第30話
~ ☆ ~
クク……いやいや。
今日という日を待ちわびたものだ。
娘に複雑な理由が有るとは言え、その手段が縁談とは心穏やかで居られるわけが無い。
「え゛……。わざわざ、そんな事の為に私を使ったの?」
「そんな事、だと?」
「……いえ、失言だったわ」
英霊とは言え、今を生きる父親としてわが子を思う事に疑を挟むのは頂けない。
そして、そのことを彼女は謝罪をした。
当たり前だろう。
父と子の関係には、たとえ英霊殿であろうとも口を挟んでもらいたくないね。
「……英霊が、子供の為にパシられるだなんて」
「平和的で良いだろう?」
「てっきり、なんか野心でもあるのかと……」
「野心……か。無いといえば嘘にはなるが、それは野心というよりはただの願望だよ」
「願望、ね……」
それは、かつて存在していたライラント公爵家のしようとしていた事を、私が乗っ取って利用するだけに過ぎない。
かつての遺物……魔道具とも言うのだろうが。
それが何であろうと複製し、死体であろうと死の直前から蘇らせる事が出来る。
その成功例は……既に存在する。
デルブルグ公爵家に存在しなかった三人目の子……それが、成功例だ。
ただ、複製元の少女は無系統を失い、体調を崩したという。
細かい事は分からないが、同じように無系統の子を連れてくればいい。
そうすれば、妻は蘇る……。
娘に、寂しい思いをさせる事も無くなる。
なぜ、神は彼女に困難を与えたのか。
色が分からない、母が居ない、そして私は公爵によって言いように使われ家を空けることも少なくない。
母の代わりを務めるかのように家事の多くを覚えたが、それを他家は嘲笑する。
貴族らしくないというのだ、だからどうした?
私は、娘の為になら鬼にでもなる。
たとえ公爵と袂を別とうとも、その結果私が死のうとも関係ない。
母が居ない事を寂しがっていた事を隠せているとでも思ったのかね?
そんな訳があるまい。
父がそれを知らぬとでも?
「……もう一度確認するけど、目標は……長兄でいいのね」
「君が言ったのだろう、マリー。長兄のクラインは息抜きに街へと降りてくると。それとも、それは偽りだったのかな?」
「いえ、偽りは無いわ」
「ならば、事を荒立てずに済む。それに……確認したい事も有る」
「確認したい事?」
「知れた事……」
マリーが唾を飲み込む音が聞こえた。
ふふ、恐れているな……?
だが、これは当初より決まっていた事だ。
「帰省について来ただろうヤクモについて、洗いざらい吐いてもらう」
「──何のために?」
「知れた事。人は幾らでも偽りを吐ける。一時勇敢になる事もあれば、一時慈悲を見せる時も有る。娘が相手をする人物を少しでも多くの角度から知るのは大事な事に違いあるまい」
「……頭痛くなってきた」
英霊に理解が及ばないとは、それぞまさに恐悦至極。
褒め言葉として受け取っておこう。
さて、マリーの言うとおりに彼は一人の少女と共に出歩いていた。
マリーとはべつに放っていた情報収集のための連中が言っていた事と相違無い。
速やかにお引取り願い、そして彼を連れ出す事にも成功した。
だが、想定外というものはあるというものだ。
上質な宿で休ませている筈のあの子が、まさかここにまで来るだなんて。
……きっとあれだろう、一緒に連れて来た白虎が私のことを探し当てたのだろう。
ほんとに……娘思いのいい子だ。
仕方が無い、娘が居る手前話を進めることはできない。
だから、仕方が無いと場を開ける。
……マリーはどうやら厄介になりそうだと姿を消していた。
状況判断能力が高いのは英霊ゆえか。
彼女が居たら厄介な事になっていたのは間違い無いだろう。
しかしだ、娘を挟んだ事で視的情報は増えた。
「その、──ヤクモという人の、どこに惹かれたのかな?」
……偽装だとは知らないのだろう、哀れな。
しかし、それを聞かされている父としては心穏やかではいられない。
娘の口から得体の知れぬ輩の事が出てくると、それだけで気になる。
あぁ、別に殺したいとかそういうものではない。
ただ単に『見合う男なのか』という点で気になるのだ。
……ふむ、そういえば平民でありながらその功績で騎士になったのは小耳に挟んだな。
あとはその活躍ぶりくらいか。
ヴァレリオ家の三男と少しばかり衝突をして、勝ちを拾いそうになったということくらいも聞いている。
認めよう、強さや幾らかの勇猛さでは足りているようだ。
だが、そういった話を聞いて心健やかで居られないのは私だけではないようだ。
「ふむ」
公爵家長兄の表情が、幾らか濁るのが見えた。
聞いているのが苦痛なのだろうか?
いや、これはそうではないな……。
『ヤクモ様!?』
……ふむ、娘のあの反応を思い返すに、騙しているのは私達だけではないという可能性も有るか。
あるいは、かつてとは違う人柄にでもなったのかな? クライン殿。
クライン殿というのが偽りか?
或いは久々に戻ってきたら双子の姉妹殿の傍に自分とよく似た男が居て嫉妬したか?
これはこれで中身が偽りであれば個人的に使える材料になるかも知れない。
せいぜい利用させてもらうとしよう。
彼との邂逅が済み、宿へと戻る。
実際に公爵家に入るには数日掛かるだろうが、それでも収穫はあったと言えるだろう。
だが、マリーよ。散々飲み食いしておきながらその後姿も見せないとはどういうことだろうか?
まあ、良いだろう。
魔力だけで済むと、秘匿の為に飲食すらさせなかった私が悪いのだ。
これくらいなら、安い。
「マーガレット、勝手に出歩くのは感心しないな」
「ワンちゃんが付き添ってくれたんです。父様が中々戻ってこないねってお話をしていたら、こちらまで」
「……そうか」
その心意気は素晴らしい。
後で何かしら褒美をやらねばなるまい。
「身体は冷やしていないかな?」
「もう、父様。大丈夫ですから……」
「そうはいかない。亡き妻に顔向けできない事はしたくないのだ。私は男性であるから、なおさら華奢な女性の事は分からない。過剰だとしても、許して欲しい」
「……有難う御座います、父様」
部屋についてから、少しばかり落ち着くために時間を割く。
なにせ、荷物を運び込んだだけでしかないのだ。
来訪を打診してはいたが、実際に赴けるようになるのは少しばかり時期が悪かったようだ。
急に軍事演習を行う事になったらしく、その間は屋敷に入る事は叶わないだろう。
「はからずとも長兄に会う事となったが、どうだったかな?」
「──優しい人だと、そう思いました。私の事を聞いても、変な態度も顔もしませんでしたから」
していたなら、無事では済んでいないだろう。
それはさておいたとしても、特に気にしていた様子は見せなかった。
憐憫や同情といった色は少しばかり見せたけれども、それよりも「周囲を良く見ているんだ」と言ってくれたことの方が加点に値する。
そういった機微が分からない頃は大変だった事を思い出す。
悪魔や奇人、変人を見るかのような目をされるか、本当の意味で『哀れまれる』か。
勿論、当事のそういった連中は既に居ないが。
「仲良く出来そうかな?」
「少なくとも、恐そうな人じゃなかったですから」
それだけでも十分だろうとも。
公爵家であると言う事を意識させない、自分と相手をある種の対等に思わせるという意味では優れている。
娘が変に遜ったりする様子を見せなかったのは、それが大きいだろう。
他の貴族連中が居たのなら、口やかましく囀られただろうが。
「……どうにかならないか、私の方から明日にでも頼んでみよう」
「ダメですよ、父様。公爵様はご予定があって私たちを受け入れられないのを教えてくださいましたし、私達が出立した時には既に決まっていた事なんですから」
「そう言ってもらえると父としてはありがたい限りだ」
「それに、父様はお忙しい時が多かったですから、こうして数日の間一緒にいられるだけでも私は幸せです」
「──では、明日は少しばかりこの周辺を出歩いてみようか。大分昔にはなるが、家の付き合いでこの周辺を彼自ら案内してくれた事が有る。花が咲き誇る平原や、ちょっとした釣りが出来る場所も行けるがね」
「お花……」
……色は分からずとも、一般的な子女の感性は持っているようだ。
その事を感謝しながらも、花に興味を示した事を嬉しく思う。
屋敷でも自ら花の様子を見たりもしている。
この光景を、妻に見せたかったものだ……。
「あの、父様……」
「なんだい? 娘よ」
「その、宜しければ……なんですが。お花畑を、見に行きたいです」
「勿論、乞われればそうするとも。では、後でその準備をしておこうか」
「有難う御座います!」
……素直でよい子だ。
私とは違う、どこまでもねじくれ曲がった人物にならなくて良かった。
だからこそ、沁みの一つも無い花のような娘だからこそ、可憐に咲いて欲しい。
妻がそうだったように、娘にもそうあって欲しい。
私は、公爵のような聖人君子のような人格をしていない。
綺麗事を口にした数よりも、相手をやり込めて掠め取ったものの方が多いのだから。
~ ☆ ~
くふ、くっふっふ……。
ようやく、お返事が来たみたいです。
今まで何度ものらりくらりとかわされて来ましたが、今回はクリティカルです!
「さてさて、ヴィスコンティへと外交のお仕事が出来ますね~」
「ああ。これで英霊の力を結集させる事が出来る……そうだったな」
「ええ、そうですよん。それだけじゃないです。私の言ったとおり、学園で英雄が誕生したのもあります」
「──まったく、ヘラ様には未来でも見えてるのか。確かに、ヤクモという男だった」
「ヤハウェ、クロムウェル、モンテリオールの名を一つずつ冠する方と言うのも、大言壮語では無かったでしょう?」
魔法使いの卵が集う学園に魔物がくると言う事を、私は予想していました。
そして、その際に”英雄”が誕生する事も。
既に現地の教会を通じてその報告は入っています。
民への無償の救助を行った。
救助された数は”南北併せて”130を越える。
召喚した主人だけでなくその学友まで自己犠牲で救った。
それだけでなく、髪の寵愛にて息を吹き返した事も全て知ってるんですよ?
「で、で。外交、行っちゃってもいいですよね?」
「ヘラ様の好きなように。それで、どのように?」
「ん~、今回は歩きで行ってみます。久しぶりですし、肌で多くを感じて見聞きしていきたいですから」
「御随意に」
そう言って、私は神聖フランツ帝国を出ました。
勿論、その道中にある国の町や村に立ち寄りながら。
皆さん、笑顔で迎え入れてくれます。
聞けば作物は私が来てから不作は一度も無く、食べるのに困った年は一度もないと。
魔物の被害が多かった土地も、大規模な掃討をしたおかげで自警団や傭兵に頼るだけで済むと。
満たされているから活気付いているのだと、それを見て感じました。
誰もが笑顔で、感謝していると。
それを見て、私は自分のしてきた事が間違いなんかじゃないと思えた。
ただ、それは国をまたぐまで。
ヴィスコンティに入ると、私の手が入っていない村や町があります。
魔物の被害、人手不足から来る農作業への不足や被害。
結果として貧しくなっていて、辛うじて生きているような……そんな場所。
「……希望を棄てないで下さい。諦めずに続けていれば、神様は必ず貴方がたの努力を認めてくださいます」
福音を齎しながら、少しでも心の支えになって欲しいと言葉を尽くす。
それは……昔もそうだったっけなあ──。
今着ている聖職者のような格好も、ただ”そうした方がウケが良いから”という理由からだ。
私は、実際の所聖職者でもなんでもない。
ただ妹は妹なりに戦ってて、アイアスくんやロビンちゃんも戦ってて、タケルくんやファムちゃんも戦ってて。
私は……後ろにいるだけのことの方が多かった。
魔法が来る時だけ結界を張ったりして、殆どが負傷者の手当てばかりだった。
辛かった、苦しかった。
けど、それ以上に皆も苦しかった。
アイアスくんやタケルくんは、一番最初のころは目の前で救えたかもしれない仲間や戦友の事で泣いたり沈んだり怒ったりする事もあったくらい。
だけど……全員が、死に慣れた。
最終的に、数千人が数百人に、数百人が数十人にまで減った。
文字通り、最後の戦いは”人類の最期”の戦いだったんだから。
「……皆に、会いたいなあ」
タケルくんとファムちゃん、ヴァイスさんが召喚されたのは聞いている。
ツアル皇国にタケルくんとファムちゃんが、ユニオン国……今は共和国だっけ?
とにかく、そこにヴァイスさんがいる。
あとは、学園にマスクウェルさんくらいか。
聞きはするけど、実際に召喚されてから会った事は無い。
寂しいなあ、寂しいねえ……。
心がどす黒くなるような、そんな感じがした。
……そんなのは、遠い昔からだったけど。
妹のマリーは、いつまでも塞ぎ込んでいない強い子だった。
両親の死と家が潰れたのにも、立ち直って戦い続けた。
私は攻撃が苦手だから、その分沢山の魔物を蹴散らして、潰して、焦がして、砕いて、貫いて……。
羨ましかった。
仲間の筈なのに、私だけ戦ってない。
それで、何も無ければ戦いがあったとしても私は呼ばれない時もあった。
戦いに関与できないから、運び込まれる負傷者の相手をするしかなかった。
それが大事だとは、わかっては居たんだけどね。
『──が、後ろにいてくれることで自分たちは安心して前を向いて戦えるんだ』
そういえば、そんな事を言ってくれてましたね。
”あの人”は、もう消滅してしまいましたが。
私が仲間じゃないんじゃないかと思い悩んでいた時、そっと支えてくれましたっけね。
『戦いにかかりきりの時、後ろで支えてくれる人が居ないと倒れたらそのまま死ぬしかない。けど、魔法を防いで、倒れた人を出来る限り搬出して回復を施してくれる。それだけで、自分らは大分助けられてる。勿論、死なずに済んだ人も、直接助けられてる』
……うん、私は、仲間──。
その筈、その筈なんだ。
だから、今度は私なりに人類の危機に立ち向かってみようと思うんだ。
英霊を分散させるんじゃなくて、終結させて。
英霊だけじゃなくて、有名な人も集めて強い国を作る。
そこから……魔物への対抗手段を育てていく。
そうしたら、私も立派な仲間になれる──はずです!
「違う。違う違う違う違う……」
おかしい、なんだろう?
私はこんなイヤな子だったっけ?
そうじゃない。
なにか、食い違ってる気がする。
人類の為ってのは、間違いじゃない筈。
だけど、認められたい為……?
そうじゃなかった筈、なんだけど……。
「ま、いっか♪」
良いじゃないですか、やる事は同じなんですし。
ただ、別の意味や意図が有ったところで誰も気にしませんよ♪
それに、公爵家の領地で特徴的な人物の発見報告もありましたことですし。
公爵家ヅテで今回は寄り道しちゃいましょう。
「やぁ~だな~。マリーちゃん。居るなら教えてくれればいいのに~……」
ふふ、くふふ……。
マリーちゃんも既に居るだなんて思わなかった。
しかも、場所が公爵家の領地とか、狙ってるよね?
絶対、一人で楽しもうとしてたんだ。
お姉ちゃん、それくらい分かっちゃうんだぞ?
「さて、愛しい愛しい妹の顔も見に行く為に、ちょっと筋道を変える必要がありますね」
英霊の立場は便利ですねえ。
神聖フランツ帝国と接しているだけあって、ヴィスコンティでも大分発言力はありますし。
逆にユニオン共和国ではそこまで重視されてないですし。
ツアル皇国では”陛下”よりは下とされていますし。
まあ、時代が時代なんですかね。
けど、そうですね……。
英雄となったヤクモさんが居るとして、私はそろそろ手を打たないといけないですね。
英霊は集める、名高い人物を集結させる。
そのどちらをも行って人類の危機に対処しなきゃいけないのが、英霊の辛い所って奴です。
「……ふふ、ヤクモさん。ヤクモさん、か」
人の為に己を犠牲にすることを厭わない。
誰かの為に戦う事を是とする。
見返りは求めず、誇示することもなく、ただただ人を導く。
「こういう、こういう人を……私は待ってたんです!」
結局、他国から来てもらった人の中にはそういった”滅私奉公”といったような方は居ませんでした。
金、あるいは活躍に見合った身分や地位、そうでなくとも功績をやたら鼻にかける方が多いですから。
帰省した学生さん等にも話を聞いたところ、相違無いようです。
文字通りの”英雄”を、私は見つけました。
結局、何か見返りがないと頑張れない人は、裏切る可能性がありますから。
助命をほのかされて裏切る人が居た。
金を積まれて裏切る人が居た。
供給されていたものが途絶えた瞬間に見限った人が居た。
そうやって、私たちの国は人間同士の醜い足の引っ張り合いで滅びましたから。
「──けど、ちょっと箔が足りないですかね」
結局の所、今はまだ学園という中立地帯で魔物の侵攻を塞き止めたわけでもなく、ただ主人や民間の人を救っただけでしかないですし。
自国の人を説得するにしても、少し物足りないというか……。
「……足りないなら、増やせばいいですよね」
ええ、簡単な話ですね。
では、どういった話が受け入れられやすいかを考えてみれば、こういったのは英雄譚などから引用できる事柄が多いです。
例えば、人間には太刀打ちできないほどの脅威を単独で撃破するとか。
あるいは、何の因果も因縁も無い人々を守るとか。
行きずりの中、困っている人を助けるとか。
……なんら難しい話ではないですね。
では、少し下準備をしましょうか?
間に誰かを立てて、お金をチラつかせて落ち人を使えば簡単に幾らかの事柄は出来ますね。
あるいは、私自身を餌にして身代金をせびる事が出来るというやり方も仕込めますし。
……あとは、大きな被害があれば活躍は更に映える……ですね。
では、ヴィスコンティから此方へ来る時には船を利用して、その船を沈めましょう。
被害が大きければ、それを覆い隠すように誰かの活躍が喧伝されやすい……。
昔、傍仕えの騎士がそんな事を言ってましたね。
では、それをそのまま用いることにします。
ただの地域英雄のヤクモさんが、本当の英雄に少しでも近づけるために。
「英雄を育てる……」
それは、なんだかとても楽しい気がします。
自分で全てをこなしたつもりで、乗り切ったつもりで……実は仕組まれたものでしかなかったと。
それを知った時の顔とか、絶対に──。
「違う。違うよ……」
頭を振る、そうじゃない。
おかしい、思考がぐちゃぐちゃになってる。
違うよ、変だよ……。
ヤクモさんが居てくれたら、確かに頼もしいかも知れない。
英霊に縋りきった世界、英霊さえ居れば何とかなると思っている人類。
そこに風穴を開けないと、私たちの存在がかえって首を絞めることになる。
なんだろう、最近の私……変だ。
やりたい事が、変なところで捻じ曲がってる感じ。
願望や望みが、欲で上塗りされていくような──。
けど、そう思っている自分が居るのを否定できない。
「頭、っが……」
頭が痛い。
自分の中で、私じゃない誰かが居るみたいな……。
私が自分で考えて、私がどうしたいかを考えても、それが上澄みだけ掬い取られて別物にされている。
それとも、私は……そうしたいのかな。
……ヤクモさんがもっと立派になってくれたら、と言う考えは有る。
けれども、そんな……私欲に塗れた考えじゃなかった筈。
どうしてだっけ? どうして……。
「……洗脳とか催眠とか、自分だけじゃ……」
その可能性は、薄々感じていた。
けれども、こうやって自分と自分じゃないのが交互に来ているのか、混ざっているのかで対処が違う。
それに、自分に魔法をかけるのと、他人にかけるのとじゃ……違う。
──……、
「──今日は疲れましたね。けど、こうやって歩くのは懐かしい気がします」
まだ中心人物になる前は、各地を転々として遊撃をするような事もありましたしね。
そういったとき、アイアスくんやマリーちゃんと歩いて移動をする事も珍しくありませんでした。
旅の仕方なんて知らなくて、移動するだけでも辛かった記憶があります。
地図の”見方”と言うのを知らなくて、どれくらいの飲食が必要なのかも知らなくて……。
ロビンさんにお金関係は任せたままでしたっけ。
それから、傭兵さんが加わって……。
あの人は、旅の仕方を知っていたから凄く助かって……。
ふふ、アイアスくんがそれで嫉妬してましたっけ。
自分の方がもっと役に立つと、金で雇われた奴に任せなくてもなんてブツブツと。
それが、最後にはちゃんと仲良くなれたから不思議なものです。
今日はこれくらいにしましょうと、途中で寄った教会に一晩止めていただく事にしました。
丁重なもてなしを受けて、その日教会に来ていた方に幾らかのお言葉やお祈りを授けました。
……ええ、気休めです。
私の言葉で本当に救われるかどうかなんて分かりませんし、それで現状が良い方向へと向かうとは限りません。
少なくとも、私の居る国は多くがうまくいっています。
それがなぜ他国に普及しないのでしょうか?
私が頑張って成果を出しているのに、なぜそれを取り入れないのでしょうか?
少なくとも、ヴィスコンティの裏は真っ黒けっけです。
貴族至上主義などという馬鹿げた事が蔓延しています。
それは、守る筈の民から搾取している事も裏取りはしています。
哀れで愚かにも、人類を守る筈の魔法使いは”髪に選ばれし人”という事で認識を都合よく変え、民を殺傷するような横暴すら行っているとか。
そして、それを諌めるべき他家は動きがあまりにも鈍い。
国力が下がるとか、或いは他国に付け入る隙を作るからとか、そういった下らない理由で。
……そんなの馬鹿げてるんですよね、正直。
魔法使いは確かに強いかも知れませんし、戦況をひっくり返す素質を有しているかも知れません。
ですが、そんなものは支えてくれる人が居てこそです。
『魔法使いなんてのは、詠唱や行使の隙を狙われりゃ終いさ。それに、どうしたって間隙が出来る。連続して魔法を行使出来ない以上、思い上がれば死ぬのは必然って奴さ』
傭兵さんがそう言っていたのを思い出します。
実際、マリーちゃんも詠唱や魔法行使の隙を出来る限り殺す為に魔道書を作成したり、刻印を肉体に刻み込んだりしてました。
自動詠唱≪オートマタ≫と言う技術を本に織り込んで、使用者の意識を読んで必要な文言や詠唱文を勝手に拾い上げてくれる。
最大級の魔法でも数秒で詠唱を完了して発動できる、けれどもそれを誰もが真似出来る訳ではありませんし。
寝巻きに着替えて、慎ましい寝床に腰をかけます。
それから、少しばかり溜息を────吐く。
……──。
神様、お願いします。
今度は……今度の危機はうまく乗り越えられますように。
その為であれば、私に出来ることは何でもします。
マリーが居れば、魔法の知識や訓練を広げられたんだろうけど。
あの子、何してるんだろう。
元気かな? 寂しがってないかな?
喧嘩してないよね? あの事を引きずってたりしてないかな……。
人類の危機まで、どれくらいの時間があるのか分からない。
もしかしたら、既に魔王が誕生していて……私に、なにかしているのかもしれない。
誰でもいい……ヤクモさんでもいい。
もし、私が変なら助けてください。
助けるのが無理なら、おかしくなった私が変な事をする前に……殺してください。
じゃないと、私が皆殺してしまいますよ?
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