第48話

 ── ??? ──


 歴史の断片を取得。

 読み込み中……

 93度目の世界と判明。

 得点による習得内容。

 若返りと魔力素質の保有、魔法行使能力の習得。


 ……歴史データの流入を確認。

 世界データへの上書きを行います。


 ……歴史にエラーが発生、ミラノからの好感度補正が逆転しました。

 好かれにくくなりました。

 ──以上。

 

 時期……アルバートとの決闘後。

 

 ── ☆ ──


「アンタには付き合いきれない」

「え、ちょ!?」


 医務室送りになった自分を待っていたのは、ミラノによる解雇通告だった。

 どうやら決闘を受諾した事で自分の手には負えないと考えたらしい。

 部屋を追い出されてしまい、途方に暮れてしまう。


 まだ、何にも分からないのに……。

 少しだけ魔法の稽古をしてもらったとは言え、世界の事も常識も何も知らないのだ。

 そして、追い出されたと理解した瞬間に自分の生活が全て崩壊したと分かった。

 ……ど、どうするのさ。

 なにも──なにも、考えていなかった。


 肩を落として、女子寮から逃げるように退散する。

 流石にもはや居る理由がなくなってしまったのだから、居たら半ば犯罪者だ。


 男子寮にでも向かう?

 いや、アルバートに見つかりたくない……。

 意地で引き分けたとしても、最終的に髪を引っ張り服を引っ張り、鼻に指を突っ込み、ベルトを壊してズボンを下ろしたような泥仕合を演じたのだから。

 殺されて無いだけマシだと思う。


「はぁ~あ……」

「あれ、ヤクモさん? どうしたんですか、こんな場所で」


 トボトボと歩いているとアリアとであった。

 ……これが、自分とアリアの”正式な邂逅”だった。


 部屋に招かれ、事情を説明する。

 アルバートとの醜い引き分け試合の事や、面倒を見切れないと思われたか自分には扱いかねると思ったのか、解雇通告を出されてしまったと。


 地味に、廊下で呆然としていた時間が長すぎたおかげで身体が冷えていた。

 彼女が出してくれたお茶は、身体を温めてくれた。


「やはは……。アルバートくんとの決闘騒ぎ、内容は聞いてるけど。姉さんも呆れちゃうのも仕方が無いですよね」

「そんな……」

「逆に、一つ聞いても良いですか? なぜアルバートくんとの決闘を受けたのでしょうか? 勝ち目が無いというのも失礼でしょうけど、勝っても家柄の関係でどう足掻いても苦境に陥るのはヤクモさんのほうだと思うのですが」

「──自分が情け無いとさ、ミラノに……臆病な使い魔を従えてるって、迷惑が掛かると思ったんだ。たしかに、決闘を受けた方が結果として迷惑だったかも知れないけどさ……。それでも、意地は見せられたんだ。あとは謝り倒したりしてアルバートに許してもらえれば、少なくとも……男らしくない、情けない使い魔という風評だけは避けられるし」


 情けない使い魔という風評だけは、アルバートだけじゃなくて誰からも侮蔑や嘲笑の対象になりかねない。

 それはつまり、ミラノを嫌っていたり気に入らない生徒からしてみれば格好の攻撃目標になる。

 たしかに、ミラノが直接攻撃されているわけじゃないけれども、それでも使い魔が主人の格に繋がって見えるのは色々な作品でも描かれている。

 彼女は使い魔としての心得を説いた事もあったけれども、少なくとも逸脱はしていない筈なんだ……。


「これからどうするのですか?」

「さあ、見当もつかないよ。使い魔ではあるだろうけど、首を言い渡されちゃ女子寮にも居られないだろうし、そもそも寝床もないからね……。厨房のおやっさんの所にでもいって、助けを求めてみるよ」


 そういうと、彼女は幾らか考え込んだ様子を見せた。

 それから数秒後、手をたたく。


「では、これからは私の使い魔という事でどうでしょうか?」

「それって……いいのかな」

「別に構わないと思いますよ。私って、ほら。体調を崩しやすいですから、姉さんから身の回りの世話や補佐として貸し出してるとか、ほとぼりが冷めるまで自分から離してるとか言えば良いでしょうし。それに、ヤクモさんだって困ってるじゃないですか」

「たしかに、そう……だけどさ」

「ダメ、でしょうか?」


 少しだけ考えて、自分が既にどうしようもない状況に追い遣られている事を考える。

 結局、料理長の所にいった所で解決すると考えるほど楽観的でもなかった。


「……ぼ──自分は、なにをしたら」

「姉さんの時とそう変わらないですよ。ただ、服は出しておくだけで良いですし、部屋では基本的なお茶の淹れ方や私が……体調を崩した時に支えられるように色々覚えていただきたいなあって」

「……分かった」

「良い返事です」


 そう言って、彼女は微笑んだ。

 ミラノと似ているのに、何でこうも性格が違うのだろう。

 なんだか、女神のように思えてきた。


「姉さんの所では、お茶の淹れ方とかはどれくらい?」

「基本的な淹れ方を覚えたくらいで、茶葉とか作法までは……まだ。けど、ミラノがよく飲んでる茶葉だったら合格点は貰える程度、かな」

「あは、よかった。私も姉さんと同じ茶葉が好きですから、そのお茶をお願いした時に淹れていただければ助かります」

「分かった」

「それと……そうですね。冬用の毛布が追加で渡されてるのですが、それを敷いて乗っかって寝ちゃってください」

「いいの?」

「これから冬に差し掛かります。絨毯越しでも床の冷たさは感じるでしょうし、暖炉が部屋を温めてくれているとしても、風邪を引かれたり身体の具合を悪くされても困りますから」


 うん、やっぱり天使みたいな子だ。

 ミラノの部屋に居た時は絨毯の上で雑魚寝だったし、いい加減背中も痛くなってきたところだ。

 身体の芯が日々冷えていくのも感じたし、その内風邪引いてたかも……。


「……あとは、うん。そうだね。これからは、武芸の稽古はしないで私の傍に居てくれると助かります」

「それって、女子生徒は魔法の稽古をしてるから、そっちにってこと?」

「はい。ヤクモさんが魔法に幾らか秀でてるという事は姉さんからも聞いてますし、分からないままにしておくよりは良いでしょうし。あちらに顔を出さずに済みますから、気は楽かと」

「そうだね」


 こうして、自分はミラノの使い魔でありながらもクビになり、アリアの使い魔になることとなった。

 彼女はミラノの時よりも良い待遇で自分を扱ってくれて、緊張感の薄い部屋での時間をくれた。


「朝、時計の……この時間帯に私に声をかけてください。その時に、返事が無かったり、声が弱々しかったら此方の薬を水と一緒に用意しておいてください。用意が出来てから改めてまた声をかけて、それで反応が弱ければ……私にお薬をお願いします」

「それは、飲ませろってこと?」

「はい。反応があっても、私がお願いした時もお願いします」

「……ちなみに、何の薬か聞いても良いかな?」

「魔力が暴走しがちなんですよ、私。昔ほどじゃありませんが、それでも魔法を使おうとしたり、使ったりすると魔力が乱れてしまって……。そうじゃなくても、感情が揺らいだりしても体調に影響します」

「魔力の、暴走……」

「昔からなんですけどね。これでも、昔よりは良くなったんですよ? 昔は寝床から出られない毎日とか当たり前でしたから。それに、魔法も今は詠唱が短かったり回数が少なければ堪えられますし」

「……つまり、驚かせないようにして、気温の変化だとかにも部屋の管理上気をつけて、朝起こした時の状態で休むかどうか決める……ってことで良いのかな」

「はい、大まかには」


 ……少しだけ、複雑な気持ちになった。

 引き篭もりでオタクだった自分が、今度こそはと思ったらクビになる。

 その妹は、昔はベッドから出られないほどの傷病人だっただなんて。

 自分は、ただただ自分を甘やかしてきただけなんだ。

 親が亡くなってからは誰も注意をしなくなったし、そのまま事故死するだなんて。


「──それで、その。一つ聞いておきたいんだけど。寝起きとかに、自分が居たら驚いて体調を崩したりはしないかな?」

「たぶん、大丈夫だと思います。ヤクモさんと良く似た──親戚、の方が居ますし。あとは、ヤクモさんが信じられるかどうかかなって思ってます」

「信じてもらえるように頑張るよ」


 アリアとの生活が、使い魔クビから始まった。

 彼女は自分で言ったように追加の毛布を貸し与えてくれて、温かくして眠る事が出来た。

 快適な睡眠は、明日への希望を抱かせてくれる。

 決闘からの影響、ミラノからのクビ、それらで不安に塗れたけれども……。

 何とかなるかも知れない。

 


 ~ ☆ ~


 朝、毛布に包まっている自分が幸せを感じていたのに気づく。

 ここ暫くは眠る事は嬉しいことだったけれども、その質の低さはあまり喜ばしいものじゃなかった。

 けれども、温かくして眠れて身体が痛まないだけでかなり大違いだ。


「……時間だ」


 まどろみながらも、セットした腕時計がアリアを起こす時間だと教えてくれる。

 夜になればまた味わえると自分に言い聞かせ、寝床を片付けてからアリアにゆっくり近づく。

 ……こういう時、妹にそうしていたように起こせば良いのかな?

 それ以外の起こし方を知らないし、そうするしかない。


「アリア……アリア?」

「ん~……」

「体調や加減を聞きたいんだけど、返事はできそう?」


 そうやって声をかけていると、アリアはゆるゆるとおきだす。

 ミラノはサクリと起きるが、アリアはそうじゃないようだ。

 気だるげに、フニャフニャとゆっくり起きだした。

 

「あぁ、おはよう御座います、ヤクモさん……。そうだ、そうだった……。ヤクモさんがこれからは一緒だったんだ」

「えっと、薬は要りそう?」

「……とりあえず、出して置いといて下さい。食堂で朝食をとってから、必要なら飲みますから」

「ん」

「着替えは……、あ。教えてないのに出せたんですね」

「ミラノと……ほぼ、入れてる場所が一緒だったから」

「顔、赤くないですか?」

「じょ、女性の下着とか普通触らないからね!?」


 中身は30代とは言え、それでも枯れきっては居ない。

 空虚な毎日に腐っていく感じはしていたけれども、それはどうやらこそげ落とせる程度だったようだ。

 肉体が若返ったことや、ミラノといううら若き少女が傍にいる事で精神的にも若返ってきたのかも知れない。

 そうでもなきゃ……ラノベやアニメを思い出して、アルバートとの決闘なんて受けたり出来ない。

 作品の主人公たちや”正義”を、自分に抱かせてなければ。


「それじゃ、着替えますので向こうを向いていてください」

「そ、外に出なくて良いの?」

「あは~。寝巻きを脱いだ時に、冬の冷たい空気に晒されて下着姿のまま倒れて危うくなった……という事が無ければ、私も女性としてそうしたかったのですが。ここでは、姉さん以外に私の事を面倒見れる方は居ませんでしたから。それに、ヤクモさんはそれで”劣情を催す”とは考えてませんから」

「勿論! あ~、大丈夫! な~んも、問題なし!」


 無いわけないだろ!

 性欲は減衰しているとはいっても、無いわけじゃない。

 適度に発散して賢者になっておかないと駄目かな、こりゃ……。


 まあ、背中を向けている間に他の事をしていれば気にならないってのは本当だね。

 畳んだだけの毛布を片付けたりしていると、ちょうどアリアの着替えも終わってる。

 アリアのベッドに近寄ると、彼女は手で制した。


「ああ、大丈夫ですよ。私の寝る場所は私が面倒見ますから。それに、あまりきっちり整えられるといざという時に入るまで時間が掛かっちゃいますし。それに、授業に出ていれば女中さんたちが整えてくれますから」

「分かった」

「……姉さんは、整えさせてた?」

「うん。たとえ女中たちが整えるにしても、見栄えくらい立派にしておかないとって」

「あはは、姉さんがごめんね?」

「いや、良いよ。理屈は……よく分かるし」


 そういえば、母親も父親も小さい頃からそう言ってきたっけ。

 おかげで自分の寝ていた所くらいは片付けるように習慣づいたけど。

 とはいえ、だ。

 自分じゃない上に可愛い女の子が寝ていたベッドを片付けるだなんて、それなりに勇気が要る行為だけど。


「あ、お茶も淹れてくれたんですね」

「うん。目覚めの一杯は欲しいって言ってたし、秋とは言えそれなりに冷えるからさ。体調を崩しやすいのならって思ったんだけど、もしかして寝起きに飲むとダメ……だったかな?」

「い、いえ。むしろ、出していただけた方が助かります。食堂に行くまでに身体を冷やしてしまうと体調を崩しやすいので」

「なら良かった」


 とまあ、そんな感じでアリアの使い魔……いや、従者?

 まあ、そんな生活の一日目が始まったわけだけれども。

 それを気にした人物が一人だけいる。

 勿論、ミラノだった。


「アンタ、何で……」

「姉さんがクビにしたって聞いたから、私のお世話として部屋に置くことにしたの」

「ッ……。うまく、取り入ったのね」

「え、いや、そんなっ!?」


 そっか、そういう風に写るわけか……。

 け、けど。別にアリアに取り入ろうとしたつもりは無いんだ。

 だから、その……。そういう風に言われるのは心外だ。


「姉さん?」

「な、なに?」

「召喚されて、行くアテも頼るべき相手も居ないんだから、もう少し考えないと」

「でも──」

「話は、聞いてあげたのかな?」


 ……双子とは言え、アリアにあまりミラノは強く出られないのかな?

 あの強気で何でもビシバシ言うミラノが、アリアを前にタジタジである。

 

「だって……。勝手なことをするから、これからもそうなるのかと考えたら、反省してもらいたくて」

「だからって、放り出すのはやりすぎだと思うな。それに、ヤクモさんはヤクモさんなりに姉さんの事を考えて決闘を引き受けたって言ってるし」

「え、そうなの?」

「姉さん……」

「あっ」


 ミラノ、話を聞いてあげなかったことを自供する。

 隙のなさそうな彼女がここまで追い込まれるだなんて、凄いものを見ちゃった気がするなあ。


「……説明」

「いや、えっと。情け無い使い魔だって思われたら、そんな使い魔を従えてるミラノの主人としての器だとか格だとか、そういうのを……言われちゃうんじゃないかと思って。けど、勝てないだろうから、せめて引き分けくらいにはしようと……思って」

「はぁ~……」


 深い溜息とともに、彼女は自身の顔に手をやった。

 

「……ゴメンなさい。私、ただアンタが挑発に乗ったのだとばかり」

「ほら、ちゃんと話を聞かないから」

「で、でも! アルバートの履物を公衆でズリ降ろしたり、取っ組み合って髪の毛引っ張ったり、鼻に指突っ込んだりしたって聞いたらこうもなるでしょ!」

「あ~、うん。それは……まあ。そもそも使い魔に何で決闘を吹っかけたのかって点で、相手に聞くべきことだと思うし。被害者だと思うな」

「うぅ……」


 ミラノ、苦悶の表情を浮かべる。

 授業中、丸暗記でもしているのではないかとツラツラと何でも受け答えをし、その上で自分なりの解釈も述べる事が出来るくらいに自学しているのに。

 その彼女がここまで言葉に詰まるだなんて、珍しすぎる。


「あの、ミラノさん? 因みに、さっき言ってた”反省”って──」

「え? あぁ、外で一昼夜頭も身体も冷やせば自分のやった事を反省するだろうし、周囲にも示しが付くと思って」

「……示しが付くかも知れないけどさ、それで風邪引いてたら足手まといと面倒見なきゃいけない相手が出来るだけだと思うんだけど」

「どうせほとぼりを冷まさなきゃいけないから別に良いかなって思ったのよ」

「苦しんでるの自分なんですけどね!?」


 つまり、クビというのは脅しで次の日くらいには様子を見て回収する予定だったのか。

 だとしても、室内ですらどこと無く寒さを感じるというのに、室外で一昼夜とか死んじゃう。


「けど、ほとぼりを冷ますという意味なら、私の傍に置いておいてお世話係みたいな感じで良いと思うんだ。武芸の稽古からもちょっと遠ざけてさ」

「あ~、ん~……。けど、アリアの負担にならない?」

「昨日からちょっとやらせてみてるけど、助かってるよ。それに、朝が一番辛いから誰かが居てくれると助かるもん」

「──そっか」


 そう言って、ミラノは納得したようだった。

 それから何度かうなずくと、深い溜息を吐いた。


「……仕方ないけど、暫くアンタはアリアに仕えなさい。ほとぼりが冷めるまではそうしてくれると助かるし、なんだかんだ……アリアのこと気にかけなきゃいけないし」

「分かったよ」


 正式にミラノからそういう風にしろといわれ、アリアに仕える事となった。

 アリアは普段目立たないのでどうしているのかを知る機会にもなると思う。

 ただ、周囲からの奇異な目線は避けられなかったけれども。


「う゛っ……」


 食堂に入ったときから、既に注目されている。

 その居心地の悪さと、射すくめられそうな環境に踏み出せずに居た。

 けれども、そんな自分へとアリアは振り返って微笑んでくれる。


「大丈夫ですよ、ヤクモさん。私も一年生の時、同じように見られてましたから」

「え……?」

「詠唱がマトモにできない、魔法を満足に使えない人はそういう風に見られる事もあるってことですよ」


 彼女はそう言って”気にしないで”と言外に告げてくれた。

 それを聞いて、踏み出せないのは……もっと情け無いと思う。

 だから、ゆっくりと──踏み出した。





 ~ ☆ ~


 授業中のアリアは、ミラノとは幾らか席の間隔を開いて座っている。

 その理由は分からないけれども、窓際で……日のさす場所を取るようにしているようだ。

 ただし、ミラノのように中央や前には座れない為に授業内容は幾らか認識しづらいけど。


「ここはですね、一年を通してお日様の日差しがさすので、私にとってありがたい場所なんです」

「けど、先生が黒板に何か書き込んだ時に見づらくない?」

「大丈夫ですよ。予習や先生の話を聞いておけば授業で次に何をやるのかは分かりますし、何をやるのかさえ分かっていれば後は補完する形で授業内容の聞き逃しや見逃しを埋めれば良いんですよ」


 数秒、アリアが何を言っているのか分からなかった。

 えっと、先生の話を聞いておけば次の授業の内容が予測できる?

 予習しておけば大体どういった授業をしているのか分かる?

 見落としや聞き逃しは後から補填する?


 なにその勉強法……。


「あ、頭良さそうな事をいわれた……」

「あれ、成績の順位は聞いてませんか?」

「み、ミラノが主席ってことくらいしか」

「えっとですね、成績の内訳があるんですよ。総合評価で姉さんは一番ですが、純粋な勉強では私は2番ですよ?」

「わぁお……、すっご」

「ただ、魔法の授業で大分成績落としてますから、姉さんには幾らか水をあけてますが」

「だとしても凄いよ。自分は……勉強とか苦手だからさ」

「何が分からないのでしょうか?」

「んと、魔法についてミラノとも色々言ったんだけど。自分の魔法の使い方とミラノたちの魔法の使い方が違うみたいでさ。ミラノの教えで使えない魔法もあれば、教わらなくても使える魔法もあるんだよ」

「へぇ~……」

「夕食後、ちょっと教えましょうか?」

「いいの?」

「はい。私の面倒を見てもらってますし、何も分からないまま知らないままというのは辛いでしょうから」

「ありがとう!」


 こんな感じで、アリアとの日常は過ぎていく事になる。

 無難に、平穏に、何事も無く……。

 4年目が終わり、彼女らは5年生になる事になった。

 その頃までにはアリアの教え方から魔法を学んで、様々な魔法を使えるようになった。

 中でも、錬金術が得意みたいだった。

 某漫画のように”等価交換の原則”を守ればそのようになってくれる、ただ過程を魔法で省略したり加速できるというだけの話で──。

 錬金術に関しては、ミラノでさえ認めてくれた。


 体調も、時折崩したりはしたけれども大事には到らなかった。

 ……春休みまでは。


「ふぁっ……」


 平穏な朝、普段どおりの日常、ただ帰省でお屋敷に来たというだけの違いでしかない。

 学園でそうだったように、少しばかり早く起きてしまう。

 アリアの部屋に行って、お茶の用意をして調子を聞くために起こしに行くという日課の為だ。

 デルブルグ公爵家では来客扱いをして貰ったけれども、公爵さんや屋敷の人は大分驚いたり戸惑っていた。

 親戚の子にそこまで似ているようで、若干自分の方が引いてしまいそうなくらいだった。


 何はともあれ、待遇は悪くない。

 学園ではアリアの従者になったのではといわれ、アルバートからも距離が出来たことで落ち着いていった。

 それに、何だかんだ捨て身で戦ったのも意味があったみたいで、変に蔑まれたり絡まれたりはしなくなった。


 だから、安定はしてきていた。

 ミラノとも一時期疎遠だったけれども、学年末位にはアルバートからも幾らか許されたみたいで以前のようにかかわれるようになっていた。

 少しずつ前進している。

 少しずつ、以前の人生よりは良い方向へと転がっている……。

 

 ── 優しいだけじゃ、なんにもならないぞ ──

 ── 優しいだけで、将来どうするの? ──


 両親からの言葉が思い出される。

 けれども、今なら少しだけザマアミロとさえ言える気がする。

 貴方たちの教えた”優しさ”で、今は関係を構築できている。

 そして、その優しさを元手にして前に進めている。


 とは言え、自分で切り開いた未来じゃないという意味では……二人の言う通りなんだけど。


「入るよ?」


 念のためにノックをして、返事が無い事を確認してから部屋に入る。

 部屋に備え付けられている薬とお茶を確認してから、彼女が目覚めるために必要な物があるかをちゃんと見ておく。

 それから暖炉の薪を少しだけ継ぎ足し、お茶の準備を。

 彼女を起こすのは、お茶が出来上がって一番美味しい頃にだ。


 お茶の用意が出来てから、アリアを起こす。

 それも手馴れたもので、今じゃドギマギしたりはしない。

 その……筈だった。


「アリア? ……アリア?」


 しかし、揺すれども声をかけどもアリアの反応がない。

 それどころか、起こそうとして触れている手の平から彼女が震えているのを感じる。

 汗ばんでいて、震えていて、起きない。

 これは──


「ヤバい……!」


 非常事態だと、アリアを更に強く揺さぶる。

 けれども、薄っすらと目を開くだけで言葉がかすれて聞こえないレベルだ。

 

 ── それと、あまり無いとは思いますが ──


 たぶん、一番重症なのだろうと察する。

 一度だけアリアがそう説明してくれたのを思い出して、薬の用意をする。

 症状に応じて薬の分量を変えなければならないのだけれども、教わっている中で一番最大容量で彼女に飲ませなければならない。

 水の用意もして、彼女の傍にまで持っていく。


「薬、薬! のめ……飲める?」


 彼女は震えるように瞼を震わせるだけで、認識できているかどうかも怪しかった。

 このままじゃ……。


「恨まないでよ!」


 たしか、映画でこんなシーンがあった。

 相手が飲食したり、嚥下できない時には口移しが良いと。

 だから、その真似をして粉末状の薬と水を自身の口に入れると、そのまま彼女に唇を重ねる。

 人命救助優先、少しばかり「柔らかい?」とか思ったけれども、そんなものは全力で排除する。

 

「ダメだ、二回目があるから!」


 一回では口移ししきれずに、二度目を行う。

 けれども、彼女が薬を飲み終えたあたりで瞼を閉ざした。

 安定した……訳ではなかった。

 呼吸が止まり、脈も……心臓も止まっていた。


 もうダメだと、傍にあった鈴を鳴らした。

 それから即座に、かつて学校で教わった人命救助の方法を思い出す。

 AEDは無いけれども、少なくとも……意味が無いとは思わない。


「どうしました?」

「アリアの息が止まってる! それと、心臓も止まった!」

「なっ!?」

「誰でも良い、何か出来そうな人を呼んでよ!」

「分かりました!」


 駆けつけた女中さんにそういうと、心臓マッサージと人工呼吸を行う。

 30回の心臓圧迫、2度の人工呼吸。

 けれども、彼女は戻ってこない。


 屋敷中が騒がしくなってきて、パニックのあまり少しばかり漏らしてしまう。

 それでも何とかしなきゃ、どうにかしなきゃと、混乱したままに繰り返す。

 なのに、彼女は──戻ってこない。


「God, Daaaammmmmnnnnnnnnnnnn!!!!!≪ちくしょう!!!!!≫」


 胸を思い切りたたく。

 それとほぼ同時に、公爵が部屋へと入ってきた。

 息急き、寝巻き姿のままで表情にも余裕は無い。


「娘は──」

「今、蘇生法を試してますが……」

「どきなさい!」


 公爵に突き飛ばされて、尻餅をついてしまう。

 それと同時に、若干緩みがちだった下が完全に決壊してしまう。

 喪失への恐怖と、絡みきった感情が混乱を助長した。

 涙が溢れ、ズボンもパンツも暖かく濡れそぼった。


 アリアが死んでしまう、それは両親が死んだ時を思い出させてしまう。

 違う、違うんだ。

 僕は死んで欲しいと願った事は無い、ただうまくいかなかっただけなんだ。

 勉強もうまく出来なくて、就職も出来なくて、アルバイトも面接で切られて……。

 それでも、何とかしようとはしたんだ。

 二人とも僕を想ってくれてたのは知ってるんだ、だから厳しく色々言いながらも面倒を見てくれた事も知ってる。

 それでも、二人に甘えて停滞を選んだのは自分で、疎ましく思ったのは身勝手な自分なんだ。

 なんで、どうして?

 なんで僕の大事な人はどんどん死んでしまうの?

 望んでない、うまくいくと……今度こそ親に胸を張れると思ったのに!


「……ヤ、さ──」

「アリア? アリア!?」


 けれども、今回は……たぶん、頑張ったから神様がみていてくれたんだと思う。

 それか、最後に胸を思い切り叩いたおかげでアリアが息を吹き返していた。

 その瞬間、余計に涙が溢れてたまらなかった。


「よかっ、よか──」

「早馬をラムセスに! それと、薬師を叩き起こせ!」


 公爵が継ぎ早に指示を出す。

 その傍らで、安堵して涙も下も漏らす馬鹿が一人。

 ミラノが飛び込んできたあたりで、アリアの意識も幾らか回復したようだ。


「アリア!」

「姉、さ……」

「どうして? もう数年大丈夫だったのに!」

「落ち着きなさい。意識は回復した、すぐに処置も行われる」

「良かった……」

「彼が、見つけてくれたんだ。それと……よく分からないが、何とかしようとしてくれたみたいだ」

「アイツが……?」


 アリアが死に掛けた朝、多くが分からないまま彼女は何とか生き延びる事が出来た。

 その日の夜、彼女が自分で起き上がるくらいになるまで、自分は彼女の傍を離れなかった。


「──ん、今は」

「夜だよ」

「ヤクモさん……」

「……その、大丈夫? 無理して起きなくて良いと思うんだけど。それと、何か食べたかったら教えてよ。今日は詰めてくれてるみたいだから、何とかしてくれるって」

「いえ、まだ……お腹が食べられる状態じゃないです」

「そっか……。薬は?」

「2分量でお願いします」

「分かった」


 ベッドから身体を起こすのも辛そうに見えた。

 ミラノとの会話で知りえた情報だと、魔力乖離症じゃないかと言われている。

 つまり、肉体に定着しているべき魔力が肉体から剥がれているような状態で、言ってしまえば肉体と魂がはがれかけているような状態なのだとか。

 魂がほぼほぼはがれていたような状態から蘇生したのだから、身体への負担は相当なものだと思う。

 だから、彼女の傍には誰かが付いてなきゃいけないと言うミラノの言葉は正しかったんだ。


「……その、有難う御座いました」

「え?」

「私がもうダメだった時に、薬を飲ませて……蘇るように何とかしてくれて」

「特別な事はして無いよ。そもそも、自分だって……混乱しててさ、殆ど覚えてないんだ」

「ううん、それでも薬を飲ませてくれたし、心臓が止まってからも……何とかしてくれようとしてたのは分かったんだ」

「え?」

「なんて言うのかな、走馬灯っていうのかな? それか、死に際って言うのかも知れないけど。意識が辛うじて残ってる中で、見たり聞いたりしてた~みたいな?」

「……そっか。さて、薬をどうぞ。それと、本当に何もいらない? お粥とか雑炊とかでも、何か入れたほうが良いと思うけど」

「──そうしたほうが、いいかな?」

「た、たぶん」


 受け答えがしっかりしてるから、大丈夫かなと安心する。

 痙攣して、心臓が止まった時を思い返せば嬉しいことだと思う。

 薬を傍に置くと、彼女は手を少しだけ動かしてハタリと降ろす。

 なんだろう?

 そう思って彼女を見ていると、彼女は初めて見せるいたずらっ子のような、小悪魔のような笑みを見せる。


「口移しで、飲ませてくれないんですか?」

「自分で飲めるのなら自分で飲んでください!」

「え~……」

「え~じゃありません!」


 もしかしたら死に掛けて甘えたいのかも知れないけど、自分はそれどころじゃない。

 あのときの唇の感触とかをまだ覚えているからこそ、意識しないようにしないと戸惑ってしまうし、顔が赤らんでしまう。


「そもそも、あれは緊急避難だからね? そこのところ分かってください、お願いします!」

「は~い」


 彼女の返事は安心できるものじゃなかったけれども、目が覚めた事をまだ起きているだろう公爵やミラノに伝えるべきだと部屋を出た。

 夜の廊下は暗く、その合間に今日の出来事で一つだけ決意をする。

 ……アリアを何とかしないと。

 治す方法は無いのだろうか?

 そうじゃなくても、傍に居なきゃいけないんだ。

 誰が? 自分がだ。


 ────────────────────────


 エラー、歴史の再生に不具合が発生。

 歴史の寸断を確認。


 エラー項目をログとして放出。


 ────────────────────────


 引き継げる更新データを確認。

 IF世界史として結果を保存します。


 ────────────結果────────────


 フラグ管理:ミラノはヤクモを追放した。

 結果:アリアルートへ突入、以後アリアルートが解放される


 ────────────────────────


 フラグ管理:アリアはヤクモに魔法を教えた。

 結果:ヤクモの魔法適性が上昇、錬金術適性が向上した。


 ────────────────────────


 フラグ管理:ヤクモがアリアの命を救った。

 結果:アリアからの好感度上限値が”友人”以上になった。


 ────────────────────────


 フラグ管理:ミラノはヤクモを追放した。

 結果:アリアルートへ突入、以後アリアの好感度も人間関係に計上されるようになる


 ────────────────────────


 フラグ管理:アリアとの人間関係が構築された。

 結果:今後の物語にアリアが登場するようになった。


 ────────────────────────


 断片化した歴史から、変更点を読み込み現在の世界に反映しました。

 

 アリアルートに突入、アリアルートを開放。

  Unlocked...アリア関連のイベントが発生するようになりました。

 

 魔法に関してアリアから教育を受けた。

  Unlocked...ヤクモの錬金術スキルが向上、アリアを回復させるイベントのフラグを達成。

 

 ミラノはヤクモをアリアに預けた。

   Unlocked...ミラノに嫉妬の感情が発生するようになった。

 

 ミラノとアリア絡みのイベントが発生するようになりました。

 ヤクモの魔法と技術が修得・向上されました。

 ヤクモの意識に”人を救う事が出来た”が埋め込まれました。

   Unlocked...誰かを救う事で自己肯定感を得る、を解除。


 この歴史には続きがあります。

 この世界線を引き続き追います。


 ──────────────────────────────


 お疲れ様でした。

 これからも、物語をお楽しみください……。

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元自衛官、舞台裏日報 旗本蔵屋敷 @HatamotoK

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