第28話

 ~ ☆ ~


 ……最近、ミラノとアリアが来る頻度が増えた気がする。

 それは別に、クラインとしての時間ではなく、部屋に居て一人になれたと思ったときに、どちらかないし二人が来るのだ。

 最近はヤゴというザカリアスの孫娘さんとの剣術稽古や馬術稽古があるのだけど、その間隙を縫うように来るのだ。


「ヤクモさんの魔法の使い方、教えてくれますか?」


 とまあ、こういった様子だ。

 部屋の中であれば防音遮音魔法で外にここでのやり取りが漏れないので大丈夫だが。

 それでも、幾らか状況が見えてないんじゃないかと思えてしまう。

 痕跡が少なければ少ないほど察知されにくくなる、それは痕跡が皆無になれば余計な詮索をされる可能性が減るということでも有る。

 今の自分はクラインとしてここに来ているのに、二人がヤクモとして自分に接触してくるのは、事故りかねない事柄だった。

 

 とはいえ、だからとそれを無下には出来ない。

 それどころか「はい、遮音したから大丈夫でしょ」といわれてしまえばそれまでなのだ。

 立場が弱いって辛いね。

 立場が弱いどころか、現在進行形で彼女たちには迷惑をかけている事まで発覚した。

 まさか、自分にお見合いや縁談の話が来るだなんて、想像すらしていなかったのだから。


 だから、仕方が無いのかなって受けれいれるしかなかった。


「いや、その……学園に四年間在籍していた二人の方が良く知っていると思うんだけどね?」

「それでも、アナタは私たちとは違う方法で魔法を使ってる。それは知る必要があると思うのは変?」

「変じゃないです……」

「なので、チャキチャキ吐いて下さいね」


 なんか、ミラノとアリアのキャラが違う……。

 帰省直前くらいから違和感はあったけど、帰省してきたからは更にそう感じるようになった。

 ……あれか、14歳だから地味に家族との再会を喜んでいるんだろう。

 それだけじゃない。

 どうやらアリアのほうにも話は漏れたようで、兄が実際に生きていて近いうちに戻ってくるという事が知れたようだ。

 なら、今までとは違う面を見せつけられても、それが変ということは無いか……。


「えっと、これは独自的な解釈ね?」

「「うん」」


 うん……うん!?

 なんだろう、この違和感。

 アリアはせめて「はい」だし、ミラノは「ええ」だと思っていたのに。

 子供みたいに「うん」って言われると、なんかやり辛ぁぁぁあああああぁぁい!!!!!


「……原理や仕組みを理解して、それらを下敷きに何をしたいかを想像しながら、適当に名称を口にするとか」

「「は?」」


 ですよね! どうせ伝わらないと思いましたもん!


「ミラノには以前水が凍った時、少し増えるって話したよね!?」

「え、ええ……。そうね」

「あれと同じで、物が燃えるのも、凍るのも、それぞれ仕組みがあるんだよ」

「物が燃えるのに仕組みなんてあるんですか?」

「火を近づければ燃えるものは燃えるだけでしょ」

「いや、まあ……。自分も、そこまで専門家的な知識は無いけどさ……」


 それでも、どうしたいのかという意志があればその通りに魔法が発動できるんだもん……。

 物によっては「ファイヤー」だとか「アイス」とか言うだけで出来ちゃうんだから、俺でも理解し切れてないんだもん……。

 だから学園でも試行錯誤してまず行使が出来るかどうかを試していて、手札の数を増やす所からやっていたはずなんだけどさ……。


「じゃ、じゃあ……燃える所を幾らか想像してみれば良いよ。足りない部分は魔力で補って、それでどうしたいかを強く想像するんだ。そうすると……」


 指を鳴らす、それだけでライター程度の火が生じる。

 摩擦による熱を増幅させると高温になる、それを魔力に引火させてやれば火になる。

 分解すれば火と風の魔法を複合したとも言えるのだろうけど、まず”摩擦熱ってなに?”といわれて、説明できる気がしない。

 こちとら高卒自衛官だ、高校卒業程度以上のことは何にも知らない。


「それが不思議なのよねえ……」

「なんで火がおこるのか、全く分かりません」

「指を擦る事で熱が出来る。それを火系統の魔法として扱う。その熱を更に高温にする為に風属性の魔法で煽りながら魔力で燃えるものを補填してやる。で、魔力を引火させる……って、感じなんだけど」


 二人とも、同じようにパチンパチンと指を鳴らす。

 しかし、火がでる様子は無い。

 ただ、ここで考えるべきは自分と彼女たちの魔法が違う可能性という奴だ。

 アーニャによって与えられた魔法は、この世界のものと言う事。

 つまり、魔法のシステム自体がそもそも違うということだ。

 同じ現象を齎すと言うだけならばPCといえるだろうけど、OSが違えばそこに至るまでが違う。


 無理だろうかと言いかけて口を開いた瞬間、面白いことが起きた。

 二人同時に、小規模の火が指先から生じたのだ。

 そして、それは数秒と持たずに消えてしまう。

 つまり、システムが違う可能性は除外できるということだ。


「あ、あれ?」

「今、出来た……のよね?」

「す、少し出来てたね」

「「──……、」」


 肯定したら、その瞬間から二人して言葉も無しにパチパチパチパチと指を鳴らす。

 外れ、外れ、当り、外れ、外れ、外れ、外れ、外れ、外れ、外れ。

 当り、外れ、外れ、外れ、外れ、外れ、外れ、外れ、外れ、外れ。

 外れ、外れ、外れ、外れ、外れ、外れ、外れ、外れ、外れ、当り。


 ……10回やって一回の成功率か。

 でも、なんでこの二人は同一人物のように成功のタイミングすら一緒なんだろうな。

 双子といっても14歳にもなれば別人だろうに。

 それは、視野が狭いというものか?


「数回は上手くいったわね」

「いったねえ」

「何が違うのかしら」

「手首の角度? 指をする速度? あるいは何かしらの繋がりが有る……?」

「さっき何回目で成功した?」

「三回目と十一回目と三十回目」

「……三等分すると、十までと二十まででは頭のほうで成功してるけど、最後は三十回目なのは何でかしら」

「疲れとか、或いは集中力の欠落。もしかしたら何回も指を鳴らしてたから熱を持って火を意識しやすい時に成功して、最後は疲れてきたからとか」

「お、おぅ……」


 な、なんだこの双子。

 何か言おうとしたら、先に自分たちで既に考察している。

 持ち込んだ勉強道具を、すぐに展開して色々と書き込んでいる。

 それはさながら相関図や研究のようにも見えた。

 

 ……けれども、その光景を見ているとどこかホッとする。

 魔物の襲撃以来、授業が行われなくなった上に学生にも死者が出ている。

 そんな中で、彼女たちがこうやってハキハキしている光景は見られることはなかった。

 だが、今目の前で平穏な日々を再び目の当たりにする事が出来た。

 それだけでも大分違う。

 

 少しだけ、学園生活が懐かしくなった。

 まだ日本語拙く、漢字も殆ど読めなかった時期。

 1年……1年掛かった。

 授業についていくのは難しくて、何度も寝坊や宿題忘れさえした。

 それでも、仲間がいた。

 オタク仲間で、色々と教え支えてくれる仲間が。

 

『大地、現代文の課題、やる場所違うぞ』

『大地~、数学教えてよ~……』

『日本語を手っ取り早く覚えたい? なら漫画とラノベが最高の教材だから貸してやるよ!』

『そういや、アニメ録画した奴。好きだったよな? 明日持ってきてやるよ』


 そんな事を言い合いながら机を囲み、気だるげな朝から午後までを一緒にしてきた。

 3年……そう、3年もだ。

 クラス替えが起きて別のクラスになっても、休み時間や昼休みは自然と一緒になった。

 文系と理系で別れた時も、結局は一緒につるんでいた。

 そして……俺が死ぬ直前まで、ネットで良くやり取りをしていた。


「……どうしたの?」

「いや、昔を……ちょっと思い出してたんだ」

「どういうものですか?」

「自分も学生だった時、今の二人みたいに必死になって勉強してたっけなって」

「んと、あれ。ヤクモさんは今21で……兵士を6年やってて……ん? ん?」

「単純計算でもアナタ、9歳から学生だった事になるけど」


 あ゛、やっべ。

 そもそも学校の概念がこっちとあっちじゃ違うんだ。

 小中高だけでも12年在籍してる事になるし、そうなると自衛官の6年含めると3歳から学生してる事になっちゃう!?


「あ、あっちではそれくらい早い内に学業に突っ込まれるんだよ」

「なんだ、ビックリした」

「ヤクモさんもオルバ様みたいに若年で入学したのかと」


 ゴメンね! オルバのように天才じゃないからさ!

 そもそも自分が5歳の時って何してたっけ……。

 まだ南米にいたわ、スペイン語とラテン語に挟まれてたわ。


「まあ、自分もそうやって教えて、教えられてって感じをやってたなと……そう思ったんだよ」


 カティアにも指摘されたっけ。

 学園生活が懐かしくなったからミラノたちを……”日常”を守りたくなったんじゃないかって。

 その通りだろうなって今なら思う。

 

「そういえばアナタ、爆発の魔法も同じようにやったの?」

「ん? まあ、似たような感じかな。爆縮って言う、兵器の理論を応用しただけど」


 なお、その元はファットマンという核兵器である。

 それとはちょっと違うけれども、モンローノイマン効果というのもあって、こちらは主に対戦車関係で学んだ記憶がある。

 プローブを伸ばすだの伸ばさないだのと随分言われてたっけな。

 伸ばしたら装甲車、伸ばさなかったら障害物にだったか。


「ただ、あれはオルバの時もそうだけど自爆しないように出来ないから、どうにも自分も吹き飛ぶんだよなあ……」

「片腕駄目になってたものね」

「あれを大きくしていくと、平原や都市の一つは簡単に吹き飛ばせる物になるから……禁止でお願いします」

「「え~……」」

「やだなあ。自分も取り扱いで困ってるものをホイホイ教えて、それで二人が好奇心や興味でなにかしたとき責任取れないから言いたくないって意味ですよ?」


 寮の窓全部吹っ飛ばしたのも覚えてるし、あんなのを変に使われて大惨事を招くのはイヤだ。

 魔法防御を詰んでいたオルバですら骨を折ってるし、自爆防止の自分も衝撃で腕が逝かれた。

 セーフティーの無い魔法なんて、文字通りの大量破壊兵器にしかならない。


「あ、水はどうやってるんですか?」

「水はね……空気中に含まれてる水分をかき集めるというか、そんな想像をしてるかな」

「空気中に水なんて無いけど」

「季節によって空気が乾いているとか、ベトベトするって時があるだろ? あれって、別に気温の変化だけじゃなくて空気中の水分量が増えたり減ったりもしてるから余計に温度の変化を感じやすいだけなんだ」

「「──……、」」


 ……参ったな。

 理系の知識なんて無いぞ。

 なんか、こう……実験の中で何かをして袋に細工をして口を閉じて、袋を引っ張ると空気の密度だかの変化でいきなり水滴が現れるとか、そんなのやった気がするんだけどな……。

 知識不足で、絶対失敗する。

 

「……あの、ですね。そもそも専門家じゃない自分が上手く言葉選びや実際に何かしらを代用して証明するってのは難しくて、ですね? これで魔法が使えてるんだから、仕方が無いじゃん? 逆に、これ以上のことは何も言えないんですが……」

「ま、そこまで期待するのは酷って奴かしらね」

「ひどっ!?」

「そもそも自分たちと受けてる教育の内容が違う筈だしね~」


 なんか、呆れられるとそれはそれでクる物があるな……。

 ためしにぱちりと指を鳴らすけど、ちゃんと火は熾きる。

 もう片手で空気を掴むように握り締めてから開くと、そこには水球が出る。

 うん、詠唱も呪文も要らないしうまくいってるんだけどなあ……。

 

「……なんかさ、ムカつくね」

「ええ、そうね」

「なんでさ!?」

「私達が4年かけて基本や基礎を学んできて、更に詠唱文の構築だの語句の引用だのと色々やってきたのに、全部ひっくり返されて面白いと思う?」

「そうそう」

「不公平よ、不公平!」

「そうだそうだ~」


 参ったな……。

 二人は絶対に納得してくれないだろうな~。

 

「分かったよ、思い出せる範囲で何かいい説明や実験、応用で理解できるようなのを考えとくからさ……」

「「やたっ!」」

「ただ、滞在中は期待しないで欲しいかな。今の自分が難しい立場にいる事を少し思い出してもらえれば……ね?」


 そんな頻繁に部屋に来て遮音するとか、変な噂や憶測にでもなったらたまらない。

 遮音をしないやり取りの分には全く構わないけどさ。


 というか、剣術の稽古などで大分体中が痛いんだけど、そこらへん考慮してくれないものかな。





 ~ ☆ ~


 共有している感覚から、光景や音声が此方へと流れてくる。

 それは僕を安心させる為の措置だと彼は言ってくれたけれども、そうしてくれたのは有り難い。

 彼の目や耳からの情報しか入らないけれども、それでも何も分からないよりはマシだった。


「クライン様、大分お加減も良くなられたみたいですね」

「うん、絶好調! 有難うね? 食事とかまで用意してくれて」

「いえいえ。長らくお世話になりましたから、これくらいはなんら問題ありませんとも」


 そういってホホとラムセスは笑ってくれた。

 しかし、彼の手元にあるのは緑色の”ナニカ”だ。


「うん、大分元気になったからさ。お薬とかもう要らないかなって!」

「いえいえ、それは許可できません。治ったと思っていても、それは思い込みである事が多いですから」

「けど、もう剣を振ったり走ったりもできるんだよ!?」

「だとしても、これから馬に乗ってお屋敷に向かうまでの距離を考えてくだされば、楽観視してよいものでもありますまいて」

「うぅ……」


 薬を受け取る。

 凄い苦いし、美味しくない。

 例えるのなら、身体に良い物だけをかき集めたような感じ。

 薬草を沢山食べたり齧ったりしても美味しくないのは一緒だ。


「どうしても飲まなきゃダメかな?」

「イヤだと言うのであれば……」

「あれば?」

「お屋敷に戻るのは、残念ながら許可できませんな」

「わ~い、薬飲むぞ~!!! にっがー!!!!!」


 一瞬で先ほどまで口にしていた食事の味さえ吹き飛んでしまう。

 口直しでお茶が用意されているけれども、舌がおかしくなって味が分からないや……。


「でぇい、飲んだぞ! 飲んだからね!」

「──では、準備を」

「へ?」

「へ? ではありません。私の見立てでは、もう大丈夫でしょう。ですから、ゆっくりと我らでお屋敷と向かいましょう」

「よっ……しゃぁぁあああああぁぁ!!!!! 行こう、すぐ行こう、どこまでも行こう!」


 結構早めだったなと思いながら、帰宅許可が下りたことを喜ぶ。

 それから、ラムセスの言葉に従いながら用意を進める。

 あまり裕福そうに見えない服へと着替えて、剣を帯びる。

 勿論、その剣は真剣だ。

 目覚めていきなり渡されるとは思っても居なかったけど。


「あの、ラムセス?」

「途中までは相乗り馬車を乗り継いで向かいます」

「いや、うん。馬は? 借りられないのかな?」

「……クライン様」


 あれ、僕なんかやっちゃいました?

 ラムセスがなんだか複雑そうな、年齢を感じさせる顔の皺をより深くしたように見えたけど。


「贅沢する余裕はありませんので」

「──……、」

「それに、道中で寝食をするにもお金が要ります。クライン様は、そこらへん疎いようですな」

「……あはは」


 うん、今までお金なんて自分で取り扱う事は無かったからね……。

 馬がどれくらいで、そもそもラムセスたちの給金とか考えた事も知る事もなかったから。

 つまり、馬って高いって事がなんとなく理解できた。


 相乗り馬車に乗って移動をするけど。

 これはこれで乗る人は少なくないんだね、初めて知ったよ。


「加減は?」

「大丈夫だよ。ただ、相乗り馬車って窮屈だし、乗り心地はあんまり良くないね」

「それが”普通”なのです」

「そっか」


 ……考えてみれば、僕は屋敷での生活が殆どで、街にすらそこまで出た事はなかった。

 だから、知ったつもりでいた、つもり以上の何者でもなかった。

 実際には何も知らず、傲慢に自分の見知った事が普通だと思っていたのだから。


「……楽しみですか?」

「ああ、楽しみだよ。彼が感覚を共有している間は家の事が見聞きできる。その中でね、僕がそうあって欲しいと願った光景が見えているんだ。ミラノとアリアが仲良さそうにしている、そして父も時折やってきて楽しそうにしている……。母さんも……笑ってるんだ」

「──……、」

「……ラムセスの家より、寝床は良くないね。まあそれはともかく。僕は、そうあってほしいと思った、倒れる前に、そうして欲しいと父さんに言った。ただ、訪問の度に父さんが眠る僕に語る言葉は、それに反した事柄が多かった。二人が仲良さそうにしている所を見た事が無い、あれ以来二人とも父親として自分を頼ったりしない、どこかよそよそしく家族とは体裁のみ……そんな感じでさ」

「そう、ですか」

「だからこそ、僕は彼が齎してくれた物に感謝してる。僕は公爵家のものである前に二人の兄で、二人の息子なんだ。家族が幸せである事を喜ばない長男がどこにいる」


 長男だから、先に産まれた者として両親を支えなければいけない。

 長男だから、先に産まれた者として後から埋れて来る妹や弟を大事にしなければならない。

 少なくとも、父さんからそう教わって……そう在りたいと願い、そうしてきたつもりだ。


「僕の事で、家族を不幸にしてしまった。それを回復してくれたというのなら、僕にとって大きな事だよ」


 そう言いながら、瞼を閉じる。

 もう夕食後で入浴も済ませて寝巻きだというのに、二人はヤクモのいる部屋で楽しそうにしている。

 

『山に登った時の達成感は、見下ろした先に自分が住んでいた街が見えた時だったかな』

『……それ、本当に普通の学校?』

『兵士の教育学校とか、そういうのですか?』

『普通の学校なんです!』

『なんでわざわざ苦労して山なんか登るのよ……』

『頂上で一泊するというのも良く分かりません』

『お前ら……』


 ま、まあ……楽しいというには、ちょっと彼が可哀相な気もするけど。


『山から見る光景は、絶景なのだろうね』

『ええ、まあ』

『魔物とか居なかったんですか?』

『魔物が居ない平和な場所だったんだよ』

『ウソだ~……』

『ウソだったらまず魔物との戦いをもっと有利に出来てた筈なんだよなあ……』

「ふふ……」


 父さんが彼を利用しただけの、乾いた関係だと思っていた。

 けれども、そんな事は無かった。

 それが、僕に取っては嬉しい。


『兵士だった時やっていた事は、そんなに大差は無いのかな?』

『走りこんで、腕立てや腹筋といった……基本基礎的なことを毎日積み重ねただけですよ。それで、時々状況を想定して装備を身につけて皆で訓練するんです。街中だとか、或いは平原だとか。他部隊と連携しながら別行動や、状況によっては突撃までやりますかね』

『突撃……』

『戦い方がそもそも違うので参考にならないと思いますけどね。全員がユニオン共和国の持っているような装備をしている世界なので、纏まって戦列を組む事にもう意味が無いんですよ。だから、殆ど散兵が前線歩兵を占めているようなもので。だから……そうですね。伝わるか分からないですけど、魔法使いが更に遠くから魔法で纏まって相手方を吹き飛ばしたり、或いは空を飛んで空中から相手の陣地などを攻撃してくれたりする。そういった支援を受けながら、自分らは前線の維持と突破を図り、相手陣地の奪取と制圧、支配、簡易工作までやる……って感じですかね』

『……たとえ話、という事は実際には違うんだね?』

『ええ、そうですね。理解してもらえるか分かりませんけど、空を飛ぶ装甲騎兵のような存在と、地面を行く装甲で固められた車両だとか、更に後方から相手を攻撃できる兵器があって、それらの全てが機械……で出来てるんです』

『機械?』

『頭の悪い言い方だけど、機械なんだよ。或いは、装甲騎兵が更に進歩した存在とも言えるし、それが空を飛ぶ形になったものが派生方で居る……みたいな。しかも、それを持ってるのは自国だけじゃなくて他国もなんで、自分ら歩兵部隊は肝要な存在でありながら、支えてもらわないと戦う事も難しい存在だったんですが』


 ……ふむふむ、確かこれに関しては彼の記憶の中にあったっけな。

 ”ジエータイ”とか言うんだっけ。

 自衛、専守防衛を要とする軍隊……って言う認識で良いのかな。

 僕の見た中では、”ジュウ”という物は色々あった。

 たしかに、戦い方がそもそも違うのだと思う。

 剣を使うだなんて事はしてないし、甲冑等と言ったものをつける感じでもない。

 機動力優先で、ちょっとした防具をつけて動き回る感じかな。


『けどさ、アナタはそんな場所に兵舎に居たくせに料理とかできるのよね?』

『支援活動で、国民を助ける活動とかしてたんだよ。この前の地震のような災害が起きたとき、部隊の装備に炊事や料理が出来る物があって、家を失い食事を欠くような人であっても色々な支援ができるようにって学ぶんだ。だから、料理はその一環で学んだし、他の部隊から要請があれば支援で料理を担当して支援する事もあったかな』

『何でもやるんですね』

『けど、料理人じゃないからそこまで多くの品揃えは無いし、そもそも食材とかは送ってもらわないと何も出来ないんだけどさ……』

『大分細かく部隊は存在するみたいだね』

『えっと、15種類ですかね? 自分が居た場所だと。戦闘科、後方科、支援科で大雑把に分けられますけど。輸送を受け持つ部隊、衛生という治療や回復などを受け持つ部隊、物品の管理と要請にあわせて調達や回収、修理などを行う部隊とか色々ありましたね』

『その中の、歩兵部隊?』

『普通科って言うんだ。戦闘の主の存在で、作戦においてもっとも重要な存在で役割も担ってるって感じ』

『その中に、居たんですね』

『6年間はね』


 ……6年。

 僕が寝ているのとほぼ等しい期間を、彼は戦いに関連する事柄で費やしている。

 そりゃ、二人を守れる筈だ。

 僕だったら、同じような状態に陥ってどう動いただろうか?

 考えても、たぶん碌な事にはならない自身がある。

 そもそも、武器が無ければ僕はただの魔法が使える人だけでしかない。

 その魔法でさえも、知識も訓練も乏しい状態だ。


 パチンと、指を鳴らしてみる。

 それは二人がヤクモから聞いて真似をしていたものだ。

 こうするだけでも魔法が使えるというけれども──。

 僕は、それを真似する事が出来る。

 何故か? ヤクモの思考が流れ込んできたからに過ぎない。

 摩擦熱という、擦り合わせた際に生じる熱を火系統で固定化、風魔法で酸素を供給して熱の確保、魔力に熱源を添えて引火という形で魔法を発動させられると……。

 彼は、そう考えているようだ。

 

「……ラムセス」

「なんでしょうか?」

「僕は、これから頑張るとしたらどこまでやれるだろうか? 次期当主として公爵家を担うには、どれくらいのやるべき事がある?」

「──沢山おありでしょうね。作法だけじゃなく、個人的な武芸や魔法の取り扱い、社交や軍事的な事柄、領地運営や拝謁等と色々ありましょうとも」

「それは、失われた5年を取り戻せるくらいのものかな」

「私には分かりません。ですが、何事も行うに際して遅すぎるということはありません。なんなら、足りないところは短所として認め、その時は笑って愛嬌で誤魔化してください。或いは、それで相手が侮ってくれる事を期待してたち振舞う事もまた必要になりましょう」

「……難しいことを言うね」

「率直で素直で優しい領主など、付けこみやすいだけですから。公爵様はたとえ嫌われようとも、国や家の利益を考えなければなりません。それはきっと、あの青年……ヤクモ様にも言えることでしょう」

「手放さない、ということだろうか」

「ええ」


 ……まあ、そうなるか。

 僕個人としての思惑を無視して家として考えるのなら、その思考は妥当だ。

 僕は少なくとも彼の裏を幾らか読み取れている。

 尽くすべき国を失い、属する部隊を失ってはいるけれども、尽くす態度と気持ち自体を彼は失っていない。

 その答えが短期間とは言え主人であったミラノの事を考えて行動し、守ってくれた事にあると思う。

 忠節を彼は既に示している、それは金をかけても手に入るか分からない人材だとも。

 金をせびるでもなく、見返りを求めるわけでもない。

 ただそれを当然として行える人材がどれほど居るだろうか?

 


 それだけじゃない、彼は色々な知識や技術を持っているし、武器も取り扱える。

 その武器は剣や槍、弓などと違って破壊力がある。

 オークを仕留められる火力、ウルフに回避を許さない速度、相手が多数であっても連射が出来る性能。

 そんな人物が一人居るだけで、戦いの均衡は隅から崩されてしまう。

 それに、散兵だとか言っているけれども、声の届かない場所で目標を定めて独自に行動できる部隊なんて、どれだけありがたいことか。

 指揮官が一人居るようなものだ。

 命令さえ与えて、どうしたいかを伝えれば勝手にそうしてくれる。

 絶対に、他所には行かせられないと。

 

 そこまで考えてから、父さんの事が批難し辛くなる。

 父親として、個人としてが優先できない立場の人物を、個人として存在している僕が何かを言うのは簡単だなって理解したからだ。

 

「クライン様。小難しい事は考え無くてもいいんですよ」

「そう、かな」

「欲しいか、欲しくないか、手に入れたいのか、手に入れたくないのかをまず考えたら良いのです。それから、そうするとどうなるのかを考えて……時にはそれによって生じる悪い事の前に諦める事もあるでしょう。ですが、悪い事があってでもそうしたいと思う時は、そうしなさいというだけです。ただ、その時に先を見据える能力があるかどうかですべては変わります」

「……つまり、僕が彼にどうあって欲しいかを、変に理屈ぶらなくてもいいと」

「まだ子供なんですから、変に大人にならなくても良いのですよ。まだ急いで大人にならなければならなかった父君とは違って、まだ父が居り甘えられるのですから」


 それで良いのかなと考えてから、僕は少しだけ考えた。

 僕は……彼に居て欲しい。

 それは家の利益を考えての事じゃない。

 瞼を閉じれば見える光景を、彼は自ら作り上げた。

 クラインを演じているからじゃない、彼だからこそだ。

 もしかしたらその場に一人か……或いは二人は死んでいたかもしれないけど、そうしなかった。

 何も失わずに済んだ、それどころか父子のどちらをも相手取って楽しそうにさせている。

 当人は大変そうだけれども、それでも……すごい事だ。


「僕は、彼に居て欲しい。この先どうなるかなんて分からない。なら、二人の傍に信用できる人が居てくれる方が良いし、彼の能力と技術と武器から出てくる別の目線や思考は父さんには必要だ」


 それが僕の結論だ。

 僕が居ない間に守ってくれたのは彼で、僕にない武器だけじゃなく知識や技術を持っている。

 僕は公爵家を継がなければならないうえに、5年もの空白があって”役立たず”だ。

 なら、現段階で頼れる相手を頼るのは間違いなんかじゃない。

 家を、家族を守る……それが、僕の願いなのだから。

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