第38話

~ ☆ ~


 ふん、何が英雄だか。

 身元不詳、過去の経歴も不明。

 存在するのは当人が口にした経歴のみで、実際はどうかも分からない男。

 そんな男に、エクスフレア様が熱を上げているという事実が気に入らない。


 グリムは学園での行動や言動を事細かにあげてくれたけれども、たった一週間ならどんな間諜や野心家でも上手くやれるに決まっている。

 アルバート様は三男で、ヴァレリオ家にとっての影響力は小さい……。

 と、思ってはいた。


 しかし、そんなことは無い。

 ご兄弟のエクスフレア様及びキリングフレア様は大層アルバート様を大事にしているご様子。

 ただ、その気持ちが届いている様子は今の所見えないのだけれども、お二方は行く末を案じている様子。

 なら、そんなお二方の大事にしているアルバート様に変な虫が寄り付くのを排除するのも、ヴァレリオ家の勤め。


 ……はぁ。

 本来ならこういうことはグリムの仕事の筈なのに、なんで好きにさせてるんだか。

 けれども、もうグリムだけの問題じゃない。

 エクスフレア様やキリング様も興味を持ち始めている。

 なら……化けの皮は、早い内に剥がした方が良い。

 その方が、傷は浅くて済むのだから。


 たしか、病気をして遅れてやってきたと聞いている。

 それがなぜだかやってきて早々に重傷者になっていた。

 これはグリム経由でも確認しているし、窓からも見ている。

 人の口は塞ぐ事が難しく、その理由も判明している。

 英霊のマリー様を負ぶって戻ってきて倒れてきたこと、ヘラ様だけじゃなくデルブルグ公爵様も治療に関わっていた事。

 何があったのかまでは分からないけれども、英霊絡みだという事はなんとなくわかる。

 

 聞いた情報では一応小康状態にまでは持ち直したみたいで、二~三日後には回復したと看做して復帰するとか。

 ……復帰されてからでは人の目が入る。

 だから、あまり歓迎されないだろう来訪を行う事にした。

 

「あれ、どちらさ──」


 礼儀も無視し、周囲に人の気配が無いのを確認してから素早く室内に入り込む。

 そして、相手が反応するよりも素早く接近し、押さえ込む。

 ……相手は読書をしていたようだ。

 転がった本の題名を一目見てから、上手く床へと引き倒せた事に安堵する。


「騒ぐな。貴方には様々な嫌疑が掛かっている。色々な人は上手く騙せているかも知れないけど、私まで騙せるとは思わないことね」

「──はぁ、分かったよ」


 メガネを掛けた、クライン様に似た男は諦めたように両手を少しばかり上げた。

 どうやら聞き分けは良いようで、少しばかり食い込んだナイフのこともちゃんと認識しているみたいだった。


「あ~、えっと。なんだっけ……あれだ、ヴァレリオ家の付き人の人だっけ」

「減点よ。相手の身分や地位すら分からないの?」

「そもそも、初対面だし……」

「言葉遣いすら知らないようね」

「あんたこそ、事情は知らないけど公爵家に連なる相手にこんな真似してる時点で尊重も尊敬も出来ないんですが」


 数秒のにらみ合い。

 それから、ナイフを納めると彼を引き起こす。


「……とりあえず、頭が回る事は分かった。その通り、私のしている事は無作法で無礼で敵対的行動に他ならない。それでも、私が処分や処刑を受けてでも成さなきゃいけない事がある」

「──あぁそっか。あぁ、くそ。忘れてた。アルバートの件か」

「ヴォルフェンシュタイン家は、ヴァレリオ家の為に在り、ヴァレリオ家の為に生まれ、ヴァレリオ家の為に死ぬ。その為なら、私がどうなろうと不安要素は取り除く事に意味がある」

「それって、ナイフを突きつけなきゃできない話かな。せめて……席について、落ち着いてでも出来る話じゃないかな」


 それは、一理あるかもしれない。

 少なくとも、下手に追い詰めすぎると叫ばれる可能性もある。

 ここは譲歩をして、場を膠着させた方が話がしやすい可能性がある。

 もちろん、狡猾に何かを企んでいるからこその発言かもしれないけれども。


 ヤクモという男は「なんでこんな目にあっちゃうのかな……」等とボヤいていた。

 これはグリムからの報告にあったわね。

 望まざると、私自身が”厄介ごと”として彼に飛び掛ったのだから。


「……逃げたり、叫んだりしたら──」

「後ろめたい事が無いんだから、こっちは誠心誠意を持って理解と得られるように努力するだけだって。納得はしてもらえなくても、ね」

「肝が据わってること」

「まあ、色々あったからねえ」


 グリムからの報告では、アルバート様やミラノ様を含めたヴィスコンティの貴族を従えて学園まで生還させた。

 その道中、自ら率先して敵中へと向かっていったとさえ書かれている。

 後に橋から投げ出され、流れついた先でツアル皇国の生徒二名の為に囮を買って出て死亡……と。

 魔物の群れの中にただの平民が突っ込むのは、そう容易い事じゃない。

 魔法が使えるとは記載されてはいるけれども、それが実際にモノになったのは襲撃後だとか。

 今でもまだ勉強中で、属性や系統に関しては基本基礎を習得している最中だとか。

 ただし、何度か”何も無い空間から物を出し入れ”しているのを目撃しているらしい。

 それは部屋の中で、誰も居ない時に限られているみたいだけど。

 

 ……ヴァレリオ家の従者、ヴォルフェンシュタイン家の名を聞いてもあまり動じない。

 それは身分や地位が上か、理解できないほどの無知か。

 これに関しても、記憶が無いどころか貴族がそもそも居なかった場所の育ちだと以前漏らしていたとか。

 あるいは、タカを括ってるか……馬鹿にしているか。

 後ろには公爵家があると、私達は侯爵だと。


「さて、先ずは自分から言いたい事があるから、これを前提にしてくれれば良いかなと思ってる」

「私に要求が出来る立場だと? 当代限りの騎士如きが」

「要求? 提案だよ。お互いの不幸を避けるために”主張”をすることは、事故を避ける為に必要不可欠な要素で、それがたとえ尋問や脅迫に近い事柄だとしても、それが守られる限りはそちらは好きなだけ調べ上げる事が出来るし、此方は不要な圧力を避ける為に沈黙を貫いてあわよくば理解を得てこの不幸な出来事を終わらせる切っ掛けをつかめるかも知れない」


 そう言って、目の前の男はバカみたいに真っ直ぐな目をしていた。

 ……ダメ、騙されたらダメよ。

 口が上手い人は少なくない。

 演者も居るんだから、演じて騙して誤魔化すくらいは出来る筈。

 ただ、その言い分には利がある。

 けれども、乗るのは癪なので黙った。


「で、何が知りたくて、何が疑問に思ってて、何がこれに至ったのかを聞かせて欲しいかな」

「貴方はミラノ様に召喚された……これにまず相違は無いわけね?」

「ん~……。まあ、ミラノがそう言ってるんだから、そうなんじゃないかな」

「ハッキリしないわね」

「仕方ないだろ……。召喚されたとき、気絶してたんだもんさ。目が覚めたらミラノの部屋で……、使い魔になったとか聞かされたんだよ。まあ、そんな過去の話じゃないんだけどさ」


 ええ、これに関しては嘘をついてもすぐに見抜かれる部分だから偽れない。

 ミラノ様やアリア様に確認を取ってしまえばすぐに裏がとれるものだし、変に偽る理由もない。

 運びこまれた時に意識が無かった事すらグリムが学園で裏を取っている。


「それで、なんでアルバート様と決闘をしたのか聞かせて頂戴」

「……単純に、ミラノの側にいきなり変なのが出てきたからアルバートが嫌がったんだよ。それで、排除したがったんだ。結局、なんか変な展開にはなったけどさ」

「変な展開?」

「あんな事があったんだから、仲が悪くなるか敵対すると思ってたんだ。けど、まさか戦い方を教えろとか言われて、本当にそうなるとは思ってなかったんだよ。あれ以来変に絡まれたりしないし、有り難いっちゃありがたいんだけどさ」

「……上手く仲良くなれたわね」

「なろうと思ったわけじゃない。アルバートがそれを許容したからこそ出来た事なんだから、上手く仲良くなろうとしたのはアルバートだよ」


 ……これ、結構”毒”なんじゃないかしら。

 クライン様に似て、毒ッ気を抜かれるような物言いをする。

 誇示もしない、鼻にもかけない。

 アルバート様は自信が無いから、こんなの……すぐにコロリといってしまいそう。

 

「あら、嫌疑を否定させるために持ち上げたって変わらないわよ」

「だって、事実だし。アルバートがそうしたい、アルバートが変わりたいと思ったからそうなっただけだし。もしただの偽りだったのなら、訓練だって一緒にやらないし」

「訓練、ね」

「遊びじゃないぞ。確かに……兵に指示を出す立場には相応しくないだろうけど。強くなりたいといって、その為に行動し続けてるし。あいつは……変わってるよ」


 ──ダメ、私がここで飲まれたらお終いだ。

 だというのに、何でこの人は”説得力”が在るのかわからない。

 声、表情、喋り……そのどれもが絡む。

 もし、”魅力”であるなら、これは間違いなく危ないほどだ。

 けれども、これが”演技や嘘”なら、危険そのものなのだけど。


「──何で付き合ってるのか、私には理解しかねるわね」

「……別に。口から出任せかと思ったけど、実際に立ち会って手合わせをして見たら存外真面目だったから……自分も、真面目にやろうと思っただけだよ。相手が真摯な態度で向き合おうとしてるのに、それを見て同じかそれ以上の熱気を上げないのは失礼だと思っただけだし」

「何か見返りを貰ってるみたいだけど?」

「それは相手の言い出した事で、自分から言い出したことじゃない。そもそも、自分だって勉強になってるんだから要らないけど、それで相手が納得しないのなら貰った方が後腐れがないし。それに、学園の中ってお酒が祝い事でもないと飲めないから、有り難い話ではあるけど」

「それにしては、高い物を貰ってるみたいだけど?」

「さあ、学園の外での価値とか分からないから、アルバートが毎週くれるあのお酒がどれくらいの価値かなんて知らないしなあ。ただ、疲れたり気が参った時に少し飲んで……明日もまた頑張るかってありがたく頂戴しているだけだよ」


 うぅ……グリムの報告通りの事しか言ってない。

 夜な夜な貰ったお酒を自分で消費している事も、変に横流ししてない事も判明してるし。

 この、こう……真面目な時とそうじゃない時の落差が大きいとは言ってたけど、アルバート様関連では真面目にやってるみたいなのよね……。

 と言うか、表情の動きとか目の動きとか、わざとやってないかしら?

 それとも、素?


 ちょっと、引っ掛けてみようかしら。


「因みに、アルバート様が持ってるお酒ってお屋敷に在るのに比べたら、領民が飲めるような価格にしてあるやつだから」

「ふ~ん。まあ、美味しいから良いし、別に気にはしてないかな」


 はい、ダメでした。

 そもそも記憶が無いのだから物の価値なんて判るわけが無いし、学園の中に居た期間だって二週間くらいで外出も襲撃後に制限されたから価値とか判るわけ無いでしょ……。

 

「というか、アルバートは父親から仕送りで貰ってるとか言ってたけど。それ……」

「嘘! 今の冗談! ヴァレリオ侯爵様がアルバート様にそんな粗悪品渡すわけ無いから! 極上品の中の極上品なんだから!」

「あ、あぁ……そうなんだ。よかった。知らず知らずに家庭の問題に足突っ込みかけたのかと思った……」


 な、なんかこれ私が勝手に自爆してるだけになってないかしら?

 く、くそぅ……。

 これがデルブルグ侯爵家じゃなければ尋問部屋に連れて行って気兼ねなく出来るのに……。

 

 け、けど。

 今の話だけで家族関係にまで考えがいくとか、結構色々考えてるみたいね。

 ……まあ、そっか。

 襲撃の時も、アルバート様を落ち着かせて、グリムを休ませる為に自分で色々と面倒を見ていたみたいだし。


「──……、」

「……──」


 あ、ヤバッ。

 口を開けば開くほど、相手の方が色々と言い加えて反して来るもんだから何もいえなくなってしまった。

 下手に揺さぶろうとしたら真っ直ぐに言い返されるし。

 じゃあ、嘘を言ってみたらと思ったけど、そうなると変な場所を指摘されるし。

 

「──何で負傷してたのか、聞いても?」


 だから、口を出たのは素朴な疑問だった。

 病気で遅れるとしか聞いてないし、来て早々に怪我をした理由を知りたくなった。

 けれども、彼は首を振った。


「……公爵や英霊が言わないのなら、俺は言わない」

「忠義?」

「タダの礼節だし、保身だよ。相手が言わないで欲しい事を言えば礼儀知らずになるし、公爵や英霊が言わない事を勝手に下っ端が喋ったら信用問題にもなる上に自分の立場が危うくなるし。だから、言わない」


 あぁ、うん。

 こりゃ、アルバート様じゃダメだわ。

 真っ直ぐすぎるというか、誠実すぎる。

 しかも色々考えてるから、何が良いのだろうかを考えて言ったり行動したりしてる。

 マリー様を背負ってたという事や、ヘラ様が付いていたという事から悪い事をしていたとは考えられないし。

 となると……。


「誰かの為?」

「……まあ、誰かの為かな」


 ふぅ、溜息しか出ない。

 とりあえず、一時は騙されてあげる事にした。

 勿論、グリム経由で情報は常に仕入れさせるけど。

 

「というか、眼鏡なんてしてたかしら?」

「あぁ、えっと。いや、その……ちょっと、色々在りまして」

「ふぅ……ん?」


 あれ、今なんか……。

 眼鏡の鏡の部分、濁った?


「色々、色々ね……」

「ちょっと、手違いと言うか、事故と言うか……。外せなくて困ってるんですよね──」


 ……なんか、濁ってるんだけど。

 気づいてない?


「──不本意な事故、と?」

「そうなんですよ」


 ──あ、また透き通った。

 これ、もしかして嘘や誤魔化しをすると周囲にそれが分かる何かという事?

 不本意な事故……つまり、知らずにつけてしまって外れない?

 あ~……。

 

「……君は、アルバート様とどう接したいか最後に聞かせて。二心があるのか、それともただ単純に相互利益の関係なのか」

「──その質問は、難しいなあとだけ。切磋琢磨し互いを磨くという意味なら、相互利益に該当すると思うし。ただ、どうしたいかって言われても……簡単には答えられない」

「ふぅん?」

「友人と言うのなら、友人かもしれないし。そうじゃないというのなら、そうじゃないのかも知れない。ただ……昔に比べて、徐々に居る事が自然になってきてる。……まあ、よく分からないってのが正味な所かな……。こう、初めてだからさ。ああいった感じで対立した相手と関係を持続するってのは。だから、上手くいえない」


 眼鏡は、濁りや曇りを失った。

 ……ふぅん?

 自分の中でも折り合いがついていない、そんなことを明け透けに騙るとかバカじゃないの?

 バカ正直……あぁ、グリムの報告にも書いてあったか。

 ──とりあえず、つけている間に姉さんやグリムにも突いて貰おう。

 それで安全性を確実なものに出来るのなら、悪いけど利用するほか無い。


「──突然の無礼に関して詫びておくわ。とりあえず、一定の信用は出来ると判断しました」

「それは……喜んで良いのか、悪いのか」

「え? 拷問されたいって?」

「ワ~イ、ウレシイナ~」


 唯一つ、言える事がある。

 悪人になるには素直すぎるし、善人と言うには悩ましすぎる。

 グリムの”要警戒”と言うのは、適切ではない。

 ”要注意”な相手だということ。

 警戒とは、敵対の可能性が高いという事を前提にしている。

 あるいは、既に敵対しているか。

 けれども、こうやって話をしていると”いまのところ”敵意を感じない。


 ”要注意”になると、敵意や害意は無くとも”被害を受ける可能性がある”という事になる。

 事故、或いは望まない出来事など。

 アルバート様の様子を見ていると、要注意が一番近い。


 ──奴は凄いぞ。我等を守りながら、多くを背負って常に前を行っていた──

 ──まるで夢物語か、漫画や小説の出来事だ──

 ──だが奴は、空想の存在ではない──

 ──我は、少しでも近づきたいのだ──

 ──英雄……とは違うが、”主役”や”主人公”のような、あ奴に──


 既に、魅了とも魅力に引き込まれているともいえる。

 一時の英雄的行動に、一時の物語の中の主役のような振る舞いに魅せられて。

 私は、変な悪影響を受ける前に目の前の男を理解して、幻想を打ち砕くなりしないといけない。

 認めない、私は最後の最後まで目の前の男を認めてはいけない。

 たとえ”納得と理解”をしていようとも、最後の最後まで反対する人が居ないといけないから。






 ~ ☆ ~


「──お~」

「あちゃっ……」


 早速、色々ヤクモに聞いて見ようと思った。

 そしたら、部屋から姉さんが出てきた。

 ちょっと、驚く。


「──どしたの?」

「別に。私が直接彼を見定めて見ただけよ」

「──爪、何枚剥がした?」

「まだ剥がしてない! う、い……いえ、剥がす予定も今の所ないけど!」


 姉さん、こ~見えて結構色々な人詰問したりしてる。

 事故で爪を剥がした事あるけど、あれは脅しだったのに暴れたからそのまま剥がれただけだし。

 実際には、水攻めとか、眠らせないとか、食事を制限したりとか、精神的な攻めの方が得意。


「グリム。まさか、私を先回りしようとしたわけじゃないでしょうね?」

「う……」


 ……半分、せ~かい。

 アルの為に先に調べておくつもりが半分、姉さんが先に接触して”疑わしいかどうか”を判断する前に色々聞いて情報を更新したかったのが一つ。

 私の報告書、たぶん姉さんは好きじゃない。

 だから、自分で動いて、自分で追求すると思ってたけど……まさか、こんなに早いとは思わなかった。


「いひゃいいひゃい」

「おあいにく様。あんたの行動はいつも半歩遅いのよ」


 うぅ……。

 やっぱ、姉さんのほ~が立派。

 ちょっと、まだ敵う気がしない。


「ヤクモ……ど~だった?」

「あんたの報告、色々足りないのよ。報告に対して補強する情報を掲示するようにしなさい」

「けど、まえはそれでじょうちょ~って怒った……」

「押さえるべき場所がズレてるから長くなるのよ。結論を先に持ってくる、それから付随する情報を……って、そんな話をここでさせんな、バカグリム!」

「いひゃいいひゃい~」


 ……うぅ、理不尽。

 けど、姉さんはそのまますぐに立ち去った。

 なら、これは好機って奴。


「……今度はグリムか。俺、まだ完治したって言ってない筈なんだけどな……」

「おっひさ~」


 前はクラインを演じてたけど、今度こそちゃんとヤクモしてる。

 何があったのかは調べられなかったけど、大怪我したって聞いた。

 けど、元気そ~にみえる。


「次は三人姉妹の次女でも来るのかな?」

「来るこころあたり、ある?」

「無くはないけど、有るとも言いきれない。そもそも、グリムの姉さんが疑ってるんだから、次女のほうも来ておかしくないだろ」


 ん、一理あ~る。


「──けど、たぶん来ない。たいちょ~悪いのに、押しかけたりしない」

「なら、安心して休んでられるかな……」


 ヤクモ、そう言うと安心した感じ。

 ……ん、眼鏡の鏡部分は曇ったりしてない。

 本人は気づかないから、顔を見てても不自然じゃない。

 んで、ヤクモは周囲が知ってるとは気づいてない。

 けど、あまりやりすぎると危険。

 ヤクモ、結構察しが良い。

 自然なやり取り、自然な会話……。

 

「──ヤクモ、たいちょ~どう?」

「体調は……まあ、落ち着いた感じかな。目眩もしないし、起き上がれないって事もないし」

「──なにが、あった?」

「それは言えないかな」

「今は?」

「まあ、今は」


 ……曇らない。

 嘘をついてないし、誤魔化しても居ない。

 ということは、個人的なつごーで隠してるわけじゃない。

 む~ん……。


「──姉さん、なにした?」

「まあ、色々と質問。アルバートとか、ヴァレリオ家にとって危険な人物じゃないかどうかを確かめたかったんだろ」

「──で、なんて?」

「さあ。とりあえずは去ってくれたけど、どうだろ……。警戒を強められたか、或いは緩めてくれたのかは分からないけどさ」


 ……う~ん、こ~いうのじゃ揺るがない。

 なら、他のやり方を試す。


「──もしかして」

「ん?」

「アルが言った、ヤクモが困ったら私が結婚する話」

「ぶっ……」

「あれのかんけーで、私の家も無関係じゃなくなったから、姉さんも来たとか」

「な、なんでだよ! あれ、偽装結婚だって……そういう話だっただろうがよぉ……!」


 ヤクモ、いつも嫌な事があるとこーやって子供みたいになる。

 大人みたいに色々言ったり考えたりしてる時とは違って、すごい子供。

 寝床に飛びこんでジタバタしてる。


「──ヤクモ、私じゃ、イヤ?」

「そういう話じゃないんですぅぅぅうううう!!!!! そもそも、婚姻の圧力がイヤなんですぅぅぅううううう!!!!!」

「──アルに手酷く振られたって言って来る」

「ちょっと待ってぇぇぇえええええぇぇぇぇぇ!?」


 部屋から出て行くフリをしたら、すぐに床を転がって追いかけてきた。

 まるで追いすがるみたいで、これはこれでたのしー。


 少しだけ言い訳を聞いてから、部屋に残る。

 それから、照れくさそうにしているヤクモはお茶を飲む。


「……別に、グリムがイヤってわけじゃないけどさ。そもそも、自分ら知り合って間もないのに、そう言う事を考える土台が無いわけですよ。分かります?」

「──ん、分からない」

「まぁじでぇ……?」

「──婚姻なんて、家のつごーが大半。ヤクモがなにを言いたいのかわからない」

「俺が居た場所は……一部を除いて、恋愛婚が多かったんだよ。だから、相手を知って、自分を知ってもらって、互いの時間を重ねていって、その先で結婚するって言うのが……普通だったからさ」


 ──そ~いうのも、有るのは知ってる。

 けど、多くない。

 なんか、変な世界。


「──つまり、ヤクモはまだお互いの理解と時間が足りないから、そもそも誰とも考えてない?」

「まあ、そういうことかな。そもそもさ、あんな……似顔絵と文章だけ寄越して婚姻とか、マジありえねぇ……」

「──相手のこと、分からないもんね」

「そゆこと」


 ……ん~、鏡の部分一切曇らない。

 けど、話の流れ的には……乗れる?


「──ヤクモは、私をどう思ってる?」

「アルバートの従者、従者としての気構えは自分が汚名を被っても構わないと思っているほどに出来が良くて、弓やちょっとした格闘が出来るという事が分かるくらい。あとは、普段から眠そうで、何かを言う時に一瞬口を開けたまま言葉が出てくるまで時間が掛かる」

「──そ~いうのじゃなくて、女として」

「……さっきも言ったけど、まだ色々考えるには関係が浅すぎるんだよ。それ以外となるとどうしても即物的なものになる。俺はそれを好かない」

「──即物、的?」

「……例えば、個人的な趣味趣向に基づいた”可愛い”とか”格好いい”とか。或いは、欲に絡むも”欲しい”という物。けど、そんなものは相手の本質じゃなくて外観や外見的なものでしかないから、それで他人を同行言うのは失礼だと思ってる」

「──せーよく?」

「女の子がそう言う事をいうんじゃありません!」


 ──鏡、ちょっと反応した。

 色が桃色になった?

 桃色……助兵衛?


「──ヤクモ、もうそ~した」

「してません~!」


 ……うん、今度は濁った。

 分かりやすいけど、本人は分からないってのはスゴイ。

 濁ったという事は、嘘をついたか誤魔化したか?


「──ヤクモ、ちょっと酷い。私だって女。もうそ~すらされないの、傷つく」

「あ、う、いや、その……。そういうつもりは無いんですよ? けど、イヤだろ? 自分が妄想とは言え性欲の捌け口や、偏愛の対象にされてるとか」

「──ま~、聞いたらいい気はしない。けど、それとこれは別」

「別なのか……」

「──ど~でもい~相手にそれを言われるのと、親しい相手にそう言われるのとでは、距離感が違う。魅力が有ると思えるほうが、そういわれるのが嬉しいのはふつ~」


 ……けど、言ってて空しくなる。

 ミラノやアリアとあまりたいけ~的には変わらない。

 年齢は私の方が上だけど、背も小さいし体つきも小柄。

 ミラノたちは少しずつせいちょ~してるけど、私はあんまし……。

 姉さんたち、出る所出てて引っ込む所引っ込んでて良い身体してる。

 ──……、


「──けど、私は育ちが悪い。そ~いうたいしょ~になるには、ビミョ~……」

「あ~、う~……。コメントしづらいな!」

「──姉さんみたいになりたい。そしたら、ヤクモももっとほっとかない」

「あのさ、基準が俺を繋ぎとめる為だったらそんなの意味ないですけどね? 人って、誰かを好きになる時はどう有ろうと好きになる。胸が大きかろうと小さかろうと、身体付きが豊満であろうとスラリとしていようとも。外見は最初の印象に過ぎず、内面はそれ以降に地続きで続いていくものだ。とは言え、どちらも限度があるけど」


 ──外見が酷すぎると、内面がどれだけ立派でもダメ。

 その逆も同じで、外見が神と見まがうような物であっても、内面がグズグズだとダメ。

 けど、その範囲内なら”誤差”になる。


「というか、逆質問させて? 家の為とか言ってるけど、グリム自身が俺をどう思ってるのかってのが抜けてるだろ。俺が”個人”で他人を見てる中で”家”で俺を見たって上手く行くわけないだろ」

「──一理ある」

「家の都合は結構、それはそれで大事な理由だ。けど、最終的に上手くいくかどうかなんて個人同士の付き合いだし。俺はグリムの事は悪くないとは思ってる」

「──なんか、ビミョ~……」

「仕方が無いだろ。なら、個人的には言動含めてそれはそれでアリかな~とか、時々主人を主人とも思わぬ言動をするのも良いなとか、アルバートの従者でありながらもウトウトしたり勝手なことをするところとか」

「──貶してる?」

「いや、個人的な趣向に照らし合わせて”イイナ”って思ったことを言ってるだけ。それに、そういうのを見慣れると、外見なんてそこまで気にしてないしなあ」


 ……まったく、嘘言ってない。

 ヤクモ、何でもかんでもベラベラ真っ直ぐに言いすぎ。

 けど、お世辞じゃない言葉は……ちょっとうれし~。

 従者としてどうかじゃない、私をどう見ているのかを教えてくれた。

 嘘も無く、偽りも誤魔化しも無く。


「──ヤクモは、私を好き?」

「好悪と言う意味では間違いなく好きではあるけど、恋愛感情は……良く分からないからなあ」

「──?」

「例えば相手を独占したいと思うのが恋愛感情に連なるものなのか、相手を自分の手で穢したいと思うのが恋愛感情に連なるものなのか。或いは滅茶苦茶にしたいとか、もしくは自分だけを見て欲しいとか、一日の中で相手の側に居られる時間が長いと良いとか色々ある訳で。俺は……自分の”恋愛感情”を、まだ見つけ出せてない」

「──欲の、何が悪い?」

「そりゃ、悪いだろ。欲ってのは自己都合だ。相手の都合なんて一切考えてない。欲を昇華した先にあるのが……愛情なんじゃないかなって……思う、んだけ、ど……」

「──大事だから大切にしたいのも、欲。側に居たい、側に置いておきたいのも欲。相手を自分で一杯にしたいのも、自分が相手で一杯になるのも欲。その相手と未来を作っていくのも子供を作るのも欲。ヤクモ、夢見すぎ」

「……そう言われると、否定は出来ないんだけどさ」


 ヤクモ、困った顔をする。

 こう、変な所で潔癖しょーな所がある。

 正しくないといけない、綺麗でないといけない、相手を思いやらないといけない、守らないといけない。

 ”こうしなきゃいけない”というもので、ヤクモはがんじがらめ。

 けど、その大半が”分からないから”と言うのも大きい。

 白と黒、明と暗、正と負、善と悪。

 明確に分かっている事には堂々としているけど、他人が絡むとヤクモはとても弱い。


「──私は、別に家の為とか、それだけじゃない。ヤクモ、立派。スゴイ立派。だから、個人的にも、ヤクモで良いと思ってる」

「……──」

「──私も、ちゃんとヤクモが頑張ってるとこ見てた。一番頑張って、一番戦って、一番皆の為に考えてくれた。アルの事もある。感謝してる」


 ヤクモ、感謝されると戸惑う。

 そのりゆー、よく分からない。

 凄いことをしたし、助けられたし、その内容には私も満足してる。

 アルを助けてくれただけじゃなくて、アルの為に自身を付けさせようとしてくれてる。

 あの時も、アルを前に立たせたけどヤクモの方が率先して前に出てた。

 だから、しんよー出来る。

 

「──アルはあの時ああ言ったけど、私が嫌がることはやらせない。それで、私は、嫌じゃない」

「いや……いやいや。ダメだろ。侯爵家の娘だぞ? それに──」

「それに、私達の時間が短すぎる?」

「まあ、そういうこと」

「なら、時間で解決すればい~。私はヤクモを理解する、ヤクモは私を理解する。それで無問題」


 私がそういうと、ヤクモは諦めた感じになった。


「……良い女だよ、お前は」

「ん。私、いい女」

「まあ、今の言葉は……有り難く受け取っておくよ。俺をそう評価してくれたのは、グリムだけだろうし」

「──ミラノは?」

「そこまで細かく俺のこと見てないんじゃないかな。死んだ事を責められたくらいで、褒められたりはしなかったし」

「──うそ~……」


 ふつ~、褒める。

 少なくとも、素性の分からない人とは言えあそこまで色々やったのなら、褒めないと人は育たない。

 勿論、悪い事をしたら叱るけど、それはそれ、これはこれ。

 アルですらヤクモの事裏で褒めてるのに、ミラノ……。

 

「──だいじょ~ぶ。いつか、ミラノも気づく」

「だと良いけどね」


 仕方が無いので、ヤクモの頭を撫でる。

 ヤクモ、不思議そうな顔をしてた。


「これは、一体?」

「──ヤクモを褒めるのに、今出来ることを考えたらこれだった」

「いや、別に撫でなくても……」

「──なら、ぎゅ~っ」


 ヤクモを抱きしめる。

 ちょっと、眼鏡が痛い。

 けど、我慢、我慢。

 

 ……私は、しょ~じき羨ましい。

 従者として、仕える者としてあそこまでの活躍をしたヤクモの事が。

 自分の主人のミラノも黙らせて、自分よりも身分が高いアルを正論で殴って従わせた。

 黙らせて、自分の言葉を通す分自分を差し出して安全を掴み取る為に自分を危険に突っ込む。

 ……そんなの、余程の心構えが出来てないと、むつかし~。


 私は、あの時ギリギリだった。

 武器が壊れている事をアルを安心させる為に黙ってたけど、それが正しかったとは思わなかった。

 学園に戻れってエクスフレア様に言われたけど、その為にど~すれば良いのか、何がひつよ~なのか分かってなかった。

 ヤクモは、アルを落ち着かせてくれた、アルを休ませてくれた、アルに食べ物と飲み物を与えてくれた、武器も新しいのをくれた。

 しょ~じき、悔しい。

 

 ──けど、評価されないのなら話は違う。

 ミラノ、それはおかしい……。

 

「あ、あの。グリムさん? その、抱きしめられるとですね、胸がですね?」

「──よくじょ~した?」

「ししし、してねぇし!?」


 ──嘘、ばればれ~。

 桃色になってるし、その色合いはさっきよりも強い。

 ──……、


「──ヤクモ、童女趣味があると思ったから、喜ぶと思って」

「違いますぅ~! ヤクモさん、ちょっと年上からちょっと年下までいける派ですぅ~!」


 ……む、事実。

 ヤクモ、童女趣味だからミラノとかアリア、カティアを守ったし大事にしてると思ったけど、そうじゃないみたい。

 体系だけ同じだから、しょ~さんあるとおもったけど。


「ご主人様、聞きたい事が──」


 ……あ、カティア。

 扉を叩かずに入ってきた、なんて礼儀知らず。

 けど、今の状況を見て数秒固まる。

 私がヤクモを抱きしめてる。

 ヤクモはそれに抵抗してない。

 カティア、すぐに扉を閉めた。


「待って、カティアさん待って!? 違うんです、色々誤解があると思うんで話し合ってください、トークの席についてくださいお願いします!!!」


 ……私はヤクモが良く分からないけど。

 それでも、両方のヤクモが良いと思う。

 あの時の立派で格好良いヤクモも、今の誰かに振り回されて情けないヤクモも。

 たぶん、そのほ~が安心するんだと思う。

 立派過ぎて弱みが無いと不安になるから。

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