第34話
~ ☆ ~
ん~……。
「──師匠」
「お~」
決めました。
私は、このロビンという英霊を師匠にします。
以前、アルに言われて森に向かおうとしたら、悉く見つかった。
それだけじゃなくて、アルに言われて何かを見聞きしようとすると、大体罠がある。
それは、私の考えを常に一手先を行く。
罠が無いと油断する頃に罠が出てくる。
罠を警戒しすぎると、今度はそのせいで罠に引っかかるか、時間が消費されて発見される。
罠を解除すると、解除する事が条件で発動する罠がある。
そうじゃなくても、気がついたら睡眠薬の付いた針が投げられて「あふん」と寝てしまう。
公爵家の警戒や見張りの練度が低いとは思わないし、人数が少ないとは思わない。
けれども、昔からアルのお願いを聞いてきた私にとって人の目を盗んで動くなんて簡単だった。
大分昔には長男のエクスフレアに復讐したいといって、寝てるところにおねしょみたいに調合した水を零した。
勿論、後で姉さんに怒られた。
進級ができないと嘆いた時、どうにかならないかと縋りつかれて成績を改竄した。
マスクウェル学園長に呼び出されて、コッテリ怒られた。
外出した時にお酒を飲んでみたいと言って酔いつぶれて戻るのが遅れたとき、交替を見計らって帰ったことにしてアルを水路からこっそり学園の中に放り込んだ。
翌日、アルは酷い風邪を引いた。
そうやって、出来ない事を沢山やってきたけど……勝てない。
ちょっと傷つく。
「──私に、もっと技術と知識を下さい」
「ん、まかされた」
無理かなと思ったけど、けっこー軽かった。
チョロイ……。
けど、訓練はチョロくなかった。
「ぶえ~……」
ど~して?
なにをやっても、悉く見抜かれる……。
「ふふん」
「──師匠」
「う?」
「何が悪い?」
「ぜんぶ」
が~ん……。
「もっと、いろんなところにまほうをとりいれる。どーぐ、つかうよりもはやい」
「──けど、詠唱してたら時間かかる。道具の方が早い」
「なら、もっとはやくまほーつかえるようにする」
「むむむ……」
魔法をもっと速く使えるようにする……。
となると、詠唱文の見直しか、それか他の魔法行使法を使うか。
どちらにしろ、杖で詠唱するのは無し。
「──むつかし~」
「そ~でもない」
そういって、師匠はお手本を見せてくれる。
道具を使って5米(メートル)ほどある高さの壁を乗り越えるのが私。
けど、師匠は道具無しで乗り越えた。
壁を蹴り、もっと高くに飛ぶ。
その時に、ふわりと変に浮いたのを見た。
そして、手がかかり、もう一度壁を蹴る。
その勢いで身体を上げて、コロリと上に乗った。
蹴る時、全く音しなかった……。
「こんなかんじ」
「お~……」
「何やってんだ、お前ら……」
なんか、隠密斥候の練習をしていたらアイアスが来た。
アルの稽古をしてくれる、昔の英霊。
ヤクモと手合わせしたがってたけど、大怪我したからアルで我慢してる。
アルは大変だろうけど、しかたがない。
「ん、とっくん」
「何のだ、何の」
「──こう、気づかれないように行動する方法とか」
「……あぁ、なるほどな。壁と言われたらぶち壊すかすっ飛んで越えるのが当たり前だったから忘れてたぁな。お嬢、ロビンの技能と知識はスゲェから、幾らか真似して坊を支えてやってくれ」
「言われずとも」
アイアスとロビンは、ちょっと仲が良さそう。
……他の英霊をまだ多く見てないけど、マリーやヘラと関わってる所はあまり見た事が無い。
まあ、マリーは参考人で拘束ちゅー。
ヘラは特使だから昔仲間でもいまは立場が違う。
けど、仲が悪そうではない……。
「──どうやって、そんな魔法を使ってるの?」
「ん? きもちとか、きぶん」
「……適当すぎる」
「まほうなんて、てきとーでいい。じぶんがなにをしたいか、どうしたいかだけでいい。ほんのすこし、せかいをじぶんのすきにする、それくらいのごーいんさでやる」
なにを言ってるのか、あんまり分からない。
自分のやりたいこと、したい事を世界に押し付ける?
そんなの、学園では全く教わらない。
神が与えた力を、神に頼んで使うというのが教えだから。
「できないのなら、そこまで。けど、ミラノとアリアはもういっぽふみだしてる」
「え?」
「だから、だいじょ~ぶ、できるできる」
ミラノと、アリアが?
……なんで?
けど、できる人が居るのなら……私にも出来る筈。
「……私も、やりたい」
「ん、ならがんばる」
「頑張る」
今まで、独学だったけど、師匠がいるとやっぱり違う。
そもそも、魔法の扱い方や考え方が違うから、出来る事が広がっていく。
「じぶんをカラッポにする。どこにもいない、だれもみえない。けれどもどこにでもいて、だれもがじぶんをみているかんじ」
「んむむ……」
「そ~すると、こうなる」
こうなる。
そういって、目の前で師匠の姿がボンヤリしてくる。
居るのに、認識が難しくなる。
まるで認識や印象を操作されてるような感じ。
「ぎじゅつだけじゃない、まほうもつかってできることをする。そ~すると、もっといろんなことができる」
そうやって、色々聞く。
けれども、中々上手くいかない……。
「──むつかし~……」
「ふっ……。かんたんにできたら、おもしろくない」
「酷い……」
「──……、」
仕方が無い。
休みは長いし、まだ学べる。
……アルには悪いけど、時間を貰うひつよ~がある。
時間は掛かるけど、覚える事に意味がある。
アルの役に立つ、そうしたらもっと役に立てる。
うん、間違いは無い。
「……かくごがたりない」
「──覚悟?」
「なにかをするのに、どんなことをしてでもたっせいするというきもち。めのまえのことだけかんがえてて、そのほかのことをかんがえてない」
「……そんなこと、ない」
「ならきく。もしアルバートがめのまえでひどいめにあってたら、ど~する?」
「助ける、あたりまえ」
「だからダメ。いまのはなし、あいてのしていとかしてない。へたにうごいたほうが、ぜんぶダメにするかの~せ~がある」
「それでも、私はアルを助けるのが仕事、役目」
「なら、しつも~ん。そのあいてのほうがつよくて、かてないばあいは?」
「──むつかし~事言う」
「ん、あたりまえ。いのちをかけてでもまもる、いうのはかんたん。けど、しんだあとのことをかんがえてない、むせきにん。それに、てきとはかぎらない。もしかしたらみかたかもしれない、なかまかもしれな、あるいはおねがいしなきゃいけないひとかもしれない。なのに、アルがひどいめにあったからってたすける、それはちがう」
──酷い矛盾。
助けるのが役目なのに、助けない方がアルの為になるという。
けど、話をしていればそれは考え付く。
私は……あの時、ヤクモを横から射た。
それが正しかったかは分からないけど、今は上手くいってる……たぶん。
「もくてき、もくひょ~のためにどろのひょうめんのみずをのんで、むしやくさをたべて、なかまのいないてきのなかでこうど~する。じゅうまんのてきのなかのしきかんをあんさつしたり、100万のてきのぶっしをやいたり、7万がすむまもののまちにどくをながしたり、それをぜんぶてきのまんなかで、なんかげつもやる。それくらいのかくごがひつよ~。アルバートのことがしんぱいでも、ひどいめにあっても、じぶんがそうするほうがいちばんたすかるのなら、そうすべき」
「──師匠」
「アルバートがだいじと、いぞんはちがう。それに、もししんぱいならたよれるひとをさがすのがいちばんい~。しんようできるひと、しんらいできるひと。そ~すれば、ゆらがない。ちょくせつだれかをたすけられなくても、いのちをせおってこうどうすることにかわりはない」
……そういわれて、信用や信頼できる人を考える。
姉さんたちは……無理。
二人とも自分の主人が居るし、その主人は父親に従う。
なら、アルが困った時に切り捨てる判断をする可能性がある。
二人がどうかじゃなくて、父親がそうすると。
ミラノ……は、優秀だけど信頼は出来ても信用は出来ない。
アルと考え方が違うから、どっかでしょ~とつする。
そしたら、一番傷つくのは言い負かされるアルだ。
アリアは……なんか、ちょっと違う。
そもそもアルが入学当初バカにしたこともあって、仲は良くない。
どこか、ぎこちない。
じゃあ、誰なら?
そう考えて……ヤクモがでてきた。
少なくとも、悪い人間じゃない……と、思ってる。
変に裏が無い。
変に明け透けに語るし、変な遠慮もしない。
正しいと思うことを言うし、間違ってる事は間違ってるという。
気に入る、気に入らないもすぐに口にするし、隠し事もしてない。
最初はただの協力者の筈が、アルの方がヤクモを気に入ってしまった。
── 我も、ああなれるだろうか ──
部屋の中で酒を飲んで、見下してた筈の男に負けた。
それだけじゃなくて、自分じゃ出来ない事をやったし、その為に色々考えてるのも分かった。
── 人を率いるというのは、色々と考えて動かねばならんのだな ──
アルも、自己評価は低いけどバカじゃない。
タダ興味が無い事に関して何もしないだけで、興味があることには色々考えたりする偏った人間ってだけ。
── なあ、グリムよ。あの時、我は一緒に戦っていた筈だよな ──
── なのに、我にはあの背中が遠いものに思えた ──
── 本来ならば、あのように動くべきは義務を負った我らの筈なのだがな ──
アルは、襲撃の日に差を見せ付けられた。
自分の状態も把握できてなくて、けれども事細かに気配りをして指示を出す。
そんな所が気に入ったらしい。
── 体調や疲労も見て、その上で身分や地位など関係なく適切に人員を使う ──
── だが、違う。ヤツは全ての責任を背負って、その上で物を言っていた ──
── 自分だけが安全な場所にいて物を言うのではない、自ら率先して危険に立ち向かった ──
── 我は、ああなりたい ──
うん、分かる。
たぶんヤクモは本当に兵士だったのかも知れない。
ちゃんと教育を受けて、それで人を率いるというやり方を学んでいたのかも知れない。
だから私たちを率いる事が出来たし、疲れて臆病になったアルも付いていけるくらいに自分が率先して突っ込んだ。
……うまいとおもった。
あれで見捨てれば、自分たちはヤクモを失ってその後どうしたら良いかも分かっていなかっただろうから。
だけど、自分が一番危ない事を引き受けて頑張るから、アルも付いていけた。
私も、誰かを使い棄てたりするつもりが無いのをそこで理解した。
……ヤクモは、バカ。
それも、すっごい。
けれども、良い意味でもバカだから……信じても良いと思う。
「──ん、居る」
「なら、しんぱいいらない。じぶんをたくさんころして、きもちもころして、そんざいもころして”いきる”。ただ、それだけでい~」
上手くやれるか分からない。
けれども、アルから話を聞いたから……待ってられない。
── あのバカ。今度は英霊を救いおったぞ! ──
嬉しそうなあの顔、忘れない。
だから、アルもまた頑張ってる。
英霊が相手では敵う訳が無いという話を、全部ひっくり返されたから。
アイアスに、また稽古をつけてもらってる。
学園で学んだ事を、ヤクモに教わった事を、あの日の恐怖の中から掴み取った事を。
全部ひっくるめて。
「──何をすれば良い?」
「ん、そのことばをまってた」
師匠、楽しそう。
けど、それで良いとおもう。
アルの側にヤクモが居れば、ヤクモは何とかしてくれる。
助けてくれるだろうし、絶対に変な押し付けはしない。
相手の事を考えて、その上で理解を求めるなんてバカ……そうそう居ないから。
だから、私は勝手にアルを押し付けたヤクモのためにも頑張らないといけない。
勝手に期待するから、それに見合う位のことをしないとかわいそ~だから。
~ ☆ ~
アレから暫く、”香山大地”という男の事を調べてみた。
アーニャちゃんが初めて受け持った、かつて同級生だった人物だ。
学校の成績を12年分、それから自衛隊での評価なども全部取り寄せ、その上で可能な範囲で自分の足で人となりを訊ねて回った……つもり。
「小学生の時は常に成績は全部最高で、それと同時に家庭教師つきの教育を受けていた。幼いながらも家族ぐるみの外交の場に出る程度の能力はあって、特に問題はなかった……と」
つまらないうえに、なんら特殊性も見出せない。
こんなものは”世界を探せば幾らでも居る事例”でしかない。
目隠しをしたままピアノを弾く才能があったわけではない。
コンマ秒の中で現れた的を打ち抜く才能があるわけでもない。
誰からも愛されるような人格や、性格をしていたわけでもない。
ことさら勇猛であり、果敢に立ち向かう熱血さがあるわけでもない。
人を魅了する文章を書き、世界レベルでのヒット作を生み出す文才があるわけでもない。
どこまでも、普通な男でしかなかった。
「中学に入学後、弟に学力で追いつかれ始める。2年生の頃には家の中での評価は反転して、優秀と言われることもなくなる。それと同時に、成績も凡庸なものへと変わっていく」
家庭教師からの吸収率も悪くなって、成長が目に見えて鈍くなる。
2年生になった時には家庭教師も居なくなり、学校以外で学ぶ事もなくなる。
「中学3年生になり、妹がチアの真似事やピアノで大人気になり、更に居場所が無くなる。……まあ、これもよくある話かしら」
欠伸をかみ殺して、かき集めた資料を何とか読み直す。
情報収集するのと、整理して理解するのとでは意味が違う。
集めた端から理解したつもりになるのと、一旦整合性をとってから纏めた資料を読むのとでは印象も大分変わってくる。
「日本に来て高校生になってからは、色々な事に挑戦しだす。元々日本人学校に通っていた弟や妹と違い、現地の学校やアメリカンスクールに通っていた為に授業で苦労する。けれども、強迫観念の下で色々と手を出した事で知識と経験が幅広く出来上がり、今の基礎が出来上がる」
……これは、少し違うかも。
いや、逃避と言う見方をすれば範疇に収まるか。
結局、学力で弟に負けて、楽器や人望でも妹に負けた。
そしてかつての”優秀な長男”から転げ落ちて、両親からトドメを刺される。
── お前は、優しい ──
弟は頭が良いと言われ、妹は人気者だといわれた後に”優しい”とだけ言われた。
それは、それ以外に何も無いと受け取ったに違いない。
だから、逃げるように自分の可能性を模索した。
けれども、優秀な長男と言う評価が足を引っ張る。
何かをすれば、同じ学校に誰かしら自分よりも秀でた人が居る。
敵わないと、自分の劣り具合を再認識させられ続ける。
そうして、高校生活の中で得たものは全てが無価値になった。
── ホームに人が落下。咄嗟に救出した高校生に表彰! ──
── 孤児院での活動を評価したJr.ブッシュ大統領が、日本人を表彰す ──
── 消防署が熱中症で倒れた意識不明の老人を蘇生させた事を評価する ──
彼には、親の言った『優しさ』があった。
それは、幾つかの表情賞として日本語、スペイン語、ポルトガル語、英語で置かれている。
一個人が受けるには、あまりにも多い枚数だった。
けれども、彼は高校を卒業してそのまま自衛隊に入る。
── 64式小銃、射撃最優秀者 ──
── 89式小銃、射撃最優秀者 ──
── MINIMI、射撃最優秀者 ──
── 中隊別、射撃優秀者 ──
── 中隊対抗、炊事競技会優秀班 ──
── 伊豆・大島災害派遣における第3級賞詞 ──
こちらでも、表彰の回数は少なくなかった。
少なくとも、射撃に関しては訓練生……えっと、自衛官候補生?
その時からずっと表彰され続けてるみたい。
勤務態度や評価も悪くはない。
一部の”思想が違う”先輩や上官とは折が合わなかったみたいだけど、それを除けば……中隊長、最上級先任曹長、小隊長、小隊陸曹、班長、班付、後輩とも上手くやれてた。
一任期終了後に曹を目指し、4年目にて入校。
そして……両親が”仕組まれた事故で死亡”する。
その話を聞いた香山大地は、富士での行軍中に崖から滑落。
片足を不能の重傷を負ってしまい、部隊の理解もあって三任期満了で除隊。
その後は……5年の引き篭もり生活が待っていた。
「転がって、転がって転がって転がり落ちて。その途中で沢山手に入れたものもばら撒いちゃった君が得た第二の生……」
この前アーニャちゃんに会った時に少し辛そうにしていた。
問いただすと、彼は何度か死んで蘇生を受けているみたい。
……その代償は、決して無償じゃないのに。
人は死んだ時、一度は天上の神の所へと送られる。
その後、天国や地獄行きだとか、余裕が無ければ問題の無さそうな魂を転生させて時間潰しをさせると言う事をやる。
アーニャちゃんがしている事は、天上の神の所に行ったにも拘らず、無理やり連れ戻すような行為だった。
言ってしまえば、私たちもある種の転生者と変わらない。
そんな”人”が、天上に行くとどうなるか?
SAN値が減るという表現が分かりやすいように、魂が汚染される。
死者の世界に生者が行くのに等しいのだから、死の汚染や狂気をどうしても受けてしまう。
それを、ただの同級生の為にやると言うのが理解できないのだ。
「あ~あ、好きなら好きって言っちゃえば良いのに」
たぶん、それが正解。
死後愛し合うって言うのも変な話だけど、それはそれで私が面白くない。
「私はアーニャちゃんを嫁がせる為に面倒見てきた訳じゃないのよ!」
気の狂いそうな孤独の時間、その中にパッと現れた後輩。
そんなの……溺愛するに決まってるじゃない!
あぁ、可愛いアーニャちゃん。
寒いからと一緒に寝たり、寝ぼけたフリをしてもぐりこんだりして、あの天使みたいな子を触れている時間はまさに至福の時だったのに。
それを、今更うだつのあがらない失敗者……いえ、敗北者になんか奪われて我慢できるわけが無いでしょ!
「……けど、文字通り”優しさ”とかを見るなら既に表彰もされちゃってるし、じゃあ真面目系クズかなって思ったらちゃんとお仕事も成績も評価も人付き合いも出来ちゃってるのよね……」
人は誰でも一瞬なら優しくなれる。
人は誰でも一瞬なら真面目にできるし、一瞬なら良い人にもなれる。
けれども、それが長く続けば嘘じゃなくなる。
真面目っぽい人じゃなくて真面目な人に。
優しい感じの人じゃなく優しい人に。
良い人っぽい人なら、良い人になる。
「……博打経験、ゼロ。酒は若干溺れ気味だけど、同じくらいカフェインに溺れてるから酒狂いって訳じゃないみたい。んで、風俗どころか恋人が居た事も無い。……へっ、童貞ちゃんめ……」
そういう私も女性版だけど。
内面はグズグズに負けに慣れきってるくせに、外面では優等生かっての。
99回失敗して1回の成功を得るという言葉で、9900回失敗して100の成功を得るみたいなバカ。
そう、この”香山大地”って男は、バカなんだ。
普通の人は失敗を嫌がるし、失敗しないようになんとかする。
けれども、彼は”浅慮”な所があった。
もちろん、勝手も知らない分野に踏み込むのだから、失敗なんて当たり前なのだけれど。
それを当たり前にしすぎて、”成功する為にはこうした方が良い”と言う道筋ではなく”こうすると失敗する”というのを総当りで回避して成功にたどり着くような馬鹿さを発揮していた。
ただ、それは”優しさ”に繋がる。
沢山失敗するから、他人の失敗に対処できる。
極端な事柄でなければ声を荒げたりもせず、指導・教育を施して道を正すという意味では適した人材だった。
事実、彼がちゃんと付きっ切りで面倒を見た二人の後輩は、仕事も射撃も格闘も、訓練も上達していた。
そして、本当にダメな一線を越えれば怒るが、それをちゃんとその場限りに出来る。
ケアも上手で、引きずらせない。
……なんでこんな人が負け犬やってるんだろうと思ったけど。
そっか、両親か……。
「弟くんだけじゃなくて妹ちゃんにも会ってみたけど、悪い話や印象が無かったのよね……」
弟くんは、忘れたいと思うくらいには覚えていた。
妹ちゃんの方も、3歳になる子供を抱きかかえたままに泣いてしまい、子供に慰められていた。
その3歳の子だって、写真を見せたら「だい!」と拙く呼び捨てにしていたけど。
写真や動画を見せてもらった。
妹の子の面倒を大分見ていたみたいで、写真も動画も見ても見ても見たりないくらいにあった。
0歳の頃、1歳の頃、2歳の頃、3歳の頃……。
年に一度来ていたという話は聞いていたけれども、無職の引き篭もりと言う印象とは……何か違う。
「──あぁ、そっか。立派な長男、か」
結局、腐ってもそれを引きずっていたわけだ。
両親が亡くなる前も、亡くなってからも。
だから無職になろうと立派な兄を演じる。
その為に母親となった妹を少しでも楽にさせようとするし、子供も楽しい思いが出来る。
うぅ、ダメダメ……。
なんで絆されなきゃいけないのよ。
これくらいだったら真面目系クズとか、裏では女をとっかえひっかえしてたとか、風俗狂いだとか、同人活動の裏でアフターをめっちゃ楽しんでたとか、実は後輩イビって楽しんでたとか、そういったエピソードがありゃ良いのに。
ないのよねえ……。
あぁ、でも細かいのは色々有るか。
ハッキングの練習してみたり、クラッキングの練習してみたり、ピッキングの練習してみたり、友人とスリの練習してみたり……。
興味の幅が広すぎない?
なんでアーチェリーとか釣りとかまでやってるのに犯罪行為まで興味持つかな……。
「……けど、そんな人があっちでは英雄扱い……か」
ちょっと複雑な気持ちだった。
けど、その理由だけは理解できる。
自殺する気概は無いけど死にたがってる人なんて少なくない。
ただ、ためらってしまうのだ。
痛いのが嫌だ、苦しいのが嫌だ、迷惑をかけるから嫌だ、辛いのは嫌だと。
最近放送されてるけど、安楽死が合法になっていたのなら、心臓が愛想を尽かす前に自ら死んでいたかもしれない。
そんな気持ちの男が「どうせなら」と思わないとは考えられない。
冴えなかったから、後悔しかしていなかったから、俯いてばかりだから。
輝いてみたい、胸を張って何かをしたと言いたい、前を一度は見てみたい。
つまり……死んでも良いと思った結果でしかない。
文字通り『死ぬ気でやれば』をやっただけ。
その結果、アーニャちゃんが苦しんでる。
これから先も、自分を満たす為だけに『死ぬ気でやる』と言う事を繰り返さちゃいけない。
じゃあ、何が出来る?
私の管轄じゃない世界の事だから、口を挟めない。
ただ、一つだけ言えることがある。
この人は半ば狂人になっている。
5年の孤独でも、インターネット越しのやり取りはそこまで彼を追い詰めなかった。
けれども、それはただの”下地作り”でしかなかった。
失った5年を無かった事にはできない。
見た目だけ若返っても、今度はそのギャップで苦しんでいる。
孤独の中で、ネジが揺るんだり外れたりしている。
それでも、大事な部分のネジが緩まずに居たから”落差”で苦しむ事になる。
「う~ん、狂人や危険人物じゃないってだけでも良い話なのよね、きっと……」
口が達者で相手を騙す事に長けている。
あるいは、距離を縮めてからこそ発揮する”DV系”の可能性すらあった。
けれども、そういった心配は無いみたい。
だからと言って、心配じゃなくなるという事はないけど。
「──……、」
ただ、歪み方や壊れ方に関しては幾らか親近感を覚える。
酒に溺れて、溺れた中で考え事をする。
頭を抱えながら溺れ続けて、何も考えられないくらいにトプンと沈んで……眠りにつく。
お酒を入れないと寝ながら夢を見てしまうから。
お酒で思考という歯車の回転を鈍らせ、遅くし、止めることで夢を回避する。
人間らしい部分が、異状を受け入れられずに居る。
認めたくないし受け入れたくない事があるけど、現実がそうだから受け入れるしかない。
その為のクッションが、お酒。
「……飲も」
なんだか、考えていたらお酒が飲みたくなってきた。
お酒を飲んでから、布団に包まる。
面倒だから部屋には行かない。
リビングのソファーに掛け布団を持ってきて、枕も置いてそこで横になる。
眠りがこないからお酒を飲む、飲んでからまた横になる。
それを4度くらい繰り返してから、ようやく眠れそうだった。
結局、直に会ってみないと分からない。
情報だけでは決定打に欠ける、かといって放置するには不安材料が多すぎる。
人は、たとえどんな聖人君子だったとしても、力を得て堕落した後にどうなるかなんて分からない。
狡兎死して走狗烹らるという言葉があるように、別の使い方を見出してもおかしくない。
元自衛官なのだから、悪用できる知識や技術はそれなりにある。
それどころか、アーニャちゃんが分からないからって”装備一式”て括って高機動車やトラック、ダンプ、迫、対戦等も持っている。
あの世界で、あの世界の技術レベルで既存の軍隊が相手でも一時的に勝る事だって、暴力を振りまく事や破壊を撒き散らす事だって出来る。
様子を伺っているのか、それとも本当に”まだ”壊れてないのか。
「アーニャちゃん、無事だといいなあ……」
もし壊れていなくても”バカ”なせいで何度も蘇生の汚染を受け続ける可能性がある。
私に出来る事は、もし危険人物であった場合に、その危険性を説いて納得させる事。
そうでないと、上申しなきゃいけなくなる。
あるいは、彼女の世界に無理やり介入するか。
とにかく、初めて出会えた仲間を失いたくない。
同僚でも良いけど……こんなの、孤独でずっとやってたら頭がおかしくなっちゃう。
それに、やっぱり”営み”って大事だと思うの。
「テレサせんぱ~い」
ほら、来た来た。
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