出して換金してもらう。


 たまに潰しに挑戦する俺のようなスキルなしの人間は、拾うのも自分でやることになるわけだ。(まあ今はスキル持ちだが。)

 そしてこれ、適したスキルがないと、大変効率が悪い。

 しかし、今は俺にはそれ以外の目的がある。


 そう、ダンジョンコックローチもモンスターなのだ。

 であれば、装備品化のスキルを試すのに、最適である。


 俺はできるだけ目立たないようにすみの方でさっそく潰しに取りかかる。

 やつらはすみの方に集まりやすいから何らおかしい行動じゃないしね。


 我が物顔でそこらじゅうの床や壁を這い回るG達。

 しかし、近づけば当然逃げて行く。

 俺はじっと立ち尽くし、気配を消して、Gが近づいてくるのを待つ。


(一匹。まずは一匹。)


 俺は自然体に構え、全身の力を抜く。

 これでも一時期は拾いから這い上がろうと、潰しの方法に試行錯誤した時期もある。

 時間をかければ、数匹は潰してきた実績がある。


 薄目に、全身の神経を研ぎ澄ます。


(いまだ!)


 片足を大きく前に出し、膝を目一杯曲げ体を低く。そして素早く手首のスナップだけで、手に持つ棒を振るう。


 ぐしゃ。


「捉えたっ」


 俺は思わず喜びの声をあげる。

 いつもなら、この潰れたGをビニール袋に詰め、潰し代含め一匹30円になる。


 しかし、ここからはいつもと違った。


 潰れたGが煙のようになる。黒い煙が拡散することなく、渦巻き、一ヶ所に集まってくる。

 煙がきえ、そこには真っ黒な革靴が鎮座していた。


「うおお!本当に装備品になったよ!」


 1人テンションの上がる俺。


 思わず辺りをキョロキョロしてしまう。

 誰もこちらを見ていないことを確認すると、手に持つ棒を置き、さっそく装備してみることにする。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 氏名 朽木 竜胆(クチキ リンドウ)

 年齢 24

 性別 男

 オド 18 (2up)

 イド 7


 装備品 

 なた 

 革のジャケット 

 なし

 なし

 Gの革靴 (スキル 重力軽減操作)new!


 スキル 装備品化′

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「あー。やっぱりGで出来た靴、なんだよな。」


 俺は自分の足元を見下ろすが、もう貧しさで麻痺した感性では、気持ち悪いとも思わない。


「うん、あれ?」


 俺は、自身のステータスに違和感を感じて、再度開いてみる。


「オドが上がってる! 2年間で2しか上がらなかったのに。同じだけ上がってる。それに、なんだこれ、装備品の欄の横にスキル表示があるぞ? こんなの見たことも聞いたこともない……」


 俺はじっと自身のステータスを眺め、一度Gの革靴を脱いでみる。

 再度、ステータスを表示する。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 氏名 朽木 竜胆(クチキ リンドウ)

 年齢 24

 性別 男

 オド 16

 イド 7


 装備品 

 なた 

 革のジャケット 

 なし

 なし

 なし


 スキル 装備品化′

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「やっぱり。オドの上昇はこのGの革靴のお陰か。」


 オドは身体的な強さを、イドは精神的な強さを表すと言われていて、長年様々な研究がされてきたが、未だに謎が多い。

 長年、ダンジョンで研鑽を積むと上昇することは知られているが、俺はほぼ毎日2年の間ダンジョンに潜っても、オドが2しか上昇しなかった。


「お、俺の2年間と同じって……。めっちゃ嬉しいけど、なんだか微妙な気持ちもする。」


 俺は複雑な気分で再びはいたGの革靴を眺める。


「そして、何だよ、このスキル? 装備品についてるスキルなんて聞いたことないな。重力軽減操作? 語感的には軽くするスキルか?」


 俺は試しに手に持つ棒に対してスキルの発動を意識してみる。ついでに渦巻く中二心で、小さく呟く。


「重力軽減操作、発動!」


 そのまま、棒を拾い、振り回してみる。


「お、おお! お?」


 思わずよろける。


 俺は落ち着いて、降り下ろしだけ何度か試す。


 最後に、渾身の力で振り下ろしながら叫ぶ。


「重力軽減操作、停止!」


 おもいっきり前につんのめる。


「うわっ!」


 転んで巻き上がる砂塵。


「いててて。」


 俺は頭を擦りながら立ち上がる。


「これ、凄いかも。質量は変わらずに、かかる重力だけ減ってるわ。」


 俺は闇雲に振り回した時と振り下ろした時の感覚の差から、そう結論付ける。


(どうやら横振りの時はメリットはないけど、振り上げの速度は大分速くできるぞ。)


「あれ、でも質量変わらないから、振り上げ以外の威力は変わらない、のか?」


 俺はよくわからなくなって首をかしげる。


「……よし、次は自分にかけてみるか。」


 俺は自分にスキルをかけるイメージで呟く。


「重力軽減操作、発動!」


 そのまま軽く走ってみる。

 ぴゅんぴゅんと風を切る音が耳元で鳴る。


「! めっちゃ速い!」


 その場でジャンプ。


「いつもより、明らかに高いかも!」


 俺は楽しくなってくる。


「どうやら、だいたい3割ぐらい軽くなってそう。」


 俺はぴょんぴょん跳ねながら呟く。


「もしかしてこれなら……」


 俺は手に持つ棒を握りしめ、G達へと視線を送る。


 そして軽くなった体を生かし、近くのGへ駆け寄る。


 逃げるG。

 しかし、スキルの恩恵を受けた俺には、決して追い付けない速さではない。

 易々とGの背後をとり、棒を一閃。


 ぐしゃ。


「いける、いけるぞ。」


 その後はもう、潰し祭りだった。


 ビニール袋にいっぱいのGの死骸を目の前に差し出した時のオッサンの驚く顔が何故か可笑しくて笑ってしまう。


「朽木、お前これ、どうしたんだよ?!」


「いやー。コツを掴んじゃったみたいだわ。」


 俺はさすがに靴のスキルのことは隠して答える。


「すげーな。おめでとう! 良かったな、お前! どうなることかと心配だったんだよ。」


 オッサンの意外な言葉に俺は虚をつかれる。

 そして、そんな自分が何だか恥ずかしくなって照れ笑いでごまかし、清算してもらう。


 その日は200匹以上のGを潰し、6000円を越える稼ぎとなった。


(そういや、装備品、一個しか出てないな……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る