第29話

 ~ ☆ ~


 私の人生は、常に失敗に満ちていた。

 それは、仕えていた騎士すら大事に出来なかった所から始まっている。


『ついてけねーよ』


 それが、私たちの最後のやり取りだった。

 私は貴族らしくあろうとした。

 その為に、仕える者にそうあって欲しいと要求し続けた。

 けれども、要求するばかりで……何も与えなかった。

 その結果、私も彼も衝突が増え、苛立ちが募った。

 先に付き合いきれなくなったのは、彼のほうだった。


 寝床意外には何も無い私室は、空っぽのまま明け渡された。

 それがオワリのハジマリだった。

 その後、魔物が活発化し……休暇中に家に居る時に、家が潰れた。

 魔物に両親を殺され、家がなくなり……姉さん以外の全てを失った。

 そのことに向き合うのに、長い時間が必要だった。

 

 私が自分の中に閉じこもっている間に、国が半分滅んだ。

 そこまでになって、私は復讐心のみで立ち上がった。


『金が支払われる限りは契約は履行するぜ? だから、せいぜい稼がせてくれよな、嬢ちゃん』


 そして、傭兵に頼らざるを得なくなった所まで来た。

 あの時の、アイツの顔は凄い嫌いだった。

 そもそも、お金でしか繋がれない関係に私はとても反発した。

 けれども、仕方が無かった。

 もう正規軍は殆どなく、求められていたのは遅滞作戦だったのだから。

 

 ただ、その遅滞作戦も無理があった。

 首都に居る連中は、責任の押し付け合いと回避で忙しかったから。

 補給も滞り、誰もが自分の領地を守ろうとして援軍も出し渋った。

 そして、前線に居る私たちの言葉は「子供」の言葉として、取り合ってはくれなかった。

 

 気がつけば、国は滅んだ。

 後はもう、転がり落ちるだけだった。

 全ての国が徐々に荒廃し、失われ、地上から人類が駆逐されていった。

 天候は崩れ、弱者は命を刈り取られる世界がやって来た。

 その時には、もう子供とは言えない年齢になっていた。


『んま、ここまで来ちゃしょうがねえさ。出世払いって奴で頼む』


 その頃には、傭兵との確執は無くなっていた。

 金の支払いがなくなっても、アイツは傍に居てくれた。

 逆に、コイツさえ居てくれれば何とかなると確信していた。

 けれども、それも崩れた。

 洗脳魔法によって、彼は操られていた人物に暗殺されてしまったのだから。


『へへ。まあ、好き勝手に生きたんだ、理不尽に死ぬわな……』


 そう言って、アイツは息絶えた。

 それからは厳しい戦いが暫く続き、途中で……あの人が仲間になって……長い戦いが終わった。

 

 私たちは、終わってからも誓ったんだ。

 二度と同じ事を繰り返させないと、その為に英霊になる事を選んだ。

 そして召喚されたのは、辺境伯のところだった。


『……ふむ。これからは暫く家に潜伏して居たまえ。誰にも存在を知られる事は許可しない。いいね?』


 そして、屋敷から出る事も具現化することも出来ないままに長い時間が過ぎた気がする。

 ……眠れないんだから、仕方が無い。

 眠ると、両親を失ったあの日が。

 傭兵のアイツがこの手の中で息を引き取った事が。

 一緒に戦ってきた仲間が私たちを置いて消滅した事が蘇るから。

 眠いのに、疲れてるのに、眠ると……あの日のことばっか。

 なんで、私英霊なんてやってるんだろう?

 そう考えたくもなったある日、ようやく許可が下りた。


『姿を隠したまま、公爵家の所に行きたまえ。やる事は追って指示する。それまでは現地の事でも調べていれば良い』


 何言ってんだ、あの爬虫類の目をした親父……。

 私の目的は、人類が崩壊するのを防ぐ為。

 だというのに、その英霊を長らく閉じ込めた挙句、未熟な使い走りのように使うだなんて。

 ホント、馬鹿げてる……。


 私以外に、英霊は居ないのかしら。

 もしかして、自分しか召喚されてないのかも。

 そう考えると恐くなるけど、今は考えない事にした。

 だって──。


「疲れた……」


 ずっと閉じ込められて、今度は姿を隠したまま公爵家の所まで行けとか……。

 バカでしょ?

 お金は少し貰ったけど、相乗り馬車に乗る事もできないし馬を使う事もできない。

 必然的に徒歩になるのは分かりきっていて、久々のそとは直射日光だけでも体力を奪う。


「おかしい……。昔は、あんなに戦いで暴れまわってたのに……」


 英霊の名が泣くかしらね……。

 いえ、違う。

 復讐心が消えて、今は宙ぶらりんなだけなんだ。

 殺すべき相手も、消すべき相手もいない。

 自分の存在意義が判らなくなっているのもあるし、錆び付いたという考え方も出来る。

 それだけじゃない、眠れなくなってからはいつも誰かが居てくれた。

 姉さんだとか、アイアスだとか、ロビンだとか、傭兵だとか……。


『嬢ちゃん、眠らないで良いのか?』

『眠れないもの、それに……どこにヤツラが居るのか分からないのに、眠れるわけが無いじゃない』

『……寝るのも仕事の内だって自覚しないとな。いざと言う時に嬢ちゃんが不調じゃ、前線で身体張ってる俺達が不安で仕方がねえ』

『……なら、眠れるようになるまで傍に居なさい』

『ったく、仕方ねえな……』


 ……大事な人は、誰もかもが居なくなる。

 きっと、そういう運命なんだと思う。

 大事に思っていた騎士も、憎からず思っていた傭兵も居なくなった。

 居てくれたらなと、今なら思う。


「お腹がすかないのも、喉が渇かないのも便利ねぇ……」


 魔力が供給される限り、消滅しない。

 生きている時に必要だった飲食も魔力で代替される。

 けど、だからといって飲食しないで良い訳でもない。

 生きている実感が失われていく、時間の感覚さえ分からなくなっていく。

 切り離されて、孤独に落ちる。

 だから、この瞬間だけは……英霊である事を呪った。


 けど、その孤独も終わりそうだった。

 具現化してないのに私のことを見つけた人が居る。

 公爵家第一子、クライン……。

 を、演じる男によって。


 そこそこ出来の良い偽装魔法だけど、私には見えている。

 片目が赤い、別人がそこに居ると。


 けど、問題から抜け出せたわけじゃない。

 公爵家の領地についてしまった……。

 

『ふむ。どうやらついたようだ』

「……見張ってるとか、サイテー」

『そういうな、マリー。人の足でそこまで早くつくとは思いもしなかったが。健脚なようだな』

「疲れた……。けど、具現化したらダメなんでしょ?」

『まあ、そうだが。君はなぜ相乗り馬車の屋根に乗るとか、商人の馬車の荷台に隙を見て乗り込み、隙を見て降りて楽をするという発想が無かったのか私には疑問なのだが。いや、失敬。馬鹿にしては居ないのだよ』

「──……、」


 見えてないのだから、そうしても良かったわね……確かに。

 なにも、バカ素直に自分で何もかもしなくても良かったのよ。

 下らなっ……。


「それよりも、寝泊りする場所とかの方が深刻なんだけど」

『では、これから指示する場所に向かいたまえ。かつて公爵家の息女を誘拐した連中が使っていた場所だ。今は廃屋のままだが、雨風を凌ぐには良い場所だろう』

「私に、犯罪者が使っていた場所を使えと?」

『では、金を出して宿でも取るかね? 今の宿代を君が把握しているとは思えないのだが』

「っく……」

『私の提供した金がどれくらいなのかを言及すべきだった。それと、相場を知らないで出て行った君にも非があるが……。まあ、話を聞きたまえ。その廃屋には以前私の私的な部下が隠しておいた金がある。必要なら持っていくといい。それと、外面はともかく内面はそこまで荒れては居ないから眠るにも苦痛ではない筈だ。それでは』

「ちょっ……切りやがった」


 一方的に色々言うだけいって切るなんて。

 主人としてサイテーじゃないかしら、あの男。

 けど、言ったとおり……私は金銭感覚なんて無い。

 全部丸投げにしてきたし、魔法で敵を殺せればそれだけで良かったから。

 お金とか、扱った事も無かったし。


 けど、指し示した所へと向かうと確かに廃屋はあったし、入ってみれば内部はそれなりにしっかりしていた。

 人が居ても気づかれないようにうまい偽装がされているし、まさか地下があってそこが快適だとは。


「……几帳面な奴が居たのね」


 地下を乱雑に掘った訳じゃなく、それなりに見栄えがいいように補強されている。

 家具も一式置かれているし、虫が巣食ってる様子も無い。

 少し臭いけれども、虫避けの為に煙でも焚いたのかも知れない。


「さて、と。お金お金……」


 わぁ、ここって活動拠点にでもしてるのかしら。

 お金の備蓄もそれなりにあるし、そもそもこの地下室もそれなりに広い。

 7人くらい寝泊り出来るみたいだし、誘拐の為に使っていたのを更に手入れしたのかしら。

 まあ、それはどうだっていい。

 私には関係の無い事だもの。

 それよりも、今は迷惑をかけられたのだからその仕返しをしてやらないと。

 今までずっと食事も与えなかった罰でもあるのだから、容赦なく使ってやる……。


 と、そこまでは良かったけど──。

 どうやって注文すればいいのか、皆目見当がつかないんだけど。

 お金はある、姿を隠しながら相場も確認してるから購入の絶対条件は満たせている。

 けれども、購入する方法を私は知らない。


 い、今まで誰かにやってもらってたから、その弊害がっ……!

 あの蛇目、これを見越して金の事を伝えたんじゃないでしょうね?

 金があっても使い方を知らないだろう? とか、ほくそ笑んでるに違いない。

 いい匂いは沢山するのに、注文一つ出来ない。

 ……お屋敷に居る時は勝手に食事が出てきたし、間食がしたくなったら言えば良かったから大分違う。

 それに、人類存亡の時だって食事は誰かが作ってくれたし……。

 私が欲する時に、姉さんや誰かがお茶とか入れてくれてたしなあ……。


「──よっ」

「ひぅう!?」


 姿を隠している筈なのに声をかけられて、心臓が口から飛び出るかと思った。

 けど、何とかズリおちかけた三角帽子を抑えてそちらを見る。

 すると、そこには懐かしい顔があった。


「ロビン!?」

「ん、ひさしゅ~」


 何も変わらない……。

 いつも眠そうで、何を考えてるのか分からない顔がそこにある。

 声も、その言動も昔と変わらない。

 

「脅かすなッ!」

「りょーちにはいってきたから、なにかとおもった」

「え? あ、あぁ……”縄張り”にしてたの?」

「ん」

「──それは……悪い事をしたわね」


 縄張り、狩人の狩猟場とも言える。

 結界に近いのだろうけど、それを探知や察知に特化させた空間の事を私は言っている。

 魔法的な物ではないから察知できないし感じ取る事もできない。

 逆を言えば、仲間だった時は頼もしかったけど、今はそれを脅威に感じさせられている。


「ど~した~?」

「あ~、えっと……。何か、食べてみたいと思ったのよ。けど、物の頼み方を知らなくて」

「ぷっ……」

「笑うなッ!」

「おかね、だす」

「え、なに。恐喝?」

「……うたがうならいー」

「冗談、冗談だって!」


 あの日は、遠い過去のように思えた。

 けれども、仲間の一人と再会できたのはかなり嬉しい事だった。

 そのままロビンは酒場まで連れて行ってくれて、注文の仕方を教えてくれる。

 その時、私は物の価値をもう少し知る事になる。


 昔はお酒なんか飲んだ事が無かったけど……。

 飲んでみると、凄い”楽しい”。

 傭兵に『飲むと気が楽になる』っていわれて、それでも断固拒否してきたけど。

 いまならその良さが分かる。

 これが歳を重ねたってことかしら……。


「へ~。他にタケルやファムも居るんだ」

「ん。アイアスでしょ、ヘラでしょ、それにマスクウェルも居る」

「……もう7人居るんだ」

「ん~ん、8人。ヴァイスもいる」

「って事は、人類の危機って奴が近いのかしらね」

「もう、はじまってる」

「そうなの?」

「がくえん、おそわれた。タケルやファムががんばってるのに。なにかおかしい」


 まあ、考えてみれば分かりやすい話ね。

 魔物は率いるものが居ない場合、それぞれが勝手に動くから統率も何も無い。

 タケルやファムがどうがんばったって撃ち漏らす事はあるかも知れないけど、それでも規模を考えれば変なのはわかる。

 それ以前に、ロビンから聞いた話の中では城壁を崩す事が出来そうな魔物がそもそも居ないのも気になる。

 つまり、城壁が崩れたのと魔物が統率されていた事には何か繋がりがある。

 それが出来る存在が居るという事は、何らかの意志や目的があったはず。


「肉とお酒、もうちょっと欲しいわね」

「へ~い、ちゅうも~ん」


 ロビンの頬が赤い。

 お酒には弱くて、匂いだけでも酔うっていってたっけ……。

 我侭に付き合ってくれたという事かも知れない。

 そういうことなら感謝しないといけないわね。


「……それにしても、魔法で主従を強いられるってのは不愉快ね」

「しかたにゃい……」

「仕方ない事があるもんですか。そもそも、英霊を小間使いかなにかと勘違いしてない?」

「それはわかりゅ」

「という訳で、私は反抗してみる事にしました」

「けど、まりょくぎれ……しにゅ」

「……そうね、魔力が途絶えたら消えるしかないのはどうしようもないか。だからって、飲食に頼ってたらお金が掛かるし。そんなお金、どこも出してくれないだろうし」

「──ぷぷ、おおぐいをやしなうためにおかねをだして?」

「アンタ、一度殺す!」


 やっぱ、コイツとは反りが合わない……!

 からかって来るのが気に食わなぁぁあああああい!!!!!

 

「いっぺん灰になってみる?」

「マリー、はりねずみになるのがせきのやま」

「試してみる?」


 魔道書を取り出す。

 ロビンもナイフを取り出す。

 だが、それを即座に周囲の見知りもしない連中が武器を抜きながら立ち上がる。


「店で暴れようだなんて不届きな連中だな、えぇ? おい!!!」

「──……、」

「暴れたら、どうなるか分かってんだろうな?」


 ……半々かしら。

 いえ、ロビンが居るから勝てるわね。

 まず第一手で近くの奴を殴り飛ばす。

 それから簡易魔法で範囲攻撃、突破口を見つけてそちらにロビンに後を任せて離脱。

 距離を置いたら得意の中・遠距離からの攻撃で勝てるけど──。

 

「お騒がせして悪かったわよ……」

「おさけ~!」


 そう言ってむくれていると、場は静かになる。

 周囲も落ち着いたと見たのか、それぞれの時間へと戻っていく。

 けれども、警戒は流石にされてるか……。


「……飲むわ」

「たべる」

「運がいい事に、金はあるのよ」

「お~」

「そして、私たちには限度が無い……でしょ?」

「ひひっ……」


 ありがと、辺境伯。

 その”腹黒さ”、今利用させてもらうわ。



 結果、久しぶりの食事は凄い楽しめた。

 人が人たる所以は、飲食といった文明的な生活をするか否かだと思った。

 あとは、やる事があれば生きてると言える。

 さて、お金は後どれくらいあったかしら?

 食いつぶすつもりで使ってやろ~っと。





 ~ ☆ ~


 あ~あ、仕事多いなあ!

 山、山、山!

 書き分けても書き分けても出てくる色々な縁談の話。

 出来れば破り捨てたいくらいだけど、それを私がやったらご主人様に迷惑が掛かっちゃう。


「埋めたり焼いたりしたい゛い゛い゛!!!!!」

「それをやるとね~、無礼を働いたってなっちゃうからね~。やめようね~」

「まあ、断るのが分かりきってる以上はこんなのやらせよ、やらせ。はい、コイツは自意識過剰だからダメ。コイツは自分の学園内での発言権を強化したいのが見えてるからダメ。コイツは親に言われてるだろうなってのが透けてる。これもダメ、これもダメ、はいダメ~!!!」


 ポイポイと、開封して中身を見せると”ミラノ様”がすぐに理由を出してポイ捨てする。

 それを拾って、”アリア様”が理由を認めると一緒にして巻き込む。

 そして、私がまた閉じるのを繰り返す。

 何日目だっけ? もう考えるのも嫌……。

 午前か午後の数時間を使っても全然減らない。

 なんなら、まだ増えてる感じすらある。

 昨日追加が渡されたんだけど、賽の河原ってこんな感じなのかしら。


「……うっわ、コイツ自分の顔見た事ないのかしら。ダメ!」

「ミラノ様、言葉遣い」

「いやいやいやいや、ダメでしょ。見栄えって物があるし」

「……ちなみに、どんなお顔なのかしら」

「へちゃむくれ」

「ガキんちょ」


 ……なんだろう、この学園に居る時との違い。

 学園に居る時はもうちょっと色々と言い方に気を付けていたはずなんだけど。

 家と言うのは、人をそうさせてしまうものなのかしら?

 まあ、ご主人様も学生時代が懐かしいからと言うだけで、日常に組み込まれた人を守っていたのだけど。

 ある意味、こっちの方が本来の二人と言えるのかもしれないわね。


「それは……」

「カティの半分くらいは可愛さがあれば良かったんでしょうけど。そうじゃないしね」

「それに、学園を遊びの場だと思ってる時点で大分……ね」

「卒業してからどうするのかしら?」

「さあ……」


 学園じゃ見られなかったけど、結構容赦無いのね、この二人……。

 やっぱ、人の目って大事ね、うん。

 ないと人って残酷!


「……そういえば、一つだけ取っておいてるけど、あれは良いのかしら?」

「あれは、政治が絡むから……」

「下手な事をすると、重要な場所を守ってる相手に背中を刺されかねないから保留なの」

「ふ~ん?」


 中身を見てみる。

 マーガレット……とか、そんな事が書かれている。

 ただ、同封されている手紙の方が気になる。


「あの、これは?」

「その子、出生時に母親が亡くなったのよ。だから父親が子煩悩発揮しちゃって」

「画家に取り急ぎ画かせた人物画と一緒に、その子の素晴らしさを説くように書いている文面が12枚も有るの」

「うっ、わぁ……」

「性根の優しい子だ~とか、薬学に長けていて人を癒す事が出来る~とか、学園でも回復や水に長けているとか。英雄ヤクモ殿はこれから傷が絶えない可能性もあるので、その恩恵は計り知れないとか色々」

「それ、ただの親バカって言うんじゃ──」


 親がそこまで首をつ込むってのも、大分凄いと思う。

 それだと、最早隠さずに家と家の付き合いだって言ってるようなもののような。


「どういう子?」

「……あんまり目立った子じゃなかったかしら。けど、父さんから辺境伯の娘さんも来るってのは聞いてたから、少しは意識してみてたけど」

「ふつーの子だよ? なんというか、花のような華やかさと穏やかさをもってるような」

「勉強も出来ないわけじゃないけど目立った成績じゃないし、魔法も書かれてる通り治癒や回復、水が得意なくらいで他には……なにかあったっけ?」

「無かったと思うよ?」

「まあ、良くも悪くも目立たない子ね。ただ、壁とかにしょっちゅうぶつかってたりしてたかしら?」

「一年生の時だね」

「ふむふむ……」

「けど、薬草とか薬に詳しいってのは本当だよ」

「そうなのですか?」

「私が世話になったの。一年のときにね」


 という事は、強ち変に装飾はしてないってことかしら。

 12枚……スラスラと流し読みしてみる。

 ……貴族、な筈よね?

 なんというか、裁縫や料理が得意とか書かれてる。

 それはむしろ下々にやらせる事じゃないかしら?

 あぁ、でも。

 家を取り仕切る一環として料理に触れるという授業も合ったかしら。

 ご主人様が血汗を闘技場で流してる間に、時々やってた。

 ミラノ様とアリア様は……選択式だから料理は撫でる程度で魔法の訓練ばかりしていたけど。

 

「そのマーガレットという子も特に私達が理由を付けられないし、父さんが扱いに困ってるってのも事実。だから、それは置いとかないといけないの。その内、父親本人も来るだろうし」

「文字通りの”ご挨拶”って奴だね」

「……え?」

「家が近いんだし、挨拶に来るでしょ。それはその前座よ、前座」


 ……これが、前座?

 ウソでしょう? こんなに絵だの売り込みだのしてるのに?


「だってそれ、ただの紹介でしかないから、暗に私達が開くとは思ってなかったんでしょ」

「つまりは、直接の脅迫だよね」

「ご主人様、おいたわしや……」


 何でかしらね。

 ご主人様は平和にのんびり生きたいって言ってるのに、もう脅迫とか受ける段階になったの?

 しかも、その脅迫が引き摺り下ろしとかじゃない分更に厄介。

 学園の中しか知らないから、もっと色々知れってこういう事だったのね……。


「けど、辺境伯様ってご息女だけって事でしょ? それだとご主人様、婿入りになっちゃうのよね」

「はっ、ありえないし」

「そうさせないために今こうやって頑張ってるのに」


 ……ん? ん~?

 あ、これ突いちゃダメな奴だ。

 こういう反応と顔をしてる時、大体ご主人様が振り回されるのを経験則で知ってる。

 ミラノ様が唇を横へと薄っすらと伸ばし、半眼になった時。

 アリア様が瞼を閉ざし、満面の笑みを浮かべた時。

 これは即ち”気に入らない”ということ。

 対処を間違うと爆発する”爆弾”とか言ってたかしら。

 

『うぉわぁああああぁっ!?』

『もっともっといっくよぉぉおおおおっ!!!!』


 ヤゴ様という、ザカリアス様の孫娘がご主人様に剣術指南をしている。

 ……指南という名の、実際は実戦経験の積み重ねだけど。

 ただ、立ち回りや近接戦闘の思考を増やすのは役に立つといって、実際に日々成長している気はする。

 一日目はだまし討ちで転ばされてたけど、二日目からはだまし討ちが当たらなくなった。

 二日目は防御をこじ開けられて負けたけど、二日目は攻撃をモロに受けなくなった。

 そうやって三日目、四日目と積み重ねて……歩んでいる。


 ただ、その分傷だらけになる。

 けれども、ご主人様はそれでも受け入れた。

 たぶん今日も傷だらけになると思う。

 それを、お屋敷に詰めている薬師や魔法使いに治してもらうのだ。

 

 あ、吹っ飛んだ。

 ご主人様また負けたなあ……。

 見ていて気分の良いことじゃない。

 自分の主人がやられてる所なんて、見たいとは思わないのだから。

 けど、それをご主人様は受け入れてしまうんだろうなあ……。

 事実は事実として、偽っても誤魔化しても変わらないと言って。

 ……ま、そんなの見せられたら心配するわよね。

 能力はあるのに、技術と知識が追いついてないとか言っていたかしら。

 結局実戦はこの前の魔物襲撃事件が初めてで、実際に本気で試合をした事も無いのだから。

 だから、全ての技術と知識を”実戦用”にアップデートするとか。

 大分前向きなご主人様だけど、前しか見てないのが玉に瑕。

 前に突き進んだら、後ろが見えなくなるみたいで。

 後ろに置き去りにされたら、振り返られることは無い。


「カティ、手が止まってる」

「あ、ゴメンなさい」

「とはいっても、長くやってるからね。あふっ……ちょっと疲れてきたし、休憩入れようよ」

「そうね……。じゃあ、後三人分で」

「「は~い」」


 ……うまくやってるはず。

 その筈なのに、何でこう心配になるんだろう。

 ご主人様──。

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