第19話

 ~ ☆ ~


 最近、姫様は下界の事に強く関心があるようだ。

 それも、学園で誕生したとされる”英雄”とやらに。

 なので、気づくべきでした。

 まさか、部屋を抜け出してまで行くだなんて。


 幸いな事に、姫様はすぐに見つける事ができました。

 ただ、私に取って不幸だとするのなら、その傍に記憶の中の人となった人物が居たという事実くらいですが。


「ぼへぇ~……」


 ただ、違いが有るとすればクラインさんはこんな間抜け面を晒したりはしません。

 姫様も傍に居て、主人であるミラノさんも傍に居るのにまるで従者のような素振りも見せない。

 けれども、無能と言うわけではない。

 この人は、付呪を見抜いた上にその効果まで見抜く能力がありました。

 それだけじゃなく、姫様を攫ったと思って攻撃した私やその部下まで単独で迎撃して見せました。

 少なくとも、そんじょそこらの相手に負けるような鍛え方はしてませんでしたが、1人を相手に負けるなど……。


「あの、姫さん。教育係が一緒とは言え、こう連日来られても……」

「迷惑とでも言いたいのか?」

「あ~、まあ……」

「ほほう。ミラノさん、どうやら彼は不敬で死にたいみたいですね?」

「よいよい、オルバ。妾が楽にしろと以前命じた。それに、まだ妾はお披露目もして居らぬ、誰にも知られていない姫でしかないからな。勝手に押しかけて、その先で勝手に敬えというのは当たり屋が過ぎるであろう?」


 まあ、そうですが……。

 ただ、若干不愉快なのです。

 クラインさんと姫様の関係を知らないわけでは有りません。

 もしクラインさんがいたのなら、僕は今頃教育係にはつけていないでしょうし、姫様はクラインさんを指名してお傍付にしていた事でしょう。

 なので、クラインさんに似ているというだけで、別人だからこそ嫌な気持ちにさせられます。

 こう、土足で踏みにじられている気がする。


「あの、姫様……。私が言うのもなんですけど、本当にこの態度で良いの?」

「よいよい。むしろ、昔から変に畏まられるのが嫌だったのじゃ。故に試しに遜るなとしたが、これは意外と心地が良いぞ、ぬはは!」


 ……姫様。

 お願いですから、外でそう醜態を晒さないで頂きたい。

 それとも、まさか教育をしすぎた反動……?

 いや、そんなまさか──。


「調子に乗らないでくださいね。もしそうなった場合、此方には貴方を処分する方法は幾らでもあります。それこそ、虚偽であろうと、過剰であろうと」

「調子に乗れるわけ無いだろ……。本当ならなんで同席しなきゃいけないのか分からないくらいだし。外で訓練する筈だったんだよ……」

「ほう?」

「訓練とな?」

「ああ……」


 先日見せてもらった武器は、4000万人もの死者を世界中で出したと聞きました。

 それが事実かどうかは分かりませんが、僕の持つ銃よりも大分進んでいる事は分かります。

 連射出来て、一発ずつ弾を篭める必要も無い。

 それどころか、火薬と弾をそれぞれ別にする必要も無くて、戦闘においてその脅威は遥かに高い。

 威力は分かりませんが、ミラノさんはあれでオークやウルフを一発で殺傷したと言ってました。

 僕の銃では、重傷にすることは出来ても確実性にかけます。

 オークにいたっては、当たった所で軽傷になるかどうかで、頭に当てた所で威力は望めない。

 ただ、少しばかり思うところは有ります。


「──では、その手助けをしましょうか」

「はは、嫌な予感しかしね~……」


 ええ、予感を確信にしてあげますよ……。


「え? 闘技場を使いたい?」

「はい、急な来訪のうえ、勝手な事を言っているとは分かっていますが」

「ふんふん……いいよ、オッケー。どうせ休校だし、後片付けもちゃんとやるならいいよ」


 久しぶりに会った学園長は、相変わらずゆるい人でした。

 これでも英霊だというのが中々信じられませんが、昔と変わらぬ姿をしているので少々安心しました。

 話もすんなりと終わり、闘技場を借りる事が出来るようになったのでまずは射撃の腕でも競ってみましょう。

 と、思ったのですが……。


「こーさ~ん」

「「「え?」」」


 まさか、始まった瞬間に降参するとは思っていませんでした。

 ですが、それで困るのは僕のほうです。

 銃の性能、射撃能力、その運用に関して少しでも見抜こうと思ったのがバレた……?

 

「怖気づきましたか?」

「そういう事で良いよ。俺って弱いからさ」


 ……気づいてますね、これは。

 銃を奪えば戦闘能力が大幅に下がるとか、銃に依存した戦闘なのか調べたかったのですが。

 仕方がありません。


「はぁ……分かりました。では、模擬演習と行きましょうか」

「と言っても、帰省が近いから出来ればボコボコになりたくないんだけど」

「ご心配なく。こういう魔法が有りますから」


 かつて、マスクウェル学園長が一度だけ使ってくれた魔法ですが。

 舞台の上にそれぞれ護符を配置し、それらを繋ぐように線を描きます。

 そして……発動するだけ。


 魔法が完成すると、舞台の上は特殊な空間が作成される。

 それさえ確認できれば、準備は完了です。


「何をしたんだ?」

「本当に命を奪うような殺し合いをしたとしても、この中では死なずに済む真に迫った訓練をするための魔法です」

「なんだ、それ……」

「分かりやすく言うとですね──」


 銃を抜き、引き金を引きます。

 バスンと、弾がヤクモさんの胸に飛んで行き穴を作る。

 血があふれ出し、それが心臓を貫いた事を確認します。


「……お前」

「ヤクモ!?」

「オルバ!!!」


 姫様とミラノさんの悲鳴が聞こえますが、すぐに硝子が砕けるような音が響き渡ります。

 すると、胸に出来た穴も流れた血も、そもそも全てが無かったかのように元通りに。


「……実演、如何でしたか?」

「──なるほど。こりゃ、確かに命をかけた訓練が出来そうだな」

「マスクウェル学園長の編み出した魔法で、その効果はお墨付きです。もっとも、最近の授業では使われなくなったみたいですが」

「なるほど。それじゃあ、楽しめそうだ」

「楽しむもんじゃないでしょ、こらー!!!」


 ミラノさんは怒ってますが、これもまた私に出来ることです。

 別に、以前の意趣返しがしたいわけではありません。

 ですが、クラインさんと似た姿をしている以上は警戒して当然なのです。

 姫様の事もある、彼が潔白である可能性を見出さない限りは──。


「せやっ!」

「おっと!」


 始まりをも告げずに腰の剣を抜いて切りかかっては見ましたが、当たり前のように防がれる。

 ……とは言え、これが通るとは期待してませんでしたが。

 少なくとも、姫様を守るように戦っていた時を思えば、防げて当然なのですが。

 ですが、これなら──


「あめぇんだよ!」

「くっ……」


 剣撃に紛れさせて銃を向けるも、すぐに蹴り飛ばされてしまいます。

 抜け目がないというか、なんと言うか……。

 少なくとも、色々と考え、見ている。

 これは、クラインさんでも途中だった──。

 ですが、だからと言ってこれが主力と思われては……。


「困りますね!」

「ッ!?」


 懐から出した札を貼り付ける。

 そして一言告げるだけでいい。


「爆ぜろ!」


 御札の有効性は、詠唱も準備も不要であるという事。

 そして、貼り付ければそこで魔法を発動できる。

 ただ、作成した効果や目的以外のことは出来ないという不便さはありますが。


 ですが、胸元に貼り付けた爆破は攻撃が通る。

 私たちのように魔法防護のされている服ではないので、服が大きく裂かれて抉れた胸元が露出する。

 ……ただ、思ったよりもダメージは低いみたいですね。

 起爆点は、骨が見えてますが……。


「がっ!?」


 しかし、横合いから衝撃が走り、僕もタダでは済みませんでした。

 よろめき倒れたのかと思いましたが、そうではなかった。

 倒れ臥すように見せかけて、片足が……側頭部を──ッ!?


「ざ、っまみろ」

「ふ、ふふふ……ええ。どうやら、思ったよりも抜け目が無いみたいですね。それに、それで致命的ではないのですね」


 結構致命的だと思ったのですが、それにしても……。

 神に祝福されたというのは、あながち嘘でもなさそうですね。

 少なくとも、胸当てや甲冑の上からでも相手を無力化できる威力を受けて、まだ動けるなんて。


「ほら、メガネ……。拾わなくていいのか?」

「別に、構いませんとも。メガネが無くとも相手が見えて、その輪郭さえ分かれば……攻撃はできますので」


 お札を数枚掴み、その数枚を剣に突き刺す。

 そして、残った分を中へと放る。


「九死の呪≪ナイン・ライブス≫……」

「へっ、射殺す百頭じゃないのか?」

「いいえ、九つ相手を切れば呪殺する魔法ですから。それと……これでどうでしょうか」


 中に放り出したお札へと手を伸ばし、手を振り下ろす。

 言葉は必要ない。

 ただ、それだけで全てが攻撃へと変わる。


「はっ、やっべ」


 そういった彼は、とても楽しそうでした。

 戦闘狂……とでも言うのでしょうか?

 いえ、それじゃクラインさんも同じになってしまいますね。

 これは、そう……困苦を前に笑える能力とでも言うのでしょうか。

 乗り越えれば成長できる、前進できる事を喜ぶ気概。

 

 ですが、お札が全て焔と化して空から降り注ぐ中で防ぐ手段は無い。

 爆破で翻弄するだろうと、その中に突撃をすると予想通り翻弄されている。

 彼の弱点は、魔法を前にして守りに回った時……。

 つまり、知識不足が予想不足を招き、予想不足が反撃も回避も封じる。

 

「三つ!」


 爆破から半拍置く事で、突撃の意図を隠す。

 魔法への防御と回避に専念したその瞬間、判断の間隙を縫うように突き進む。

 踏み込みざまの一回、反転しながらの二回目、逆袈裟と共に蹴って三度目の剣撃がはいる。

 呪詛が、彼を蝕み僕から抜けていくのを感じた。

 その代わりに、ヤクモさんへと呪いが入って行く。


「……呪詛、か。魔法とはまた、違うんだな」

「──笑うんですね、仮初めとはいえまた死ぬのに」

「知らなかった事が分かった。なら、次は上手くやれる。その分、自分が倒れずに済む、誰かを守る事が出来るからな!」


 呪いが入り込み、斬られた場所から侵食されていく。

 腕が、背中が、肩が。呪いで支配されている。

 だというのに、彼はその痛みを感じていないのか……?

 

 その後、攻めあぐねる。

 何とか更に二度ほど斬る事は出来たが、最早時間の方が足りない。

 強力な呪いは、完遂できなければ己に帰ってくるのが当たり前と言うもの。

 5回も斬れば、並の相手なら最早息苦しくて立っていられない筈なのに。

 目の前の彼は、呪いを注ぎ込まれた気配を感じさせもしない。

 最後に斬りつけた頬から、顔や首まで呪いが広まる。

 しかし、制限とされている『9分』を迎えつつある僕も呪いに染まっている。

 

 最終的に、僕の心臓が呪いに蝕まれる。

 それが、戦いの終わりでした。


「っち、これじゃどっちが勝ったかわからねえ……」


 忌々しそうに彼は全てが無かった事になった後、そんな事を言いながら空を見ていました。

 実質、最後まで攻撃を続ける事ができたのは僕です。

 しかし、呪いを発動させた上で攻め切れなかったという意味では僕は負けました。

 相手は重傷なれど致命傷ならず、僕は軽傷なれど心臓が潰された。

 ……何度、訓練とは言え死ぬのは慣れませんね。

 ですが、姫様をお守りする以上は、そんな事を恐れていてはいけないのです。


「まあ、引き分けと言った所でしょうか」

「そうなるよなあ……」


 ……しかし、戦いの最中の熱さは何処へやら。

 終わったら、一気に部屋の中で腑抜けていた時のようになってしまいました。

 けれども、それもまた少し似ている気がします。

 何かを学び、成長し、挑戦している時は楽しそうなのに……。

 それらがなくなると、一気に覇気が無くなるあたりも。


「オルバ。貴様、覚悟は出来ているのじゃろうな?」

「……なにがでしょう?」

「魔法を使ったとは言え、妾にも無断で相手を殺め、その上私闘をしようなどと……」

「僕は、事前に言った事をそのまま忠実に行っただけです。それでも腹の虫が収まらないというのであれば、処罰なさってください」

「や、ヤクモ。大丈夫?」

「ん~。痛みとかは本物だったんだけど、終わったら全部無くなるんだなあ……」

「暢気なこと言ってる場合かッ!」


 ……ミラノさんも、大分気を許しているんですね。

 心配して、駆け寄ってまで──。

 であれば、僕のしたことは同意があっても納得されるものじゃ、ないですね。


「けどさ。部屋に居て拘束されてるよりかはずっと楽しかったし、また色々学ぶ事も有ったからよかったと思ってる。──ありがとな、オルバ」

「……敵に感謝するなんて、不思議な人ですね」

「敵? おいおい、俺たちがやってたのは手合わせだろ。なんで敵だのなんだのが出てくるんだ?」


 訳のわからないことを言うなよと、言外にそう言われた気がしました。

 なんだか、こういう態度を取られるととてもやりにくいですね……。

 僕だけが空回りしてるみたいで、バカみたいじゃないですか。


「オルバ。三日ほど自室にて謹慎じゃ」

「そのようにいたします」

「おいおい。それはちょっと……」

「あのね。アナタ、説明もなしに一回死んだんだけど。そうじゃなくとも、主人に説明もなしにそうした事と、アナタの主人である私に何も言わなかった事は別問題でしょ。アナタがどう思うかで終わる話じゃないのよ」

「そうじゃそうじゃ! まったく、恐い思いをさせおってからに!」


 ……ああ、なんだ。

 僕だけじゃ、無かったんですね。

 結局、ミラノさんも姫様も失った事を引きずってる。

 けど、僕は目の前の人を違う人だと断じていても、二人はそうではなかった。

 

「……悪い、オルバ。せっかく付き合ってもらったのに、お前に迷惑かけちまって」

「──何の事でしょう。私たちの間では、合意の有った事という事で話は終わりです。ただ、私は自分の立場を忘れていた……それだけの話ですよ」


 公爵……。

 生きているというのなら、なぜ五年もその姿を見ることが出来ないのですか?

 これはただただ僕らを傷つける、辛い事だというのに。

 亡くなられているのなら、そう言ってくれれば僕だって……。





 ~ ☆ ~


 オルバの奴、大分無茶をしおってからに……。

 使うなら使うで、ちゃんと言わぬか!

 見ていて気分の良いものではない。

 まるでクラインが傷つき、倒れるのを見せ付けられているようであった。

 ……公爵には、ミラノを救って今は療養していると聞いているが、何処まで事実なのやら。

 既に五年もの年月が経過しておる。

 言葉だけでは、信じられぬ事だって有る。


「ほんっと~に、大丈夫なのよね?」

「大丈夫だって。痛みもないし、傷も無い」

「アナタ、この前腕と足が……」

「そっちもちゃんと繋がってるって」


 ミラノも心配しておるな。

 当然か……。

 目の前で兄を刺された事もある、そこから少しばかり過剰になっても仕方があるまい。


「ミラノ、許せ。妾の側仕えが酷いことをした」

「……いえ、姫が謝る事じゃ有りません」

「だとしても、妾は迷惑をかけたことに対して、主として何らかの謝罪をせねばオルバの立つ瀬が無いでな。……ふむ、そうじゃな。これを呉れてやる、金にでもするが良い」

「姫様!?」

「なんじゃ、オルバ。お主が魔法で何事も無いとしても、それは肉体面での話であろうが。それに、あの日からまだそう時間が経ってない中で無茶をさせた。であれば、何かあった時の為に”迷惑料”を置いていくのは、そう変な話でもあるまい」


 というか、腕と足が繋がってるとはどういうことじゃ?

 ……まさか”ぽーん”とチョン切れたのか?

 

「……腕と足に何かあった分を出しておくか」

「あ~、姫さん。ちなみに、さっき貰った指輪だけで幾らになるんですかね?」

「さあ? 金にはなるじゃろ」

「いやいやいやいや。こんな純金と純度の高い宝石の指輪一つでかなりの額になると思うんですけどね!? というか、宝石塗れの首飾りはもっと高くつくから! 換金できない! 足がつくから!」


 むぅ……。

 なんというか、心配し甲斐の無い奴じゃな。

 けど、クラインも同じであったか。

 強がりと言うか、なんというか。


「では、指輪だけにするか。じゃがじゃが、何かあったら遠慮なく言うがいい。迷惑をかけたのでな」

「あ~……はい」


 渋々ではあるが了承したようじゃ。

 これなら一応は後腐れなく話が終わった事にできる。

 オルバのしたことも帳消し、主人同士で話がついたという事で終わりじゃな。


「しかし、オルバと引き分けるとは中々じゃな! オルバの奴、城でも一二を争う強さなのじゃが」

「へぇ~……」

「……信じてないような、疑っているような反応をどうも。ですが、姫様をお守りする親衛隊の長でもありますので、偽りではないという事だけは──」

「いんや、そりゃ疑ってないさ。学園最年少主席卒業、更には姫様の教育係を勤めるだけあって、強くて博識で当然だろうと思ってるし」

「──そう、ですか」


 くふふ、オルバが言いくるめられとる。

 城では若いから、或いは父君の件で色々といわれる事が多い。

 そのせいで素直に受け止める事が出来ぬが、中々どうして面白い。

 ヤクモとやらは物事を言うのに弩直球が多いみたいじゃからな。

 クラインの事も有ろう、否定できぬので受け入れるしかない。


「姫様……何が面白いので?」

「いやなに。教育係の将来を案じておったのでな。良かったではないか。お主の事を率直に評価してくれる相手が出来て」

「ふ、ふん……。またその話ですか。別に、僕は友を必要とはしておりませんので」

「オルバ、友達居ないの?」

「居ませんが、なにか?」

「まあ、別にそれをとやかくは言わないけどさ……。こういう考え方も出来るぞ? 友は多い方がいい、戦友は多い方がよい。弾除けや戦いの理由に出来るから、って」

「アナタ……」

「そ、そういう考え方も出来るってだけ! けけけ、けどですね!? 生き死にを前にして立てなくなったら、仲間や味方を理由に奮い立てるのならそうしろっていわれてますし!」

「合理的では有りますね」

「奇遇だな、初めて考えが一致した気がする」

「ええ」


 む、いかん。

 オルバの別の面を見られた事で楽しんでしまった。

 じゃが、オルバが妾の教育係になったきっかけはクラインじゃからのう。

 まだぎこちない所はあるが、幾らか打ち解けた様子は見せている。

 それは好ましい事じゃ。

 ……父君の一件で、オルバは全てを失ったからな。

 3公爵家の一つが没収され、温情で学園に行くことは許された。

 最年少で入学したのは優秀だったからではない、そうせねば死ぬしかなかった。

 それを知っていると、ヤクモなる男が来たのは良い切っ掛けになるであろうな。


「くふふ……。しっかし、やはりその強さは気に入ったのじゃ! 今度妾の相手もしてくれぬかの?」

「え~……」

「──ちなみに、単純な力勝負では姫様の方が上です。技量こそ拙いですが、その速さと直感的な行動には僕でも負けます」

「マジで?」

「って、こりゃオルバ! 妾を獣のように言うでない!」

「失礼を、姫様。なにぶん、何年教育指導を徹底しても、力で押しつぶす戦いぶりとなぎ払うような豪快さが抜けないもので。獣と言うよりかはケダモノの方が正しいかも知れませんが」

「……親衛隊よりも強いオルバが居て。そのオルバが守るべき相手の方が強いって、こりゃもうわかんねえな」


 む、昔はクラインに守られるだけじゃったからな。

 あれを恥じて、頑張ってみただけなのじゃが……。


「の、のう。ヤクモよ。やはり、強い女は魅力的には見えぬものなのか……?」

「考え方によるかなあ。強くて一緒に戦える女性ならそりゃ頼もしいけど……男としては、守ってあげたいから強いと立つ瀬が無いかなと」

「守りたい……?」

「英雄で有りたいんだよ。女性にとっての、個人的なさ。ちっぽけな自尊心と虚栄心だろうけど、男は立派でなければならない、男は頼もしくなければならない、男は強くあれ……。そういうのを逆に言えば、女性が弱くないと”男”が霞んじゃうって考え方もあるけどさ」

「そ、そうか……」


 それは良くない、良くないのじゃ。

 クラインが居たら、ひかれてしまう……!

 い、いや。居らぬし、もう5年も音沙汰が無いのじゃが。

 それでも、なんとなく……それは良くないと”勘”が告げる。

 

「ヤクモさん。姫様にあまり変な事を吹き込むのはやめていただきたいのですが」

「か、考えの一つだって言っただろ! 俺はこう思うって言っただけなのに、それを非難される謂れは無いっての……」

「アナタ、口が達者だから丸め込む能力が高いって自覚ある?」

「いえ、まったく」

「はぁ……」


 口が達者と言うよりも、言い方が上手いのではないじゃろうか?

 少なくとも説得力はあるし、それはそれで筋が通った考えではある。

 正解ではない、あくまで一例を示しただけというのじゃから余計にそう感じるのやも知れぬが。


「そういえば、なぜ貴方は付呪の知識や能力が有りながら、魔法への耐性を衣類に編まないのですか?」

「材料とか素材が無いんだよ……。前に外に出たときに、靴に付呪をしたらとりあえず使い切っちまって」

「靴に、ですか」

「足音を出来る限り抑えるために色々したんだよ。それと、前に激しく行動したら靴とかダメにしちまったし。耐久性……とか」

「あぁ、確かに貴方の戦いぶりを見ていると、静動と緩急の差が激しいですからね。靴も磨り減って仕方が無いでしょう」

「いや、壁よじ登ったりするのに磨り減ってると滑る……」

「「──はい?」」

「川から上がるときとか、屋根の上から居場所を特定する時とかに建物の壁をよじ登ったんだよ」

「ぶっ……」


 壁を、よじ登る?

 はははは! なんて事をするのか、この男は。

 普通、そんな事を考える奴は居らぬ。

 居たとしても、それを単独で成そうとは思わぬわ。


「くく……。で、どうであった?」

「最悪。ウルフに発見されて隣の建物に飛び込む羽目になるし、その後は魔物の群れに突っ込む羽目になるし。あんなのが連続してたら靴がもたねえ……」

「普通そんな事をせぬからな!」

「けど、情報がないと何も出来ないから間違いではなかった筈なんだよ。つまり、やり方か時が悪かっただけなんだろうけど」

「しかし、出来るのは一つの技術ではあるな」

「そりゃ、まあ」


 ……クラインではないが、話をしているととても楽しい。

 少なくとも、妾の知らない世界の中でこやつは生きている。

 それは、未知の領域であり、それを聞くだけでも面白い。

 オルバも、徐々に文句を言わなくなったのも良い傾向じゃな。

 

「……姫様、そろそろ」

「おぉ、もうそんな時間か……。すまぬな、ミラノ。急に来て」

「いえ、姫が楽しそうならなによりです」

「ヤクモさん。今回は引き分けましたが、今度はそうは行きません」

「此方こそ、学園の生徒とは違って強い相手と戦えてよかった。思い上がらずに済みそうだ」


 きっと、その言葉は真なのじゃろう。

 騎士になっても悪い噂を聞かず、力量関係が変化してもミラノとの関係も良好のように見える。

 

「……アナタ、調子に乗ってない? 学園の中の学生相手じゃ退屈なの?」

「えぇ!? そこで何でミラノが反応するんだよ! 仕方ないじゃん! お遊戯と殺し合いくらいの差が有るんだからさ!」

「それ、表で言ってみなさい。二度と足腰立たないようにしてやる……」

「なんでさ!?」


 ……ミラノも、元気そうで何よりじゃ。

 あの日以来、兄の代理になろうと思いつめたミラノしか見ておらぬからな。

 少しでも元気になってくれれば、妾はそれだけでも嬉しい。





 しかし、アリアは今まで何処に居たのじゃろうな。

 クラインが居なくなると同時に隠し子のように出てきたが、今まで何処に居たのか不思議でならない。

 あの公爵が側室や逢引と言うのは想像できぬし、かつては鬼のようであった奥方がそれを見逃した上に許すとは思えぬのじゃが。

 まあ、あの病弱さを見れば表に出すかどうか迷ったというのは理解できんでもない。

 魔法使いとして必要な詠唱が出来ぬ、その上少しでも不安を感じたりすると体調を崩す。

 公爵家の風聞に関わるじゃろうに、よくも表に出そうと思ったな。

 ……いや、もしかしたらクラインがそれを望んだのやも知れぬな。

 家族なのにずっと隠してるのは可哀相だ~とか。

 言いそうなことじゃ。

 ──もし生きているのなら、早く出て来いクライン。

 妾が、まだお主を思えているうちに。

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