第20話
~ ☆ ~
「あの……なんですの?」
「あ、ぅ……」
上手く、お話をすることが出来ません。
けれども、私は確信が持てるようになったんです。
あの人が、私の運命の人だと。
けど、何度も何度もお会いしようと思っても、いざそのお顔を見たら逃げ出してしまいます。
その使い魔さんなら大丈夫かと思ったのですが、上手くお話も出来ません。
む、む~っ……!
「す、数日前から私を付回して……。まさか、何か、狙いが──」
「いっ、いえ! その……失礼しました!」
「あっ、ちょっと!」
今日も無理そうです……。
なんで、話しかけるだけでもこんなに難しいんでしょう?
ただ、声を出すだけなのに。
逃げて、逃げて、逃げて……。
部屋の前で、彼の方と遭遇してしまいます。
「……アナタ、なんて顔してるの?」
「いや、その……。女子寮に居る異物だって分かってはいても、こう何度も何度も逃げられると、胸が痛む……」
ごめんなさいごめんなさい!
── ☆ ──
部屋に戻ると、寝床……いえ、ベッドとか言うんでしたっけ……?
ベッドに寝転がると、ここ暫くの出来事を思い返します。
カティア……ちゃんでしたっけ?
あの子からなら話が出来そうだと思ったのですが、それが上手くいきません。
どのように声をかけたら良いのか、どう声をかければ良いのか迷ってしまうからです。
ですが、迷っている場合ではないのも確かです。
夢が……現実になる前に。
私は、昔から変なままでした。
母親の命を奪って産まれた子だと、言っていた人も居ます。
それだけじゃなく、私には今居るこの世界がどんな色をしているのかも分かりません。
白と黒の世界、歪で変な世界。
それでも、別に構いませんでした。
けれども、昔から変な夢を見る事がありました。
眠っている間に見る、突飛も無い夢。
色々な光景、色々な情景、色々な展開が夢にはありました。
その多くは、たぶん精確な色をしていたと思います。
たぶん、こうであるなら綺麗なんだろうなと思える世界。
ただ……内容は、おかしなものばかりです。
まるでその場に居るように感じられて、風を感じ匂いを嗅ぎわけることが出来るくらいの、変な夢。
何時の、どこの事かも分からない夢でしたが、それらには一貫して言える事があります。
それは”可能性の提示”というものです。
避けられる事が出来る物もありましたが、避けられない事もありました。
それらは、これから起こるかも知れない出来事を、夢として私に見せてくれるのです。
『きっと、神様がマーガレットを見ていてくれているのだよ』
父様はそう言ってくださいました。
もちろん、こんな事を言えるのは父様くらいです。
自分が……未来を見ているかもしれないだなんて、馬鹿げた事を。
この前だって、まさか本当にそうなるだなんて思いもしませんでした。
週末が来て、外出していたなら私は生きてこの場に居なかったでしょう。
地震で、崩れた建物に潰される。
或いは、瓦礫の中に閉じ込められる。
そうでなくとも、魔物に見つかって……という夢もありました。
だから外出を取りやめましたが、まさか本当に地面が揺れるだなんて……。
それだけじゃ有りません。
私は、夢で見ていました。
1人の青年が、アルバート様やミラノ様と言った歴々の方々を学園までお連れする夢を。
それだけじゃ有りません。
橋が崩れて放り出される事も、その後亡くなって帰ってくる事も夢で見ました。
……それらは、全て事実になりました。
重い、深い溜息が出ます。
別に、夢を見る事にはなれました。
目が覚めれば、色なんて分からなくなりますから。
ですが、それらの夢は絶対に見せてくる事柄があります。
……それは、私が死ぬ運命を持つと。
多くの夢の結末は、私の死が待っています。
先ほどの学園外もそうですが、次期や場所を問わずに見せ付けてくるのです。
それらを書き記していたら、他人の目に触れさせる事ができないものとなってしまいました。
それに、途中で疲れてしまったというのもあります。
父様は私を神に祝福された子と言いましたが、逆なんじゃないかと。
神様は、私を毛嫌いしているんです。
私に待つ未来を、運命を見せ付ける事で苦しむのが見たいんだと思います。
けど、それらの夢にも、またもや一貫して同じ物があります。
それは、1人の青年がこれらの死を私から遠ざけてくれることです。
私の選ばなかった世界、外出したとしてもヤクモ様の近くに居た場合の世界。
……その世界では、私もまたヤクモ様によって守られ、学園まで戻ってくることが出来るという夢でした。
そうでなくとも、例え瓦礫に埋もれていようとも、或いは建物が崩れてきて押しつぶされそうになっても、彼の方はそれらから私を守ってくださるという夢。
勿論、その夢をすぐに信じられるわけがありません。
だから、学園から出ないという選択をして、後は窓から橋の方をずっと見ていました。
そして、夢の内容が本当になるところも見ていました。
ミラノ様やアリア様が学園に入られ、カティア様やグリムさまも学園に入られました。
アルバート様が学園に入り、そして……ヤクモ様は橋が崩れて、放り出されました。
勿論、それは避けられたかもしれません。
私が……そう、私がこの未来を知っていたのなら、橋を渡る事を急かす事だって出来た筈なのです。
ですが、それをしませんでした。
あの時、放り出されるヤクモ様の姿を思い出すと、少し胸が苦しいです。
見殺しにしたも同然なのですから。
……そして、見殺しにした事も有って、今度はどういう人なのかという情報が、全く無い事に気がつきました。
アルバート様と決闘をした、ということはどちらかが何かをしたということ。
無礼や失礼を働いたか、あるいは……単純に平民だから噂のとおりに虐めたか。
ですが、あの後学園まで戻ってきた事や今では親しげにしているのを見ると、単純な話ではないかもしれません。
騎士になったこと、これは良い方へと考えられるかも知れません。
少なくとも、アルバート様やミラノ様を始めとする幾人かと共に戻る事を肯定したという事ですから。
1人じゃ生き延びることができないと判断したのかも知れませんが、それでも……記憶の無い使い魔さんで、いきなり従えられたにも関わらず逃げなかった事を踏まえれば、良い事だと思えます。
叙任されるに値する事をしたと考えれば、良い人なのだと。
……例え、多くの夢でヤクモ様が関わってるとしても、それを良い意味で判断すればいいのか、悪い意味で判断すればいいのかは分かりませんから。
ただ、一つだけ強く印象に残っている死に際の夢はあります。
『マーガレット、なんで……?』
英雄といわれ、騎士になった立派な人だと多くの人は考えるのでしょう。
けれども、夢の中の幾らかはそうではありませんでした。
強く有ろうとした人、正しく有ろうとした人、けれども……何時もどこかで失敗する人。
そういう印象の方が強いです。
そして、その夢では……ヤクモ様はとても傷つき泣いておられました。
死に行く私を抱きかかえて、大事そうにしながら。
それがどういう意味かは分かりませんが、皆さんの言う強くて立派と言うのは……仮初めなんだと思います。
ただ、そうすると今度は申し訳ないことを繰り返してばかりなんですよね。
廊下で会う度に逃げ出して、その度に気落ちさせてしまっていますから。
けど、方法は……。
「……文、とか」
それなら、まずは名前を明かさずとも大丈夫な筈。
好意的か否定的かで止めてもいいですし、名前を明かすのも良いかも知れません。
ですが、それは少し悠長な気もします。
いつ私が死ぬかも分からないのですから。
むむむ……。
「──そういえば」
あの日、騎士に叙任された日から女子からの人気が幾らか高まったのを思い出しました。
主人の為に尽くし、そして死に……神の恩寵にて生還するという、多くの人が好くような流れ。
色々な考え方は有るでしょうが、その中には交流をしたいという方も居ました。
勿論、私の知っている中でもこれなのですから、他の学年からも有ると思います。
ただ、これは騙す形になってしまいます。
なので、私は神に誓います。
私は生きるためにヤクモ様に好意を抱いているフリをします。
ですが、偽りであったとしても……好いているかの如く尽くすと。
出来る事は、そう多くはありませんし……お裁縫や、お茶淹れ、香草を育て、お薬を作ったりするのが得意だなんて、貴族にあるまじき事しかできませんが……。
「……私に出来る事って、なんでしょうか」
ミラノ様やアリア様のような優秀さはありません。
平凡な成績、回復に少しだけ秀でただけの魔法使い。
父がツアル皇国や学園に近い領地を持ち、デルブルグ家と幾らか親しくしているくらいしか有りません。
「──こんな事ではダメですね。ワンちゃんが居たら、心配させちゃいます」
子供の時に拾った、小さな子犬……。
と、思ったのですが。
今では私を背中に乗せる事が出来るくらいの大きな白い虎になってしまいました。
それでも、帰省したらすぐに飛んでくるくらいには懐いてくれているのが救いでしょうか。
お屋敷に居る時は、大体一緒に居ます。
お庭や香草の手入れをしている時も、お部屋で薬草を煎じている時も、お料理を少しやってる時も。
お散歩する時だって、ワンちゃんが居れば護衛の人も要らないくらい凄い強いんです。
……早く会いたいです、ワンちゃん。
もしかしたら、あれからもっと大きくなったかもしれません。
年に数度しか戻れないのが可哀相ですが、仕方が無いですよね。
それが学園に入るという事なのですから。
「──もし、もし……。ヤクモ様が、本当に良い人であれば」
そう願わずには、望まずにはいられません。
色々な人が居て、中には酷い人もいると父様は仰ってました。
表向きは立派な人でも、裏では酷い人もいると聞きます。
もしそうであったら、私はそんな人に自分を預けなければならなくなります。
なら……いっそ黙っていた方が良いとさえ思います。
難しい、本当に難しい話です。
~ ☆ ~
長い……長い時間だったと思う。
僕は、このまま死ぬとさえ思っていた。
毒の塗られた剣は、すぐさま僕の命を奪う……その筈だった。
けれども、僕は咄嗟に自分の時をほぼほぼ止める事で、助かる事を選んだ。
成功したといえば成功したけれども、自分の中に流れる時を止めてしまったせいで毒物を誰も察知できなくなってしまった。
第二に、自分でそれを解除する事ができず、徐々に毒が回って死を覚悟した。
もうミラノにも、アリアにも会うことなく死ぬのだと……。
けど、そうはならなかった。
僕に似た一人の人が、父が連れてきたその人が全てを解決してくれた。
毒を消し去り、汚染され衰弱した身体を回復させてくれた。
それによって、僕は再び目覚める事ができた。
「げほっ、ごほっ!」
「あぁ、そんなに急がれないでください。殆ど物を口にしておりませんでしたから、身体が驚いてしまわれます」
ラムセスが、空腹だと告げた僕の為に食事を作ってくれた。
そのほぼほぼ液体のような食べ物を口にしたけれども、お腹がムカついてむせてしまう。
それでも何とか回復したいが為に、吐き気をも押さえ込んで飲み込んだ。
「……無理をなさいませんよう願います、クライン様。折角お目を覚まされたというのに、ここでお体に無理をさせては宜しくありません」
「無理をせずに──げほっ──いられないよ、ラムセス。僕は、5年もの時を無駄にしたんだ。ミラノは……”アリア”は? 母さんは……どうなってる? それが気がかりで、それが心配で……いてもたってもいられないんだ」
動けなくても、父が時折やってきて話しかけてくれた内容くらいは覚えている。
誘拐されたミラノは無事だという事、ミラノを複製して作られた少女を”アリア”と名付けた事。
”アリア”は、ミラノとして……姉として振舞う事を決めたことや、あれ以来身体が弱ってしまったミラノが”アリア”を名乗り妹として生きることにしたこと。
……学園に行った事や、毎年主席で帰ってきている事だって聞いた。
ただ、母さんのことも聞いてしまった。
あの日以来、かつてのように毅然とした人物ではなくなってしまったと。
毎日部屋の中で過ごし、昔のように庭を眺める事もなくなったと。
心配事は沢山ある。
ちょうど……今は休暇で戻ってきている。
なら、早く元気にならないで、何が長男だ……!
「父さんにも、言ってよ。僕は、一刻も早く帰って、母さんや二人の妹を……見なきゃ安心出来ないんだ。帰る……今すぐにでも、そうでなくとも明日には、明日が無理だとしても明後日にでも……」
僕は、兄としての責任を放棄してきた。
この5年間……兄として、守るべき妹たちと支えるべき両親のどちらにも何も出来なかった。
それに、学ぶべき事柄や鍛えなければならない事柄が……沢山あるのに。
「こんなの! こん、なの……」
すぐに元気になってやる、すぐに妹たちの元へ……母親の元へ戻ってやる。
そう意気込んでも、身体の方がついてこない。
蒸せて、吐き出しそうになって、そこまで弱りきった自分が情けなくなる。
「……クライン様。その心意気は立派で御座います。お二方や母を案じるその気持ちは、公爵様も理解しておいででしょう。ですが、ここで無理をして、再びお倒れになれば全てが水泡と帰します。クライン様に良く似た方がお与えくださった好意も機会も、ここでふいにするおつもりですかな?」
「ッ……」
「お急ぎになりたい気持ちも、良く分かりますとも。ですが、そのような状態でお帰りになられたところで、お二方や母君をさらに心配させる結果になりましょう。ですので、少しでも回復なさってから、少なくともお二人の前でお倒れにならない程度には元気になってから向かうのが好ましいかと思います。……生きている事ではなく、元気な姿こそが母君にも良い薬になりましょう」
……そう、だよね。
今の僕は、自力で歩く事すら儘ならないと思う。
そんな状態で、二人や母さんの前に出てなにになる?
余計に心配かけて、母さんがこれ以上弱ったらどうするんだ……。
悔しい、悔しいな……。
「……父さんは、どうしてる?」
「お屋敷に変える予定を、少しばかりずらすようです。クライン様に少しばかり付き添って、それからお屋敷へ向かうのだとか」
「そっか……」
「──公爵様の気持ち、少しは汲んでやってください。本当なら傍に居てやりたかった、もっと顔を出してやりたかった。けれども、公爵家の当主である以上、そんな真似はできないと……悔やんでおられましたから」
それは、何度か聞いていた。
少し前に来た時だって、父親らしい事をしたかったと泣いていたのを僕は見ていた。
父親らしい事をしてやりたかったけれども、公爵である以上は出来ない事もあると。
それを後悔していたみたいだった。
「じゃあ、彼は?」
「ヤクモ様ですかな? たぶん、階下に居られると思いますが」
「……じゃあ、彼を呼んでよ。僕は暫く戻れそうに無い。なら、彼に託す事は出来るからさ」
「かしこまりました」
ラムセスが去り、暫くするとヤクモがやってくる。
見れば見るほどに似ているけれども、片目の色が違うくらいしか差異が無い。
ラムセスは……どうやら、席を外してくれたみたいだ。
彼は、提げていた剣を外して立てかけると、椅子へと腰掛ける。
「……なんか、お呼びしたみたいで」
「敬語も丁寧語も要らない。君に、頼みごとがあるんだ」
「頼みごと?」
「──僕は、回復するまではここに居なきゃいけない。その間、くやしいけど……待たせなきゃいけなくなるんだ」
「──……、」
「僕が戻るまで、妹たちと、母さんを頼む。本当なら、こんな事を頼める立場に無いとは分かってるけど──」
「なんだ、そんな事か」
「そんな……?」
ヘラと、彼は少しばかり固めていた顔を崩した。
それは、安堵とも言えるような顔つきで、本当になんとも思っていない様子だった。
「……俺に何が出来るかは分からないけど、出来る範囲の事ならやるよ。それに、公爵とも約束ちしまったしさ」
「何を?」
「本来なら、一時的に生きているフリをして……公爵夫人を元気付ける予定だったんだ。その為に、ミラノやアリアにも礼儀作法、言葉遣いや人柄に関してまで沢山勉強させられた。だから、少しばかり予定が変わるだけさ。回復したら、入れ替わるように俺が演技をやめてヤクモとして来れば良いだけなんだから」
母、さん……。
父さんがそんな事をしてまで元気付けたくなるほど、酷くなってるの?
くそ……、もっと、僕が上手くやれていたら。
そもそも、不意打ちを受けてなんか居なかったら──。
そうじゃない、もっと強ければ、こんな事には……!
それだけじゃない。
彼は、似通っているというだけで、そんな事をさせられる事になっている。
無理強いされたのか、それとも善意から快諾したのかは分からない。
けれども、それは決して軽い事柄じゃない。
人を真似し、模倣し、その上で……礼儀作法まで覚える?
決して楽な事じゃなかっただろう事は理解できる。
それでも、やると……。
「……ごめん。ほんとうに、ごめん」
「クラインのせいじゃないだろ。それに、俺は少しホッとしてるんだ。クラインが目を覚ました事で、これから先同じような事を求められずに済むって。……本当は、少し疑ってたんだ。俺がクラインになる事を求められるかも知れないって。それが無くなっただけでも、大分安心してるんだ」
「安心? なんで──」
「俺が俺でいられること。俺が誰と誰の間に産まれて、どのように育てられたのかを隠す必要が無いまま生きていられることを……かな。両親はもう死んだけど、それでも……俺の両親が誰で、どんな人なのかを口にすることも許されない可能性を回避できたんだ。俺は、その事実にこそ助けられてるよ」
そう言って、彼は──本当に安心した顔を見せた。
困ったような顔をしているけれども、それは少し違う。
自分が亡くなった両親に固執しているようで、その事実を口にしているのを恥じているのだ。
「と、父さんがそうしようと……していたと?」
「いや、そういうわけじゃないけど。……一年後、十年後と先の事は分からないだろ? 可能性は無いとは言い切れないし、学園が魔物に襲われるようなことさえあったんだ。なら、何が起きてもおかしくない……そうだろ?」
「……ああ、確かに」
僕だって、ミラノが攫われるだなんて思った事も無ければ、複製された妹が出来るだなんて考えた事も無かった。
なら、それと同じように似ているからと、彼が僕の代役をさせられる可能性だってありうるかもしれない。
世界どころか社会の事も分かってないのだから、なんだって起こりうるだろう。
……うん、起こりうる。
「……僕からしてみれば、まるで僕のような人が出てくるということがそもそも驚きだけどさ」
「言うな。俺だって、自分に似た奴が居るだなんて考えもしなかったんだからさ」
「けど、違うんだね」
「けど、違うんだ」
僕はタダの子供で、彼は色々としてきた人間。
ミラノやアリアを守り、アルバート君やグリムちゃんも守ってきた男。
寝ていただけの僕とは、大違いだ。
「……一つ、聞いてもいいかな。戦うのは、恐くなかったかい?」
「恐かったさ、ションベンも何度か少しは漏らした位に」
「うへぇ……」
「相手は殺しに来てる上に、こっちの何倍も数が居る。ミラノたちが居るから慎重にやらなきゃいけないし、けど慎重になりすぎて応援を呼ばれたり後ろのミラノたちに向かわれても困る。それに……」
「それに?」
「あの時、結構皆の精神状態は不安定だった。何かしらの要因で精神が崩壊したら、その瞬間に瓦解してもおかしくない均衡だったんだ。アルバートには悪い事をしたと思ってる、けど……あいつには”酔って”貰わないと皆が総崩れになる可能性が一番高かったし」
「酔うってのは……?」
「……言うなよ? アルバートは強さを求めてた。それも、父親に認められ、長男に追いつけるくらいの強さを。けど、自分の弱さを知っているのもあいつだった。だから、俺が”強い”と錯覚させれば、アルバートは鵜呑みにして安心して、安定する。そうすると、その従者であるグリムも落ち着いて周囲を警戒できたし、グリムが落ち着いていればミラノやアリアも安心できると言う……そういう状態だったんだよ」
そう語っている彼は、まるで戦い慣れた兵士のような顔だった。
事実を事実として、良いも悪いも全てただの事柄のように口にする。
ここに彼ら彼女らが居れば一悶着起きたであろう事柄を、平気で。
「君は、恥ずかしげも無くそう言う事を口にするんだね」
「恥ずかしいのは目的を達成できない事だ。なら、その為に仲間を、味方を理解した上で良い方向へと利用するのは何か間違いがあるのか?」
「……いや、前までの僕ならそれに腹を立ててたかもしれない。けど、そうじゃない。綺麗ごとだけじゃどうにもならないし、理想だけじゃ勝てない事だって有るのは……この身をもって理解した。この5年間、ずっとその事で考える時間が有るくらいには」
妹を守る、一人増えて”妹たち”になったとしても、僕はそのようにした。
けれども、結局は現実的な強さが無ければ叶う事は無い。
真っ直ぐに突き進んでいても、横合いから殴られればひとたまりも無い。
それこそ、文字通り”考えもしなかった”のなら、なおさら。
僕は教わっていた剣技で、鍛えられたおかげで、ちょっとばかり齧った”戦術”でミラノは救い出せた。
けど、アリアを救うまでに齧っただけの戦術は意味を成さなくなった。
逆に待ち伏せされて、背中から深く切りつけられて……この様なのだから。
「……あ、そうだ。妹たちの事を聞きたいな」
「話がとぶな……」
「だって、君は傍に居たんだから知ってるはずだろ? どんな様子なのか、どんな風に生活してるのか」
「そうだな……」
彼は少しばかり考え込むが、僕はその様子を見ながら……悩む。
父から聞いているけれども、今の彼を従えているミラノは本当のミラノじゃない。
両親から生まれたわけでもなければ、望まれて産まれてきたわけでもない。
その事実を、彼は知っているのだろうか?
いや、知らないはずだ。
そうじゃなければ、彼女がミラノを名乗り今まで頑張ってくる訳が無いのだから。
僕の代理……死んだものとして、立派な婿を迎えられるように、家を存続させる為に自分を殺し続けているのだから。
「俺の主人はミラノで、使い魔じゃなくなったけど今でも変わらない。ちょっと……時々おかしくなるんだけど、それでも大事にはされてるよ」
「おかしく?」
「なんか、こう……俺の扱い方がなんかマチマチなんだよ。傍に居させ続けるときもあれば、平気で体力練……訓練をしにいくのを許可する時もあるし。俺の事を褒めてくれる事もあれば、バカじゃないのって思いっきり言って来る事もあるし。まだ理解が足りないんだろうけどさ」
……?
なんだろう。
まさか、”ミラノ”が複製の影響で身体を弱めたのと同じように”アリア”にも何かの悪影響があったという事だろうか?
それは、嫌だ。
確かに、彼女は望まれて、愛されて産まれてきたわけじゃない。
けど、それでも……僕にとっては、大事な妹なんだ。
それに、可哀相過ぎるじゃないか。
理由は分からないにしても、大人の勝手な都合で生まれさせられて……処分されるだなんて。
それに、”ミラノ”は望んだんだ。
名前も無い、自分に似たあの子を助けてと。
なら、それに応じなければ兄じゃない……だろ?
「仲がいいのやら、悪いのやら」
「それに関しては俺も判断しかねてるよ。けど、まあ……待遇を改善してくれたり、何も知らない俺の為に色々と教えてくれたりと世話になってる。だから……悪いほうじゃ、無いと思うんだ」
「……そっか。もし、何かあったら遠慮なくいってよ。流石に全てとはいかなくても、僕から幾らかお願いする事くらいはできるからさ」
「それは最後の手段としてとっておくよ。まだ一月も回ってないんだ。そんな早い内に自分で交流を諦めて頼るなんて、ダッサイ真似が出来るか」
……まあ、それは僕も思うよ。
自分で何かをする前に、誰かを頼るのは少しダサいと思う。
けど、それは”僕”と”彼”とで境遇が違うからだ。
僕は休む事しかできない中で出来る最大の事柄がそれしかない。
けれども、彼は少しばかり色々と抱え込みすぎている。
あれもこれもと手を伸ばせば、零れ落ちるものもある。
それが妹たちであるくらいなら、頼られて関係を保てるほうがまだ良い。
……その前に”ミラノ”は、僕の事をどう思っているのかが気になる。
勝手に兄貴面しているけれども、彼女がそう思っていない可能性もあるわけだし。
「……ほら、寝てろよクライン。父親がそろそろ戻ってくる。だのに、休まないで話し込んでたらコトだろ?」
「はは、違いない……」
「俺も公爵の付き添いで暫くは居るからさ、明日にでもまた話をしよう。だから……お休み」
彼は剣を手にして、再び腰に帯びた。
もう終わりということだろう。
変に遜ったりせず、正しい事をすっぱりと言う。
僕は、それを好ましいと思う。
「……それじゃあ、また明日……かな?」
「ああ。また明日だ。俺も──ちょっと準備や今のうちに休んだりしておきたいからさ。あんな服、着てたらすぐに体調崩しそうだ……」
「なら、年がら年中着てみたらいいよ。きっとすぐに慣れるさ」
「イヤだね。俺は戦ってるほうがまだ気楽でいい」
そう言って、彼は部屋を出て行く。
それを見送ってから、僕はゆっくりと身体を横たえた。
入れ替わるようにしてラムセスが来たけれども、なんだか……酷く疲れた気がする。
それは、何かをしなきゃ、こうしなきゃと考えていた事が一気に抜け落ちたからかも知れない。
彼に甘えて、暫く助けてもらおう。
その代わり、僕が回復したら直にでも入れ替わって、彼を助けないと。
そうじゃないと、道義に反する……からね。
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