第39話

 ~ ☆ ~


 ……人に何かを教えるってのは、存外難しいものね。

 あのチンチクリンのやる事なす事程度が低すぎる。

 けれども、ヤクモには喧嘩をしないでくれといわれてしまった。

 あまりやりすぎると、アイツは怒るだろうと踏んで、仕方が無く、嫌々、幾らか噛み砕けるように努力してみた。

 それをやってみて、私も学が足りないのではないかと気づかされた。

 

 誰かに何かを教えるには、前提とする土台の知識が必要になる。

 それが無い場合は、教える側が教わる側の保有する知識に触れて、歩み寄った解説が必要になるから。

 けれども、私の中には学園での教育も途中で投げ出したままの知識しかない。

 外の世界を知る前に戦いに巻き込まれ、そのまま人類存亡の戦いに突っ込んでいったから。

 魔法に関してなら負けはしない。

 けれども、その魔法を説明し理解させる為の知識が私には足りなかった。


 べ、別にあのチンチクリンの為じゃないし!

 けど、放置したらしたで「頼みがあるんだけどさ」と言ってくるのは目に見えている。

 あそこまで貶したのだから、自信や能力があると思われて当然なのだから。


「? 何してるのかしら、あの子」


 ヤクモの部屋に向かっている途中で、小走りで通り過ぎるカティアを見かけた。

 なんだか顔を赤くしてたし、頬を膨らませていたようにも見える。

 何かしたのかなと思っていると、今度はグリムが部屋から出て行く。

 ……また何かやったんだろうなあ、あのバカ。


「改めた方が良いかし……ら?」


 半開きの扉の向こうに、アイツは居た。

 けれども、普段かけている事の無いものをしていて、それが何かを見つめてしまう。


「何かあった?」

「い、いや。と、特には……」


 ヤクモがそういうと、鏡の部分が強く濁った。

 ……あれって、マジックアイテムじゃないかしら。

 確か、相手の心情が周囲の相手には見えるという奴。

 元々は詰問や情報を漏らす為の物だった筈。

 なんでコイツが……?


「アンタって、目ぇ悪かったっけ? それとも、悪くなった?」

「ああ、いや……。まあ、気分だよ、気分。頭良さそうに見えるだろ?」


 はい、マジックアイテム確定。

 さっきと同じ勢いで”誤魔化してます”という色に変化した。

 それは追求されたくないのか、それとも追及されると困るのか。

 ……自分本位で付けたとは思えないし、その説明をしたくないということかもしれないわね。


「頭良さそうに見せて、誰か気になる子にでも良いとこ見せたいのかしらね?」

「?」


 ……なんか、ムカつくんですけど。

 そんな「何言ってんのこのひと?」見たいに首を傾げて、しかも鏡が一切曇らないとか。

 せめて慌てたり戸惑ったりしてくれれば突いて遊べたのに、完全に「そんな人居ませんけど?」見たいな反応は、イラつく。

 

「あ、あぁ。まあ……。頭良く見えて、それで誰かに好印象を与えられるのなら、無くは無いんじゃないかな」

「考えた事も無かったと」

「格好つけても、結局背伸びした分だけ自分は苦労するし、相手には失望させるし。戦って命のやり取りをする仕事をしていた以上、それで受ける損失は自分だけじゃなくて仲間の命だって考えれば背伸びはしたくないかな」

「なんか、もっともらしい事いってるけど、”そう見られる”というのと”そうである”と言うのは別だかんね?」

「……だとしても、あんまり飾り立てたくないんだよね」


 う~ん、変化なし。

 という事は素直に物事を言ってるという事だろうけど、これって聞いたほうが良いのかしら……。

 いえ、やめておきましょう。

 こんな事を追求して、自分がそうなった時にコイツ相手だと口で言いくるめられてボロが出かねない。

 

「飾り立てない服装が、それ?」

「俺の居た場所ではだいたいこんな感じだったけど。まあ、もう肌寒いから冬服にしても良い頃合なんだろうけどさ」

「地味な服装ね」

「ほっとけ、余計なお世話だ。俺はこういう、ちょっと草臥れた感じが気に入ってるの」

「なんで?」

「俺の好きな人が元含めて軍人なんだけど、草臥れた服を着てることが多いから。こう、ほら。形から入れば近づけるかな~、みたいな」


 かなり長く着込んだだろう、冬用の上着は良い具合に草臥れている。

 それを脱げば普通の色あせの少ない服が出てくるけれども、それでもかなり着込んだだろうなという事は伺える。

 

「好きな、軍人?」

「まあ、架空の、仮想の軍人なんだけどさ……」

「憧れるほどなんだ」

「何かの為、誰かの為に戦ってる上に言動が格好良くて、つい……ね」

「どういう人か聞いても良い?」

「……架空だから、世界観や非現実的ってのを理解してくれよ?」


 そして、ヤクモは語ってくれた。

 一人は人類同士の戦争で英雄となった人物で、地底人との戦いの中で命令を無視して親を助けに行き終身刑を受けた男。

 一人は借金の為に空中に浮かぶ都市へと向かい、最後の最後まで引き渡す筈だった少女を守り抜いた三度の戦争を生き延びた英雄。

 一人は新兵でありながらも仲間想いで、敵地の中虜囚となった同期の為に家に帰る許可を破り捨てて戦った兵士。


 ……途中から、遺跡を探すのが得意だけど毎回ぶち壊してしまう冒険家とかも出てきた。

 けれども、こいつの中から出てくるのは”凄い人”ばかりだった。

 英雄、英雄、英雄……。

 あぁ、だからなのかも知れない。

 こいつの口からもう10人以上の架空の英雄が語られて、それを聞いている私はその熱量を理解した。

 本気で、本当に憧れたんだ。

 例え架空であっても、英雄のようにありたいと。

 同じように行動し、同じように振る舞い、同じようになれたらと。

 焦がれて、焦げて……そして、無茶をする。

 

「あと、自分の主人の為に3万の敵に突っ込んでいった少年とか──」

「わかった、わかりました。どれだけ色々な人を大事に思ってるか、耳がそろそろ痛くなってきた位にはりかいしました」

「そんなに喋ったかな……。喋ってるわ」


 ちらと”腕時計”なるものを見る。

 一日を24時間、一時間を60分、1分を60秒で指し示してくれる装飾品らしい。

 情報を同期する機能があるとかで、何年使っても誤差がない上に、太陽光を当てると動作に使う力を補充できるとか。

 ……頂戴と言ってみたけど、これしかないからダメとか言われた。

 残念無念。


「ごめん、一方的に喋りすぎた」

「アンタの居た場所って、創作が活発だったのね」

「そうだねえ……。それを享受して、溺れてるのは楽しかったなあ……」

「もう読めないの?」

「大半は読み直せるけど、娯楽作品の方だとどうにも……。まあ、どうにかならないってワケでもないか」

「私も見てみたいわね」

「実在する英雄にかかっちゃ、架空の英雄は相手にならないって」

「架空の英雄であっても、アンタがそれで英雄らしくなれるのなら、私にだって意味はある……そうじゃない?」


 私がそういうと、何故か彼の眼鏡は曇った。

 ということは、複雑な感情を今の言葉から抱いたという事?

 えっと、こういう時はロビンが言ってたわね。


「──納得してないって顔してるわね」

「あ、いや。そもそも、共感できるものが無ければ、幾ら見ても納得行かないと思うけど」

「それが複雑そうな顔をした理由?」

「そもそも国のあり方、兵士のあり方、軍の規律や概念が違うんだから文句の方が多いだろうし……。てか、そもそも途中から俺、軍人じゃない連中も出してたし」

「そんなに違うものかしら」

「説明が難しいし、そもそも俺にその説明に必要な知識が足りないんだよ……。それに、一部の連中は……女性の為に戦ってるわけだし」

「それは別に良いんじゃないかしら? 私だって、そこでグチグチ言うつもりはないし」

「……一人じゃない、とか言ったら絶対理解されないと思う」


 ──フツリと、なんだか煮えるものを感じた。

 それが胸の奥底からで、唇がひくつくのも感じる。


「へ、へぇ~。それってつまり……おモテになりたいから英雄に憧れたと?」

「その側面は否定できないのが悔しいな! いや、男なら少しは可愛い子にモテたいと思うし、青春だってしたいし、多くの子に慕われたいって思ったりしても良くないかなあ!?」

「そ、そそそそ、そんなに多くの子を侍らせたいの!?」

「別に良いじゃん、そういう願望や期待くらい持ったって! けど現実にはただ徒に命を危険に晒して、見返りは愛玩動物か何かのように見合いが舞い込んで来る。蓋を開けてみれば知ってる相手なんて居やしない。変わるぜぇ~? 変わって欲しいなら何時でも幾らでも変わるぜぇ~? ……頑張っても、それで気に入られるって難しいんだなあって実感して噛み締めてる最中だよ」


 ──嘘は言ってないけど。

 そっか、これって”その人がどう思ってるか”になるのか。

 周囲がどう思っていても、本人がそう認識しないのなら嘘をついている事にならない。

 認識に関する魔法もこれに近かった筈。

 例えば、周囲がどれだけ凄いと言った所で、当人がそう思ってなければ嘘をついてることにはならない。


「お断りします。徒労を好き好んでやる人がどこに居ますかっての」

「おかしいよなあ……。やっぱ架空は架空で、どんなに頑張っても女性にはもてないし評価もされないってことなんだろうなあ……」

「評価はされたでしょ。騎士になったのがそうなんじゃないの?」

「見知らぬどっかの誰かが悲劇を塗りつぶす為にやった行為に何の意味があるんだよ。……ミラノも、少しは評価してくれても良いんじゃないかなあ」


 それを聞いて、キュッと心臓が縮む。

 私と同じ失敗をしていて、その原因を突きつけられたから。

 

 ── 貴方は自分の務めを果たせばそれで良いの ──


 責任と義務、それを果たす事ばかり求めて評価してあげることをしなかった。

 騎士だから、崇高な理念の下で働いていると……そう、勘違いしていた。

 

「評価、されたい?」

「そりゃ、知らない奴が勝手に騎士にするよりは……ずっと嬉しいよ。俺が何をしても、どんなに頑張っても評価してくれないのなら、やっぱやる気は持続しないしさ。正直、そんな上にはちょっとついてけね~かな」


 ズキリ、ズキリと突き刺さっていく。

 最後の言葉が鮮明に思い出されたから。

 そっか……私が何で失敗したのか、ここに来てようやく理解した。

 私は、私で完結した存在だったんだ。

 だから姉さんのように誰かが慕ってくれるわけでもない。

 アイアスのように誰かが付き従ってくれるわけでもない。

 タケルのように信じて付いてきてくれるわけでもない。

 あの人のように……中心人物になる事も出来ない。


「自分が尽くす相手からの評価、関わっている相手からの評価ってのは良い事も悪い事も総じて得るものになるしさ。悪い事は直せば良いし、良い事は伸ばせば良い。けど、悪い事ばかり責められたら、人は溺れるんだ」

「溺れるって、何に?」

「空転、空回り、あるいは……目的や目標の喪失。そうしたら人は怠惰に腐っていくか、抑圧への不満で怒りを覚えて居ても立っても居られなくなる」

「アンタもそういうもんなの?」

「どうかな……。何もしなくて良いと言うのなら、喜んで従う気もするけど──。ああ、いや。やっぱり、見過ごしたくない、見逃せない事を抑え付けられたら反発したくなるかな」

「たとえばどういうの?」

「人を助けたり、誰かの為に何かをせずには居られない時に……、守りたいのに守らせてもらえない時」


 ……たぶん、それはさっき聞いた”英雄たち”の全員に関係しながら、ヤクモの根源に繋がるもの。

 人類の為に地底人と戦い続けた英雄、少女の為に空中都市の軍隊を単独で相手にした元軍人、誘拐された奥さんの為に深淵のモノと戦い続けた小説作家、愛したものの為に怪物に挑んだ工兵、幼い内に兵士になる以外に生きる道を知らずに居たが為に、そんな少年少女たちを救うのだと決めた指揮者、世界の為に最後の最後まで抵抗する事を選んだ異世界人と戦う兵士……。 

 全員が、誰かの為だった。

 

 誰かの為に動く事を是とし、それを阻害されるのも否定されるのも嫌がる。

 ……ああ、そっか。

 それも、私は気づけなかった。


 ── 貴方のしている事は、無駄よ ──


 私は、拒絶し否定してしまった。

 そして、間違いだと言ってしまった。

 だから……私の下から騎士は去っていった。


「──アンタは、あのチンチクリンを守るのを邪魔されたくないんだ」

「というよりも、俺の居る場所を守りたい……かな」

「場所?」

「まだ……俺の知る場所も、馴染みのある場所も、知り合いも少ないけどさ。あの学園と、そこで勉強しているミラノやアリア、アルバートやグリム、カティアと言う……俺の、日々や日常を構成してくれている皆を、守れればそれで良いんだよ。その日常が、俺には……金に換えられない、大事なものなんだ」

「それは、命を懸けてでも?」

「……ああ」


 私には、その価値は分からなかった。

 けれども、置き換えれば納得できるのかも知れない。

 国を失い、土地を失い、家を失い、家族を失い、仲間を失い、顔見知りを失い、日常を失った私たちなら。

 ……つまるところ、ヤクモも失ってきたわけだ。

 私も、あの時のものを……失うと分かっていたのなら、命を投げ出してでも守りたかった。

 そんなものが、沢山あるから。


「──ま、日常に含まれる連中も守り続けてたら、いつかはアンタの行いも届くでしょ」

「だと良いけどな」

「もしかして、アンタあのチンチクリンにモテたくてやってる?」

「ん? いや、それは逆。守りたいと思ったから守る、その次いでで仲良くなれたら良いじゃん? 目的と手段を間違えたら正しい行いも陳腐化しちゃうだろ? モテたいから守るんじゃないんだよ」

「ふ~ん?」

「嘘じゃないぞ? けど、モテても……若干困るけど」

「なんでよ」

「若すぎる……ッ! ミラノとアリアなんてまだ14だし、俺の中にある倫理や道徳的なモノが警告してるんだよ」


 それは、よく……理解できない。

 少しだけ聞きかじった筈の教育を記憶から掘り出してみる。

 ……やっぱり、興味の無い事って思い出さないといけない上に、大分曖昧になるから駄目ね。


「16になれば婚姻しててもおかしくない年齢でしょ」

「早くない!?」

「むしろ幾つだったら大丈夫だと思ってるのよ、アンタ」

「じゅ、18?」

「それだと4年後になるわね……。アンタの居た場所ではそれが普通だったの?」

「……あぁ、そっか。こっちでは、16なんだ。それは、知らなかったな」

「結婚が早いのは、家同士の繋がりを強くする意味合いが強いけど、そうじゃなくても……生まれた赤子や子供が成長してくれるとは限らないもの。そもそも、無事生まれてくれるかどうかもあるし」

「──医療技術か」

「アンタの居た場所では、そういう心配は少なかったんだ」

「……たぶん、少ない方では有ったと思うよ。それでも、出生時に母親か赤子、或いはどちらも亡くなるってことは無いとは言わないけど。……そっか、育つかどうかも、か」

「魔法で病気は治せないし、魔法で致命的な負傷は治す事が難しい。だから早い内に結婚して、早い内に子供を作るのが常識……って、聞いたかしらね」

「聞いただけかい、なんだよぉ!」

「おあいにく様。こちとら晩年まで独り身だったもの。見聞きするだけで実体験はありませんでした~」


 ……まあ、こんな刻印だらけの女性を引き受けてくれる相手も居ないのだろうけど。

 あぁ、例外は居たか。

 目の前に居る、刻印を見て「カッケー!」とか言う馬鹿が一人。

 袖で覆った腕から肩にかけて。

 背中や胸、お腹も刻印がある。

 足も、腿もだ。

 その一部だけを見ただけに過ぎないけど、嫌悪されなかった。

 仲間も嫌悪しなかったけど、兵士とかは私を侮蔑した。

 魔女だと。

 魔法使い扱いすらしてもらえない。

 

「……アンタは、子供好きなの?」

「妹に子供が居て、何度か面倒を見た事があるくらいには。大分振り回されたけど、可愛かったよ」

「へ~……」

「写真と映像なら持ってるぞ? 何百とあるからみたけりゃ見せてやるよ!」

「何でそこだけ変に息巻くのよ……」


 そう言いながらも、ヤクモは”けーたいでんわ”で沢山の写真や映像を見せてくれた。

 小さな赤ん坊が、その時の面影を残しながら徐々に成長していく。

 一歳、二歳、三歳と。

 私の分からない言語だったけれども、沢山喋ってて──。


「可愛い……」

「だろ!? 良かった、俺だけがバカ親になったのかと思った!」

「え、なに? てか、何考えてるのか分からないけど、嬉しそうにするのが凄いわかる!」

「そう、それ! なぁんにも分かんないけど、笑顔だけ超一流! もう、マジで誰にも負けないカワイイコで、イケメンさんだから! しかも、この笑顔さ、3歳になっても同じなんだよ──ほら!」

「ほんとだ!」


 え、なにこれ。

 子供って、こんなに可愛いの?

 自分で動きが取れないけど手足をバタバタさせてるのが可愛い。

 自分で少し動けるようになって、寝返りをうったり手足ではってちょこまかしてるのが可愛い。

 興味を持って色々な事をしてて、その光景がモタついててかわいい。

 ヨタヨタ歩けるようになってから、色んな所に行く様子がもう可愛い。

 最後あたりになると、もう色々喋ったりしながら少しだけしっかりした様子で色々やってるのが、もう無理、可愛い。


「って、目のあたりがアンタに似てるわね」

「い、いや。似るんだったら父さんだから、俺に似たら近親になっちまうから……」

「あぁ、そっか。アンタの父親か……」

「俺は、どうやら見た目だけは父親に大分似たみたいだけどね。父さんの兄弟や実家の人と話をすると、いつも父親と間違われる……」

「見た目だけ……ってことは、性格は似なかったんだ」

「残念ながらね。性格は母親似ってよく言われるかな」

「じゃあ、裏表激しそうね」

「人の母親捕まえてそんなこと言うなよ……。まあ、その通りだけどさ。優しいのは優しいけど、怒ると烈火の如く怒るから、兄弟三人で『怒らせるな』って意見が一致したくらいだし」


 少しだけ、自分に少しだけ似た子供が居たらどうなるだろうかと考えてしまう。

 その際、今でも突き刺さっている柵は無視する。

 可愛げはあるのだろうか、自分に笑顔を向けてくれるのだろうかと。

 自信なんてないし、むしろ憎たらしくなるかも知れないけど……。

 妄想の中の私の子は、きっと可愛い女の子なんだろうなとか考えると、それは楽しかった。

 いつか同じように魔法の練習をして、少しずつ私の真似なんかしたりして。

 あぁ、こいつが熱を入れるのも良く分かる。

 成長するってのは、楽しい事なんだ。


 ……この身体って、子供は産めるのかしら?

 少しだけ、そんな事が気になった。



 ~ ☆ ~


 さてさて~、面倒ですね~……。

 甘い滞在しすぎても良くないですし、ちゃっちゃと国王様に面会をして用件を伝えて、ササッと戻ってきますか。

 デルブルグ公爵もあまり滞在して欲しくないみたいですしね~。

 まあ、マリーちゃんを軟禁してる事から後ろめたさがあるのでしょう。

 マリーちゃんも随分素直にお話をしてくれましたし、これは材料に出来るでしょう。

 大きく吹っかけて、譲歩のように第二案を出せばそちらの方がマトモに思える。

 ……つまり、英霊全員を一度国に呼ばせて帰らせるという案が使えます。

 名目上は国民感情と国の関係を改善する為として。


 さて、一時的とは言えここを離れなきゃなので、それまでにマリーちゃんやヤクモ様のお顔でも見ておきますかね。


「え、うそ。こんな事までやるの?」

「そう、やるんだよ。マジで!」

「可愛い!」

「可愛い!」

「何してるんですかね、お二人は……」


 なんだか小さな物を二人で見ながら、可愛い可愛いと言いあっている。

 その光景を見ていると、なんだかバカを見ているかのような気恥ずかしささえ覚えます。

 というか、ヤクモ様に到ってはマジックアイテムをつけてるのも理解できませんね……。

 あれ、確か捕虜から情報を抜き取ったり、或いは意中の相手が他の女性を見てないかどうか確認する浮気防止の道具だった気がするんですが。

 

「姉さん、姉さん! 見て、これ見て!」

「マリーちゃんがそこまで御執心なのは珍しいですね……。何を見てたんです?」

「こいつの、妹の子の……なんだっけ?」

「映像、動画、写真」

「そう、それ!」


 なんのこっちゃと思ってましたが、二人が見ていたものを見ていると納得するしかないですね。

 ヤクモ様がこちらに来る前に、何度か家に妹さんが来ていたそうで。

 その時に大分お世話をしていたらしいです。

 

 不思議なのは、まるで現実の光景をそのまま切り抜いたかのように絵が保存されている事。

 そして、音声付で連続したものとして時間が封じられている事でした。

 0歳、1歳、2歳、3歳と絵や”えいぞう”なるものを見せてもらいましたが……。


「か、可愛いですね……」

「「でしょ!?」」

「なんでマリーちゃんまで一緒に乗るんですかね?」

「だって、だって可愛いしこれ!」

「これ言うな。可愛いのは同意だけど」

「──……、」


 見れば見るほど、可愛いと思えてきちゃうのはずるいものですね。

 孤児の面倒を見たり、子供の相手をしたりもしてきましたが、赤子から連続した相手と言うのはした事が有りません。

 だから、見れば見るほど不思議に思えます。

 最初は物凄い小さく、小猿のように見えます。

 しかし、時間が経過すると幾らか大きくなり、肉付きが良くなります。

 薄っすらと毛も生えてきて、不器用ながらも自分で動くようになります。

 それが、翌年にはもうずんぐりとしながらも自らの手足で好き勝手してるのは驚きです。

 これくらいになると……たしかに、マリーちゃんの言うとおり、ヤクモ様のような眉と目をしているのがわかります。

 それに、笑い方ではなく笑みの浮かべ方は似ている気がします。

 歯を見せずに笑うという表情は、きっとそっくりなんだろうなと。


「かわっ、かわ……」

「でしょ?」

「え、なに? これ、何をしてるんですか?」

「父親の靴を持ってきて、履けるとこを見せてるんだよ。んで、はけたから”できた~”と”万歳”のまざった言葉をね?」

「自分で履ける事を見せてるんですか?」

「見て欲しいんだよ、自分が出来るって所を。何かが出来るのを見てもらいたい、褒めてもらいたい、笑顔を見たい、そんなもんなんじゃないかな」


 そう言いながら、ヤクモ様は沢山の映像と言うものを見せてくださいました。

 ……それは、私達が何事も無く生きていたのなら得られたかも知れない幸福。

 私に似た子が生まれたとして、こんなに笑顔を浮かべてくれるのでしょうか?

 想像してみましたが、なんか裏表の激しい子が出来そうな気がしました。

 表は良い子を演じながら、裏では腹黒く色々と考えているような。


 ──いえ、それもきっと杞憂なのかも知れません。

 ヤクモ様が父であれば、こんな率直過ぎる親を持てば子も真っ直ぐに育つでしょう。

 誰かの為に戦う事を厭わない、けれども日常を愛し大事にする事を知っていて……。

 それで居て、良い事や悪い事を自分なりに教えられて、感情的にならない。


 ……あ、ダメかも知れませんね。

 その内「子供の相手をする仕事がしたい」とか言って、職務放棄する未来が見えます。

 あるいは「仕事行きたくないよ~」と涙ぐみながら、子供に「がんばって」と慰められて仕事に向かうような。

 子供を育ててるのか、子供に育てられてるのか分からない光景になりそうです。


 wヘ√レvwwけど、こんな楽しそうな事を二人でやっていたというのが気に入りませんね。

 wヘ√レvwwなんで、なんでマリーちゃんばかり……。

 wヘ√レvwwヤクモさんは、私と楽しい話をしてくれないのに。


「ヤクモ様は子供が欲しいとか考えた事はないのですか?」

「考えた事はあったけど、諦めたかなあ」

「諦め、た? なんでですか?」

「──兵舎暮らしが長すぎて、女性との関わりがそもそも無かったし。そうやって時間が長くなると、仕事と趣味以外の時間は考えもしなくなったかなあ」

「趣味って?」

「娯楽と、自己投資してたよ。登攀訓練だとか、あるいは勉強になりそうな本を沢山買ったり。あとは娯楽本もあったかな」

「──娯楽本って、大人の本という事でしょうか」

「え? い、いや。違うよ!? そんなの持ってみろ、親の足を引っ張りたい連中からしてみたら垂涎の餌じゃないか。外交官の息子が色欲狂いとか言われたら、速攻で信頼問題に発展しかねないし、そうじゃなくてもマトモに取り合ってもらえなくなる。あれだ、アルバートが購入するような漫画とか、そういった娯楽だよ」


 一切の誤魔化しも嘘もないとか、この人は正直者過ぎやしませんかね?

 さっき言葉に詰まった時、眼鏡が少しばかり黒く濁りましたけどすぐに元に戻りましたし。

 言うのに悩んで、素直に言ったから戻ったという事かも知れませんね。

 偽りが皆無、誤魔化しが少ない。

 眼鏡が変色している時間の方が短く、後ろめたいものを抱えていない。


 wヘ√レvww羨ましい、私もそういう生き方が出来たなら。

 wヘ√レvwwけど、出来ないんだろうなあ……。

 wヘ√レvww私は、妹を腫れ物のように扱う事しかできない。

 wヘ√レvww妹も、私に怯えて、一歩下がった態度しか取れない。

 wヘ√レvww負い目があって、互いに、素直になれない……。


「あんれ~、ヤクモ様はそういったのはご興味がないと?」

「無いわけねぇぇぇえええええぇぇ!!!!!」

「うるさっ……」

「俺だって男だよ、一応そういった欲位あるよ、そんなご大層でご立派な人間性や聖人君子なんかじゃねぇんだよぉ! けどさ、仕方ねぇじゃん!? 親の足を引っ張ったり泥も塗れないし、今は幼いご主人様が居るから悪影響与えられないし!? どうせこうやって歳を重ねて女性との関わりも逢瀬も重ねられないまま手遅れになるんだよぉぉぉおおおおおぉぉ!!!!!」


 ……なんという、魂の叫び。

 実際、色々と下調べはしてますがヤクモ様の状況って……うん。

 自分より幼い主人で異性で、しかも寝食を共にすることも多いとか。

 先ほどの『父親の足を引っ張りかねない』という意識が真であるからこそ、今の主人に悪影響を恐れるというのも理解できます。

 女性にだらしがないとか、現を抜かすようであれば主人やデルブルグ家にまで風評被害が行きますからね……。


「まあ、いいんだけどね! 俺はダメかもだけど、妹の可愛い子が居るし!」


 そう言って、ヤクモ様は再び子供の写真や映像を見始めました。

 言葉が分からないのが悔やまれますが、その母親らしい”妹さん”の声は若々しいみたいです。

 

「てか、俺は良いんだよ! お前らはどうなんだよ!」

「うわ、逆ギレですか」

「あ~、やだやだ。追い詰められるとそうやって逆ギレすれば何とかなると思ってる男って」

「うるせぇやぃ! 英霊連中はそういうこと考えなかったんですかねって、少しでも聞きたいなって言う好奇心なの!」

「……ずっと昔、幼かったころであれば。そういった事を考えたりはしましたかね」

「そう、そういうの聞きたいの!」


 とは言え、それから怒涛の日々でしたが。

 私は体調の悪化が著しく、学園に滞在する事が難しくなり家に戻る事に。

 妹もまた、学園の治安が悪化した事から戻ってくる事になりました。

 それからは独学で何とかし続けて……、悪化する一方の体調を前に死ぬ事を考えました。

 あぁ、自分は死ぬんだなと。

 死を自覚した時、自分が無になる事を恐れました。

 マリーちゃんを残して、自分は家族のように歴史に埋もれて、消えて、忘れ去られるのだと。

 

 それを考えた時になって、初めて『なぜ人は子を遺すのか』と言うのが理解できた気がします。

 自分が無になりたくないから、或いは誰かに覚えていて欲しいから、もしくは……自分が居なくなっても、見ていて欲しいから。

 魔法を使えば使うほど寿命が磨り減る、けれどもアイアスくんやマリーちゃん、ロビンちゃん等におんぶに抱っこのままでは居られなかった。

 もうこのまま死ぬんだと、自分の死期を悟ったあたりで……傭兵さんと出会い、薬を貰ったんですね。

 

 そのお薬は素晴らしく、私の身体は今まで以上に良くなりました。

 傭兵さんと正式にあったのは北部の国が破れて、後退して来た所からですから……まだ大分後の話になりますが。


「まあ、夢の無い話ですよ。自分が途中で倒れても、意志を継いだ子が居れば……その時には大分年下かも知れないですが──マリーや、皆の仲間として戦えるんだろうなあって、思ってたから」


 英霊と言う光の存在、それまでの闇と言う影。

 立派そうに見えて、個人的に色々と考えたりもしていた。

 けれども、今となってはそんなものは表には出せない。

 なぜなら、私達は”英霊”だから。


 それでも──。


「分かる」

「え、アンタ分かるの?」

「いや、まあ。気休めじゃないけどさ……。俺も、自分が無に還りたくないって考えた事があるから……。なにか、何か残せたらなって思ったら、子供だったんだよ」


 あぁ、理解者が居た。

 本当はこの眼鏡を使って、色々聞き出したいなと思ってましたが。

 まさか、こういう使い方があるとは思わなかった。

 嘘を言っていない、本心でそう言っている。

 だからこそ”本気でそう言っている”と理解させられる。

 マリー……も、それは理解してるみたい。

 

「──ほら、俺ってさ、下手したらいつ死ぬかも分からない仕事してたわけじゃん? 兵士なんて、上の命令や国の命令で何でもやる。だから、それは戦いであろうとそうでなかろうと、死ぬだろうなって考えた事はあった。当事はまだ妹も結婚してなかったし、子供も居なかったから。ぼんやりと、考えた事くらいは有る。弟や妹が居ても、自分の血筋くらいはって思うけどさ」

「さっき、諦めたとかアンタ言ってなかった?」

「──時が過ぎると、結局現状に流されるんだよ。結婚するにしても相手は居なかったし、妹が結婚して子供を見せてくれたから……ああ、いいやと思ってさ。俺が途中でくたばっても、妹が俺の事をその子に語り継いでくれる。だから、俺の血筋は残らなくとも父さんと母さんの血筋は妹が残してくれたし、妹が家族の事を語り継いでくれる。だから、いいやって、思ったんだ」


 それは、寂しい言葉。

 けれども、私の考えていた事とほとんど重なっている。

 心の奥で、ざわめく物を感じる。

 遠い昔にさび付いて止まってしまった気持ちが、また動き出したかのような。


 遠い昔に置き去りにした”女”の気持ちが、心が……息を吹き返してきた気がした。





 どうせ死ぬから、私は諦めて、誰かが助けてくれるのをずっと待っていた。

 白馬に跨った王子を待つ本を真似するように、ずっと、ずっと。

 だから、瞼を閉じれば今でも思い出せる。


 ── まあ、金は取らんがね。それで効果があったら儲けもんとでも思ってくれや ──


 一人でひっそり死のうと、そう思っていた私にそう言って薬を投げてくれた傭兵のあの人。

 どうせ死ぬのならと飲んでみたら、今までの苦しみや辛さが嘘のように消えていって……。

 その代わりに、死にそうなくらい一気に苦しかったけど、あの人はそんな私を背負って歩いてくれた。


 ── 人生何が有るか分からんもんさ。けど、良かった。”間に合った”──


 そう言って、あの人は最初で最後の笑みを浮かべました。

 

 ──俺も、誰かを守るって事がまだ出来たんだなあ──


 薬の効果で倒れ、高熱を出して動けない私を背負いながらそんな事を言って。

 

 一つだけいえるのは、きっと平時だったら会うことも無かったんだと思う。

 だから、あの混乱と滅亡に感謝するとしたら……傭兵さんと会えたこと。

 私が女を自覚した初めての出来事で、アレが無ければ……たぶん、二歩目は無かったと思うから。


 英雄になる事には、担がれる事には悩みも迷いも少なかった。

 けど、英霊となった今、普通の人間のような幸せを私は追い求められるのかな。

 それを考えると、英霊になったのを少しだけ悔やんでしまう。


「諦めるんじゃないの!」


 だから、羨ましい。

 マリーは私が悩むよりも先に何でもやってしまうし、言ってしまう。

 多くの場面において敵を作り、厄介な問題を作っただけだったけど。

 それでも、私が欲した物を……マリーは持っている。

 

 確かに、マリーの物言いはキツい。

 多くの反感と反発を生み、誰も従ってはくれなかった。

 それどころか刻印を入れた事で魔女扱いされて、ますます孤立していった。

 けど、孤独にはならなかった。

 それは少数ながら仲間が……理解者が居たから。


 傭兵さんが正式に仲間になってからは、私はいつしか「とられるんじゃないか」と悩んだくらい。

 マリーは、それでも口を開かずには居られない性分だった。

 だからこそ、誰かと接する能力自体が高いのを……私は羨ましいと思う。

 こうやって悩んで、考え込んで、黙ってしまうから。


 羨ましい……。

 羨ましい、 羨ましい 羨ましい 羨ましい 羨ましい 羨ましい 羨ましい 羨ましい 羨ましい 羨ましい 羨ましい 羨ましい 羨ましい 羨ましい 羨ましい 羨ましい 羨ましい 羨ましい 羨ましい 羨ましい 羨ましい……。

 嫉ましい。


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 あ、なら……。

 私がヤクモ様を独占してしまえば、マリーちゃんにこんなに心を煩わされる事も無くなるんですね。

 うふ、うふふ……。

 ヤクモ様には嫌われるかもしれないけど、仕方が無いですよね?

 マリーちゃんが悪い、ヤクモさんが悪い、デルブルグ公爵が悪い、神聖フランツが悪い。

 何もかもが、私の思い通りにならないのが悪いんですから。

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