4章
第37話
~ ☆ ~
「え?」
「学園……と同じように、です……か?」
「はい、そうです」
息子が帰ってきたことで、私は幾らか乱暴ではありますが、学園で普段のように屋敷でも過ごすようにと二人に言いつけました。
まさか突然彼が倒れるとは思いもしませんでしたが、良い機会です。
「……”アリア”、貴方には私の為に以前のように……いえ、学園に入る前の関係を作る事で、私の為にそうしようと思ったのかもしれません。けど、そのような気遣いはもう不要ですよ」
「そう、ですか……」
「それに、いつまでも彼を騙してはおけないでしょう? なので、事情はさておいても学園の通りに過ごして欲しいの。勿論、私が二人がどのように振舞って、どのように生きているのかを知りたいというのもありますが」
初めて学園に行く時、二人は既に決めていました。
”アリア”はミラノとして生き、償うと。
”ミラノ”は少しでも体調を良くして、家族の負担にならないと。
二人とも、私と良人のために……子供ながらそうすることを選んだのでした。
あの時はそれに反対する事もできず、その後も引きずられて……そのままでした。
ですが、息子が帰ってきたのですから、私も……少しは、頑張って見せなければいけません。
昔良人すら恐がらせた夫人は、誰だったかしら?
少しは、あの時の自分を取り戻しなさい……。
そうでなければ、何が公爵夫人か。
そうでないのなら、何が母親か。
子供が甘えたい時期に甘えさせてあげる事もできず、私だけが甘えるだなんて……。
そんなの、許されるわけがありません。
「ほら、お願い。それとも、そうしなければいけない理由を問わなければなりませんか?」
「……分かった」
「う、うん……」
二人の娘たちは、お互いに手伝いあいながら自分の見た目を変えていきます。
それは髪型だったり、服のちょっとした着こなし方だったり、あるいは居住まいや佇まい方だったり。
待っていると、見た目だけは二人がそっくり入れ替わります。
”アリア”がミラノに、”ミラノ”がアリアに。
見た目でこそ確かに入れ替わりましたが……それでも、母親には少しの違いくらいは分かります。
声が少し細いのがアリアで、それは体調が悪い事に関係します。
それに対して少しばかり伏目がちなのがミラノで、それは私に少し打ち解けられていないから。
それぞれの抱えているものが、目や顔、態度や反応に表れているのを知らないのでしょうね。
あと、ミラノは身内であっても”さま”をつけますが、アリアは”さん”と距離の近さを感じさせるとか。
……学園で、本当に上手くやれているのか少し心配になります。
「……こ、これでいいの……ですよね?」
「畏まらなくて良いわ、ミラノ」
「……いいの、かな」
「悪い事なんて、何もありませんよアリア。ちょうどヴァレリオ家とヴォルフェンシュタイン家の、学友も来られてるから、見てみたいと思ったのよ」
同じ学年に入ったとは聞きましたが、本人からも良人からも家での繋がり以上のことは聞いていません。
母親として、せめて学友の一人くらいはと願ってしまうのは、心配でならないからです。
私とて敵は多いですが、それでも幾許かの友人くらいは居ます。
そういった話を4年目になっても聞かないのは、心配になっても仕方が無いと言うもの。
ただ、それだけなの。
~ ☆ ~
と、母さまに言われてお屋敷でも学園に居たときのようにして欲しいといわれて、部屋も入れ替える。
それから……ちょっとだけ、期待をしてみた。
母さまは入れ替わっていても分かると言っていた。
カティは匂いで分かったというし、兄さまも数日の内に半分くらいは当てられるようになった。
じゃあ、この男はと言うと……。
「あぁ、まあ……。ミラノたちが来なけりゃゆっくりと休めたんですけどね、って嘘嘘冗談冗談! 来てくれて嬉しいな! うれ──」
まるっきり、分かってる様子は無い。
ちょっと、まだ短い付き合いだけど、期待しただけ無駄だった……。
ドサリと体を横たえるこのバカは、表面上の気遣いは出来てもそれ以上の事は出来ない。
い、いえ……。求めすぎと言うヤツかも知れないけど。
それと、悪い意味で期待を裏切るのが得意だという事も分かった。
「え、回復した?」
父さまの部屋から出てきたカティに話を聞くと、治ったらしくてその報告をしてきたそうだ。
けど、念のために数日休んだ上で復帰するという事で話が落ち着いたらしい。
……ヘラさまが言うには、大分重傷だった筈なんだけど。
右から左へ、兄さまからヤクモへ、戦闘から強制的な療養へと忙しいのに、もう復帰だなんて。
すこし、呆れないでもない。
「……嘘ついてないでしょうね?」
「と、そういわれると思ってご主人様を観察してましたわ。けど、もう自力で起き上がれるし、なんなら部屋の中を暇そうに歩き回ってましたの」
「それはそれで腹立つ……。そのくせなんで数日置くのよ」
「面会謝絶にしてノビノビしたいとか。あ、さっきお酒あけてましたわ」
「堂々昼間から飲酒かアイツ!!!」
頭に一瞬血が上ったけど、深呼吸で何とか留まる。
ここ暫く、病人食のような胃に優しい物ばかり食べてたし、飽きたのかも知れない。
……アイツ、何だかんだ料理が出来るし、地味に食にうるさいのよね。
「……カティはヤクモの監視。飲みすぎるようなら制御、場合によっては私を呼んで」
「あら、ミラノ様が直々にお出でになられると思ってましたのに」
「たまには解放してあげるのも良いかなって思っただけよ。それに、カティもたまには使い魔らしいことしたいでしょ」
そういうと、カティは分かりやすく嬉しそうにした。
何だかんだ、カティはアイツの使い魔だけど二人きりの時間を作ってあげるのを忘れがちだった。
……というか、アイツが主人らしくないからカティを自分の使い魔だと認識しがちなのよね。
更に言うなら、カティの方がまだ使い魔らしいというか、可愛げがあるというか……。
「だから、見張ってて。で、身の回りの世話をしてあげて?」
「分かりましたわ、ミラノ様。このカティア、誠心誠意命令を遂行しますわ」
そう言って、カティはヤクモの部屋へと向かった。
暫くしてカティの「くっさ~!?」と言う声が聞こえてきた。
きっと酒の匂いで部屋が満たされていたんだろう。
アイツ……隠れて飲んでたのは学園でも知ってたけど、あれでも控えめだったのかしら?
「姉さん。ヤクモさんどうしたの?」
「治ったんだって。それで、父さまに報告して、数日様子を見て何も無ければ復帰するって」
「……ヘラ様が、大分重傷で血を流しすぎたって言ってた気がするんだけど」
「ええ、私もそう聞いて居たはずなんだけど」
ヘラ様がなにかしたか……マリー様が余計な事をしたか。
あの英霊、すれ違うだけでヘラッと鼻で小ばかにしてくるからマジでムカっ……
れ、れれ冷静になりなさい。
英霊にとっては誰もが等しく子ども扱いなのよ。
私だけじゃない。
私だけじゃ……
「あは~、何をされてるんですか? お二人とも」
「あ、ヘラ様。ヤクモさんが一応回復したという事で、その話をしていた所なんです」
「あやや、大分早い回復ですねえ。やはり神に愛された方は違うんですね」
「神様に、ですか?」
「はい~。神の思し召しは私にも分かりませんが、寵愛を受けているのでしょう。どんな凄い人でも転んで亡くなる事もありますし、どんな目立たない人でも最終的に勇者となりうる事だってありえますから~」
……あれ、私だけ?
いや、そうじゃない。
あの英霊、私だけを嫌ってる……?
「ああ、あの! へへへ、ヘラ様?」
「はい~、どうかしましたか?」
「ままま、マリー様って……どうして私にだけ当たりが厳しいのでしょうか?」
あの英霊と顔を合わせたのは”アリア”だった時に一度きりだけど。
戻ってからは、結構屋敷内を出歩いている時に会っている。
けれども、しょっちゅうバカにされてるというか……。
「──自分に似てるから、同属嫌悪って奴なのですよ~」
「はい?」
「マリーちゃんも、昔同じように付き人……従者、騎士が居たんですよ。それで、同じように若い頃から学業において優秀で、その頃から魔法に長けてたんです」
「──……、」
「ですが、重責と義務で優秀さを掴み取っていたから、それを当然のものとして自分に仕える人にも求めちゃったんですね。交流なんて殆どしなくて、義務と責任を求めながらも何もお返しが出来なくて……。それで、愛想を尽かされちゃったんです。だから、同じでありながら、自分と違って愛想をつかされてない事に苛立っても居るんでしょうね」
「は……ぇ? 英霊がそんなことで悩むんですか?」
「それは間違いですよ~? 英霊である前に、私たちとて生きた人間だったんです。同じように悩んで、同じように苦しんで、同じように迷って、同じように怯えながら一日を、一歩を歩んできたんですから。その中で様々な失敗や、取り返しのつかないことも……沢山ありました。たまたま生き延びた、そうして英霊になっただけの女の子なんですよ」
……違う、そんなはずが無い。
英霊って言うのは、神に愛され恩恵を得た人々だと……教わってる。
なのに、こんな”人間っぽい”だなんて、思ってない。
悩まず、苦しまず、迷わず、失敗せず、戸惑わずに前に突き進んでいく。
それが……教わった、英霊だった筈。
「マリー様が、私をみて、嫉妬してる……?」
「あは~、そういう見方も出来ますね」
「嘘ですよね? 魔法において追随を許さない、その圧倒的な魔力と魔法の数々で魔物をなぎ払い、人類救済に多大な貢献をしたマリー様が?」
「それは……いろいろあって。今は落ち着いてるから、色々と考える事が出来るようになっただけなんですよ。色々あるときや、感情で頭が一杯な時は冷静に考える事は出来ませんから。敵を倒して、人類救済を終えてようやく自分を見つめる事が出来るようになったと」
「……そんなに、一杯になる事があるのでしょうか?」
「ありますよ。戦いとは不安と期待が綯い交ぜになったものですから。その中で自分の背中を押してくれるもの、自分の足元を支えてくれるものだってありますし……ただ、正義心だけでは誰も戦い続けられません。始まりが正しい想いだったとしても、その最中で斃れ散っていった人の事や、諦められないという後ろ向きな感情も混ざるのですから」
「ヘラ様でも、ですか」
「私でも、ですよ~」
そう言ってから、ヘラ様は恥ずかしそうに微笑んだ。
「戦いの最中であろうと、芽生えるものはあるんです。それは仲間を大切に思う気持ちとは別に、異性に対する愛情も当然あります。私は、それで一杯になったことも、溺れた事も、振り回された事もあります。……マリーちゃんには内緒ですよ? 私だって誰かを好きになった事くらい有りますから」
「……さぞかし立派なヒトなんでしょうね」
「あは~、どうでしょうかね? 戦う前にお酒、戦いが終わってもお酒。寝る前にも起きた後もお酒の、常にくっさい人でしたよ」
「──……、」
「ですが、人の扱い方を良く知っている方でした。押せる時に押して、退く時に退いて、倒せる時には倒して、助ける時には助ける。敵を一体でも多く倒し、仲間を一人でも多く救おうと……まあ、言ってしまえば嫌われやすい人でもありましたね。相手が誰であれ間違ってると思えば率直に言いましたし、従えない作戦では好きに動いてましたから。ですが……結果として、私を含め、英霊の誰もが彼に救われてます。ある時は敵に分断され包囲されかけた時、ある時は味方からはぐれ追撃を受けていた時、ある時は相性の悪い相手とぶつかった時、ある時は明らかに力量が相手の方が上の相手と相対したとき、ある時は士気がグズグズで勝てる戦を取りこぼしかけた時、ある時は調子に乗っておびき出されて殲滅されかけた時……どれもが、考えてみれば避けられた事でもありました。しかし、私達は誰もが正規の軍人でもなければ、戦いを学んだわけではありませんでしたから」
そう語っている時のヘラ様は、とても楽しそうだった。
或いは、それらがヘラ様にとって懐かしい思い出と言う奴かも知れない。
アリアも、黙って話を聞いていた。
「……いつ、何が起こるか分からないのが生というものです。良い事もあれば、悪いことも当然起き得ます。その時に、心残りややり残しが無いか後悔しても遅いですから、少し……今は先延ばしにしている事も、チャチャッと片付けたほうが良いですよ。居なくなられたり、亡くなられてからじゃ遅いですから」
「それは、どういう……」
「──ん~、今はこれ以上は言えないですかね。ですが、女性として……悩みがあるのなら乗りますよ? そういうの、大好きですから」
きっと、それが言いたかった事なのかもしれない。
ヘラ様とのやり取りで、私はその時の少しばかり困ったような表情が……心に残った。
英霊でも心残りになる事や失敗をする。
私の心残り……。
まだ、パッとは思いつかない。
けれども、ヤクモが居なくなって、今まで裸の王様で居た魔法に関して極められる可能性を失うのは嫌だなって思った。
じゃあ、その為にはヤクモをこれ以上英雄にさせる事も、英雄として求めさせるのもいけないと思う。
もっと……もっと立派にならないと。
……思えば、英霊たちと仲が良いという事がどれだけ凄い事か。
私と相対するマリー様とも、ヘラ様とも、ロビン様とも、アイアス様とも打ち解けている。
やっぱり、思い過ごしじゃない。
英霊に気に入られて、これから一気にヤクモは遠い場所に行く可能性が出来てしまった。
それは、ここ数日のカティに頼み込んで魔法の新しい使い方を学んでる速度じゃ間に合わないくらいに。
オルバ様に話をしてみよう……。
最年少、最優秀卒業生として、先輩として話を聞くにはちょうど良いかもしれない──
~ ☆ ~
さて、困ったものだ。
宝物庫は時折自分や信の置ける相手に整理してもらわないと、ここまでごった返すとは。
以前は妻が管理してくれたものだが、やはり男だけになるとどうしても粗雑になりがちだ。
「これは何で買ったかな……」
若かりし頃の過ちもあれば、今は無き兄の遺産や父の遺した物も置かれている。
今こうして目の前にしても、何であるのか分からないものもある。
ヘルマン国から流れてきた商人が持ち込んだマジックアイテムは、時から隔絶した食料保管庫として避暑地においてある。
……幸い被害は免れたが、アレがあったことでまさか遠まわしに娘たちの支えになるとは思いもしなかったが。
「ダメだな、分からない。一覧もあったはずなんだが……」
個人的な私財も有るには有るが、こうゴミのように散らかってしまっては何がなんだか分からない。
そうやって居ると、書斎に誰かが来るのを感じた。
『すみません、ヤクモですが』
「ああ、あいているから……ケホッ。好きに入りたまえ」
『失礼します』
どうやらヤクモ君が来たようだ。
使い魔の子に報告させたが、自身の口でも報告に来るとは律儀な子だ。
それが場合によっては煩わしくなるだろうが、今はそれを信用や信頼の類に受け取る事が出来る。
「あ~……えっと?」
「ここだよ」
「……本棚の裏、こんなんになってるんですねえ」
書斎とは名ばかりの、隠し部屋に通じる部屋でもある。
ここから狭い梯子で一階を通り抜けて地下室まで行ける。
その地下室で隠れ潜む事も出来るし、脱出する為の通路にも繋がっている。
父が隠遁する前にその説明をしてくれなければ、絶対に気づく事はなかっただろう。
ヤクモ君がヒョイと顔を覗かせる。
その顔を少しばかり観察したが、財宝に目がくらむというよりは不思議そうな顔をしていた。
「……散らかってますね」
「まあ、妻が……オホン……管理をしていたようなものだからね。倒れてからは放り込むだけ放り込んで管理まではしてこなかったから……分かるだろう?」
「ええ、なんとなくは……」
まあ、何でここに居るのかといえば、マリー殿に質問と言う名の尋問をしていたからなのだけど。
嘘を見抜くマジックアイテムがあり、それを使うために入って戻しにきたところなのだが、散らかり具合が気になってしまったというわけだ。
……ふむ。
「ヤクモ君、少しこれを付けてみてくれたまえ」
「? ええ、分かりましたが」
そう言って彼はメガネを受け取り、かける。
その一連の動作は手馴れたもので、かつてメガネをかけていたかのように流暢であった。
彼がメガネを掛けたのをしっかりと見届けてから、咳払いをする。
「ところで、この隠し倉庫をみてどう思うかな? 少なくとも、多くの民が手にすることのできない財貨がここにはある。欲しくなったりはしないかな?」
「ん~、持っても使い道が思いつかない金は持っても苦労しそうなので要らないですかね」
返答はすぐに返って来た。
そんな彼をしっかりと観察して……偽りではないとマジックアイテムは判断し、反応しなかった。
言葉に対して何かしらの偽りが含まれる場合、他者から見て眼鏡の部分が変色するが、当人はそれを知る事が出来ないというものだ。
どのような仕組みかは分からないが、これを使うと偽りを見抜くことが出来る。
だから試すように……かつては取りやめた、彼への嫌疑を幾らか投げかけてみたのだ。
「ふむ、しかし君はそれくらいの功績があるが。なら、身分や地位の方がお好みかな?」
「ん~……。身分や地位は自分のした事を評価されたと考えれば嬉しいですが、中身の伴わない身分や地位は身を滅ぼしそうなので、やっぱり面倒なのでこれ以上は要らないですかね」
「将来的には欲しいと?」
「ん~、どうですかね。将来どういう生き方をしてるか分かりませんけど、発言力や権限が必要な時に無くて困るのであれば、欲しいと思うことも有るかも知れないですね。けど、やっぱり平民上がりの貴族なんて歴史のある貴族連中には疎まれ嫌われるでしょうし、そこまでは欲しいと思わないですかね」
……なんてことだ、全くの無反応。
金や身分、地位目的ではないというのは言葉の通り真実なのか。
「──なら、娘に近づけばどうにかなるとか」
「公爵、なんか……自分を試してません? そもそも、ミラノやアリアに近づいたとしても、金が自由に出来るわけがないでしょうし、身分だって特に大きく変わらないでしょう? あぁ、違うか。婿入りできたら公爵家の庇護下ってことになるから、多少は世渡りがしやすくなるということか……」
「それも、考えなかったと」
「考える暇も、考える為の知識も情報も無かったですからねえ。というか、前に言いましたが”両親や部隊を裏切りたくなかったから”で、回答は変わりませんかね」
……無反応。
しかし、参ったな。
ここまで”明け透け”な人物だとは思わなかった。
一つや二つくらい後ろめたい事があってもいいだろうに、霞んだり曇ったりする事すらないとは。
「──もしかして、今渡した眼鏡に何かあります?」
「なぜそう思うんだい?」
「あまりにも公爵が自分を凝視しすぎるのと、質問が状況に対して不適だからですかね」
「はは、頭が良いな君は。その通り、マジックアイテムをつかって試したのさ」
「やっぱり……」
「まあ、悪く思わないでくれ。最近色々有りすぎた、だから少し……疲れて行った馬鹿げた行為だとして許して欲しい」
「まあ、別に疑っても当たり前でしょうから気にしませんけど──あれ、おかしいな、取れないぞ」
「あ~……」
「公爵? 公爵!? なんかこれ、取れないんですけど!!!」
ヤクモ君が外そうと躍起になっている。
だが、当然外れることは無い。
「す、すまない。それは”尋問”で使うマジックアイテムで、それを渡した者が問い質したい事を聞くまでは勝手に外れない……みたいなんだ」
「え゛。それって、まだ色々問いたい事があるって事ですよね……」
「あ、あぁ……。だが、いや……う~ん」
まさか、娘の事を問うわけにもいかない。
どうせ問うのなら徹底的に、逃げ道や上手い言葉遊びで回避できないようにしてから行いたい。
「……すまない、ヤクモ君。その”問いたい事”を上手く言語化するのに時間をくれないかな?」
「な、何か付けっぱなしで悪い事が起こったりはしないですよね?」
「特に無いはずだが……なるべく急ぐから、普段どおり過ごしなさい」
「分かり、ました……。あぁ、そうだ。本来の目的を忘れる所だった。一応回復して、その状況を見てもらうために挨拶に来ました。数日は大人しくしてようかなと思ってますが、それ以降は回復したとして行動します」
「分かった」
「それでは、失礼します」
彼は帰り際にも、何とか外れないかと眼鏡にてをかけていた。
だが、外れない。
……ふむ、思いつきでやった事だが、せめて個人的な疑念くらいは払拭するのにこの機会を生かそう。
~ ☆ ~
「と、いう事がありましたの」
面白い事が有れば、それは伝えずにはいられない。
それが私のあり方ですわ。
こう言った事は独り占めするよりも、色々な人に突かれた方が面白いだろうと、ミラノ様やアリア様に即座に密告しました。
……と言うのは建前で、それを知ってお二人がどう行動するのかを知りたいという、囮調査。
ご主人様に内緒で、ご主人様を餌に行うのは少し気が引けるけど。
まあ、これで新たな情報が得られれば許してくれるわよね。
「……あれって、子供の時母さまが父さまに使ってたやつじゃなかった?」
「えっとね、ザカリアスに聞いたら交際をしていた頃から何度か使われてたって」
「あれって浮気発見器じゃなかったのね」
「え? 誰かをイヤらしい気持ちで見たら知らせてくれる装置だと思ってたよ」
「……お二人とも、それを使われてたのが自分の父で、使ってたのが自分の母だと思い出してくれないかしら」
……奥様、昔は大分違ったのかしら?
今でこそ大人しい奥様に見えるのだけど、それも病気になったから?
それを使われる公爵と言うのもなんだかんだ尻に敷かれてたのかもしれない。
とと、待て待て。
ということは、デルブルグ家では女性優位な家系なのかしら?
あの母親にしてこの二人有りと言うか。
何だかんだ、アリア様もミラノ様も威圧すると言う技能は既に有るのよね。
ミラノ様は率直に感情的になるという意味では、それが”ミラノ様”であっても変わらない。
同じようにアリア様も”アリア様”も『いい笑顔』をすることで威圧し、黙らせる事をする。
どちらも……ご主人様に向けられたものだけれど。
「……けど、性急に動いても面白くないし、暫く様子見しましょう」
「そだね」
「──泳がせる、ということかしら?」
「まあ、そういうことになるかな。直接様子を見るよりも、側に居てそ知らぬ顔をして間接的に様子を見てるほうが先ずは面白そうだし、魔法で言えば作った魔法をいきなり実用にしたりはしないでしょ?」
あ、うん。
マトモな反応……。
こう、もうちょっと──”色々と”積極的にぶつかっていくと思ったけど。
違う。二人とも賢いから確証が得られるまでぶつかりに行かないだけか。
「今アイツは何してるの?」
「えっと、何事も無ければ二~三日休んでから屋敷での滞在を楽しみだすと思うけど」
「じゃあ、それまでは様子見。それよりも私たちにはやらなきゃいけないことがあるし」
「……縁談の話って、まだ残ってましたかしら」
「そっちじゃなくて、魔法の方。カティは色々な属性の魔法をすぐに行使できるから、その手ほどきを頼みたいの」
「火とか、水とか、風とか……色々な属性が使えるようになりたいし」
……ちょっと、自分が恥ずかしくなった。
私は、少し突いてそれが色恋沙汰とか……あるいは、ご主人様を大事に思う気持ちに繋がってくれればと思っていた。
それは、私の短慮で浅はかな”ご主人様の為”だった。
けれども、お二人は違う道を選んでいる。
それは恋愛や結婚と言った直接的な道じゃない。
あの日……見ている事しか出来なかった背中を見て、自分たちの知らない場所で戦い傷つきかえってきた姿を見て、今のままじゃいけないと……。
何でも良い、魔法使いとして何か出来ないかという迂遠的でありながらも愛が無ければ通ることの無い茨の道を進み始めていた。
……余計なお節介だったかも知れない。
けれども、私は思う。
私は、私を救ってくれたご主人様の事を好きだ。
だからこそ、私だけじゃなくて……ミラノ様やアリア様にも好きになって欲しい。
勿論、私が蔑ろにされるのは嫌だけれども、私だけじゃ出来る事は限度がある。
── そっか。俺……学園生活が、懐かしいと思ってたんだ ──
ご主人様は、自分の欲を認識していない。
ううん、それはちょっと違う……。
他の人とも被りそうな”欲”は認識してるけど『個人的な欲』にはトコトン疎い。
私に言われるまで『学園生活が懐かしかった』という事に、思い至らなかったくらいに。
私には、使い魔としての側面からしかご主人様を見る事が出来ない。
けれども、ミラノ様が居れば主人としての側面から。
アリア様が居れば主人の姉妹としての側面から。
アルバート様が居れば学友や男友達としての側面から。
グリムさまが居れば、従者としての側面や仕える者としての側面から。
様々な側面から見て、ご主人様が幸せになれる答えを導き出せればいいなって……。
だって、寂しすぎるもの。
私は、今でも最期の瞬間を覚えている。
それは秋の寒空の下。
まだ死亡もしていなければ転生もしていなかったご主人様が、胸を苦しげに抑え倒れた瞬間を。
『と、さ……か、さ……』
コヒュ、カヒュと呼吸が出来ずに居た。
私は、その指先を噛んで血を出させたくらいしか出来なかった。
あれは、きっと……ご主人様の父様と母様を呼んで居たんだと思う。
周囲には誰も居なくて、車すら通らなくなった時間帯……誰かに発見してもらう事は出来なかった。
そのまま、長くご主人様は苦しんだ。
『こ……な、終わり……』
『幸せに、なり……』
ビクビクと、痙攣しながら……それも徐々に弱弱しくなっていく。
そして、私の目の前でご主人様は亡くなった。
あの不幸を思えば、幸せになってもらいたいと思うのは決して間違いじゃない。
だから、私はご主人様を好きでいると決めた。
そして、出来れば一人でも多くの人にご主人様を好きになってもらって、『幸せ』になってもらいたい。
だから、カティアと言う名の使い魔はご主人様の利益だけを追いかける。
それが、私の存在理由。
~ ☆ ~
「とゆ~」
「……嘘が見抜かれる眼鏡、か」
面白い事になりそ~だから、アルに伝えた。
したら、すんごいたのしそ~。
「くく、ククク……。なら、それが外れるまでの間に色々と投げかけてみるか」
「──たのしそ~」
「ミラノとの関係だけじゃなく、あ奴が我をどう思っているのかも分かるからな。それに、あ奴は自らをさらけ出すと言う事をせぬ。故に色々と聞いてみたいのもあるが」
「んにゃる」
「グリムもこの際、聞けることを色々聞いてみたらどうだ? 以前から気になる点が幾らかある、参考になる所や学べる事もそうだが……従者として、解決しておきたい点もあろう」
……アル、やっぱり変わった。
別に、昔から愚かだったわけじゃないし、面倒見は幾らか良かった。
けど、遠すぎる理想に焦げて、俯いてる頃よりも色々と”自由”になった。
気持ちが晴れて、人として少しせいちょーした感じがする。
なんというか、こう。
主人、らしくなった、気がする。
「──ん。いわれなくても」
「ただし、やりすぎるでないぞ? ここがどこなのか、誰がいるのかを努々忘れぬようにな。……親父が居るのもあるが」
「──ん。だいじょ~ぶ。考えて、やる」
「なら良い。そういった点で我に最大限配慮してるのは分かっているからな」
……うん、やっぱりヤクモはアルにとってえいきょーが大きい。
なら、確かめないといけない。
姉さんたちが居る今じゃ、変な所で疑いをかけられたら関係が終わりになりかねない。
けれども、大きすぎる影響はアルのためにならない。
だから、私が確かめる。
ヤクモが、悪人じゃないかどうか。
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