第36話
── ??? ──
歴史の断片を取得。
読み込み中……
81度目の世界と判明。
得点による習得内容。
若返りと魔力素質の保有、魔法行使能力の習得。
……歴史データの流入を確認。
世界データへの上書きを行います。
……歴史の変化は見られませんでした。
──以上。
時期……ミラノ、叙任。
── ☆ ──
ミラノは魔物襲撃の際に、学生でありながらも勇敢にも立ち向かった事を評価された。
父親がやってきて直々にその事を告げ、学園が一時的な休校に入る直前に簡素な儀式が行われた。
称号としての”騎士”を意味する”キャヴァリエ”を与えられ、個人的栄誉を授かる事となった。
それだけじゃない、国から片目を失った事への見舞金等も与えられ、学生の内に称号を得た珍しい事柄として刻まれた。
その場にはアルバートとグリムも同列に語られ、彼らもまた”騎士”となった。
「凄いや……」
「そう? まあ、貴方がそういうのなら凄いのかもね」
「国から評価と表彰がされるなんてすごい事だと思うけど」
けれども、ミラノは何でもないかのように苦笑しただけだった。
式典の為に用意したより綺麗な服やマントを脱ぎ捨てる。
材質や生地が良いのかもしれないそんな服をベッドの上に投げ捨てて、貴族なんだなあと思った。
「ほら、着替えさせてよ」
「あ、うん。ゴメン」
けど、やっぱり自分はそれでも変わらないままだった。
あの日の事でグリム経由で色々と訓練させて貰っているけれども”筋はい~、けど臆病でダメ”と酷評されている。
ちょっとだけ腕や足回りに筋肉が付いてきたかなと思ったけど、普段から闘技場で鍛えているアルバートには敵いそうにない。
着替え終わったミラノは、眼帯にそっと触れる。
……それを、自分はどう反応して良いか分からずに、触れないで居た。
片目を失ってから、彼女は時々そんな反応をするようになった。
医務室での検査や質の高い回復魔法を使える人に見てもらったけれども、治らないという。
窪んでしまって見栄えが悪いからと、眼帯を自らするようになった。
ただ、そんな姿になってもミラノは格好良いと思った。
── 遅れずに付いてきて! ──
そう言い放って、次々と魔法を繰り出しながら指示を出している背中は、頼もしく、格好良かった。
幾らか混乱気味だったアルバートも、幾らか負傷しながらもミラノの指示に従い、魔物を倒していった。
従者であるグリムもまた、その小柄さを生かして身軽で軽快に敵を攻撃する。
あの光景を見て、何も思わないわけが無い。
何も出来なかった自分だからこそ、何かをした、何かを認められたあの光景に胸が踊らないわけが無い。
ミラノは混乱していたアルバートを無理やり言う事をきかせることであの場を切り抜けた。
魔法を使って、襲い来る魔物たちを振り払い続けた。
アルバートも何度か武器をとっかえひっかえしたけれども、戦い続けミラノを守った。
グリムは厄介な敵を主に受け持ち、アリアや自分を庇い続けてくれた。
皆がすごい活躍したのを、凄いと思った。
自分よりも若いのに、自分よりももっと色々な事が出来る。
悔しさがあった、情けなさがあった。
「どうしたの? なんだか浮かない顔つきだけど」
「あぁ、いや。うん……ちょっと、悔しくてさ」
「悔しい?」
「皆はあの時、それぞれに頑張ったのに、自分だけが情けなく震えてただけでさ。魔法も使えるはずなのに、使うための勉強がまず足りなくて使えなくて、戦うにしても技術も知識も足りない上に身体もひ弱でさ……」
「──変な事で思い悩んでないの。貴方は記憶が無いって言ってたし、ただの平民なんだから戦えなくて当然でしょ? それに、貴方は何も失わずに済んだ。なら、これから成長する可能性を殺すのは得策じゃないわ。あの時の出来事で何が足りなくて、どうなりたいかが見えただけでも収穫。それをこれからどうするか……それが大事じゃない?」
「……ううん、失ったよ。ミラノを守れなかった、その目を失わせた……。それが、一番重い。どう報いれば良いのか、どう贖えば良いのかも想像がつかない」
自分は歴史にも疎いし、女性の価値観も分からない。
けれども、少なくとも現代における女性の扱いや処遇とは違うだろうし、近代まで手足などを含めた欠損や異常は忌み嫌われたと言うことくらいは世界史で習った。
「自分は、ミラノの人生を台無しにしたんだ」
「そこまで重く受け止めなくても良いのに。まあ、確かにこんな顔じゃ婚姻とかは難しいだろうけど、騎士の称号を貰えたんだから、立身が出来るという考え方をすれば、別に悪くない取引じゃないかなって思うの」
ミラノは、確かにそう言った。
なら、そうなのかも知れない。
そう納得した、した……筈だった。
けれども、深夜の遅い時間に彼女が幽鬼のように鏡を見ているのを見てしまった。
普段無意識にそうしているように、彼女は眼帯に触れる。
それから、眼帯を外してから自分の顔を見て──泣くのだ。
後悔の言葉が聞こえる、涙に隠れて怨嗟の声も洩れている。
「あの時っ、なんで見過ごしたの……」
「なにが、学園主席よ。思い上がって、狭い箱庭の中で優秀でも、こんなんじゃ……」
「父さま、母さま……ごめんなさい……」
聞いていて、心が苦しくなった。
自分がもっとしっかりしていれば避けられたかもしれないのに……。
だから、誓う。
アルバートの行為を、グリムとの訓練を無駄にしないと。
そして、いつか彼女がそう在れたように自分も戦えるようになると……。
そうでなければ、生きている事に意味が無い、二度目の人生というチャンスに意味が無い。
もっと強く、もっと立派に──。
あの時のミラノのように、なりたいと思ったんだ。
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フラグ管理:誰かの為に強くなりたいと誓った。 ……Passed
結果:歴史の分岐フラグがONになった。
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だから、辛くても頑張れる。
「ヤクモ。もっと相手をよく見る」
「く、くそっ……」
訓練用の剣とは言え、持っているだけでも握力が消耗する。
それだけじゃない、受けや攻撃、いなしを続けていると手が痺れてくる。
徐々に、重く感じて腕が動かなくなってくるんだ。
それは筋力不足からくる下地不足。
足がガタガタしてきて、もたついてくる。
それでもグリムさんは止めてはくれない。
武器を弾かれたり、致命的に取り返しが付かない状態になるまでは、決して。
汗が目に入って、視野が狭まった所を狙われた。
武器が大きく弾かれて空にすっ飛んでいく。
それからグリムが胸倉を掴んで投げられ、馬乗りになられながら練習用のナイフを突きつけてきたところで降参する羽目になる。
……勿論だけれども、グリムさんはまだ汗一つかいてない。
対する自分は既に汗だくで、膝が笑っている状態だった。
「──おつかれ~」
「お疲れっ、サマでした……ッ」
「立てる?」
「なん、とか」
どれくらいやり合っていたのか分からないくらいだ。
1時間半ほどみっちりと基本基礎をやって、それからこうやって打ち合いをする。
その後でグリムさんが評価をしてくれて、それを元に勉強をして終わりだ。
ただ、秋空の下だととてもじゃないけど寒い。
終わったと認識すると、くしゃみが出て仕方が無い。
「──湯浴みする。じゃないと風邪ひく」
「う、うん。分かってるけど。お風呂には入って良いとは言われてないし、今だって井戸水──くらいしか、使わせてもらえてないけど」
実際には厨房の料理長が平民仲間としてお湯をくれるけど、それは夕方だけだ。
なにを言ってるのだろうと思ったけれども、どうやらそういう場所があるみたいだ。
案内された先にあったのはシャワールームで、そこだけ何故か現代味を感じた。
「ヘックション! うぅ……。お湯、出るの?」
「──ん。魔石をりよーして、お湯を作る機能がある。だから、何時でも使える」
「へ~……」
原理は現代のに置き換えられるのかも知れない。
流石に内部構造までは知らないけれども、魔石を使って色々できるんだなあ……。
「──速く脱ぐ」
「え? いや、それは……」
「魔法で服乾かす。じゃないと、身体を温めても意味が無い」
「あ、うん……」
というか、なんで男性シャワールームに居るんだろう、この子……。
他に誰も居ないとはいっても、羞恥心とか無いのかな?
隠れるように衣類を脱ぎ捨ててシャワー室に逃げ込む。
そこには、現代と変わらない二つの調整用のバルブが有った。
「使い方、わかる?」
「似たようなのを使った事があるから、一応」
「──そう」
捻ればお湯と水で温度を調整できる。
助かる……。
運動中や訓練中は暑いから気にならないけど、落ち着いてくると秋風が身体を冷やす。
チラリと見ると、グリムさんは魔法で服を乾かしてくれていた。
先ほどまで汗を吸って重そうだった服が、一瞬で水分を失って渇いた色に戻る。
そこまでは良いんだ、うん。
けどさ、何で着ていた服を探ってるのかな?
「──おかしい。材質がなんか、違う」
「あの、グリムさん?」
「それに、見慣れないものもある……」
服を引っ張ったり叩いたり、裏返したりしている。
それどころか、ウォークマンやヘッドフォン、携帯電話などもなにやら物珍しそうに見ていた。
しかし、それも暫くして飽きたのか──
彼女は、その場で服を脱ぎだした。
慌てて目を背け、思考を空にしようと頑張る。
けれども、女性日照りの長い中ではチラと見えたものでも焼きついてしまう。
あ、汗を実はかいてたとか?
そう思っていると、隣のシャワールームが使われる。
「──ふ~、あったかい……」
「だねぇ……。こうなるんだったら、着替えとかも次からは持ってこようかな」
「……着替え、ある?」
「いや、まあ。持っていたものくらいしかないけどさ」
「なら、そ~する。たいちょ~崩したら、ミラノに申し訳ない」
「うん、そうだね」
言ってから、夜の事を思い出してしまう。
グリムさんとの訓練は、確かに勉強になる。
けれども、それが本当に実に付いているかは疑問視せざるを得ない。
身体は痛むし、筋肉痛で日常にも支障が出始めている。
ちょっとばかり腕に力を入れても、フンニャリした細腕だった。
「いてて……」
毎日訓練してはいるけど、打ち身や打撲が多くなってきた。
それでもミラノやアルバートに比べれば全く軽いもので、骨折とかはしていない。
擦過傷、火傷、切り傷、青痰……。
もっと、上手くなってくれば減るのかも知れないけど──。
「ッ~!?」
考え事をしていると、背中に何かが這う感覚に驚く。
何事かと驚くと、隣の個室でシャワーを浴びていた筈のグリムさんが来ていた。
当然……全裸で。
「ぐ、グリムさん!?」
「……嘘吐き」
「え!?」
「──いつも、終わったら怪我とかしてないか聞いてる。けどヤクモ、嘘ついた。ミラノが黙ってるの? それとも、ヤクモは全部黙ってる?」
「え、いや、その……うひぃ!?」
「早く言う。じゃないと、とってもふつご~なことになる」
「分かったよ! ミラノにも、黙ってるんだ。こんなの当たり前だろうし、ミラノやアルバートだって……もっと酷い怪我をしてる。なのに、自分だけ、こんなので子供みたいに痛がるなんて、出来ないよ……」
自分が痛む事よりも、自分の周りの人が傷つく事の方がイヤだ。
自分に決闘を仕掛けてきて虐めてきたアルバートだって、自分で戦った。
自分を召喚したミラノだって、義務と責任の名の下に戦い抜いた。
グリムさんだって、従者として主人の指示に従い戦った。
なのに、自分だけが何も出来なかった。
「ぼ……自分が、もっと戦えていたらミラノは右目を失わずに済んだんだ。ミラノは……ずっと、自分の目が無くなった事を後悔して、悔いて、泣いてる。夜に、寝静まった後に。何度も、何日も……。これから先、二度とあんな事が無いとは限らないんだ。なら、出来る限りの事をして……次は、守られるだけじゃない。いつかは……自分が……ミラノを守れるようになるんだ」
「──使い魔だから?」
「いや、それは……副次的な理由でしかないかな」
自分は召喚されてから、自由な転生者ではなく使役される使い魔として今までも……今も生きている。
待遇こそあまり良くないけれども、ミラノ自身は優しい主人だ。
分からない事は教えてくれるし、魔法だって学ばせてくれる。
部屋に居る時にはこの世界について、授業では補いきれない部分を教えてくれる。
それでも使い魔で、魔法が使えそうだけど素性の知れない平民扱いから抜け出す事はできない。
だから食事や待遇を下げないと、他の貴族に示しが付かないとか……なんとか。
「……情けないままで居たくないんだ。そうじゃないのなら、生きてる意味はないよ」
弟には嫌われ、妹には愛想を付かされた。
両親だけが唯一見捨てずに居てくれたけれども、日本に帰国した際に事故死した。
葬儀のやり方も分からなくて、弟に泣きついて初めて弟と妹に嫌われていると知った。
家族を、自分が全てぶち壊してしまった。
妹が結婚した事も、子供が出来た事も親から聞かなきゃ知らなかった。
両親が会った時に撮った映像や写真が無ければ、どんな子なのかすら教えて貰えなかった。
それくらい、会いたくなかったのだと思うと、何が長男なのかと言いたくもなる。
「──その気持ち、大事にする」
「そうしたい、とは思ってるよ」
「──ん。『安らぎと癒しを司る生命の水。彼の者から澱みと穢れを祓いたもう』」
彼女が詠唱をしたんだなと理解した時には、身体の痛みが幾らか和らぐ。
それでも完全ではないけれども、有り難く助かるくらいのものだ。
けど、確か……。
杖なし詠唱だと魔力を大分消費した筈。
回復魔法って、そこまで消費しないのだろうか……。
「──楽になった?」
「うん、楽になったよ。有難う」
「──ん。ど~いたしまして。これで、明日もまた頑張れる」
「お、お手柔らかに頼むよ……」
グリムさんが出て行ったのを確認してから、ホッと一息。
あんまりああいうのはされると困るんだよなあ……。
別に鋼の理性だとか、鉄の自制心とか持ってるわけじゃないし。
世界で一番信じちゃいけないのは自分自身だと思うくらいに、人間が出来てるとも思わない。
ネットやニュースで様々な性犯罪が流れるけれども、自分がそこに仲間入りしないとは思ってない。
身体を温め、幾らか綺麗にすると乾いた衣類を身に纏う。
アイロンをかけたのかと思うくらいの温もりがあり、着心地が良かったが──。
「──ぷぁ」
「ぶっ……」
冷静になるべきだった。
グリムさんが隣で入ってるということは、衣類を着る為に出てくる事は分かり切っていたはずなのに。
「ば、ばかっ! せめて出るのなら言ってよ! 出て行くからさ!!!」
「──や~ん、スケベ」
「絶対に思ってない!?」
いや、まあ……。
眼福といえば眼福なんだけどさ。
訓練を終えて部屋に戻ると、独学で勉強をしているミラノが居る。
ちょうど自分でお茶を淹れた所みたいで、鼻をくすぐる匂いが少し幸せを感じさせた。
「ただいま」
「お帰り。今日の訓練はどうだった?」
「えっと、まあ……ボコボコにされたよ。けど、色々と収穫はあったと思うから……机、使わせてもらっても良いかな」
「纏めたいんでしょ? 貴方の分のお茶もあるし、使っても良いわ」
「ありがとう」
ストレージからメモ張とペンを取り出そうとする。
けれども、疲れのせいで格納していたスタックを全てばら撒いてしまう。
メモ張とペンがバラバラと床に転がり、慌てて未使用の物のみを選定して格納する。
「貴方は普通の魔法は使えないのに、”無”に属する魔法は使えるのよね。しかも無詠唱で」
「けど、他の魔法は……ミラノのように使えないから、こんなの……なんの役にもたたないよ」
「それは思い込みというものよ。そもそも、使い道や使い方を模索しない内から考えを狭めても仕方が無いでしょう」
「……ミラノには、何か使い道が考えられるの?」
「そう、ね……。物を出し入れできると言う事は、物をどれだけ溜め込んでも空間を占有しないで済む。しかも、運搬に労力を使わないで済むし、重さを考慮しないで済む。と言う事は、単純に考えて、物の運搬や輸送に長けているという考え方は出来るんじゃない?」
「……考えもしなかったなあ」
「そりゃ、この学園の中に居れば貴方にとっては粗末かも知れない。けど、外の世界では兵士や軍があるから輸送に関しては誰だって頭を悩ませてる。そうでなくても傭兵は自分で何でもしなきゃいけないから、持ち物と人数の兼ね合いで考えてるって聞くし。少なくとも、貴方は今私が言った事で役に立てる事は覚えて損は無いんじゃないかしら。……帰省するし、その道中で荷物が少なくて助かるのは皆そうだし」
……やっぱり、ミラノは凄いや。
自分はそんなことを思いつきもしなかった。
物をしまえるって事で、自分のことだけじゃなくてもっと幅広く考えられる事を示してくれた。
「貴方って、本当に平和な場所に居たのね」
「魔物とか居ないから、戦いなんて縁遠い場所だったからね……。戦争だって遠い場所での話で、国家間の争いなんてもう遠い昔話になってたくらいだし」
「じゃあ、傭兵もお仕事が無さそうね」
「どうかな……そうなのかも」
民間軍事会社ってのはあったっけ?
ゲームの中だけでの存在だっけ、よく分からない。
ゲームでの話しなのか、それとも現実に存在するのかを調べてないからなんともいえないけど……。
「んっと……足運びと、目線だったかな」
その日のグリムの教育で学んだ事を改めて書く。
箇条書きや省略して書いたものを、改めて説明できるように明文化するのは必要な作業だと思う。
書き込んでいると、ミラノが一度だけ鼻を鳴らす。
「ん?」
「え?」
「貴方……んん?」
何か気になる事があったのかもしれない。
彼女は何度か何かを嗅ぐように鼻を鳴らす。
最終的には席を立ち、自分の香りを嗅いできた。
「あ、あぁ……。大汗かいちゃってさ。それで、グリムさんが風邪を引かせたら申し訳ないって、闘技場に備え付けられてた設備でお湯を……少し浴びてきたんだ。服も乾かしてもらってさ──」
~ ☆ ~
ヤクモがそんな事を言うけど、そうじゃない。
汗臭いとか、そういった匂いじゃない。
言ってしまえば馴染みのある匂いだけど、それは私に関連するものじゃない。
酸味を感じさせるけれども、甘い匂いがして、身近な香り。
──……、
「グリムと何かした?」
「い、いや。訓練、だ、けど?」
……まあ、それは嘘じゃないでしょうけど、そうじゃない。
問題は”なぜ、彼からグリムの匂いがするのか”ということ。
「な、何かいかがわしいことしてなかったでしょうね!?」
「何でそうなるのさ!? 違うよ!!!」
「じゃあ何でグリムの匂いがするのよ!」
「グリムさんの匂い? ……あぁ、手当てを受けたからかな」
「て、手当て?」
「あ、う゛……」
手当てとか言ってるけど、別に見た目的には何も無さそうに見える。
……服の下?
「……ごめん。打ち身とか打撲とか、色々あったんだけど隠してて……。それを、脱いだから気づかれて、二回ほど回復してもらって、見てもらってたんだ。なんか、そういった簡易的な診察は出来るとか言ってて」
「──本当にそれだけ?」
「う、うん……」
数秒だけ見つめて、うろたえてしょげているヤクモ。
少しだけ溜息を吐いて、それは事実だろうと受け入れる。
「分かった、今回は信じましょう」
「ほっ……」
「けど、女の匂いを漂わせてるのは良くないから自重しなさい。貴方の言動が私だけじゃなくて家にまで風評として影響を与えるんだから」
「分かって、る……つもり、なんだけど──や、やっぱり、足りないかな?」
「足りないといえば足りないし、それを言及しだしたら貴方が凹みそうだから小出しにします。……帰省までに幾らかの礼儀作法は教えるから、訓練後にそれを覚えて欲しいんだけど」
「うっ……そ、そっか。公爵家──」
「もし父さまの不興を買えば処刑も有り得るし、頑張りなさい」
「が、頑張ります……」
……少し、脅しすぎたかしら。
見ていて可哀相なくらいに既に戸惑っている。
とは言え、父さまもそう悪くは扱わないはず。
……兄さまに似てるんだもの、私が騎士の称号を受けた時にヤクモの事を見ていたし。
けど、もう少し堂々としていて欲しいと思う。
兄さまと似ているけれども、ちょっと違う面が見れたのを私は覚えている。
── み、ミラノ。危ない! ──
ヤクモは私のことを助けてくれた。
たった一度だけだったかも知れないけれども、それは致命的だったし取り返しの付かない一瞬だった。
ウルフに気づかず、襲い掛かられた所でヤクモは横から体当たりをして押さえ込んでくれた。
そして、貸し与えた剣で突き刺して……まあ、吐いちゃったんだけど。
それでも彼は、すぐに口元を拭って私に手を差し伸べてくれた。
── だ、大丈夫? ──
私はその手を掴んで、立ち上がった。
確かに兄さまよりも頼りないし、不甲斐無い。
けれども彼は、自分に出来ることを常にやろうとしてくれている。
たとえすぐに成果は出なくても、こつこつと小さく積み重ね続けてくれる。
まさかグリムに怪我をさせられていたとは思わなかったけれども、それも裏を返せばグリムがそれくらい本気で相手をしてくれていると言うこと。
あとは、もう少し堂々としてくれれば私としては文句が無いのだけど……。
── ミラノ、おめでとう ──
── 国王に認められるなんて、凄いよ! ──
── 羨ましいな…… ──
──私のことを、ここまで純粋に褒めてくれたのは初めてだと思う。
学園の他の生徒たちは、常に嫉妬と他者の足を引っ張るか嘲笑ばかりに明け暮れている。
誰かが陥れられ、堕落すれば自分が苦労して向上する必要は無い。
そうやって、努力する事を放棄して、ただ私を”天才だから”と切り捨てる。
けど、こいつは……そうじゃない。
認めてくれる、褒めてくれる、羨んでくれる、その上で……凄いと言ってくれる。
私には、それはまるで毒のように染み渡る。
良くない、良くないと分かってはいても……嬉しいと言う感情が、どうしようもなく溢れてきた。
……確かに、アルバートに虐められたりして、本当にどうしようかと悩んだ。
けれども、結局の所学ぶ機会と根気良く付き合えばヤクモは学んで期待に応えてくれる。
学園の中に居る、腐敗した生徒たちとは違う。
彼こそ学生としてあるべき姿なのだから。
「……怪我をしたの、何で黙ってたの?」
「だって、怪我をしてたって言ったら……呆れられると思って。それに、訓練だって、休めって言われるかも知れなかったし……」
「あのね。貴方は私の使い魔だけど、奴隷じゃないのよ。貴方の健康や体調に気を配らなければ主人足り得ないの。それと、隠し事をされる方が主人として信用が無いのかって思っちゃうじゃない」
「そんなことは! ない……けど」
「けど?」
「……イヤなんだ。折角、成長できると、前に進めると思える機会を手に入れたんだ。なのに、それを……手放したくないんだ」
……それは、私も同じ。
今回、痛い目を見て──前に進む機会を手に入れる事が出来た。
勿論、片目を失ったのは……決して小さくない。
学園内で、嘲笑の声が聞こえているのを私は知っている。
それはどうでも良い。
けれども、出来損ないになってしまった事こそが私には辛かった。
だけど……ヤクモは、自分がそうさせてしまったと思っている。
もっと力があれば、もっと立派だったら、もっと勇気が持てたのなら違う結果になったかもしれないと。
……少しだけ、恐かったんだと思う。
彼に拒絶されるのが、彼に否定されるのが。
けれども、そんなことは無かった。
「──別に止めさせたりはしないから。けど、必要な時に必要な体調や体力を温存できてない方が問題だと思わない?」
「う、うん……」
「それに、魔法の勉強に使えるでしょ? 自分の身をもって回復魔法の勉強とか」
「……そっか。それは、考えなかったな」
「だから、次からは怪我してもそのまま戻ってくる事。自分の身体で回復魔法のコツを掴まないと、他人に回復魔法なんてかけられないのよ」
「へぇ~」
素直で、言った事をそのまま受け取ってくれる。
やり取りが心地よい相手が居るだけで、学園での生活が変わるとは思わなかった。
それに、今までは自分だけが噛み砕いて理解するだけでよかった魔法についても、教える立場となると色々な切り口を考えなきゃいけない。
だから、それが楽しい。
どういったやり方なら理解を示してもらえるか、どういった言い方や説明なら、納得してもらえるか。
幸い、ヤクモは知性的に愚昧ではない。
ただ、必要とする知識や常識が足りないだけで、独自の解釈に絡める事が出来れば前に進める人間だ。
「学ぶ事、多いなあ。けど、頑張らないと」
「うん、頑張って。きっと貴方は、自分が思うよりも立派になれるはずなんだから」
「き、期待が重いな……」
「期待なんてしてないわ、だってただの確信で確定だもの。学年毎年主席の私が自ら手ほどきするんだから、使い魔の貴方も立派になる。保証したげる」
そう、期待なんてしない。
だって、そうなるだろうという確信があるから。
大きな野望も小さな一歩から、一歩踏み出せるのなら千歩踏み出せるという言葉の通り。
時間がどれくらい掛かるかは分からないけれども、きっと満遍なくある程度吸収してくれると思う。
……私は、この目を失った時点で女としての道は失った。
なら、彼と一緒に王宮や宮廷への道を目指すのも悪くないと思う。
「──ただ、グリムとの訓練は結構だけど不必要な接触と干渉は控えなさい」
「え? それはどういう……」
「とにかく! 他の女の子とい、イチャイチャするの禁止! わかった?」
「わ、分かりましたっ!!!!!」
そう、コイツは私の使い魔。
召喚したのは姉さまかも知れないけど、もう……私達は入れ替われない。
だから、一緒にやっていくしかない。
それで、どこまで行けるかわから無くても──
きっと、悪い未来には行かないはず。
そう思えた。
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エラー、歴史の再生に不具合が発生。
歴史の寸断を確認。
エラー項目をログとして放出。
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引き継げる更新データを確認。
IF世界史として結果を保存します。
────────────結果────────────
フラグ管理:グリムはヤクモが誠実な人間だと理解した。
結果:グリムのヤクモに対する警戒度が低下した
────────────────────────
フラグ管理:この世界において、ヤクモはミラノの好意を得た。
結果:ミラノのヤクモに対する好感度に補正が掛かるようになった。
────────────────────────
フラグ管理:ヤクモがミラノに対して素直な態度を示した。
結果:ミラノのヤクモの言葉から受ける影響力が増した。
────────────────────────
フラグ管理:ミラノはこの世界において、宮廷魔術師になった。
結果:ミラノの魔法に対する理解度や行使にボーナスが得られるようになった。
────────────────────────
フラグ管理:アリアは、この世界においてヤクモの主人である事を止めた。
結果:アリアがヤクモに対して固執するようになった。
────────────────────────
フラグ管理:ヤクモは自分の弱さを嫌った。
結果:ヤクモは自分に足りないものを吸収したがる気質を得た。
────────────────────────
フラグ管理:ミラノはヤクモが弱い事を知った。
結果:ミラノは、ヤクモが強がる事を察するようになった。
────────────────────────
──────………………
───………
─……
現在の世界に、これらのリザルトを反映します。
────────────────────────
~ ☆ ~
「勘弁してくれよミラノ……。俺だって、好きでこんな目にあってるわけじゃないんだよ……」
重傷者になったコイツは、軽口を叩く余裕があるみたいで気に食わない。
確かに英霊を救った事はすごい事だけど、それが相当な負担だったということは想像に難くない。
── ……ごめん ──
けれども、私は忘れない。
召喚されて暫く、部屋の中でも縮こまっていた彼を。
今でこそ堂々としているけど、それでも……その度にコイツが酷い目にあってると考えると、そうじゃなくても良いと思ってしまう。
コイツは兄さまとは違う。
もう十分に凄い事はした、兄さまのようになって欲しいと思った事はあったけど……それは、コイツにとって遠いし高すぎる理想のようなものなのかも知れない。
立派で在ろうとして、英霊を救うのだったら立派でなくて良い。
強くあろうとして魔物の群れに飛び込めるのなら、強くなくて良い。
何でも出来たと言われて、本当に何でもやるのなら……そうじゃなくて良い。
コイツは、私が求めること”以上”をやろうとしてしまうから。
そうやって、望んでも居ない”高望み”を幻想して、追いかけていったら……きっと、コイツはどこまでも遠くに行ってしまうかもしれない。
その時、私はコイツの側にいるのだろうか?
振り払われて、置いてけぼりにされてしまうかもしれない。
何故か、それは寂しいと思うと同時に恐いと思う。
兄さまの時のように、目の前か……追いかけた時には傷だらけで倒れて、そのまま死んでしまいそうで。
もうちょっと、生きるのに”歩く”と言う事を覚えて欲しい。
「いふぁいいふぁい!?」
「あのね? ヤクモ様? 英雄サマ? 主人が私である以上、毎回毎回何かある度に倒れられると、私は何やってるんだって言われちゃうの、おわかり?」
「ぶえぇっ!? ……だって、仕方が無いだろ。たまたま側にいたのが自分で、近くに誰も居なかったんだからさ……」
うん、分かってる。
私が言っている事が大分無茶な事だって事くらいは。
魔物の襲撃があった時も、コイツのおかげで危なげなく学園まで戻る事がで来た。
あの時他の誰かに任せていたら、もっと悲惨な目にあっていたと思う。
英霊の事だって、まさか裏切り者が出るだなんて考えもしなかった。
だからこそ……気に入らないけど……相性の悪い相手にヤクモが入って良い感じになったんだと思う。
「兄さまも戻ってきたんだし、暫くはゆっくり休みなさい」
「あぁ、まあ……。ミラノたちが来なけりゃゆっくりと休めたんですけどね、って嘘嘘冗談冗談! 来てくれて嬉しいな! うれ──」
騒いでパタリと倒れるバカが一人。
けれども、こうやって目の前で呻いて苦しんでる方がまだ安心できるってのも、私も何かおかしくなってるのかも知れない。
眉間を抑えて、結局頭痛の種になってるヤツが大人しくしているからなんだろうなと考えた。
けど、この複雑な関係は……不思議と居心地は悪くない。
この4年間、ただ過ごすだけの日常は……無色透明のように思えた。
ただ同じ事を繰り返すように授業に出席し、必要なだけ自学と独学を繰り返し、主席になるだけの1年。
けれども、一月経つだろうヤクモが来てからの時間は、大分違った。
家の付き合い以上は無かったアルバートと、幾らか関わりが出来た。
寮以外では接点の薄かったアリアとも、一緒に居る時間が増えた。
カティアが来てから、アリアに笑顔が増えた。
ヤクモが来てから、教えるだけじゃなくて学ぶ事が増えた。
そして──思い出せないくらいに何も無かった日常に、色々な彩が出来た。
ただ当たり前のように生きて、当たり前のように終わっていた日々。
感傷も無く、感慨も無く、繰り返して、変化を感じられないままに季節が移り変わる。
ただ、最近はそんな当たり前の事でも変化として受け止められるようになってきた。
── うぅ~、さぶっ……。室内でこんなんじゃ、身体を冷やさないようにしないとな…… ──
── やっぱ、部屋ってのは落ち着くな。あとは温かいお茶を飲めれば暖まれるんだけど ──
── 枯葉舞う季節、か。あんまり、好きじゃないんだよなあ…… ──
何も思わず、何も感じずに過ごしてきたものを、彼が勝手に着色してくれる。
だから、私はそれに問いかける形で……色々と知る。
── 教室は暖かいわ。けど、道中や廊下はそうじゃないから、少し着込んだ方が良いかもしれないわね ──
── 同感。お茶を作って暖まりましょう。因みに、暖まるのに何を飲んでいたの? ──
── 寒いのが殊更嫌いのように言うけど、じゃあ春夏秋冬でどれが好きなのよ ──
……たぶん、人間らしいやり取りという奴なのかもしれない。
あの時間が、今では少しだけ愛おしい。
一人だった部屋に誰かが居て、側に誰かが居るだけでこんなに違うだなんて。
だから、出来れば二人を別つまでの間、側にいて欲しい。
人間の真似事をする権利が……あるかどうか分からないけど。
それでも、兄さまが戻ってきて存在意義があやふやになった今、それくらいは……高望みをしても良いんじゃないかと思う。
父さまの不安を解消する為にも、少しは……色んなことをやっても良いと思ったから。
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断片化した歴史から、変更点を読み込み現在の世界に反映しました。
ミラノは個人エンドに到達、宮廷魔術師エンドを解除。
Unlocked...ミラノの学習能力及び魔法に対する習得に補正が掛かるようになりました。
片目を失った事で入れ替わり実行不可能ルートを通過。
Unlocked...アリアがヤクモに対して執着を見せるようになりました。
ヤクモはミラノルートの途中で復活を諦めた。
Unlocked...対自精神性が弱くなった、対他精神性が強くなった。
ミラノとアリアの魔法の技量が向上しました。
ヤクモの剣技と体術が修得・向上されました。
ヤクモの意識に”学習不足”が埋め込まれました。
Unlocked...様々な知識を学生の頃から幅広く得る、を解除。
ヤクモの未使用得点をミラノが使用。
願いを叶えたのは……女神・テレサ。
世界をテレサが女神に就任した時期にまで巻き戻しました。
初期能力値が向上したことにより、マーガレットから接触してくるルートを解放。
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お疲れ様でした。
これからも、物語をお楽しみください……。
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