第41話

 ~ ☆ ~


 ようやく軍事演習も終わったという事で、父様が公爵様にお願いして短期間ですが置いて貰える事になりました。

 

「自分で決めた相手だ、良いも悪いも多くを知りこれからの判断材料や付き合い方の糧になるのなら、これくらいなんとも無い」


 そう言いながら普段どおりに「ククク」と笑う所は、昔から変わってませんでした。

 ただ、変わった点があるとすれば──。


「ヤクモ様って、お眼鏡をかけてらっしゃいましたか?」

「……色々あったんだよ」


 そう言って、ヤクモ様は遠い目をされています。

 色々と未来視──とヤクモ様が名付けてくれましたが──していても、細かい事までは分からない事が多いです。

 

 細かい事が分からないと言えば、ヤクモ様が以前渡してくださったお薬が私の目を治してくださいました。

 今では色が分かるようになり、父様は大層喜んでくださいました。

 その日は珍しく日が沈む前から、私が眠るまでずっとお酒を飲みながら喜んでいてくれたように見えます。

 

「神の思し召しと言うものは、何時どのような形で転がるか分からぬものだ」


 朝、私が起きた時にもまだ寝ていなかったみたいです。

 入れ替わるように眠りについた父を、私は嬉しく思います。

 昔から、母様が居ないことで苦労させましたから。

 

「これが赤色ですか?」

「そう。火の魔法でよく見る系統かな。で、空の色は青色。群青色とか水色とかも該当するけど、そこらへんは本でも読んでもらえれば。それから、緑は……この服の色とか」


 そう言って、ヤクモ様は私に色を教えてくださいました。

 今までは他人に言われた色を、紙などで判断しやすいように書いたり挟み込んだりしてきました。

 ですが、今ではその必要が無いと思う喜びとは別に、世界の見え方がまるで違う事に驚きます。

 今まで私が見てきたのは偽りの世界とも、悪夢とも言えるような色の欠けた世界。

 それが、夢の中で見るような色彩で世界が見える。

 私は、その事に深く感謝しました。


「世界って、こんなにも綺麗に見えたのですね」

「──そう見える?」

「え?」

「ああ、いや。なんでもないよ」


 言葉を濁したヤクモ様の眼鏡。

 目を逸らして窓の外を見ている間に、手で触れたのでしょうか?

 なんだか汚れて見えました。


「ヤクモ様、お眼鏡が汚れてるみたいですよ?」

「え? あ……や、これは……。い、良いのさ! 汚れてるのがファッションみたいな所あるし!」


 ……なんでしょう?

 見ている目の前でどんどん汚れていくのですが。

 ヤクモ様は目の前が見えなくなったりしないのでしょうか?


「あ~、ごめん。降参します。実はマジックアイテムでさ、手違いでかけられて外せない状態なんだ……」

「マジックアイテム……。初めて見ました」

「効果は嘘をついたり誤魔化したり、或いは後ろめたい事があったりすると眼鏡の色が変わるんだってさ。──って、素直に言ってみたけど、どうなってるかな?」

「あ、御目が見えるようになりました」

「とまあ、かけた相手のことを調べるのに使うんだと」

「色々あって、かけることになってしまったと?」

「条件があって。持ち主やかけた人が望んでいる質問に答えさせないと外れないんだってさ。だから今、誠意鋭意をもって質問内容を考えてくれてる」

「ふわぁ……」


 それを聞いてから、少しばかり困った事になりました。

 私が変な事を聞いたりしてしまうと、望むと望まざるとヤクモ様は試されてしまう事になります。

 それに、言葉に詰まったり考え事をしても反応をするようなので、何も言う事ができません。


 私がどうしようか悩んでいると、ヤクモ様は──優しそうな顔を見せてくれました。


「──もしかして、下手に喋ると迷惑が掛かるんじゃないかって考えてる?」

「……なんで分かったのでしょうか?」

「前後の話題と、表情。マーガレットって裏表無さそうだから、そうなのかな~って」


 チクリと、胸に刺さるものを感じました。

 あぁ、私はまだ……ヤクモ様を騙したままなのですね。

 けれども、私がなぜ黙っていたのかをすぐに察してしまうなんて。

 夢の中で見た人と、同じなんですね。


 ──ごめん、ごめんよマーガレット……──


 夢の中で、私は様々な死を迎える。

 けれども、その多くはヤクモ様が見つけてくださいます。

 そして、必ずヤクモ様は私を抱き上げて泣いているのです。

 たぶん夢の中では、未来では……私たちの関係は良い物なんだと思います。

 それが私が偽装婚姻を持ちかけているのを、知っているのか知らないのかは分かりませんが。

 ただ……胸が痛むのを感じました。

 

 目を治してもらったのに、私は不誠実な真似をして良いのでしょうか?

 それがたとえ信じてくれているとは言え、未来で死ぬ事を回避する為とは言え。


 たぶん、その眼鏡が一番必要なのはヤクモ様です。

 私のような子から自身を守る為に。

 そうでなければ、無償の愛を振りまいてしまって──いつしか枯れてしまいそうですから。


「いいよ。マーガレットは相手のことを知りたくて来ただけで、この眼鏡をつけてるのは俺の失敗出しかないんだから。それで損をしたとしても、マーガレットはそれを気にする必要なし」

「いいの、でしょうか? もしかしたら、ヤクモ様が隠したい事や言いたくない事をすこし齧ってしまうかも知れませんが」

「良いって良いって。それに……返答はうやむやにして伸ばしてるにしても、もし……もしだぞ? ホントに婚儀を結んだとしたら、下手に隠し事をした旦那にはなりたくは無いしさ」

「それって、私相手には隠し事をしたくないって事ですか? それとも、それくらい色々隠してるって事ですか?」

「両方かなぁ」


 そう言ってヤクモ様は鼻を掻きました。

 眼鏡は全く曇っていらっしゃらないので、きっと素の言葉なのだと思います。


「隠し事をしない関係って、重くならないでしょうか」

「優しい嘘もあれば、悪意に満ちた真実もある。だから、マーガレットには重いなって事は隠せば良いし、聞かせる必要の無い事や、知らなくても良いことは言わなくても良いと思う。けど、それとは別に……やっぱ、自分の事を知ってもらいたいってのは有るからさ。この世界に、俺の事を少しでも多く知ってる人が居てくれて、それが結婚相手だったなら……いつか、子供が覚えていてくれるだろうし」


 そう言って、ヤクモ様は苦笑しました。

 まるで恥ずかしい事を言ったかのように。

 あるいは、馬鹿なことを言ったとでもいうように。


 けれども、私はそれ自体がすでに重いヤクモ様なりの告白なんだと思いました。

 私は、ヤクモ様が別の世界から来た事を知っています。

 それを語ってくれた未来を、夢の中で見たから。

 ”そういう未来”から、ヤクモ様の欠片を集めただけですが……。


 良い、のでしょうか?

 私はこのままで。

 自分の運命を左右する方に、嘘をついたままで。

 こんな悲しいくらいに正直な人を騙したままで……。


「マーガレットは、子供が出来たら~って考えた事ある?」

「ななな、なにを!?」

「あぁ、いや。マリーやヘラがさ。そういったことで──あぁ、その前にこれを見せないとダメだった」


 見せる? 何をでしょう?

 そう首を傾げると、ヤクモ様が出したのは携帯電話なるものでした。

 ただ、多くの機能がついているので理解はしきれてませんが。


 ヤクモ様が慣れた手つきで何かをすると、出て来たのは小さな子供の写真でした。

 どこか、眉と目の辺りがヤクモ様に似ている気が──。


「この子は?」

「妹の子。これを見せたらマリーが大はしゃぎでさ。ヘラもこれを見たら食いつくように見入って、それから自分に子供が出来たらどんな感じになるかな~みたいな話をしてたから」

「因みに、お二人様はどういった子供だろうって想像してました?」

「マリーは”生意気で言う事聞か無さそう”で、ヘラは”引っ込み思案で大人しい子”って言ってたかな。だから、ちょっとマーガレットにも聞いてみたくなって──」

「その前に、このお子さんの写真とか映像とか、もっと見てもよいですか?」

「え? あ、うん。どうぞ?」


 たしかこれは、数字を現していたはず。

 となると、写真と映像だけでもヤクモ様は1000枚以上を保存しているのが分かります。

 そして見よう見まねで弄ると、ご家族の写真も……混じってました。

 出した瞬間に「ちょちょちょ!?」と言って取り上げられてしまいます。

 どうやら、恥ずかしかったみたいです。


「か、家族の写真は……ちょっと」

「今、公爵夫人に似た方が写ってたような……」

「誤解されそうだから家族の写真は勘弁して欲しいかな」

「他の方には?」

「いや、子供の写真以外は……まだ、誰にも」

「どうして見せたがらないのでしょうか?」

「──見せたら、ミラノやアリア達が変に気負っちゃうから。両親は既に亡くなってるけどさ、それでも”元居た場所から引き離した”という事は否定できないわけだし。そう在って欲しくない。俺なんかのことで、気に病んだり抱え込んだりして欲しくないんだ」


 少しばかり、眼鏡が曇りました。

 けれども、殆どが真実なのでしょう。

 それから何枚か子供の写真を見てから、頭を振っていました。


「って、マーガレットは……自分に子供が出来たとしたら、どういう子になるかってのを聞きたかったんだ」

「それって、一人だけなんでしょうか?」

「ん゛!? え゛、な゛に゛? うぐぉえっほ!!!!!」


 変な事を聞いたつもりはありませんが、ヤクモ様は大きく咽てしまいました。

 ですが、子供を持つとなると色々と考えてしまいます。

 

「一人だと子供が寂しくないでしょうか? それに、だいたい三~四人くらい居ないと、何かあった時危ないと聞いています」

「──ああ、病気や争い、事故を考えてそうなるのか」


 私は、出生時に母様を失いました。

 だから父様は私以外の子が居ません。

 だから、私を大事に育ててくれてましたし、病気をしたら大げさなくらいに医者を呼んでくださいました。

 

「たぶん、楽しそうだと思います」

「そ、そう?」

「私が花のお世話をしている時に、側で子供たちが服を引っ張ったり、花の事を聞いてきたり、花に見とれたりと皆違うんです。それで、時々喧嘩とかしちゃって、”めっ”て怒ったり……」

「──それは、確かに楽しいかも知れないなあ」

「ヤクモ様はそういったことありませんでした?」

「……あったよ。まだ辛うじて覚えてる範囲でなら。弟と喧嘩して負けて泣かされたり、妹を寝かしつけるのに弟は逃げ出したり、話せばきりが無い。けど、今思い返せば……良い思い出ばっかりかな」

「ふふ、弟さんに負けたんですか?」

「噛み付くのは反則でしょうよ……。だからその時の傷、犬歯の箇所だけまだ残ってやんの。ここと、ここと、ここと、ここ。4つ、クッキリ」


 そう言ってヤクモ様は左腕の袖をまくります。

 そこには確かに噛み付いたんだろうなあと思える傷跡が、4つほどついてました。


「ち、ちなみに……。さっきの子供”たち”って、何人で考えたのか聞いても?」

「えっと、男の子二人に女の子一人です」

「それは……。たぶん、長男が大変だろうなあ……」


 そう言ってヤクモ様は遠い目をされました。

 ヤクモ様が長男で、弟様と妹様がいらっしゃるから構造的には同じになってしまいます。

 たぶん、本当に苦労されたんだと思います。


「なんか、もう……。その構成だと、長男は戦いに特化して、次男は頭が良くて、長女はそんな二人に隠れるようについていく光景しか想像できない」

「長女が出来たら……いつか、私のように人を支える事を教えたいと思います。魔法が得意なら、それを伸ばしてあげたいとも」

「ふ~ん」

「ヤクモ様は、もしご自身の子が出来たら。それで、男の子だったらどうしたいですか?」


 何気ない質問でした。

 ですが、その質問をした瞬間にヤクモ様の顔が恐くなります。

 別に怒りを滲ませたわけでも、睨んできたわけでもありません。

 ただ──自分がそんな質問をされるとは思って居なかった、そんなご様子でした。


「どう、したい……」


 そうひねり出した直後に、やはり言葉は続かずに黙ってしまいます。

 眼鏡の色は変わりはしませんが、不安を感じさせるような霞を見せました。


「──そんなの、考えもしなかったな」

「なぜでしょうか?」

「俺なんか……。ミラノに尽くしていられる、報われてるかは別にしても今はこれが幸せなんだろうなって思ってたからさ。だから、結婚なんて……しかも、子供だなんて、遠い昔に諦めたから、考えもしなかった」

「遠い、昔?」

「それは──」


 ……ヤクモ様のことを全て知っているわけではありません。

 色々な未来の欠片の中には、当然含まれないことだってあります。

 私はヤクモ様の年齢を知りませんし、ご家族の事だって語っている光景はありませんでした。

 だから、他の方よりも踏み込んだ事柄を知っていても、少しばかり”リード”しているだけに過ぎません。


「……マーガレット、聞きたい事があるんだ」

「? 私に答えられることなら、なんなりと」

「幸せって、他人を巻き込まなきゃいけないものなのかな? 俺は……結婚とか、そういう誰かを背負う強さがあると思えないんだ。俺だけが幸せになっても意味が無いんだ。相手も幸せにならないのなら、そう出来ないのなら……結婚も、子供も作っちゃいけないんだ」


 おかしいですよね。

 私の知っているヤクモ様は、どこまでも戦いに対して現実的な方でした。

 なのに、戦いではなく日常に戻るとどこまでも理想主義であろうとします。

 損と得を天秤にかけられる戦場とは違い、何故か0か1かを求めてしまう。

 1にならないのなら、それは”満たせていない”として。


「ヤクモ様、人の生は……長いようで短いですし、短いようで長いものですよ。一日二日でお互いが幸せになるとは思いませんし、1年2年と少しずつ色々なものを積み重ねて……その果てに”お互いの幸せの形”だって変わったりしながら、夫婦仲って出来上がると思うんです」

「そういう、ものなのかな」

「だと思いますよ。それで、ヤクモ様のいた世界ではこう言うじゃないですか。”健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?”って」


 それは、私が偽装なりともヤクモ様と婚姻をすることを手段として選んだ理由の一つ。

 未来の一つで、私たちが婚儀を結ぶ展開もありました。

 ヤクモ様は、最後の最後まで迷われておりましたが……この言葉を思い出して、踏ん切りがついたと仰ってました。


 そして、この言葉は正しかったのだと知ります。

 ヤクモ様の先ほどまでの”無”のような表情が、ゆっくりと強張っているだけの顔に戻っていきます。

 それから数秒かけて、少しだけ悲しいような、何かを思い出し懐かしんでいるような顔をされました。


「……喜びのときも、悲しみの時も……か。忘れてたな、そんな言葉」

「けど、知ってはいたんですよね」

「諦めた時に、使う事は無いだろうって忘却の彼方に置き去りにしたんだと思う」

「なら、良いと思います。その命ある限り、真心を尽くすのなら……最後には幸せになれますよ」

「……だな」

「その上で、ヤクモ様は……もし、自身に子供が出来たら、どう在って欲しいでしょうか」

「……優しい子に、育って欲しいかな。それで……強さでもいいし、頭の良さでもいい。その優しさが……悪に妨げられず、自分の思う正しい事を曲げずに済む強さがあれば」


 それは、本音からの言葉だったかもしれません。

 けれども、一つだけ私は気になりました。

 功績を掴み、名誉と栄誉を勝ち取り、公爵家にここまで厚遇をされている。

 にも拘らず、ヤクモ様はどうしてこんなにも寂しい顔をなさるのでしょうか。

 私は、よく分かりません……。





 ~ ☆ ~


 ふぅ、些か疲れましたね。

 姫様もこれくらい普段から素直なら良いのですが。


『む? クラインが戻ってきたのは嬉しいが、病み上がりで辛いじゃろ? 故に、暫くは大人しくして”しんろー”とやらをかけぬようにする』


 そう言って城でしばらくは大人しく……。

 すると、聞いていたのですが──。

 軍事演習に興味を持ったらしく、最近の姫様は軍事関連や武芸の稽古を入れるようにと逆脅迫をしてきました。

 まさか前のように魔法を封じた所で、付呪で行動を抑制した所で姫様の付呪への抵抗と解除の技術が高まるばかりです。

 姫様は頭は良いのに、なぜこうも自分のやりたい事や興味のある事にしか向かないのか。


 ……姫様は、僕とは比べ物にならない素質を持っています。

 血と汗と涙で染まった努力を、短時間で片手間に片付けて乗り越えてしまうのですから。

 


 あぁ、そういう意味ではミラノさんやアリアさんは幾らか親近感を覚えます。

 クラインさんが……死んだと思っていた間も、何度か交流はありました。

 ミラノさんは僕とは違う理由で、同じように最優秀の成績を収め続けました。

 アリアさんは病弱ながらもミラノ様に食い下がり、二番目の成績を何とか維持しています。

 クラインさんが居なくなったから……僕は、僕なりにクラインさんの代理で、兄代わりの真似事くらいはしてきたつもりでした。

 休みを利用して、或いは都合をあわせてお二人の勉強を見たりはしてきました。


 ただ、それでクラインさんの代わりが出来てきたとは思いません。

 実の兄では無いですし、アリアさんとは……上手くやれたかどうか。

 クラインさんが居なくなって、入れ替わりで現れた彼女にどう接して良いかで悩んだ事を思い出します。

 それでも、今は普通に関われてるとは思いますが。


「はぁ、今回の一件。戦い方に新しい変革となる得るでしょうか」


 先の軍事演習の成果は、両家に付属する形で僕も関わっています。

 なにか国に還元できないかと、自分なりにそういった事に首を突っ込んでは考えている最中です。

 ですが、やはり若輩者は若輩者。

 当主を務めて、それなりに戦いを経験しているお二人の話について行くのは大変でした。

 僕も実際に指揮者として兵を率いていれば楽だったのでしょうが……。


 ……いえ、その事を考えるのはやめましょう。

 どうしても、僕は家の名誉を回復させなければなりません。

 ここで立ち止まれば、僕の帰りを待って家の維持をしてくれている人に顔向けが──。


「オルバ様、今大丈夫かしら?」

「ああ、ミラノさん。すみません、このようなだらしの無いところを……」

「疲れてるでしょうし、そんなことで目くじらを立てる間柄でもない──でしょう?」


 ……幸いな事に、ミラノさんはクラインさんのように僕を受け入れてくれている。

 気兼ねない関係、気のおけない仲というのは──正直助かります。


「カティ。オルバ様にお茶を頼める?」

「え? いえいえ、それくらい僕が──」

「いいの。ちょっと聞きたい事があっただけだし、ここ数日演習後評価でくたびれてるだろうし」

「それは、ありがたいのですが。だとしても、彼女は、あの……」

「……どうせご主人様、何でも自分でやるし」


 あぁ、えっと……。

 ヤクモさんは、マリー様を救う為に戦って負傷されたとデルブルグ公爵から聞きました。

 それで出血多量で重傷、それが4日前後である程度回復したとか。

 つまり、もう復帰できるらしいです。

 あの人は、本当に人間なのでしょうか?


「すみません、カティアさん。それでは、お願いしても宜しいでしょうか?」

「ええ、任せて頂戴」

「それで、ミラノさん。僕にどういった用事でしょうか?」

「魔法で……学園とは別の、オルバ様の知っている事を聞きたいの」


 ミラノさんは、真っ直ぐに僕を見つめてそういいました。

 それは、遠い昔学園に入ってきた一年生の時と同じ目をしています。

 クラインさんを失ったとして、優秀な魔法使いになりたいと言って。


 一瞬、学園の授業を見せればよいのかと思い……それを否定しました。

 彼女が求めているのは、その先なのだと。


「懐かしいですね。一年生だったミラノさんが、僕のところに来た時も……同じ顔をしていました」

「ええ。そうかもしれない。けど、理由は大分変わってしまったけど」

「……クライン様の代わり、と言う訳ではなさそうですしね」

「ええ、そうよ。学園で教わる”平々凡々とした魔法”じゃ、足りないのよ」

「足りない?」

「英霊にも、そうじゃないあのバカにも届かない。詠唱をしてるような魔法じゃ、そんなので満足してる魔法使いじゃ……私は、アイツの主人足り得ない」


 バカとアイツと言うのが、誰を指しているのかを察するのは難しい話ではありませんでした。

 それは、彼女が召喚した使い魔……だった、クラインさんに似ている男の事だと。


「それは、身の危険を感じている……という意味でしょうか? 使い魔じゃなくなったことと、力関係が逆転していると思い込みつつある……とか」

「そういうわけじゃないの」

「なら、何の為に?」

「……ヘラ様が言ってたの。神聖フランツ帝国って、英霊に私たちは従うべきだって主張してるでしょう? それとは別で、名のある人物を集めて国力を高めてるみたいなの。それで……アイツにも」


 言われてから、あまり納得は出来ませんでした。

 ですが、すぐに”噂”の事を思い出しました。

 聖職者が多く、人の為に働く事を善とするお国柄としては、彼のした事はそれだけで十分だったのでしょう。

 

 『前代未聞の非英霊の男。主人とその学友の為に自身の全てを捧げ、生還にまでこぎつける。その途中で無辜の民を多く救助、他にも学友二名を教師の要望で救助し、他者の為に殉じた』


 そんな見出しでもあれば、十二分でしょう。

 ヘラ様は、僕が学園に入る前から此方に召喚されていたそうです。

 ただ祈るだけの国は、ヴィスコンティとツアル皇国と言う盾の奥で清貧なままに眠るように存在していた。

 それが、ヘラ様が聖職者の中から聖騎士を作り出したりする魔法使いの近接戦闘部隊科や、防御や支援魔法の成長、回復や治癒などの魔法を特化させる事でそれぞれの教会に聖職者を派遣して魔法の伝授と村や町規模からの生存確率の向上。

 他にも聖職者を後方支援、聖騎士を前衛とした部隊を作り上げて前後衛問わずに魔法を使って魔物の駆除を行った。

 その結果、道の整備や人口の減少への歯止め、国の一体化や開けた農地で薬や解毒薬などと言ったものに繋がるものの栽培……。

 兎にも角にも、生きることを優先しながらも国力を増していきました。

 

 当然、その中では様々な国から名が少しでも売れている人は声がかけられ、彼の国に向かいました。

 船乗り、漁師、大工、鍛冶師、退役軍人、隠遁した魔法使い、傭兵……何でも。

 だから、彼が声をかけられるのもある種当たり前だと思います。

 僕自身が彼と手合わせをしたのは二度程度ですが、それでも戦闘関連に幾らか長けている事くらいは分かります。

 それだけじゃなく、魔法に関しても不透明な部分は多いですが詠唱を破棄している高等技術を普通に使っています。

 

 装備、魔法適正、軍事行動や立案能力、そして──自己を律する能力。

 明らかにミラノさんを力で脅すことも、そうすることで自分に都合の良い状況を作る事も出来たはず。

 なのにそうしないし、そうする傾向も兆候も無い。

 クラインさんを無償で救った事もありますが、デルブルグ家との繋がりが深いシャルダン辺境伯の一人娘の目を治したとか。

 ……底の抜けた善人という、ある種の”バカさ加減”がやっている事と上手くかみ合ってくれないので判断が難しい。


「……それが、どう繋がるのでしょうか」

「アイツが特別だからあの国に声がかけられるというのなら、特別じゃなくしてしまえば良い。どう、簡単でしょう?」

「なるほど……なるほど?」

「ちょっと、何で疑問系なのよ」

「いや、ちょっと……。ミラノさんが、ヤクモさんみたいになるというのを想像したら頭が痛くなって……」

「アイツになりたいわけじゃないの! アイツに近づきたいのよ。召喚されて、魔法使いとして学年主席を維持してきた私の誇りを横殴りにしてなぎ倒してくれたのよ? なら、”天才”と呼ばれるに値する所を見せないと割に合わない」


 そう、あの日と同じ決意に満ちた顔だった。

 なら、僕が言うべき言葉はそうありません。

 ちょうどお茶が出来たところでした。

 カティアさんがお茶を運んできてくれます。

 それが嗅ぎなれないもので、色合いも少し違って一瞬怯みます。


「あぁ、もしかして……疲れによく聞く香草でお茶を?」

「あら、オルバ様はお茶にも造詣が深いんですのね」

「偶々ですよ。王室で姫様の相手をしていると、そういったお茶も時たま出てきますので。……有難う御座います」

「いえ。それでオルバ様が救われるのでしたら」

「……なぜ貴女のような気遣いのできる方が、彼の下に居るのでしょうか。少なくとも、仕え甲斐の無さそうな主人ですが」

「──オルバ様、それ以上は無礼と判断させていただきますわ。ご主人様は確かに仕えさせてはくれませんの、それは不満である事は事実ですわ。けれども、私とて外見同様中身が幼く知見も浅いから、ご主人様が『ミラノ様やアリア様を通じて色々な交友関係や知識を模索して欲しい』と言ったのは、正直正しかったとは思ってますのよ? じゃ無ければ、私はお茶の淹れ方も、人間の礼儀作法も、食事の仕方も、魔法についての知識も。それどころか今のようにミラノ様を通じてオルバ様と関わる事すら出来ませんでしたので」

「それは、失礼しました。侮辱したつもりは無かったのですが……。ただ、彼を見ていると貴女のような礼儀正しい子が仕えているというのが、かみ合わないように思えまして」

「えっと、どういうこと?」


 ミラノさんは仕上がりの程度が高いので、状況や場面に応じた言動くらいは出来ます。

 その下に居るのが、その劣化版のようなあの男。

 戦いに特化しすぎてますが、一応は礼節らしいものは持っているようです。

 少なくとも、略式の叙任式で整えた身なりや膝を付いて口上を述べる事は出来ていましたから。

 さて、その下に居るカティアさんはこんなにも可愛らしくお茶を入れられる上に、気配りまで出来る。

 

 なんというか、彼の物言いや態度がもう少し柔らかければ、クラインさんに似ているという事で衝突せずに済んだのでしょうが。

 彼は……少し、損をしがちな性格をしてますね。


 その事を伝えると、ミラノさんもカティアさんも複雑な顔をしました。

 ただ、ミラノさんは同意してくれましたが。


「それは分かる。アイツ、色々考えてくれたりしてるみたいなのに、いつも必要な場所で要点しか喋らないの。だからそれが癪に障って……」

「で、後から色々言うから言い訳がましく聞こえる?」

「そう!」

「……ご主人様は立場で言葉≪台詞≫の量が変わるから……」


 そういえば、その傾向は……あった気がします。

 求められれば、必要があれば言葉を尽くしはしますが、それ以上のことはしない。

 あとは勝手に判断しろといわんばかりに。


「立場で言動を変えるってのは、認めてたかしらね。私たちを助けようとした時、一時的に全員従えてたもの」

「え゛。ミラノさんたちが、あの人の指示に従ってたんですか?」

「外に漏らしたら大問題でしょうね。けど、そのおかげで私たちはこうやって元気に、無事で居られた。それに、何でそうするのか~って説明もしてくれてたし、それを知らなかったし理解もしていなかった私達からしてみれば……少なくとも、全てを委ねても良いと思えたし」


 ……少し、嫉妬してしまいますね。

 学園での出来事を知ったときに、僕は二人の身を案じました。

 しかし、駆けつけた時には既に皆さんは学園入りを果たしていた。

 そうとも知らずに、クラインさんの代わりも出来ないのかと焦燥感で焼かれたのですから。


「けど、ご主人様人との関わり方にはあんまり自信が無いって言ってなかったかしら。だから、義務と責任が生じる場面では説得力のある言葉が吐けるけど、そうじゃない日常では必要な事しか喋らない~みたいな」

「それと、事勿れ主義でもあるわね。言い返して打開できるのならそれで良いけど、滅茶苦茶になったり面倒くさいと思ったら黙って受け入れるとか。前に……それを問い詰めたのよ」

「よく口を割りましたね」

「アイツ、何も無い時は子犬みたいに怯えてるもの。戦い以外は右も左も分からない、迷子の子供みたいに。自分の得意とする分野では、或いは信条や信念に基づく事柄では強弁だけど、それ以外では縮こまってるし」


 縮こまってる……。

 ああ、そういえば学園の寮では大分ミラノさんに痛めつけられてましたね。

 ミラノさんの言う事に一応は弁明しますが、最終的には折れていましたし。

 

「……さて、なんだか彼をダシにしたようで申し訳ありませんが、幾らか疲れも飛びました。さて、魔法についてお話しましょう。筆記の準備は出来ていますか? 魔法の行使の為に必要となりそうな道具は?」

「そんなもの、もってきてて当たり前。昔からそうだったじゃない」

「そうでした……。アリアさんにも声をかけておきましょう。どうせなら、二人を一緒に面倒を見た方が昔のようで僕の気持ちも和らぎます」

「ええ、分かった」


 さて、お二人を見るのは学園卒業以来でしょうか。

 姫様の付き人になってからは忙しくて、マトモに顔を出す事も出来ませんでしたから。

 ですが、僕のやる事は無駄ではないはずです。

 ミラノさんもアリアさんも、姫様と幼少の友人の筈なのですから。

 二人とも立派に育ってくれれば、姫様の為になる。

 クラインさんが戻ったとしても、この役割を降りたいとは思えないあたり……。

 僕も、まだ人間だったという事でしょうね。

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