第32話

 ~ ☆ ~


 軍事演習の最中生じた騒ぎ。

 何事かと思いはしたが、それを我は聞かされる事はなかった。

 だが、その内容を幾らか考察する事はできた。


 その日、ヤクモは重傷者として担ぎ込まれた。

 体調が優れないらしく、ミラノたちですらまだ面会が中々出来ないらしい。

 英霊マリーを担いで戻り、英霊ヘラの治癒を受けたという事は理解している。

 そこから導き出されるのは、英霊マリーに何かあったということだろう。

 でなければ己が状況を無視し、助けるかのように背負って戻るだなんて馬鹿な真似はせぬ筈だ。

 

 つまり……また、ヤツは何かをしでかした。

 それも、我の羨むような事を。


「せりゃぁっ!!!」


 ヤゴとかいう剣術使いと、クラインが手合わせをしているのを見ているが──。

 爺との手合わせを思い出すと”足りない”と思えてしまう。

 いや、違う。それだけじゃない。

 ヤクモとはまた違うのだが、意地悪さが感じられぬのだ。

 

 だから、ふと……焦りが生じた。

 ヤクモに師事を受けていればまだ成長できるやも知れぬと思ったが、それは”安穏に構えすぎ”ではないかと。

 

「グリム」

「ん。無理だった」

「無理?」


 グリムに何があったのかを調べさせようとしたのだが、それが無理だと即座に返答された。

 熟考するわけではないが、それでもグリムの変なクセとして考え込んでから喋りだす癖がある。

 その考え込む余地がないということは、言葉をそう必要としない事柄だと思えば分かりやすい。

 

「なぜだ?」

「……いろんなとこ、塞がれてる。普通の罠から、魔法での罠まで。それを解除するのに、別の罠が仕掛けられてたり、もしくは解除そのものが罠になってるのまである。……アルがやれっていうのなら、頑張るけど、オススメしない」

「……無理なら仕方があるまい。我如きが下手に探りを入れて二家の間柄に皹を入れるのは好ましくあるまい」

「けど、分かってる事がある。英霊マリー、しょっちゅうヤクモの部屋に行ってる。何かある」

「なにか、か」


 さて、考えてみた。

 英霊マリーがなぜそこまで入り浸るのかを。

 一つ、英霊故に心優しく見舞いをしているか、英霊で無いと分からぬ事柄が関与している。

 二つ、純粋に気がかりなだけ。これはこれでヤクモがそれに足る行為をしたのが前提となる。

 三つ、暇人同士で無聊を慰めあっている。


 考えてみた所で、どれも正解なような気がしないでもない。

 なんにせよ、ヤクモがまた何かをして、それが英霊マリーにとって有り難い事柄だったと考えれば、様子を見るにせよ気がかりにせよ、退屈にせよ入り浸る事には繋がる。


「……考えを変えるか。あの爆発源を探るほうが分かりやすいだろう」

「それならラクチン」

「爆発が起きたと言う事は、誰かが意図的に発生させた可能性が高いだろう? なら、それを防ぐにせよ受けるにせよ何らかの痕跡が発生する筈だ。それを探れ」

「ん、分かった」


 グリムにそれを言うと、すぐに行動を起こす。

 静かに、自然体に歩いてはいるがきっと人の目をかいくぐって屋敷から抜け出すのだろう。

 そして、何事も無かったかのように目的を達成し戻ってくるのだ。

 ……考えてみれば、ヤクモの事を探っていた時とやっている事は変わらぬか。


「アルバート。アナタ、廊下で何してるのよ」

「う、い……ミラノ? いや、その……だな。あ奴が倒れたと聞いて、事情は知らぬが……まあ、見に行こうと、だな」

「……あんまり押しかけるのは良くないと思う。アイツ、自覚無いだろうけど顔色が大分悪いのよ。ヘラ様が居なかったら、死んでたかもだって」

「英霊ヘラがなぜ絡む? それよりも、貴様は事情を知ってるのか?」

「知ってるけど……」


 知ってるけど、言いたくないのか?

 そう思っていたが、どうやら話してくれるようだ。

 ミラノの部屋にまで連れて行かれるが、あまり飾り立てられていないのが目立つ。

 この、なんだ……。

 もう少し色々と物が置かれていても良いのではないか?

 人形だとか、そういったものは……昔、もって居なかったか?


「今分かってる事を話すけど、もしグリム以外に漏らしたら半殺しだからね」

「はんっ……!?」

「杖に誓うわ」

「杖にまで誓うのか!? 誓ってまで半殺しにするのか!?」

「今、外に情報が漏れないように父さんが色々とやってる最中なのよ? それを迂闊に漏らすって、アルバートの父さまにまで迷惑が掛かるでしょ。軍事演習中の爆発なんだから」


 う゛……。

 そうか。

 場所が場所だから、我の親父も絡むことになるのか。

 ……クソ、もうグリムは出てしまったか?

 言わなければよかった。


 だが、それを上回る後悔がある。

 それは、名称不詳の英霊殺しが現れたという事を聞いてしまったこと。

 軍事演習に付き合うのに疲れたヤクモが森林へと立ち寄った中、その英霊殺しが英霊マリーを襲っていたという事。

 その英霊殺し自身が歴史から抹消された英雄の一人である事。

 ヤクモはその間に入り、英霊マリーを庇い……助け負傷したと。

 

 胸が震えた。

 その場に居なくて良かったと思いながら、その場に居合わせたかったという願望がある。

 英霊と人類の共闘、それに耐えうる強さか立ち回り……或いはどちらをも行使したヤクモ。

 どのように戦ったのだ?

 どのように英霊と連携したのだ?

 それは我らと相違無い範疇の事柄なのか?

 それとも我らの範疇から飛びぬけた難しさや危うさがあるのか?


 ……一つだけ言えることがある。

 クソ爺のアイアスと言う英霊を相手して心が折れかけた我は、英霊とは敵わぬ相手なのではと思った。

 だがそうではない。

 ヤクモは半ば死んだようなものではあるが、それでも証明された事がある。

 英霊とは、手の届かぬ存在ではないという事だ。

 勿論、英霊マリーの協力があってのことだろう。

 だが、それでも──届くのだ。

 

「アルバート? 大丈夫?」

「……戯けが」


 つまり、我はクソ爺を相手にして膝を屈した愚か者だ。

 そして、ヤクモは膝を屈することなく立ち向かえたという事でもある。

 今は後塵を拝する事になってはいるが、それでも追いかけることは出来る。

 ……親父よ、両兄らよ、真似できるか?

 軍事演習のとき、英霊同士を戦わせて見た時に兵士も下げて戦う事を避けた。

 英霊には英霊しか抗する事が出来ぬという認識を覆したのだ。


「英霊の間に入るとは、この世にもまだバカは居たのだな」

「──アルバート。今のは聴かなかったことにしてあげる。だけどね、聞きたくない言葉だったわ」

「そうではない! 英霊とは神に祝福を受け、人類を救った者のことであろう? 歴史を紐解こうが、魔法を紐解こうが、国を紐解こうが必ず連中に行き着く。軍事演習のときにアイアスとロビンの演武を見たが、たしかに……あれを見てなお挑むものが居るとは考えないであろうな。だが、それは……全てを連中に委ね、味方であれば正義を掲げ、敵対すれば滅びを受け入れるような愚かさの下で生きたいとは思わぬ。故に、素晴らしい馬鹿だ、立派なバカだ。英霊とて絶対ではない事を認識させられた、その上で我ら人類とて英霊の役に立てる事を証明した」

「それはっ……」

「つまり、ミラノ……。貴様も魔法において、英霊に追いつける可能性があるということの証左になるのではないか? あの爆発の下ヤクモは生き延びた……ということはだ、人間にも英霊の攻撃を凌ぐ防御すら出来るという事になるだろう?」


 それに、聞けば退けたときにトドメとなったのはヤクモの一撃だとか。

 ということは、強いには強いが肉体までもが馬鹿げたくらいに強靭ということも無いと言うことでもある。

 斬れるし刺さる、なら……殺せる。

 それは、あのクソ爺に勝つ方法もあるだろうし、逆を言えば英霊便りと言うのも良くないという事だ。

 英霊も疲れ、失敗し、傷つく。

 であれば、親父の行った”英霊が出てきた場合、兵士を引っ込める”と言うのは愚策となりうる。


「──……、」

「ど、どうしたのよ。考え込んじゃって」

「いや、軍事演習で英霊二人が戦う所を見て、少し思うところがあっただけだ。英霊とはそれだけで抗い得ぬ強い相手かと思ったが、特質を見直せば思うところもあるやも知れぬ」

「た、例えば?」

「英霊マリーは魔法に長けているのであったな? それで、ヤクモと組んだと。それは裏を返せば、魔法に関する”弱点”は克服できていないのではないか? だから、英霊に全てを委ねる在り方は間違いだと思ってな」

「あ──」


 ロビンは弓を得意とし、それでも近接戦闘もある程度は出来るような英霊だ。

 だが、軍事演習で相手をしたのはクソ爺……アイアスだ。

 槍を得意とした戦いを主体とする相手と近接戦闘は分が悪かったに違いない。

 実際、ロビンがけん制で放った矢こそ物凄い威力ではあったが、それ以降距離を詰められてからは芳しい様子を見せていなかった。

 逆を言えば、クソ爺は距離を詰めるまでは回避や魔法で囮を放つなどとせせこましかったが、距離を詰めてからは苛烈に攻め立てた。

 つまり、相性や得手不得手は英霊にもあると考えられる。


「……まあ、得手不得手があるのは英霊に限らぬか。ヤクモとて得手不得手くらいあろう」

「ある、かしらね」

「あるだろう。少なくとも今はまだ見えぬくらいでな。魔法を我らよりも行使できぬ、息切れしやすい、魔法の種類が制限されている……今思いつくだけでも、我等が勝る点とヤツの劣る点は魔法に集約されてはいるがこれだけある」


 あとは、境界線がどうなっているかが気になるが。

 誰でも助けたいという度し難いバカであれば、人質と言った類に弱い可能性もある。

 あるいは、救うべき対象が多すぎて思うように行動できなくなる事すら想像がつく。


「まあ、ヤクモと共に居る上でまた何かあれば、埋めるように何かを習得せねばなるまいな」

「それって、どういうことかしら?」

「知れた事。あの魔物の襲撃の時、我は結局ヤツの背中を追う事しか出来なかった上に、何もかも言われるがままだった。であれば、武器を問わずに戦えるようになるか、肉体的にもっと成長するか、あるいは近接戦闘でも役に立つ武芸魔法をさらに磨くしかない。同じように、あの時は敵に察知されるからと一切を封じられたミラノとかであれば、察知されずに魔法を行使する技術を習得するとかになるのだろうがな」


 だが、まあ……こんな事をスラスラ言える位には”嫉妬”しているのは事実だ。

 ヤツはまた一人で何か成し遂げたのだ。

 しかも今度は、我の知らぬ場所で、歴史に名を残す英霊を相手取って。

 

 知りたい、習得したい、もっと……”俺”も強くなりたい。

 英霊と戦った時、何を考えていた?

 英霊を相手にしていた時、魔物や人間相手とどう違った?

 英霊が相手で恐くなかったのか?


 色々と考えるべき事がで来て、ミラノの部屋から退出した。

 その後、窓の外でクラインがヤゴなる者と稽古をしているのを眺めながら、考えを組み立てる。

 軍事演習を見ていただけでも親父と両兄の戦いぶりや配下の使い方は勉強になった。

 ……今の我には親父のような指揮は出来ぬ。

 長兄のような武勇も無ければ、次兄のような魔法も使えぬ。

 だが、まだ抜け道があるはずだ。

 どこかに……。


「やほっ」

「うぉわぁっ!?」


 考え事をしていると、窓の外から覗き返されて驚く。

 それがまさかクラインだとは思わず、思い切り尻餅をついてしまった。


「ご、ごめん。そんなに驚くとは思わなくて……」

「ひ、人の眼前にいきなり近づくやつがあるか、馬鹿めが!」

「ご、ごめんってば……。なんか、凄い考え込んでたから、なにかなって気になっちゃってさ。ほら、アルバートは客人だろ? 僕はもてなす側の人だからさ、もしなにか問題があったらそれを解決できないかな~って思って」


 ……まったく、よく似た奴だ。

 きっとヤクモも、同じ立場なら同じような事を言ったのだろう。

 いや、既にやっていたか……。

 

「ヤクモだ。あ奴が倒れたと聞いて、少しばかり気を揉んでいたのだ」

「あぁ……。ゴメンね?」

「なぜ貴様が謝る、クライン。軍事演習の最中勝手にほっつき歩き、勝手に巻き込まれたのだからヤツが悪い」

「まあ、ミラノの騎士であるって事は僕にとっては無縁って訳でもないしさ。気を揉んだ分損を与えたんだから、その謝罪はしないと」


 変なところで気を使う男だな……。

 

「その前に、鍛錬で汗を流したろうに。まずは身体を解し、冷やす前に汗を拭け」

「あぁ、そうだった」


 目の前の事に集中すると周囲が見えなくなるのも似る、か。

 ……顔つきと目の色で違いが無ければ、判別出来るかどうか怪しいものだ。

 そういえば、召喚された直後はあんな顔つきだったか……ヤツも。


「……さて、すこし調べ物ひぅっ!?」


 窓を閉じて振り返ると、そこには頭からグショグショに濡れそぼったグリムが居た。

 

「グリム!?」

「……やられた」

「やられた? 誰に!?」

「ぷ~、くすくす。ざんねん」


 誰かと思えば、ロビンだった。

 ニヤニヤとわずかばかりに微笑を浮かべている。


「あ、お……」

「いま、ちょうさちゅ~。そこにはいられると、すんごいこまったことになる」

「こ、困った事?」

「そう、こまったこと」


 どうやら、グリムをやり込めたのはこの英霊ロビンのようであった。

 ……くそ、グリムとて別にそんじょそこらの連中に引けをとらぬはずだが。

 学園でも学園長以外には見つからずに行動できるグリムが、こんなにあっさり返り討ちとは思いもしなかった。


「つぎやったら、がくえんのせーせきさげる」

「それは地味に嫌なやつだな!?」

「てーしゅつしたかだい、ちょっといじくればまいにちせーせきさがる……ふふ、おもしろい」

「我は面白くないわ! グリム、中止、中止だ! 必要な情報はある程度こっちで得た、それで我慢するぞ!」

「うい……」

「おふろ、よ~いできてる。どうぞごゆっくり、ふふ……」


 もしかして、屋敷で情報を入手できないようにしているのはヤツか?

 ……弓使いというよりは、斥候のような印象があるが、その通りなのやも知れぬ。

 

「──グリム、幾らか盗んでおけ」

「言われなくても」


 そう言って、少しばかり初めてムキになったグリムの返事が返ってくるとは思わなかった。

 だが、それでこそ我の従者である。

 とは言え……

 グリムの成長方向が隠密方向で良いのか、主人として幾らか疑問に思わざるをえんが──。





 ~ ☆ ~


 さぁ~て、公爵さんともお話はしましたし、後は首都に向かうまで暇が出来ましたね~。

 迎賓待遇で馬車をお借りできる上に滞在まで許可されましたし、結構うまくやれるもんですね~。


「しっつれいしま~す」

「んぁ……あいてまふ……」


 よしよし、死に掛けたまんまですね。

 昔簡単な医学を修めた人が「血を流しすぎると人は死ぬ」と言ってましたし、結構ギリギリだったんでしょうね。

 マリーちゃんっぽい人が公爵領で見つかったという情報と、彼の情報が聞けてよかったです。


『よう、久しぶりだなヘラ』


 一瞬、何をしに来たのかと疑ってしまいましたね。

 ですが、どうやら何者かがマリーちゃんに危害を加えようとしていて、演習地そばの森に居ると聞いて来ました。

 そしたら、本当に誰かに襲われてるじゃありませんか。

 しかも……意図せず、ヤクモさんの名声を高める事になりました。

 マリーちゃんと組んだとは言え、トドメを持っていったのですから箔がついた事は間違い無しですね。

 少なくとも、神聖フランツ帝国で異を唱えられる事は減ったでしょう。


「どうも~、いつもニコニコ貴方のお傍に這い寄る英霊、ヘラですよ~」

「混沌じゃないだけ助かるなぁ……」


 ふふ、ノリの良い人は嫌いじゃないですよ?

 ですが、なんでしょうねこのお部屋。

 もう既にマリーちゃんの匂いが大分残ってますね。

 もう、私がこっちに来るまで十分楽しんだじゃないですか。

 少しくらい私が楽しんでもバチは当たらない筈です。


「どうですか? お加減の方は」

「死ぬ、死にそう、死にたい……」

「ふんふん。つまり、最悪! ってやつですね」

「なので、お相手出来かねると言いますか。これって、英霊侮辱罪とかそんなんあったりしないですかね?」

「あったら死刑ですね~、残念ながら」

「って事は、無いんですね……」

「はい~」


 ……う~ん、しかし。

 死に掛けでもこれ位の応対はしてくれるんですねえ。

 もうちょっと「無理ぃ……」って感じが見てみたかったのですが。


「傷口等はどうでしょう?」

「起きれないから見れません、脱げません」

「じゃあ、私がスッポンポンにしてみてあげましょうか?」

「生まれたままの姿になっちゃう!? げほっ!?」


 あ、喀血。

 やっぱり、外面的な傷は治せても内部的な傷まではうまく癒せませんねえ……。

 そういったのは、薬草だとか薬の知識に頼るしかないのがもどかしいです。

 私はそういった知識は有りませんし、そういった事に詳しい方も早世しちゃいましたから。

 やっぱり、うまい事治りませんねぇ……。


「血とかも再生出来る魔法があれば良いのですが」

「それは、望みすぎ……。うぇっ、口の中血だらけだ」

「ゆすぎます?」

「いや、良い。飲んだら、出た分取り込めそうだし」


 そう言って唾と血を飲み込むヤクモさん。

 それで血が再生するのなら、世の中吸血鬼さんだらけになると思います。


「こう、専門的な知識が有れば、輸血とか……出来るんだけどなあ」

「ゆけつ?」

「条件が厳しいんだけど、血を他人から少し分けてもらう事で血を出しすぎた人を死なせないようにしたり、或いは足りない分を補うとか……出来るんだよ」

「ほえ~、そんなのあるんですねえ」

「専門的な知識がいる事だから出来ないけどさ……」


 そう言って、ヤクモさんは辛そうにベッドに倒れこみます。

 それを見ていると、なんだか……満たされます≪嫌だなって思います≫。

 ほら、頼ってくださいよ。

 出来る事は何でもしますよ?

 

「なんか、そわそわしてません?」

「そりゃ、少しでも恩返しが出来そうですし。私にとってマリー……は、唯一の身内だから」


 うん、マリーが私の最後の家族。

 仲間よりも大事な、私の家族。


「私は、それこそ何でもして良いって……思っちゃったりしてます」


 ─√wそう、なんでもしちゃいますよ。


「……そう、だな。どうせ暇だし、一つ……聞きたい事があるんだ」

「なんなりとですよ」

「魔法の”無”って……なんなんだ? あれだけ、未だに理解しかねてるんだけど。後学の為に、知っておきたいんだ」

「もしかして、子守唄代わりにしようと思って居たりしません?」

「結果的にはそうなるかも知れないけど。考え事をして、疲れて、泥のように眠れるのならそれで良いかなって」


 ふむん、倒れても勤勉さんですね。

 ですが、それが要望ならこの奉仕をしてきて何十年。

 聖職者もどきのヘラさんが求められた事に答えようじゃありませんか!


「”無”ってのは、結局私たちの代から理解の仕切れてない物のままなんですよ」

「ありゃ……」

「ただ、詠唱を完全に棄てる事が出来るという事実は知っています。マリーちゃんのように魔道書を作ったり、お札に模様を書き込んだり、魔方陣や魔力陣等も無しに”世界に自分の意志を捻じ込む能力”と思っています」


 事実のみで語る事は簡単ですね。

 憶測も推測を挟まない、実際にそういった魔法の行使が出来る上級者がいるのですから。


「英霊は……」

「全員が”無”を使えるわけじゃありませんし、似通ったものだとしてもそれぞれ特色が出ちゃってるんですよ。例えばアイアスくんは槍を使っている時に限定されますが、攻勢魔法を攻撃に纏わせる事が出来ます。タケルくんは”居合い”という抜刀系の攻撃の時に。マリーちゃんは追い詰められた時に、咄嗟にビックリナイフならぬビックリ魔法が出ます」


 とまあ、全員が見事にバラバラなんですよね~。

 けれども、一つだけ全員の共通点があるとすれば──。


「たぶん、それぞれの特色……自分にとって身近な事柄で”無”に結びついてるんだと思います。憶測ですけどね」

「……武芸家は武器に依存して、魔法使いは……なんだ?」

「精神や性格に依存する、だと見てますね~」


 マリーちゃんは臆病ですから。

 攻撃的になる事で自分を守ろうとしますが、それ以上に追い詰められた時に発揮します。

 それはグヘヘ……って暴漢さんがいたいけな女性に近寄った時に、突き飛ばす感覚に似てますかね~。

 まあ、その時に発動する魔法は味方ですらビックリするくらいの大惨事具合を引き起こしますが。


「そもそも”無”ってのは才能に依存するのか?」

「さあ、どうでしょうねえ。ですが、基礎の4系統ですら訓練と研鑽で5段階評価の内最低から最上にまで到達できるのですし、聖と闇でさえも同じなので”無”も同じだろうと思ってます」

「けど、4系統や上位2系統と違って”無”は教える物じゃないから──はぁ──鍛えるにしてもその手段や方法が確立されて無いと」

「そういうことです。いや~、頭の固い人と違って話がしやすくていいですね~。ヤクモさん以外はこういうお話をすると才能だ~、生まれつきだ~、遺伝だ~って話。面白いですよね? 歴史が改竄されるのって、こういったところから始まるんでしょうね」

「そりゃ、歴史を自分たちに有利に書き換える連中なんてどこにでもいるだろ……。宗教、国家、技術者、家系、血筋……」


 その通りなんですけどね。

 英霊の子孫であるという事が、いつの間にかヴィスコンティで言う貴族のみになっているように。

 自分の正当性を補強する為に、歴史の方が都合よく捻じ曲がる。

 いつの間にか民草は魔法が使えないのだと思い込んで魔法を忘れ、その教育から弾かれた。

 貴族は、人類を守る盾だと言う事を忘れ都合よく強者として横暴に振舞い始めた。

 東西南北をそれぞれに拠点として出来た国が、歩みを別にしている。

 結局、人間なんてこんなものなんですかね……。

 

「……話逸らしちまったな、悪い」

「いえいえ。えっとですね。ですから、もしかしたら魔法を使える方の中には”無”を無意識に扱っている人も居るかもしれないんですよ。ただ、ガッチガチな固定観念が『それは適合しない』として、取り合ってくれない、認めてくれないって話が大半でしょうが」

「ふむ、ふむ……」

「で、私の見聞きした中で最上の”無”って、文字通り”自分の望む事を具現化し、世界を捻じ曲げる力”を持っている事だと思うんです。何を持っていても居なくても、状況問わず人を問わずに”世界にそう在れ”と思うだけで、その通りに魔法を発動できちゃう人」

「居たのか?」

「一人だけ。その人は最前線で常に戦い続けました。剣を振るい、槍を振るい、弓を放ち、ナイフを振るい……。相手の距離を問わず、自分がどれだけ疲れていようが関係無しに魔法を何の準備や予備動作も無しに次々発動していくんです。傷ついた瞬間に仲間の傷が癒され、敵の群れに飛び込んでなぎ払う等と言った……秀でた事をしていましたね」


 思い返せば、どれだけ私たちの中で飛びぬけた活躍をしていたことか。

 英霊とはいっても、ゴーレムには槍が通らない、敵が多いと技術でカバーできないなどと皆さん短所がありました。

 しかし、あの方にそんなものはありませんでした。

 敵の武器を利用する事もありましたし、相手が固かろうが多かろうが関係無しに戦果を挙げ続けました。

 マリーちゃんのように一発で軍勢を蹴散らすと言う事を除けば、あの人が一番貢献したと思います。

 

「──……、」

「言ってしまえば、ヤクモさんにも可能性があるというわけです」

「いや、俺は……。まず、魔力回路を鍛えないと。魔法を殆ど使った事が無いから、すぐに息切れするんだ」

「それは気長にやるしかないですよ。けど、魔力って使えば使うほど、枯渇させれば枯渇させるほど揺り戻しで器が大きくなるんです。昨日一回しか使えなかった大規模魔法が明日には二発。明後日は三発みたいな感じで、使えば鍛えられるので回路と一緒に意識しておくと良いですよ~」

「にゃるほろ……」


 ……あんまり、構える必要は無かったですかね。

 こうやって普通に足りないものを満たす感じで話すほうが、なんだか自然な感じがします。


「昔の私も、魔法を連続行使だとか、範囲魔法とかを使うだけでヘトヘトになってましたから、頑張れば上達するんですよ」

「なるほど、生き証人って訳だ。……死に証人?」

「あはは、どちらでも同じようなものですよ。死んだ人でもありますし、今こうやって生きているともいえるわけですから」

「──だな」


 ありゃ、なんか微妙な顔をしちゃいましたね~?

 ん~、個人的な背景は分からないですからねえ……。

 知りたくは、ありますが──。


「……ヘラって、魔法はどう使うんだ?」

「私ですか? そ~ですね~。杖を使って、言葉を使うんですよ」

「言葉?」

「ええ、そうです。じゃあ、試しにやってみますか」


 トンと、背丈ほどある杖の先端を床に突きます。

 それから、少しだけ考え込みます。


「『ヤクモさんヤクモさん、そちらに焔が見えますよ』」

「え?」

「『それもちょっと大きなくらい。あるいは貴方を飲み込むくらい。放っておくと屋敷が火事になるかもですね』」


 トントンと、何度か床を突きます。

 そしてヤクモさんが私を見ている事で、見えていなかった視界の方へと目線をやります。

 すると、大きな焔が立ち上がります。


「おわぶばべっ!?」


 あまりにも驚きすぎたのか、体調を無視して回避し始めます。

 転げ落ち、それでも頭を庇う為に受身で転がってきます。

 その先には私が居て、巻き込まれる形になっちゃいました。


「とと……『落ち着いて、深呼吸深呼吸』」

「うっ……」


 ……精神操作に対する耐性は、ほぼ無いみたいですね。

 いえ、それだけ信じてるという可能性もありますか。

 洗脳とかは出来ませんが、誘導になるような事柄なら出来ますしね~。


「い、今のは?」

「詠唱していたの気づきました?」

「い、いや。全然……」

「言葉自体に魔力を乗せて、会話自体を詠唱ににするという事もできるんですよ~」

「な、なるほろ……」


 しかしですね~。

 これは見る人が見たら誤解されそうな光景ですね~。

 

「ヤクモさん? 私としてはこのままでも良いのですが、これはちょっと誤解を招きそうな光景だとは思いませんかね~?」

「ふんぬらばっ!」


 意地ですかね? 或いは矜持?

 無理やり身体を捻って私に圧し掛かる体勢から床に仰向けに転がる事を選びました。

 その際に机の脚の部分で後頭部をゴリィ! とやって、まあ痛そうでしたね。


「ひんっ……」

「っと、言葉騙しという方法ですね。前に一度使っているのを見て、それを私なら使えるかな~って。自己防衛用の手段になりましたが、詠唱らしい詠唱じゃないので生きながらえる事に大分手伝ってくれました」

「……なるほど、”言霊”みたいなやりかたか」

「とと、気づくのが早いですね。ただ、ちょっと違うんですよねとだけ言わせてくださいね? ”コトダマ”だと”命令”で済むんですよ。けど、私のは相手の意識に働きかけるものですし。さっきのだって、ヤクモさんが振り返らなかったら発動しないというものでしたし」


 ── 膝を突け、頭を垂れろ ──


 あれはたぶん最初で最後だったと思います。

 それでもコトダマ法というやり方は、影響力が無いと使えないんですよね。

 相手との関係、或いは相手の認識、もしくは地位や身分、立場、功績、周囲の感情……。

 色々絡んだ複雑なものだと、あの方は仰ってましたかね。


「さて、と。身体を冷やしたら怒られちゃいますし、また休んでくださいね」

「……マジか」


 寝転がるヤクモさんをゆっくりと抱きかかえます。

 成人男性近くはある体重ですが、この肉体では軽く感じます。

 なんならジャグリングだって出来そうです。

 天上に突き刺さってしまいそうですが。


「いや~、お姫様抱っこですね~」

「性別逆ッ……!」

「あはは。でも、こういうのも良いんじゃありませんか? 英雄といわれた人が、子供のように抱っこされてるってのも面白いですし」

「英霊に敵うかよ……くそぅ」


 ふふ、可愛いものですねえ……。

 けれども、その言葉も態度も私は好きです。

 英霊には敵わないと知っている、けれども英霊の背を追わずにはいられないその在り方が。

 ……アイアスくんにそれとなく吹き込んでおきましょう。

 彼は、絶対に”追いついてくれる”と。


「さてさて、それではそろそろ退散いたしますか。これ以上はお身体に障るでしょうし」

「あ~、また……」

「ふふ、また──ですね」


 そう言いながら、”また”と言える相手が久しぶりに出来たなと思いました。


 ─√w前は、居たんだけどな……そういう人。

 ─√wけど、そういう人ほど先に逝ってしまう。

 ─√wあるいは、何も言わずにいってしまう。

 ─√w私は、最初の喪失を忘れない。

 ─√w空っぽの部屋の中、付き人に逃げられたあの日を。

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