第47話
~ ☆ ~
足りない。
何もかも、色々と足りない。
僕自身も救われ、アリアも治してもらい、その上ミラノの心まで救ってもらった。
それで父さんは親としても当主としても喜ばしい事になった。
母さんは寝込んでいたと聞いていたけれども、アークリアさんの付き添いで屋敷を少し出歩けるくらいにはなっている。
それが全部、一人の男にやってもらった……という事実が気に入らない。
「クライン様。あまりご無理をなさいませんよう」
「それじゃ、ダメなんだ」
「……は」
「デルブルグ家が、一人に依存してしまった。これを恥と思わないのなら、僕は戻らなくて良かった。けど、そうじゃない。恥ずべき事柄なんだ。僕がもっと強ければ、そもそも倒れずに済んだ。僕が倒れなければ、ミラノは自分を追い詰めずに済んだ。僕が居たのなら、母さんは心を病まずにすんだ。そうであれば、多くの事柄を彼に恃まずに済んだんだ」
ヤゴは母親の面倒を見るために一時的に出ている。
その間に出来ることといえば、ヤクモの記憶に触れて見知った鍛錬法くらいだ。
腕立て伏せ、腹筋、背筋、駆け足、武装走、障害物走、重量物運搬──。
それらを見立てるために、ザカリアスを連れて昔オルバと一緒に使っていた、子供時代の訓練場にまで来る。
実質的にはオルバを父親と引き離す為の口実だったけれども、それでもザカリアスに手伝ってもらって打ち込み稽古の為の人形から、走りこんだり瞬発力を鍛える為の反復演練場等もある。
もっとも、その大半を年齢や身体の成長に合わせて手直しする必要があったけれども。
「ザカリアス。今回の一連の出来事と、彼がしてきた事は感謝はすべきだけれども、それと同時に僕は恥としなければならない。それに、見た目が似ているということもあって……僕は、彼の影になるわけにはいかないんだ」
「だとしても、無理をして良い理由にはなりません。それに、適材適所という言葉があります。何事においてまで、似ているからと同列になる必要など──」
「それじゃダメなんだよ!!!!!」
「──……、」
「5年の空白が、僕にはもどかしい。色んな事が出来たはずなんだ。それこそ、体験や経験、知識……家族の為になるようなものが、少しはつかめたはずなんだ。それを、毎度毎度彼に頼るようなら、僕は次期当主としても長男としても存在する意味が無いんだよ」
胸がざわつく。
それは悪寒とか、嫌悪感と言ったものじゃない。
ただ──焦燥感に駆られているだけなんだ。
「彼は、かつて所属していた国に尽くしていた。けれども、その中の一部の”心無い連中”は、彼らを売国奴のように扱った」
「まさか……」
「勿論、一握りさ。だけど、寝食ですら削り、多くの時間を費やして災害の爪痕のなかから人を探し、救助している中での出来事だった。その後、事故で脚を痛めて──隊を離れた。隊を離れ、仲間から離れ、国からも離れ、家族からも離れた。そんな彼が、仮にも妹の為に尽くそうとしてくれている。それに甘えるわけにはいかないんだ」
「──……、」
「ザカリアス、あえて僕は言わせて貰う。彼がたとえ口でなんと言おうと、忠臣が如く尽くしてくれようと……それに甘えて、凭れ掛かっていては”彼の犠牲と献身でしか自立出来ない”ことになりかねない。これから先も、そうし続けるつもりか?」
「──であれば、厚遇や謝礼、見返りと言った形で返せば宜しいでしょう」
「それもそうだけれども。それを先に持ってくることを、僕はしたくない。努力しないで済む口実を、持ってきたくないんだ」
確かに、見返りや待遇と言ったものは確実に必要なものだ。
けれども、それは僕が今頑張らなくてよい理由にはならない。
それに、まだ当主になるまでは時間がある。
なら……失われた時間を、家族の為に使う中で生じた問題にまで彼を突っ込ませるつもりは無い。
自分たちで出来る限り対処し、それでも無理であれば……とならねばならない。
「勿論、ザカリアスの言うとおり……適材適所という言葉もある。なら、僕は公爵家の時期当主として、彼に無い地位や立場と身分を用いて彼に出来ない事をやるということも考えるよ。けれども、身体を鍛え、武芸を磨き、魔法を学ぶのは両立できる」
「だとしても──」
「学園では、1700までは授業だと聞いてる。なら、僕だってそれに因んで自学や鍛錬、訓練くらい出来るはずさ」
彼が国を発ったからこそ、踏み切れた。
「僕は、この5年間悔やんだ、後悔してばかりだった。それを邪魔しないで欲しいな……」
とは言え、現実は壁だらけだ。
ミラノやアリアが居るからこそ、魔法や学園で学ぶだろう事柄に関しては短時間で吸収できる。
……とは言え、二人の”天才性”にはついて行くのが難しい。
夜に、僅かな灯りを使いながら理解に努めて寝不足なんて珍しくない。
今日で何日目だっけ? もう一週間以上そんな生活だ。
だからこそ、気がつく事がある。
「……おかしいな。ミラノ、アリア。教科書で言及される幻惑魔法だとか、そういったのって5年生や6年生で学ぶのかな?」
「どう、かしら……」
「それに、オルバやミラノたちが言っていた魔法の行使について、4年目でもまだ詠唱じゃないか。教科書にもそれ以外の種類の説明はあっても、習得と習熟の為の方法は書かれてない」
「けど、オルバさんは魔力陣も魔法陣も、御札も使ってたけど」
「魔力陣と魔法陣は書かれてるけど、御札は書かれてないんだけど」
学園での教育とは、一つの科目に付き分厚い教科書一冊で6年を過ごさせる。
つまり、科目の内容に応じて頁を飛び飛びになるけれども、全てが詰まっている事にはなっている。
なのにだ、今指摘したそれらが記載されていないのはおかしいんだ。
だから父さんのところへと向かう。
少なくとも、父さんも同じ学園に行っていたのだから。
「……結局、長い歴史は団結を失わせたのだよ」
「そんな……」
「ツアル皇国は隙を見て子を送り出してはいるが、出来るのなら少しでも魔物を押し返したいところだろう。だが、その後方にいる我らが既に”人類の未来”を形骸化させてしまったのだ」
けれども、父さんのところに向かって聞けた話は──残酷なものだった。
「昔は学園の魔法に関する授業や内容は、もっと豊満だったと聞く。けどね、軍事的にも”国”という枠組み的にも、自国だけじゃなく他国までそう言った事を学ぶのを……嫌がった時期があったのだろうね。その結果、魔法使いは学園において無難な事しか学べなくなった。そして、卒業してから自学や追及で大成するする以外には……無くなってしまったのだよ」
「そんな……」
「だから各国は魔法の研究ではかなり繊細になっている。研究を奪われないように、そして他国の魔法的な脅威度が増さないようにね」
馬鹿げてる。
本当に……馬鹿げている。
この前学園都市への組織的な統制の下で襲撃が有ったばかりじゃないか。
それとも、平和が長すぎると人類はここまで愚かになれるということだろうか?
「幻惑とか、そういうのも……」
「彼はなんでもないように使ってみせたけど、実際は”他人のフリが出来る”というだけでかなり恐ろしいわけだからね。授業から外れた理由として、教職からそういった事が言い伝えられてるみたいだね。今でこそ学園都市は中立だけれども、昔は……ヴィスコンティと神聖フランツ帝国が主として授業内容に介入していた時代が有ったらしい」
「そんな……」
「どこの国も、自分にとって都合よくあってほしいのだよ」
父さんのその言葉が、少しばかり圧し掛かった。
けど、それを僕は批難できなくなった。
だって……僕たちは彼を同じようにしようとしている訳だから。
自分たちの家、或いは国に留めておきたい。
そうでないのなら──と、考えてしまうのも仕方が無いんだ。
母さんにも聞いておきたいと思ったけれども、母さんは若い頃の事を語りたがらない。
その時の事を聞こうとすると、いつもはぐらかされるからだ。
「私は、学園には通ってないのです」
「そ、そうなの!?」
まさか、母さんは学園に行っていなかっただなんて知りもしなかった。
けれども、母さんは昔から魔法を少し使うくらいで……基本的に家に仕える人と同じように過ごしている。
花壇にしたって、水をわざわざ汲んでたっけ。
それに、花壇を作った時だって土系統の魔法を使ったことも無かった気がする。
目が覚めてから、色々と目まぐるしく状況が変わりすぎてる。
そもそも、僕の居た世界はとてつもなく狭く、そして……浅かった。
だからこそ、今までのようには居られない。
なんとなくで鍛えて、ボンヤリと頑張って、目的もなく生きていたら……。
僕は、絶対に追いつけない。
── 己が忠義に基づいて、ってやつかな ──
── 別に。世話になったわけだし、それで見捨てるだなんて真似をしたら両親に顔向けできないし ──
── 少なくとも、仲間や部隊の皆に顔向けは出来るさ ──
彼は、多くの体験や経験をしてきた筈だ。
そして、自分の中に落としこめた”モノ”がある。
目的なく強くなる事が出来ないというのなら、僕は今まで目的なく日常を過ごしていただけだ。
けれども彼は……親に認められたいと努力し、その手段として……けれども、何時しか本当に自ら国の為に尽くし、その過程で必要とあらばさまざまな物事を取り込んできた。
なら、僕だってそれに追いつかなければならない。
ただ──今度は、何を目的とするか。
それが重要なんだ。
正義無き力は暴力であり、力なき正義は無力なりという。
僕はまだ、そのどちらも満たせていない。
なら、自分なりの理念や正義を掲げて、それを目的として力をつける必要がある。
「だはぁ、もう……無理」
筋肉は使い果たして、ピクリとも動かないくらいにまで追い込む。
そうやって自分の限界を高めていきながら、勉学と訓練もしなきゃいけない。
まあ、ザカリアスには注意されてばかりになったけどさ。
お風呂を出てから、部屋で今日のミラノ達との勉強の復習をしようとしてから……少しだけ窓の外を見た。
そろそろ雪が降り始める。
そんな時期にさしかかりながらも、彼は英霊の皆と神聖フランツまで歩きで移動している。
楽しいだろうか? 楽しいんだろうな……。
「……今週末、ミラノと一緒にお出かけしようかな」
彼の事を考えてから、自分の世界を少し広げようと休みを取る事にした。
今までの空白を埋める意味でも、勉強になるからという意味でも
勉強も終えてから、この前ヤクモから貰った服を衣装棚から引っ張り出す。
そして……その中に、ドサクサに紛れて騒いだ上で誤魔化して返さなかったものが有る。
彼が”けんじゅう”と呼ぶ、片手で取り扱える武器だ。
幸いな事に、弾も手に入った。
使い方も、なんとなく彼の記憶の中から探り出せた。
そしてその威力も、この前見せてもらった。
さて、問いかけよう。
僕はこんな凄い武器を盗み取って、これを使わない正義で居られるだろうか?
簡単に傷つけられる上に、その威力は能力差や身体差を殆ど無視できてしまう。
つまり、これは”誰かを守る力”なんかじゃない。
武器であり、道具である以上持ち主がどう使いたいかで全て変わってしまう。
彼は誰かを守る為にしか使わなかった。
自分の都合の為に誰かを傷つけたり、それで脅そうとはしなかった。
普段はそれらを意識させないように、ミラノの騎士であり従者である事を前面に押し出して。
真面目に訓練や勉学に励み、時には馬鹿を演じて──。
その恐怖を遠ざけている、ように思えた。
ザカリアスがああ言うんだから”印象操作”はうまくいってるんだと思う。
忠勤に励み、無欲にただただ主人の為になるだろう事を自学研鑽に励み、そして時折失敗したり怒られてドジを晒しても前を見据えている。
つまり「得意とすることはあるけれども、不得意とすることもある」という”人間味”を周囲に見せてるわけだ。
全ては、自分を脅威的に見られないようにするために。
そうする事を、彼は──いや、”彼ら”は求められてきたわけだ。
斑模様の服を着た一団は、常に。
民を救助しながらも、何もしない同じ国民に罵倒され、阻害され、侮蔑された時のように。
国民に見られているという事を、常に念頭に置きながら。
服と”けんじゅう”を暫く見つめてから、そっとしまった。
もうそろそろ遅い時間だろうなと、教わった”しすてむがめん”とやらを見れば、既に23時を越えている。
これ以上は流石に響くよなあ……。
今日を頑張れても、明日や明後日頑張れないのなら休んだ方が良い。
そう決めると、さっさと寝床に潜り込んだ。
「あ゛~……72時間くらい寝たい──」
やらなきゃいけないこと、やりたい事、必要な事、それらの為に必要な下地……。
求めれば求めるほどに、実際にやってみればやってみるほどに。
不足が発覚すればその分やるべき事が増える。
片付けた先から山が崩れ落ちて、全く荷が片付いていないかのような錯覚に陥る。
これは……なんだっけ?
ダイヤモンド鉱石の問題っていうんだっけ?
見つからないからと諦めた人は、その僅か先に求めていたものがあった。
同じ場所を掘っていて、諦めなかった人だけがそれらを手に入れる事が出来た~みたいな。
だとしても、限界は有る。
人の何倍も駆け足で突き進まなきゃ行けない以上は、こうなるのは分かっていたけれども。
「僕は、やらないといけないんだ」
そう言ってから瞼を閉じると、不思議とすんなり眠りに落ちる事が出来た。
~ ☆ ~
歴史の断片を取得。
読み込み中……
破損が酷く、明確な時期が判別できませんでした。
得点利用状況、不明。
歴史データの乱入と混入状況、不明。
……歴史データの流入を確認。
世界データへの上書きを行います。
……歴史の変化は見られませんでした。
──以上。
時期……学園卒業後。
── ☆ ──
「なんで、なんでさ……」
ゆっくりと、目の前で自分に似た男が目覚める。
てっきり死んだものだと、そう思っていたんだ。
けれども、まさかこんな所で寝ていただなんて……。
「ここは……、僕は……、君は……?」
彼の名はクライン。
確か、そう聞いている。
ミラノを救い、その結果斃れたと……そう聞かされていた。
けれども、まさか逃げ込んだこの場所で、飛び込んだ建物で彼に出会うだなんて思ってもみなかったんだ。
だから、卒業までの間に学んだ魔法の知識とか、此方の世界での薬草学や錬金術の知識を用いて……何とかしてみたんだ。
そうしたら目が覚めた、起きてしまった、意識も明確で……ちゃんと喋ることが出来る。
今となっては、それがとてつもなく”悔しい”。
「何で寝てるんだよ……」
それしか考えられなかった。
とにかく、彼が回復するまでの数日……怯えながら暮らすしかなかった。
ただ、驚いたのは回復力があまりにも低かった事だ。
目覚めて喋る事はできても、起き上がることすら出来なかったのだから。
世話を焼きながら、色々な話をした。
身の上話や、妹たちの話を。
卒業までの……平和な時期の、楽しかった日々の事を。
合間合間に、ミラノやアリアから教わった魔法を用いた錬金術で、何とか回復に役立ちそうな薬を作る。
その多くは失敗したけれども、4日使って何とか完成させる事が出来た。
材料集めに、大分お金や時間を使ったけれども……。
「……君は、何故そこまでしてくれるんだい?」
「──止めて欲しいんだ」
「何を?」
「争いをだよ。自分には、もうどうにも出来ないんだ。だから一緒に来て欲しい」
「争いと言ったって。僕は……何年寝ていたんだ?」
「10年。卒業して3年は経過してるから、それくらい」
「長かったなあ……」
彼は、精神的に老け込んでしまっていた。
20代というよりも、既に30代半ば……。
ああ、うん。
この世界に来る前の自分と、同じくらいの無気力さだ。
「僕に、なにが出来るって言うんだい?」
「……ミラノと、アリアを仲裁して欲しいんだ」
「それが争い? はは、可愛い言い方だなあ」
「可愛いわけが有るか!」
だから、出来ればコイツが死んでいて欲しかった。
出来るのなら、会わないほうが良かった。
けれども、そんなに出来た人間じゃないから……耐えられなかった。
「お前がいれば、もっと早く出会えていたなら……全部大丈夫だったかも知れないのに!」
「なにを……」
「ヴィスコンティは、真っ二つに割れたよ。神聖フランツ帝国とユニオン共和国をそれぞれ味方につけて、その筆頭が……二人なんだ」
彼は、理解できていないみたいだった。
けれども、自分らは時間を使いすぎた。
扉が酷くたたかれるのを聞いて、ひそかに整えていた脱出の準備を利用しなきゃいけなくなる。
「……その荷物だけもって、裏口に回って欲しい」
「どうして?」
「それは……自分が、元ミラノの”従者”として、神聖フランツ帝国及びデルブルグ公爵家のいる正統ヴィスコンティ国に狙われてるからだよ」
荷物を預け、自分の分も掴んでから行動を起こす。
その日、数百と押しかけた兵士の半数が穏やかだった場所で殺傷されたという事件が発生したけど──。
そんなものは、戦争の中では当たり前な事で……すぐに埋もれて消えた。
~ ☆ ~
学園卒業後、ミラノはオルバの仲介を経て王宮魔術師となった。
アリアはミラノが伴侶を得て戻るまで、屋敷で父親や母親を支えたいと言って帰った。
自分はミラノの従者ではあったが、身分や地位、なによりも品格の問題で王宮にまではたちいる事が出来なかった。
仕方が無く、オルバの紹介で城仕えの警護の者になる為に、騎士の見習いになっていた。
訓練は厳しかったけれども、乗馬に関しては誰よりもうまく出来た事もあって一目置かれていた。
それに、魔法が使えるということや、姫の教育係であったオルバの紹介で王宮魔術師になった公爵家の娘の従者というものもあって、それなりの配慮もされていたから──。
正直、こんな感じで自分の人生は今度こそ終えられるのかなって思っていた。
けれども、そうはならなかった。
公爵夫人が亡くなり、その一件でミラノとアリアは次第に疎遠になっていった。
元々没頭癖のあったミラノは、それ以来魔法に打ち込むようになり、アリアは公爵夫人が居なくなった分を埋めるかのように屋敷に尽くしていった。
ミラノには幾度と無く縁談がやって来ていたが、日に日に目の下の隈を濃くする彼女にこう言われるだけだった。
「……そういうの、興味ないし。だから、アンタが……うん、アンタが判断して断っといて」
そう言って、また引き篭もる毎日。
もしかしたら……あの時、もっと自分がミラノに時間をかけてあげられたのなら違ったのかもしれない。
けれども、それは”従者のすべき事ではない”として、自分はよしとしなかった。
だから、ミラノから自分も遠ざかってしまった。
もっとミラノの傍に居るべきだったんだ、そうしていたなら──。
死者蘇生等という、大それた魔法を編み出そうとしていた事実に気づけたかもしれないのに。
「まさか、そんな……」
「事実だよ。ミラノは──屍姫だなんて呼ばれてる。去年までなら、魔石を原動力として”死後間もない人物”であれば、7割の確立で蘇生する事が出来てた。ツアル皇国にまで行って、亡くなった兵士を蘇生して再び戦わせるだなんてことまでやってのけてたよ」
「──けど、それって」
「うん、神聖フランツ帝国の怒りに触れたね。蘇生の魔法とは系統がそもそも違うし、死体を弄くってから蘇らせるのは死者への冒涜だと声が上がってね。それに、最近じゃ……錬金術で肉体を作り上げて、そこに蘇生の魔法で無理やり魂を降ろすだなんて真似も始めて、余計に手が付けられなくなった。それで、王宮も追放すべきか迷ったんだけど──」
「……なにが、あったの?」
「国王が暗殺されたんだ。それで、継いだ姫様がミラノを保護すると決めて──あとは、国が真っ二つになった。魔法を神聖視する神聖フランツ帝国と、魔法をあまり重視しないユニオン共和国がそれぞれに後ろ盾となって」
「君は……なにを?」
「ツアル皇国に、支援で派兵されてたんだ。それが急遽呼び戻されて……帰ったら、身柄を拘束されかけたんだ」
「ミラノと、仲が良かったから?」
うなずくしかない。
デルブルグ公爵家は、呼び戻した先で兵を伏せてまで捕らえようとしてきた。
最初は説得や会話だったけれども、真偽を確認したいからミラノのところにいきたいと言った所で……だ。
その日以来、お尋ね者の毎日。
互いに睨み合い、各地では小競り合いも発生している。
ユニオン共和国の武器は魔石を用いたライフル銃みたいだけど、精度はあまり良くない。
けれども、甲冑や防具などもほぼほぼ無視できる武器は、少数ながらも無視できない脅威だった。
だからと言って、神聖フランツ帝国の介入も無視できない。
回復や治癒に長けた魔法使いが多く、兵士の多くが薬学に精通しているために戦死率が低く抑えられている。
結果、長い戦いながらもどちらも消耗するだけ消耗してにらみ合うだけの形が多くなってしまった。
だからこそ、兵が広く展開してしまっていて身動きが取れずにいる。
「……なんで、ミラノはそんな事を」
「クラインが、死んだと思っていて。それでも引きずりながら、何とか頑張っていこうと思っていたけど……母親も衰弱死しちゃったからだと思う」
「まさか、そんな──」
「少なくとも、ミラノは重そうにしてたよ。自分のせいで兄を死なせた、少し立ち直りかけていたのに伴侶をも得ずに親不孝なまま亡くならせたって……、お酒を飲んだ時に、深く後悔してたよ」
兄を失った事に関しては、学生時代の頃から悔いていた。
それでも6年間、頑張り続けて首席のままに卒業し……オルバの紹介があったとは言え王宮に仕えられることになったんだ。
そこでようやく、亡くなった兄に胸が張れると……寂しそうに言っていたのを覚えている。
ただ、卒業までの二年間は自分にとっても大分キツかったな……。
色々な知識や常識の欠落を補う為に勉強し、それ以外にも貴族に仕えているのだからとお茶の淹れ方や話し相手になるために仕入れるべき情報やネタのコツ等も教わっていた。
逆にだけれども、ミラノにとって自分が魔法を行使する方法が面白いと着目したらしい。
だからアバウトに説明してみたのだけれども、1年かけて彼女はその理論の構築に成功した。
今ではミラノも同じように動作一つで好きな魔法を行使できて、呪文名のみだけでも難なく複雑な魔法や複合魔法も使えるようになった。
そうやってミラノはアリアと共に魔法使いとして優秀な成績を収め、在学中に彼女は魔法の理論を幾つか書き換えるに到った。
それが、いまじゃ……。
「アリアは、なんで」
「……ミラノが、暴走してるって。あるいは、心や正気を失ってるから止めないとって──対立した」
「そんな……」
「二人ともさ、指揮能力があったみたいでさ。それぞれ部隊を預かって運用してるみたいでさ……。もう何度か、二人して衝突しあってる。それじゃ打開できないから、今度は相手の居なさそうな場所から突破しようとしたり、誘引して引き下がって半包囲とか、もう滅茶苦茶だよ……」
「君は、まだミラノのところに行けなさそうなの?」
「迂回しないと、公爵家やアリアに捕まる。そうなったら、説得も出来ないし……クラインを送り届ける事も出来なくなる。母親の事は残念だけど、少なくとも……少しは心を軽くすることは出来るはず」
そう言いながらも、期待も希望も出来ない。
何度追走劇を繰り広げたかも分からない。
それでも何とかなったのは、様々な作品を見てきたことで引用できた事からくる。
戦記もの、バトル漫画、権謀術策繰り広げる作品、魔法や……戦争について描いたアニメ。
自分がここまで持ちこたえられたのは、そういった作品から引用しまくっただけだ。
たとえアーニャから身体能力を強化されていたとしても、使い方を知らなければ意味が無い。
「ミラノは今どこに?」
「こちら側の戦線に移動してるという噂は聞いてる。何でも、公爵家を押さえるつもりらしい。戦線が押し込まれてるから、合流できるかなって思ったんだけど……」
クラインを連れての逃亡は、中々に骨が折れた。
なにせ、クラインは長年意識不明だった事があり、体力の衰えが酷いのだ。
三日は肩を貸さなければ歩く事もできず、今だって食事の際は補助しなければ皿と食事の重みに堪えられないのだ。
金だけは最低限持ってきたけれども、まさか見つけるとは思ってなかったんだ。
だから、早く何かしらの手段で金を得ないといけない。
「まあ、何とかなるよ」
そう、何とかなる……。
ミラノにクラインを引き合わせれば、ミラノは落ち着いてくれる。
それからアリアに会えば、アリアも落ち着いてくれるはず。
そしたら、また二人は関係が修復される筈だと──。
思っていたけど、土台無理な話だったんだ。
「ぁがぁっ……」
「困った駄犬ね。まさか、アンタまで私を裏切ろうだなんて」
ミラノに会いに行く、その一心で時間をかけて動き続けていた。
けれども、最期の最期が……ミラノたちによって、殺されるだなんて。
矢で射掛けられ、剣で斬り付けられ、槍で貫かれて……もう、死ぬ間際だ。
そして、一つだけ悟った。
そっか、遅すぎたんだ……と。
ミラノは、どうやら裏切り者としてみているみたいだ。
或いは、そういった情報を……誰かが、流したか。
「そんなっ……」
「……遅かったわね、アリア。子飼いを殺されて、どう?」
「離間工作だったのに──」
なんだよそれ……。
ミラノから自分を引き剥がそうとして、それが……うまく行き過ぎて、ミラノに殺されるだなんて。
力尽きて、斃れた。
それを見ていたクラインが、隠れていた部屋から出てくる。
「なんで……」
そこから先は、もう自分には縁のない世界だった。
クラインが生きていたとしても、二人が破断してから引き合わせても……周囲が、世界が、社会がもう止まらない。
賽はもう投げられた。
そこにクラインを投じても、もう……遅かったんだ。
「やり直しますか?」
アーニャのそんな言葉に、首を横へと振った。
もう、何もかもが手遅れだったのだから。
その後、事の顛末だけを見届けて……もし、次があるのならばと願った。
クラインが生きている事を早く知れたのなら。
あるいは、クラインが治って早く二人の所に戻ってきたいたのなら……。
たぶん、こんなことにはならなかったのだと。
だから、これは二度と繰り返したくないんだ。
「クラ、イン……。家族を、妹、たちを──」
最期の言葉は、どこまで通じるかは分からない。
だけど、自分は……生きるのを諦めたんだ。
────────────────────────
エラー、歴史の再生に不具合が発生。
歴史の寸断を確認。
エラー項目をログとして放出。
────────────────────────
引き継げる更新データを確認。
IF世界史として結果を保存します。
────────────結果────────────
フラグ管理:ヤクモは、クラインが死者じゃない事を知った。
結果:クラインに感する注意力を増した。
────────────────────────
フラグ管理:ヤクモはミラノとアリアによって殺された。
結果:クラインの重要度が高いと、認識する事が出来た。
────────────────────────
フラグ管理:クラインは、自分が不在になる事で姉妹がどうなるかを知った。
結果:クラインはより家族想いになり、昏睡時も諦めにくくなった。
────────────────────────
フラグ管理:アリアは、ヤクモがミラノにくっついて行くのを見送った。
結果:アリアは、無自覚にヤクモを好いている事を知った。
────────────────────────
フラグ管理:ミラノはヤクモが引き止めてくれるのを願ったが、叶わなかった。
結果:ミラノのヤクモに対する好感度補正が追加された。
────────────────────────
フラグ管理:ヤクモは自分が失敗した事を認識した。
結果:自己犠牲に思考が傾いた、他者優先に思考が傾いた。
────────────────────────
──────………………
───………
─……
現在の世界に、これらのリザルトを反映します。
────────────────────────
~ ☆ ~
「僕は、やらないといけないんだ」
そうでないと、何かを失ってしまうような……そんな気がしたんだ。
その危機感の中にはミラノとアリアの事が優先して思い浮かぶけれども、その影に彼の事を思い浮かべてしまう。
ミラノとアリアの為に多くを捧げ、尽くしてくれた男を。
そうだ、僕が何もしなければ……彼はもしかすると、本当に全てを捧げてしまうかも知れない。
安寧も、平穏も、自分自身の人生も、命でさえも。
僕はそうさせちゃいけないんだ。
じゃないと、どこかで──。
どこかで、失敗する。
そんな気がするんだ。
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