第33話

 ~ ☆ ~


 英霊マリーを救った。

 その事実は、私を嫌な気分にさせた。

 それは……別に、あの英霊が私に嫌な態度をするからじゃない。

 ただ単純に、アイツが遠ざかっていくように思えてから。


 ── 英雄ヤクモを引き渡して欲しいのです ──


 それは、たまたま聞いた言葉。

 英霊ヘラ様が、父さまにいった言葉だった。

 神聖フランツ帝国は、数年前から各国に英霊を一国に集めて危機への対処能力を高めるべきだと主張しだした。

 その中には、英霊だけではなく様々な分野で高名な人も含まれている。

 優れた冒険家、対魔物の集団戦で人を率いる事に秀でているもの、領地運営に長けている人、個人の武芸において優れた者、魔法に対して造詣の深い人物……。

 少し前まで、ユニオン国を除けば神聖フランツ帝国は清貧な国だったといわれてる。

 けれども、英霊ヘラ様が召喚されてからは文字通り国を富ませ強い部隊を育てることに力を割き始めた。

 辺境伯がそっち方面に配置されたのも、その脅威を見越してからだったと思う。


 ……ヤクモが英霊に認められた、その事は嬉しい。

 けれども、なんだろう。

 それを喜べない私が居る。

 アイツが、なんだかいきなり遠くなったような──そんな気がして。

 

 違うでしょ?

 アンタは、そういう人間じゃないでしょ……?

 

 ── ノンビリしたいだけなんだけどな…… ──


 そう、活躍したのだってたまたまで……。

 アンタは、そんなヒトじゃない。

 私はまだ、召喚されたばかりのアンタを覚えてる。

 俯きがちで、塞ぎこみがちで、ずっと戸惑って困ってばかりだったアンタを。

 ちょっと変わってて、ちょっと変な事を知ってて、ちょっと違う物の見方が出来て、ちょっと私たちとは違うだけで……。

 アンタは、そんなヒトじゃ、ない。


 ── 英霊でも強弱があるのだ。なら、そんなものはヤツも同じであろう ──


 アルバートが、そんな事を言っていたとあの子が教えてくれた。

 そして、羅列した物は確かにアイツの短所だった。

 ……頑張らないと、アイツが特別なんかじゃないって認めさせないと。

 じゃないと、連れて行かれちゃう。

 そうなったら、人類の危機までの間のアイツは……今までのアイツじゃ居られない。

 誰かの為に頑張ってしまう、それを自分に強いているアイツは頑張り続けてしまう。

 そして、どちらかだ。

 うまくいくか、いかないか。

 今までのアイツは、目的は達成したけど自分については失敗してきた。

 だから、人類の危機に対して何かをしろという目的は果たすと思う。

 その代わりに……倒れるか、死ぬか。

 絶対にそれは許容したくない。

 頑張るのなら、努力するのなら”絶対に報われなければならない”のだから。


 魔物からの襲撃の時のだって、あれでいいかは分からない。

 けれども、アイツは喜んでくれた。

 だから少しは報いられたんだと思う。

 けど、今回の件は誰が報いるの?


「……クソ」

「言葉遣い」


 慌てて始めた魔法の勉強は、英霊たちの話やアイツの話を含めると更に厄介になった。

 私たちの知らない、けれども確立されている魔法の使い方がある。

 意識をする、動作で発動条件にする、詠唱をそもそも魔道書にしてしまう、それと……言葉そのものを魔法にしてしまう。

 ヘラ様が部屋から出てきたので、何の話をしていたのかを聞いた時にアイツは話をしてくれた。

 ……あの時のアイツは、やっぱり楽しそうだった。

 知らない事を知った時、或いは理解した時の子供のような笑顔。

 けど、出来ればそれに関わらせたくないと思った。

 アイツの興味を示すものは、今の所泥沼で……戦いにばかり傾倒しすぎてるから。

 そしたら、今度はもっとすごい事をしてしまうかもしれない。

 もしそれで父さまですら抗えない勢いに飲まれた時、アイツはどこかに行ってしまう。

 だから、それは嫌だ。


「コホン……。この前アイツが教えてくれたことや、二人の英霊が言ってた事を総合すると、学園で教わる事は文字通り基本・基礎でしかない事が分かった。6年生までに教わる魔法陣も、魔力で宙空に魔法陣を描くやり方も、オルバさんのやってる御札も、それら全てを混ぜて行う”詠唱短縮”も、たぶんアイツにすら負けてる」

「う、うん」

「つまり、私達は学園で行っている教育とは離れた、人づての話や経験、勘を頼りに道なき道を行く事になる。そもそも、詠唱や下準備が必要な段階を既に英霊は越している」

「……厳しいのは分かってる。けど……」

「けど、そうしたいって”アリア”は思ったんでしょ? そして……私も、それについては賛同してる。だから”ミラノ”もそうするってだけ」


 ……ええ、二人ともやってる事だから。

 また学園に戻ってからも、齟齬が生じる事はなくなる。

 けれども、学園の勉強と並行してこういった事をするとなると……。


「きっついなあ……」

「まだ始めたばかりでしょ」

「分かってるよ。それでも、私はやりたい」

「”私達”、でしょ」


 結局、根っこが同じだと反応が違っても考える事は同じなのかも知れない。

 

「これ以上、アイツに無理させちゃいけないもの」

「うん、これ以上……無理させちゃいけないもんね」


 幸い、結論が同じだったからすぐに話は纏まった。

 そして、参考になりそうな子を使うことに躊躇は無い。


「私のも、参考にはならないと思うのだけれど……」


 そう言いながらも、カティは手伝ってくれる。

 元が猫で、主人であるヤクモに因んだ知識は有っても繋がる経験が皆無だから、難しい事はわからないという。

 それでも構わない。

 ただ、少しでも前進できるのなら。


「私も、ご主人様とちょっと違うと思う。ただ、こう……自分にとって身近な物だと詠唱がいらないって感じかしら……」

「「身近な感じ?」」

「ハモらないでよ……。例えば目を閉じて、真っ暗な瞼の裏で火や炎、焔をどこまで精巧に浮かべられるか。それを瞼を開いても、目の前に存在するかのように”偽りを真実のように”扱って、それが現実になると信じて何らかの発動の為の行動を挟むの」

「……なにその『物は無いけど買った事にして、金の支払いは後にするけど商品は既に手元にある』見たいな4重矛盾」

「無いものを有ると信じる、けど信じたものを”現実にする”という事で矛盾してるよね?」

「けど、それで私は魔法を使えるようになってるもの。魔力を出して、これを物質にしてぶつける事も出来る。指を鳴らす、手を突き出す、或いは”魔法名”を口にして発動するとか」

「発動の為には何かが必要と言う事からは抜けられないんだ……」


 けど、逆を言えばそこまで”簡略化”が出来るわけだ。

 詠唱なんていらない、下準備も必要ない。

 ただ斯く在れかしと念ずるだけで、世界を自分の都合で捻じ曲げるような……。


「あのねあのね、学園での授業を聞いて詠唱文や語句に関して沢山やったと思うんだけど、あれって私は”想像力を補う為の言葉”だと思ったの」

「え?」

「えっと、詠唱ってお願い事をして、魔法と言う願いを叶える為に言葉を贈る祝詞とか言祝ぎって……教わってるんだけど」

「けどね? それだと矛盾するじゃない? 英霊の皆様はその祝詞や言祝ぎを使ってないもの」

「それは、神に祝福されたから──」

「けど、それだとご主人様は洩れる事になるじゃない? そもそも、この周辺地ではない場所から来て、神も何も信じてないのに言葉も無しに魔法を使えるんだもの」


 たし、かに。

 色々覚えてるのに、その中に歴史や英霊、使い魔や魔法が無かった。

 つまり、全く違う場所から来ている事は分かる。

 服装もそうだし、そもそも持っている物が違いすぎる。

 音楽を閉じ込めておき幾らでも流せる小箱、弓よりも速く高い威力で射抜くことが出来る”ジュウ”。

 粗雑に見えて出来の良い衣類と、様々な行動に適応する靴。

 そして、兵士として下級だったと嘯きながらも、高い教育を受けた上でそれを施せるという”質の高さ”等々々ゝ。

 少なくとも、私たちよりは魔法とは違う方向で進んだ場所に居ただろう事は想像が出来る。


 神に祈らず、求めず、頼らず……そんな人が、詠唱無しで魔法を発動できるのは英霊たちとは違う。

 たとえ何かの間違いで息を吹き返したとしても、それは”後の事”なのだから。


「……姉さま」

「──うん、ちょっと一つ思った事がある」


 神から与えられた物だから、神に祈り神に頼ることで発動する──。

 ”そもそも、それ自体が間違った教育なのでは?”

 ユニオン共和国の学生の魔法使いとしての質が低い事。

 神聖フランツ帝国の魔法使いが支援や回復に傾倒して秀でていた事。

 ヴィスコンティは攻撃魔法を筆頭に満遍なく行使できること。

 ツアル皇国は攻撃に特化している事。

 そういった事柄が、眼を曇らせていたと……そう思った。

 国ごとに魔法使いとしてどうあるべきか、その点において偏っているのだと。

 ユニオン共和国は神を信奉していない事から、神に見放されていると。


「そもそも、オルバさんの御札って、神に捧げてないと考えれば行使できないものね」

「それだけじゃないよ。魔法を魔石に封じ込めて使うというユニオン国の発想だって、冒涜的で使えないほうが正しいよね?」

「つまり、魔法には魔法の定められた規定があって──」

「歴史とは、無関係?」


 ……あんまりこんな事を言うと異教徒扱いされるから黙っていよう。

 けど、考えてみればその方がシックリ来る。

 歴史は歴史、魔法は魔法……。

 そして、神が実際に与えたのかどうかは別の話と考えれば、少しスッキリする。


「あの、お二方。質問良いかしら。なんで……いきなりこんな事を? 魔法に関してなら、ご主人様に聞いた方がもっと手っ取り早いと思うけど……」

「……ダメよ」

「うん、ダメだね」


 二人で即答する。

 すでに、考えは二人で一致しているから。


「カティ……は、アイツがなに言われたか知ってる? 英霊ヘラが、うちに寄越せ~って言ったのよ?」

「……初耳ですわ」

「でしょ? けどね、私は……それは良くないと思ってるの」

「よくない?」

「アイツはね、ノンビリしたいって零してる。けどね、その時が着たら首を突っ込んで誰かの為に行動しなきゃ気がすまない、どうしようもないバカなのよ。英雄として迎え入れられる、その結果求められるのは英雄としてのアイツであって、英雄じゃないアイツじゃないの」

「あ……」

「ノンビリなんて言ってられなくなるし、私たちみたいに”英雄じゃないアイツ”を知らない連中からしてみれば、そっちはどうでも良いの。そしたら、義務と責任だけに日々を費やして──その内駄目になると思う」

「だからね、考えたんだ。アイツが特別じゃないって、英雄なんかじゃないって思わせられれば少しでも遠ざけられるんじゃないかな~って。少なくとも私は……私達は、アイツに英雄で居てもらいたいと思ってないし」


 英雄になられると、アイツが遠くなる。

 それは、なんだか嫌だ。

 兄さまが居なくなった時のような心苦しさがある。

 けど、そうじゃない。

 私はアイツがだらしなくていいと思う。

 

 常識知らずで、変なことに拘ってて、それで何か言われて驚いて、それから指摘された事に溜息を吐いているような情けなさが良い。

 時々無理飲茶を言われて、それで困惑したり騒いだりして、それでも渋々従って、真面目に取り組むのが良い。

 それで、私達が教えられる事ならと、教えられながら独自の解釈を展開して、それで呆れられて戸惑ったり、食いつくとスラスラと色々と話し出すアイツが良い。

 それで、それで……。


 ── ほら、大丈夫か? ──


 時々で良い、頼もしければ……それで良い。

 襲撃を受けた時に見せてくれた頼もしさは、常にそうじゃなくて良い。

 だからこそ……意味があると思う。


「……私も同じ意見。だから、私達はアイツを英雄にさせない。ううん、”ただのヤクモのままにしないといけない”のよ」

「──分かりましたわ」


 そう、それに関してはカティも同意せざるを得ない。

 英雄としてのアイツは確かに立派かも知れない。

 けれども、英雄であることを求められるだけのヤクモを受け入れてしまったら、後は潰れるしかない。

 私達がそうであるように、裏と表が両方あっての”ヒト”なのだから。

 立派であろうとすればするほど、どこかで歪みや浮き沈みが発生する。

 優等生でいる事に疲れたりは、当然するもの。


「では、不肖ながらこのカティア……ご主人様の未来の為将来の為に、お二人に協力しますわ」

「……ありがとう」

「なので、お二人ともまずは冷静になって口調を”お戻しくださいませ”」


 ……口調、戻ってたかしら。

 思い出そうとしても、自分がなにを言ったのかをそこまで丁寧に思い出せない。

 あるのは主張と想いだけで、それをどう言語化したかまではくっついてこない。


「さて、それじゃあまずはお二人とも瞼を閉じて、何かしらの系統を即座に発動できるようになるところからかしら」


 さてと、やりますか……!





 ~ ☆ ~


 ヘラ様が、ヤクモさんを国に引き渡して欲しいと申し出た。

 それをあの子から聞いたのは、ヤクモさんの意識が無い時だった。

 聞けば、英霊マリー様をかつての仲間だった英霊から救ったという。

 凄いなって思う反面、私は寂しさを感じた。

 ……ヤクモさんが、なんだか少しずつ遠くに行ってしまうような気がしたから。

 学園での日常が、遠ざかっていく。

 いや、そうじゃない。

 学園での日常に、ようやく馴染み始めたヤクモさんの姿が……無くなるのだ。

 

 兄さんは帰ってきた、父も母も……少しずつだけれど、家族の形を取り戻しかけている。

 ”アリア”も、変に気負わずに済むようになってから、幾らか肩張った態度から角が取れてきた。

 そして、責任と義務から幾らか解放された事で、お屋敷でも私や家族と接するようになった。

 今までは、忌み子のように隠れていたのに、大分変わった。

 どれもこれもヤクモさんのおかげだ。

 なのに、色々やってくれたのに居なくなりそうになってる。

 しかも、本人の意思とは関係の無い、政治でそうなろうとしている。

 ……受け入れられる、わけがない。

 

「むむむ……」

「ぬ~……」


 だから、私は”アリア”の提案を受けた。

 ヤクモさんが連れて行かれそうなのは、英雄として認められたから。

 けど、私やこの子が同じかそれ以上になってしまえば”特別”ではなくなる。

 特別じゃなくなってしまえば、居なくならずに済む。

 そんな単純で、難しい話が分からないから子供じみた手段。

 ただ、後悔したくなかった。

 昔は幼すぎたから何も出来ずに兄さんを失う事になったし、傷つける事になった。

 けど、今はあの時よりも少しは色々知ってるし、魔法だって使える。

 今度は失いたくない……。

 ただ、居てくれれば……それで良い。


 けど、うまくいかない。

 なんで?

 この前は、少しうまくいったのに……。


「……じゃあ、投げかける質問があるから、頭を空っぽにして質問に集中してみて。ご主人様が……これからもずっと戦いに身を投じることになった時、自分がもし傍に居るとしたら何をしたい?」


 ……ヤクモさんが、これからも?

 それは、ちょっと……悲しいかな。

 召喚したのは偶然で、求めてるものは確かに守ってくれる事や尽くしてくれる事。

 ──けど、そんなのはもう関係ない。

 これ以上あの人に求めなくても、絶対に助けてくれる自覚がある。

 傷ついて、フラついて、疲れ果てて……。

 その時、私に出来る事は──。


 ── それじゃあ、約束が果たされる限り…… ──

 ── 俺は、二人を守るよ ──


 それはあの日の約束。

 遠い地に呼び出された、孤独なヒトが見せた弱い人間の部分。

 帰りたくても帰れなくて、頼りたくても知り合いは居なくて。

 家からも引き剥がされて、それでも強がろうとしたヒトにできること。


 ……たぶん、お帰りなさいって迎え入れてあげる事なんだと思う。

 傷ついたのなら、傷を癒してあげられればいい。

 疲れたのなら、休めるように場所を整えてあげられたらいい。

 お腹がすいたのなら、何か食べられるようにしてあげられたらいい。

 眠いのなら、安心して眠れる場所を準備してあげられたらいい。

 そして目が覚めたヤクモさんは、また戦いに行くのかも知れない。

 それでもいつの日か、戦わないで済むようになるまで……。

 一人、帰る場所も無く戦ってるわけじゃないんだよって思ってくれるのなら、それで──。


「はい、お二人とも。大きく息を吸って、吐いて……。今考えている事をそのまま維持して、瞼を開けてくださいな」

「「──……、」」


 カティアちゃんに言われて、私たちはそうした。

 すると、目の前にそれぞれの魔法があった。

 私には、水の球体が。

 ”アリア”には、焔が。

 それは……思った事が、私達それぞれ違うという事なんだと思う。

 元は同じ人間のはずなのに、考えた事はまるで違った。


「これは?」

「無意識で今の段階で出来る、お二人の”無”に連なる系統と思っていただければ結構ですわ。つまり、これはお二人の心や在り方だと思っていただければ」

「魔法占いみたいね」

「似たようなものですわ。つまり、これがお二人の最初の魔法。これを取っ掛かりに勉強して、研究して、差異を見出して、他系統に用いれば──」

「そっか、他の系統でも同じように行使できるようになる……」

「その通りですわ」

「因みに、カティの初魔法はなんだったの?」

「氷、ですわね」

「……基礎の4系統じゃ無くて、複合になると思うんだけど」

「別に、何が出てくるかは人それぞれですもの。基礎の4系統に縛らなくても良いかと」


 氷って、水と風の複合魔法だった筈だけど……。

 ううん、そもそも”無”に関して情報が少なすぎるんだ。

 だから、変な憶測や思い込みは意味が無いって考えなきゃ。

 

「ど、どう解釈や研究していけばいいの?」

「その魔法を何時でも、どんな時でも。寝起きや疲れてるときでも詠唱無しでも出せるようにするのが第一歩。その練習をしながら、その想像を他の属性でも出来るようにして二歩目かしら。そうすれば、こうやって遊ぶ事もできます」


 そう言って、カティアちゃんは瞼を閉ざして楽しそうに微笑む。

 最初は片手の人差し指を立てる、それからまるでお遊戯のように手を動かす。

 すると、火や風、氷や水、光と言った様々なものが魔法として現れる。

 それはまるで演劇の演出のようだった。

 舞う氷が炎や光を反射して幻想的に魅せ、水がそれを乱反射しながらも自身をくっきりと見せてくる。

 ……魔法で、芸術的なことをするだなんて、考えもしなかった。

 なぜなら”無駄で、無意味で、無価値”だから。

 魔力の無駄で、貴族のする事じゃなくて、魔法使いが一時の無聊の為に魔法を使うという無駄の連続。

 だけど、私は……それがとても気になった。

 気に入っただけじゃなくて、まるで本の中にしか見る事ができない光景が目の当たりに出来ているような……。


 ──そっか。

 魔法って、立派じゃなくてもいいんだ。

 それだったら、私の想いは理解できる。

 癒す、安らぎを与える、そしてお帰りなさいと言う為には心地よさを提供出来れば良い。

 そういった事を……魔法で叶えられたら……!


「と、こんな感じで魔法を扱えるようになりますわ」

「あ~……。やっぱり、主人に使い魔って似るのね」

「あら。それだとミラノ様……いえ、アリア様にご主人様が似ないと」

「に、人間だから……」


 ……もう色々と忘れがちだけど、召喚主は私だった……はず、なんだよね。

 けど、一度死んだから使い魔じゃなくなった。

 今では騎士として”ミラノ”の側仕えとして居続けている。

 それでも、主人は私なんだ。


「それじゃあ、さっきのを何度も何度も練習する所からやりましょう。幸いという言い方は嫌だけど、ご主人様は倒れてるし」

「……ん~」


 ”ミラノ”が瞼を閉じてうなってる。

 たぶんさっきの魔法を思い描こうとしているのだろう。

 私もそれに倣って、瞼を閉ざした。

 え、えっと……どうやるんだっけ?

 自分がどうありたいか、だっけ。

 むむむ……。


「──お二人とも、飲み込みが早いので私も早い内に自由になれそうですわ」

「わ」

「やった!」


 どうありたいか、それだけで私たちはそれぞれに魔法が出せる。

 私は水を、”ミラノ”は焔を。

 

「……これを研究すると出来るって、曖昧ね」

「けど、前に進んだと言えるんだから大きいよ」

「私も、最初は魔力の球体しか出せませんでしたもの。それを土台に、ご主人様の屁理屈を聞いて、授業にくっついて行ってそれを見聞きしてここにまで来られましたの」

「……ねえ、アイツの頭の中見てみたくない?」

「うん、見てみたい」

「うわぁ……」


 カティアちゃんが引くような声を漏らす。

 けどさ、見てみたくなる。

 どういう知識や思考、常識が詰まってればこんな変則的な魔法を”当たり前”のように行使できるのか。

 たしか、オルバさんとの戦いでも自爆系の魔法を使ってたみたいだし。

 なんか、こう……魔法の使い方が最初から高度なのに、使える魔法の種類が少なすぎる。

 上手い例え方ができないけど……英霊に匹敵する魔法を使えるけど、魔力回路が貧弱……みたいな?


「私達が知識を得たら、たぶん一気に色々出来るようになると思うの」

「そしたらご主人様死んじゃう!」

「けど、そうしたくなるくらい羨ましいなって思う。だって、私達は魔法が使えるという意味で、ある意味特別で、それを日々修得しながら成長してるのに、全く勉強も練習も訓練もしてないのに”なんかどっかで見た、知った、聞いた”みたいなので負けるのって悔しいと思わない?」

「……それは、わかる、けど……」

「魔法に関して創作で色々ありふれてたとか言ってたけど、その一つでも手に入ればなあ……」


 望んでも届かないものだから仕方が無い。

 けど、魔法に関する書物はそう多くない。

 学園に入る前の子供に対する指導書と、それを少し発展させたもの。

 学園を出てからも魔法に関する勉学をしたい人の為の専門書や、様々な魔法の行使方法等。

 時には冒険者のヒトが発掘した歴史の中から「こういった魔法の使い方もあったのではないか」という文献などもあるけど、そちらはアテにならない。

 魔法を神聖視しすぎて、或いは魔法使いを奇特な扱いにしたから……進歩が遅い。


「その分、他の事でご主人様よりも秀でてるんだから、それで良いのでは? それに、少しはご主人様も……戦い以外を思い出す必要があると思うの。また”もっと強くならなきゃ”ってなると思うし」

「……ありそう」

「あるかも──」


 ヤクモさんは、自分に足りない所が分かると積極的に吸収しようとする。

 それは良いと思う、少なくとも分からないままにしないという意味では私も”ミラノ”も好意的に思ってる。

 けど、それをやりすぎる。

 礼儀作法も、兄さんの演技も徹底して覚えた。

 決闘をした日からは、少しずつ訓練しだした。

 魔物の襲撃からは……本格的に、自分の知っている訓練を頭を下げて時間を貰ってするようになった。

 そんなヒトが英霊という”可能性”に触れたらどうなってしまうか?

 分かりきった物で、もっと頑張りだすだろう。

 既に英霊の二人が出入りしている事は聞いている。

 なら……色々と、聞いているに違いない。


「……お願いします、二人とも。ご主人様を、日常に戻してあげて下さい。私は、それが出来ない」

「さて、と。困ったわね、アリア。私たちも”主人”として、そこまで自信は無いのよね」

「う、うん。なんて言うのかな……。制御、できる気がしないかな」

「利口なんだけど、利口過ぎて先回りしすぎてるのよ。もしかしら最悪な事が起こるかもしれない、だから備えておきたいって。……大丈夫じゃない。そんな最悪な事はそうそう連続して起こるものじゃないし。それまでには日常に帰れるでしょ」

「今なら英霊の方が大分居るからね。ヘラ様に、マリー様、アイアス様にロビン様。英霊四人も居るのに危険って事はないだろうし」


 と言っても、日常に戻すって……どうすれば良いんだろう。

 ヤクモさんの日常って、どんなものだったかな──。

 

「アイツの日常って、どんなんだったんだろう」

「少なくとも、今とは違う筈」

「どう違うんだろう」

「どう違うんだろうね」


 結局、分からない事が多すぎる。

 けれども、ノンビリしたいということは……休んだり、寝たりしたいということだ。

 それくらいしか分からなくて、知らない事の方が多かった。

 多すぎた。


「……今度、聞いてみようと。どんな風に生きてきたのか、どんな風に一日を過ごしてたのか」

「そうね……」


 それが、たぶん本当の始まりになるんだと思う。

 主人と騎士じゃなくて、私たちとヤクモさんという個人同士の関係が。

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