第17話

~ ☆ ~


 少しだけ、卑怯だったかも知れないとは思う。

 けど、コイツは追い詰めないと多くを口にしない。

 追い詰められたから戦える事を暴露した。

 追い詰められたから、決闘を受けた事が実は私達のためだと言う事を裏で零した。

 追い詰められたから、自信が無い自分を押し殺してかつて担っていた責任や義務を取り出した。

 

 受動的と自分で零していたけれども、その通りだと思う。

 自分で何かを要求しない、自分から何かを言ったりもしない。

 だから、私のほうから聞きだす必要がある。


「それで、何でグリムが居るのかの説明をして欲しいのだけど」

「……ごめんなさい」


 そして、分かった事。

 コイツは何かあると、謝ることしかしない。

 その時は目を合わせることをしない。

 何度かこちらを見るけど、見ないようにしているともいえる。

 ……そんなに恐い顔してるっけ、私。

 ちょっとほっぺ引っ張っとこう。


「ごめん、じゃないの。謝罪じゃなくて、事情を聞きたいのよ」

「──……、」


 そして、沈黙。

 なんで喋らないのだろう?

 憶測は立ててあるし、私はその可能性が高いと踏んでる。

 イラついたのは事実でも、コイツが悪いかどうかは別問題なのに。

 私は、まだコイツのことを全部知ってるわけじゃない。

 それでも──。


「……ヤクモ、私を見て。顔を見て」

「──……、」

「見ろって言ってんの!」

「はいっ!」

「私もね、別に鬼じゃないの。けど、そうやって謝ってれば話が終わると思ってるのなら、そっちの方がイライラするから止めて」


 フルフルと、ヤクモの目が震える。

 それはまるで恐がっているかのように見えて、何がそんなに恐いのかと思ってしまう。

 少なくとも私は手足を奪ったりしないし、目を潰したりしない。

 それに、死なせることもしないのに、なんで魔物よりも怯えられなきゃいけないの?


「私たちは魔物じゃない、だから話が出来る。私たちは動物じゃない、だから言葉を使って意思疎通が出来る。私たちはにん……いえ、ヒトだから、感情的になったとしても、言葉を尽くして理解をしようとする努力くらいは、出来る筈よ。それとも……私は、その相手にすらならない?」

「そ……そういうわけじゃ、無いんだ」


 また目を逸らしたけど、さっきとは違う。

 胸を抑えて、その手が震えている。

 ブルブルと、力を入れすぎてるように見える。

 追い詰めすぎて怒ったのかと思ったけど、違う。

 

「……え、私ってそんなに恐い?」

「──いや、ちょっと……言い出すのに踏ん切りがつかないだけなんだ。言い訳に、なりそうだから」

「アンタがそう思っても、私がそう思わないかもしれないでしょ。なんで始める前から諦めてるのよ」


 床に”セイザ”なるものをしているヤクモは、それでも踏ん切りがつかないようだった。

 グリムが何か言いかけたけど、それをアリアがそっと口を塞いだ。


「以前アルバートとのやり取りで、横槍を入れた一件があったけど。俺は……カティアが、正式に使い魔になったから、グリムが居なくてもいいと良いといったんだ。けど、それじゃあアルバートの顔が立たないし、グリムの贖罪が終わらない。それに、あまりそう言う事をしているとミラノたちがどういう教育をしてるのかと……そういう話になる。だから、散歩の途中で、ちょっと血が出て。付き添いをして貰って……」

「それで、部屋に入ったと」

「……うん」


 なんで、そんなに震えてるのか私には分からない。

 けど、辛そうで、苦しそうで、汗がいきなり出てきたように見える。

 あまり、こういう事はしない方が良いのかも……。

 それでも、アリアは言っていた。

 夜に部屋を抜け出して、アルバートと決闘した事を1人で漏らしていたと。

 つまり、いえない事があると思ったんだけど……。


 深く溜息を吐いた。

 ヒトを従えるってのは、大分難しいのね。

 友達も居なかったのに、いきなり下に誰かがつくだなんて考えもしなかった。

 もっと、こう。

 英霊……とまでは行かないけど、強くて可愛い使い魔がでてくると思ってたのに。

 ヒトが相手だと、私の理解と経験不足が酷くて難しいことになる。

 貴族としてどうあるべきか、主人としてどうあるべきか。

 その比重も分からない。

 何が悪いのか、何がいけないのか。

 私の悪い所と、ヤクモの悪い所。

 もしかすると単純な問題かも知れないし、あるいは複雑な問題かも知れない。

 けど、あまり詮索するとまた難しいことになる。

 ご両親が事故で亡くなられた事を聞いているから、それに連なるような不幸があるかもしれないから。

 それを聞き出すことが今の私に出来る気はしない。


「ねえ、一つ聞いてもいい?」

「……なに?」

「アンタさ、自分に自信があるときは求められなくても納得や理解をしてもらう為に言葉を尽くすのに、どうして普段はそれをしないの? あぁ、責めてる訳じゃないのよ。ただ、不思議に思って。今までだって……色々あっただろうけど、その中には今みたいに事情を聞いて考えを聞いたら納得や理解できる事だって有ったと思う」

「……あの時は、自分が一時的に立場が上になったから、納得してもらわないと不安だと思ったから。例え助かる為だとしても、何も分からないでついていくのはきついかなって」

「で、今は立場が下だから何も言えなくて、それが誤解だとしても甘んじて受け入れると」

「──……、」


 ダンマリだけど、これは肯定と受け取れる。

 なんだろう、この。

 言葉に出来ないけど、凄いモヤモヤする。

 ──上に立っても下の人のため、下の立場であれば上のヒトがとりあえず気持ち良く居られる為。

 その為?


「……ヤクモ、一つ新たに約束事を取り決めましょう」

「──罰則? それとも、やらかした分だけ罰が重くなるとか、そういう……?」

「後ろ向きに捕らえないで。私は自分が主人として不足している事は理解してる。だから、考えや視野が狭い事は自覚してる。それと、突然の事で怒ったりする事もあるけど、私はそれで良いとも、そのままでありたいとは思わない。だから、説明しなさい。あの時と同じように。アンタにはアンタなりの考えがある事は理解できるけど、それを知らない私は自分の考えでしか判断できない。けど、そんな関係は長く続かない……違う?」

「ちが、わない……かな」

「いいえ、断言してあげる。私が私の考えのみでアンタを従えた所で、アンタの考えを汲み取ったり理解できないで封じた所でね、いつか破綻するわ。私かアンタのどちらかが我慢できなくなって。私は……確かに色々有ったけど、アンタが傍に居てくれたほうが頼もしいし。なら、アンタを理解する事もしなきゃいけないと思うのは、変なことかしら」

「変、じゃない」

「そう、変じゃない。アンタは記憶が無くて色々変な事をするかもしれない、その中には私が理解できずに怒られる事だって少なくないと思う。けど、アンタはアンタの覚えている中で色々説明してくれればいい。私は私の理解できる範囲でアンタについて知ろうとするから。はい、おさらい。私がアンタにこれから求める事は?」

「……とりあえず、謝るんじゃなくて説明するクセをつけること」

「その通り。はぁ、喉渇いちゃった。とりあえず堅い話は終わり、グリムや私たちの分のお茶を出して」

「わ、分かった」

「勿論、アンタの分も忘れない事」


 頭は悪くないんだけど、変に態度が硬い感じなのはなぜなのか。

 むしろ、あの死ぬか生きるかの時の方が私達、上手くやれてた気がする。

 お茶の準備をいそいそと行う背中を見ながら、そんな事をボンヤリと考えた。

 立場が低かったり悪い時は小さく見せて、立場が上だったり強くなると好き勝手に色々するヒト?

 いえ、それだとカティやアリアに対する態度の説明がつかなくなる。

 コイツはカティに対しても良い主人であろうとしてるし、アリアに対しても主人じゃないからと態度を変えたりはしてない。

 ……そういえば、あの教本と言う部隊の本、1000頁もあったから、それに関係してる?

 あれだけ分厚いという事は、色々と書かれていることが多いだろうし。

 その中に”身分や地位、立場に応じた心構え”とかも書かれてると言っていたから、それが関係してそう。


「──ぷぁっ、息苦しかった」

「ごめんね? グリムさん」

「──ん、だいじょ~ぶ」

「今回の件含めて、理解と納得はしたから。アルバートが納得するまで出来る事をしなさい。けど、カティを押しのけたりしないであげて。あの子、コイツに色々してあげたいのにそれが出来なくて悲しんでるから」

「──うい」


 とりあえず今出来る事はこれくらいかしら。

 よく考えてみたら、ヤクモは学園に居る間殆ど喋ることは無い。

 分からない事や質問以外で、何かを言った事ってあったかしら……。

 考えてみると、その記憶は無い。

 お茶の淹れ方、着替えに関して、自分の身の振り方や在り方について訊ねたりはしてきたけど、それ以外では『会話』をした事が無かった。

 問えば答えてくれるし、聞けば説明してくれる。

 その記憶もあるけど、私も『会話』はしていない。

 けど、会話ってどうやるのだろう。

 ……そこが一番の問題で、それは教科書だって教えてはくれない。

 

 ただ、悪い奴じゃない。

 それしか私には分からない。

 だから、価値観も考えも違うから私たちはぶつかり合う。

 ……ううん、やらないと。

 私はコイツの主人なんだから、主人であろうとする事や、主人である為の努力研鑽をやめるわけには行かない。

 いつか、本当に沢山の人が下についたときに失敗しない為にも。





 ~ ☆ ~


 ……なんか、いい感じだったのにな~と思う。

 ヤクモさんが一方的に言われない為にも、ヤクモさんを理解するというのは大事だったと思う。

 なのに……。


「いや、だから。非常時の場合は現場指揮官による一時的な権限優勢と言う考えがあってだな」

「それだと私が主人である事の意味が成り立たなくなると思わない?」

「指針を出してくれとあの時聞いただろ。それによって最上級者がミラノであることを俺は認めて、その上で何か言うのであれば聞くつもりではいたって」

「言わせてくれなかったでしょ」


 なのに、これは相互理解になるのかなあ……?

 やってることは本の内容に繋がるような、ヤクモさんのありようを聞いているだけ。

 確かに、行動指針が分かるのは助かるけど……。


「あの、姉さん」

「なに?」

「これって”会話”になるの? ただ、質問をしてるだけのような気が」

「「──……、」」


 あ、あれ。

 何でヤクモさんまで遠い目をするの?

 それに、なんだか一気にぎこちなくなった気が……。


「……アリア、その──」

「会話って、どうやればいいの?」


 ……うん、だよね。

 よく考えてみたら、私なんて体が弱くて虐められる子だったから友達らしい友達ってのも居ないし。

 姉さんに到っては孤高な存在みたいになってたから友達どころの話じゃなかった。

 つまり、雑談だとかそう言う事がどういうものなのか心当たりが無い。

 けど、こういうのじゃない事だけは分かる。

 けど、ヤクモさんまで……?


「ヤクモさん……?」

「う゛……。いや、その。義務と責任と仕事以外でそれらしい交友とか対人関係を築いてこなかったから、その──会話や雑談と言われても、よくわかんなくて」


 ……え゛?

 いやいや、そんな……。

 アルバートさんやグリムさんとも仲良くしていた筈なのに。

 けど、思い返せばヤクモさんからお二人に関わる時って、約束した”戦い方の教授”が殆ど。

 それ以外だと、まったく思い浮かばない。

 あれかもしれない。

 仕事とかに打ち込みすぎて、全部を置き去りにしてきたようなヒト。

 

 そういえば、私がミラノを演じていた時も、質問ばかりだった気が。


「あの、グリムさん」

「──じょうほー、少ないから切り口分からない」

「あ、そうなんですか……」


 ……相手について尋ねる、ってのも会話とは言い難い気がする。

 相手を知りたいからお話がしたいけど、知る為に行う会話はお話じゃないのではという矛盾。

 皆さんはふだんどうやってるんだろう。

 じつはそれこそが大きな能力なんじゃないだろうか。


「──ヤクモ、まほーの練習してる?」

「あ~、してない……かなあ」

「ん。それ、あんまりよくない」

「……自分で自分の持てる手札を殺すって言いたいんだろ?」

「ん。そーゆーこと」

「分かってはいるんだけど。何でもかんでもは手を出せない。既に保有してる土壌が幾らか腐りかけてるから、そちらを維持・増進するほうがまず最優先課題だと思ってる」

「──な~る~。けど、それも大事」

「ただ、魔法に関しては本を読むにしてもまず字が全部判読出来る様にならないといけないし、言い回しや比喩表現、専門用語含めて全部に紐づいた本も必要になる。一々聞くのは相手を拘束する事になる」

「ん~、ムズい」

「時間がかかるんだよ」


 あ、あれ?

 なんか、会話っぽいような……。

 なんでだろ。

 

「……そういえば、大分前に。と言っても二週間前のことだけどさ。魔法を習ってそれっきりだったけど。そのままで良いのかな?」

「それは悩み所なのよね。アンタには色々な可能性があるけど、それは良い面も悪い面もあると思ってる。良い方に転がるのなら、アンタはそれなりの魔法使いになれるかもしれない。けど、悪いほうに転がるなら……」

「転がるなら?」

「……ただのはた迷惑な魔法使いになりかねない」

「まあ、その可能性は考慮されて然るべきだよな」

「以前、寮の窓をあらかた吹き飛ばしたでしょ? それを考えれば、小さなことから少しずつコツコツと積み重ねるくらいしか出来ないけど」


 か、会話……?

 参加できない私がもしかしてこの中じゃ変なの?


「そういえば、橋から投げ出された後何度か魔法使って、魔力酔いだってメイフェン先生に言われたけど」

「魔法を使うには魔力が必要で、その魔力を使い慣れないうちに沢山消費するような事をすれば起きる一時的な症状ね。後は魔力が枯渇した時にも似たような症状が起きるけど、こっちの方が重傷」

「重傷?」

「ん。魔力が枯渇したら、最悪死ぬ。生命力とか、そーゆ~の」

「なるほど……」

「魔力が尽きるような事をしたんですか?」

「1人じゃさすがに全方位対処できないし、使ってる武器も威力が高くても持続性が無いから。その……何回か、魔法を思い切り放ったかな。ただ、それが枯渇なのか酔いなのかは分からないけどさ」

「何したのよ」

「ミラノと一緒だった時に使った奴。あれで群がられた時に全部吹っ飛ばした」

「ぶっ……」


 ……それ、大丈夫だったのかな?


「そそそ、外で公言するんじゃないわよ!?」

「するわけねーだろ! 建物ごと瓦礫にしちまったんだぞ! 緊急避難とは言え、責任負えるか!」


 ……何だかんだ、こういったやり取りの方が落ち着くし安心するって、結局変に考えすぎだったのかな?

 けど、やり取りの内容自体はまったく良いものじゃないんだけどね!

 




 ~ ☆ ~


 大分状況はめまぐるしく変化した。

 アルバートと指揮の対決をすることになり、戦列歩兵対散兵戦術の争いをすることになった事。

 アリアと外出をして放置していた半分以上の装備や機材を回収できたこと。

 この世界に降りているアーニャと会って、これからのことについて話しをしたこと。

 ゲヴォルグさんの所に行って、持っていた件が二対の剣であることを知った上にスペアの対分をもらった事。

 ヴィスコンティ国の姫さん、ヴィトリーという人と会った事。

 そして、街中でぶっ倒れたこと……。

 最後に、ミラノ達の父親が部屋に訪問してきたこと。

 その上、クラインと言う兄のフリをして奥さんを元気付けることになってしまった。


「違う!」

「いって!?」


 テーブルマナーだの礼儀だのに疎いのでミラノが教育をしてくれる事になったのだが……。

 それが、致命的なまでに上手くいかない。


「アナタねえ……。さっき言った場所を直しても、その前に出来てた事が疎かになったら意味ないでしょ。食事における礼儀なんて、一番大事なんだから。勿論、普段の言動もそうだけど」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。整理! 一旦情報を整理させて!」

「良いけど、手早くね」


 ミラノ、めっちゃスパルタである。

 ミスるとその手で作法を行っている手を叩いて止めに入る。

 別にそこまで痛くは無いのだけど、反射的に大仰に振舞ってしまう。

 これでも数日のうちに上手くなってきたほうなのだが、間に合うかどうかは微妙らしい。


「授業が休みでも、午前は3刻(6時間)、午後は疲れて能率が下がっても困るから3刻。計6刻(12時間)しか使えないのを考えると、これでも何を習得すべきか厳選したほうなのよ? 少なくともお屋敷の皆が兄さんを軽んじない程度の作法を叩き込むつもり」

「……なにか資料とか無いのか」

「ない。だから、私が付きっ切りなんだから、感謝してよね」

「感謝してないって事は無いけどさ」


 つまり、ミラノが居なければ進まないし確認も出来ない。

 資料があれば空き時間や寝るまで起こすまでの間に自主学習できるが、それが出来ないのは辛い。

 

「口を動かす暇があったら早く情報や手順を整理して。一回でも多く試行錯誤した方が印象にも記憶にも残るでしょ」

「分かってる」


 箇条書きで順序と留意事項を纏める。

 その上で何度か読み返してから、すぐに特訓へと戻る。

 勿論、幾らかスムーズにはなっても付け焼刃だ。


「そうじゃない!」

「はぁ……」


 頭の中では手順や流れは幾らか理解できてきている。

 しかし、長年の生活で染み付いた常識とクセが先んじてしまい、新たに捻じ込まれた異質な作法が後回しにされてしまう。

 だが、仕方が無いのだ。

 幾らかの事柄は『今まで意識が無かった』として誤魔化せる。

 それでも、許されないことだってある。

 演じる以上はクラインとして他人が見てくるのなら、その範疇にまず収まらねばならないのだ。

 押し付けられたのではなく、自分が良いのだと公爵に言って受けた以上は、その完成度は生半可で済ませてはならない。

 

 そうやって試行錯誤の連続の果てに、今日の特訓期間が先に尽きる。 


「はい、今日はお終い。……予定の8割の進行状況って所かしらね。疲れを残さないように、ちゃんと食事を取って、休憩もすること。今の最優先は礼儀作法だから、訓練は暫く無し。分かった?」

「優先順位は分かってるよ。流石に、こんな状況で外に走り出したりするのはしないって」


 そう言いながら、今日学んだ事を羅列したものをエピソード記憶として新鮮なうちに引き出しながら詳細に描く。

 資料がもらえない訓練なんてそう珍しくなく、自衛隊でもこういった技法は重用される。

 例えば座学や演習場におけるSOPなど、一から十まで全てを書き連ねていたら後半がぼやける事が多い。

 なら、重要な事や特筆事項を書き出し、芋づる式に引っ張り出せる範疇で幾らか省略しつつ追いかける方がやりやすい。

 なんなら、それは模様や記号であっても構わない。

 例え数日後、一週間後、一月後でも引っ張り出せるような書き方と記憶能力を作っておけば問題ないのだから。


「アナタってマメね。学園の生徒に負けず劣らず真面目に書いてるんだもの」

「言われたんだよ、兵士の新米時代に」

「なんて?」

「『お前らは自分が思うよりも頭は良くない。だから過信せず、絶対にメモを取る習慣を付けろ』って。そのおかげで今も助けられてる。学校の授業も同じで、”誰が見ても”なんてやる必要は無いし”自分が後で困らない上にちゃんと理解できる”ってものを作ればいいんだ」


 ミラノはそう言いながら半ば無心になっている俺のメモ帳を見る。

 当然、そこは日本語と英語とスペイン語が入り混じった奇妙な文章が出来上がっている。

 書く速度や思考リソースを最小にしたが為に自分にとって楽な文章が構築されているのだ。

 溜息が聞こえた気がした。


「……そっか、文字も覚えさせないと。少なくとも読み書きは完璧にしなきゃダメだった」

「頭が少しお釈迦になったって言い逃れは駄目?」


 そういった瞬間、傍を炎が掠める。

 まるで火炎放射器のように、杖の先端から炎が出続けているのだ。

 そのまま先端を顔に向けられたら、目出度く肺を焼かれて声を上げられないまま窒息に苦しみながら焼け死ぬ事になる。


「兄さんをバカにしてるの?」

「めめめ、滅相も御座いません!!!」

「兄さんはね。私たちよりもずっと凄い人なんだから。そんな人が意識が無い状態だったとしても、それで何かしらの欠損を抱えるような柔な人じゃないんだから」


 それはちょっと過大評価が過ぎませんかね……?

 人は誰だって死ぬし、なんなら核爆弾だろうが鉛筆一本だろうが等しく”命≪ライフ≫”はゼロになる。

 東大をでて官僚になろうがバールで殴れば死ぬし、元警察予備隊現自衛隊の幕僚にまで上り詰めた陸士であろうが足を滑らせれば死ぬ。

 人物評価とその命にはなんら関連性は無いのだが、それを指摘しても意味は無い。

 そもそも、クラインと言う人物を毀損した所で俺が得るものは無いのだ。

 黙るしかない。


「私たちが特定の分野で特出した天才だとしたら、兄さんは全部の分野で平均以上の事柄が出来る普遍的な天才だったのよ」

「──……、」

「私は馬に乗れないし、私は剣どころか武器の一つも分からない。私は攻撃魔法ばかりだし、私はお茶の入れ方に関する知識も無い」

「クラインは、そうじゃないと」

「ええ、そうよ。私が今拙く真似してる事柄の多くは、五年前の兄さんが既に到達していた場所だった。ということは、今も居たのなら……それらを全て、もっと出来る事を増やしていた筈。私たちの想像が出来ないくらい、及ばないくらいにね」


 そう言っているミラノの顔は、とても優しかった。

 あるいは、悲しかったのかもしれない。

 懐かしみながらも、当人は居ないのだから。

 例え似ていても、例えどれだけ似通っていても──。

 俺は、クラインの代わりにはなれない。


「け、けど。アナタもそう悲観するほどじゃないわよ? だって、本当なら毎日教えていることの半分も出来ないだろうなって思っていたんだから。それに、アナタも兄さんに似て失敗してもめげないし、めげたとしても何が悪くてどうしたらよかったかを自分で探し出して前進していける。……うん、そっくり」

「それは褒めてるの?」

「ええ、間違いなく。だから、もしかしたらって思ってるの。私やアリアは全体的なアナタへの教育に関して色々出したけど、無難な線まで行けるんじゃないかって。勿論、楽観視はしないけど。その可能性は無くはない」

「……そっか。なら、期待に応えないとな。公爵のためにも、婦人の為にも」


 終わった終わったと、後片付けを済ませた俺はベッドに横になる。

 それから、改めて書き直した礼儀作法に関して見つめなおす。

 自分の特性が幾らか理解できていると、習得効率に関しても幾らか分かって楽だ。

 慣れ親しんだものや有る程度教育を受けたものであれば、鉄火場であろうと構わない。

 しかし、新たに学ぶ事柄などは幾らか身体で実践してから落ち着いた状況に身を置かないと失敗が増えるだけになる。


「食事だけど、行かないの?」

「……あ、そっか。食事、行かないとだった」

「勉強も良いけど、だからって食事を抜いてまでやらなくて良いわよ。体調を万全にする事、ちゃんと食べられる時に食べること、眠る時は寝て翌日に備える事」

「ん、了解」


 メモ帳を手放すことなく、頭を少しかいてから立ち上がる。

 ミラノと共に、部屋を出て行くことにした。


 当然だが、女子寮である事柄から男子は居ない。

 ミラノが居る時は顕著でもないが、単身の場合はかなり避けられる。

 だから1人の時は入る事はあっても出て行かないことにしている。

 周囲を安心させる為にできる配慮はそれくらいしかない。


「ひゃっ……」


 それでもだ。

 何度も何度も悲鳴を上げて避けられると凹む事に変わりはない。

 パタパタと去っていく背中を、半眼で呆けてみる事しか出来なかった。



 ~ ☆ ~


 料理長とも幾らか和解したというか、勝手に来ても良いと言われたのでやって来た。

 ミラノたちは入浴、俺は騎士になっても浴場の使用許可は下りない。

 故に、食堂裏の井戸で水を使うしかないのだが。


「やあやあ、待ってたよヤっくん!」

「あれ、トウカ?」


 喧嘩以来厨房に寄らなくなったため、自然とトウカとの距離も開けていたのだが、どうやら待っていたご様子。

 何なのだろうかと思っていると、のっそり大柄の料理長が出てくる。

 トウカの保護者であり、かつて傭兵までやっていたという話のおやっさんである。

 ……魔法が使えることで、裏切り者のように思われて喧嘩別れしてしまったのだ。

 

「あ、あの……。その──」

「受けとんな」

「わとと!? あれ、酒……?」

「飲みな」


 おやっさんも似たような酒瓶を持っていた。

 俺は、おやっさんが栓を開くのを見て、真似して蓋を開く。

 そして、口をつけたのを見て俺もまた同じように酒を飲む。

 ……牛乳交じりの、血の匂いも幾らか混じった酒だった。

 度数は俺の飲める範疇だが、それでも高い。

 一口、二口、三口……。

 根競べのように、おやっさんが口を離すまで付き合う。

 別にそんな義務は無いのだが、そうしなきゃいけないような気がしたのだ。


 おやっさんが口を酒瓶から離したのを見てから、俺も口を離す。

 10口ほど一気に飲んだので、アルコール特有の臭みが胃袋から鼻へと逆流し、咽ることになる。


「おぇーっほ!? ぐぉえっ……!」

「バカだな、おめぇよぅ。飲めねぇなら飲める程度で飲むの止めねぇか」

「いや、だって。おやっさんがまだ口つけてるのに、俺だけ先に外すのは……なんか、ちが──うぉえっ!?」


 臭い、アルコールがきつすぎる。

 一瞬先ほどの食事が出てきかけたが、それを漏らすのは失礼すぎる。

 無理やり押さえ込んでから、なんでもないように荒く呼吸を繰り返した。


「ふっ……。その酒瓶、おめぇにやる。言っとくが、捨てるんじゃねぇぞ」

「す、捨てないですけど……なんなんスか? これ」

「えとね。ユニオン共和国のまだ動物が飼える場所で作られてる、飲みやすくしてあるお酒なんだよ?」

「こ、これで飲みやすい……?」

「仲直りのぶぎゃぁっ!?」

「トウカ! 手前は仕事の続きに戻りやがれ!」


 また、痛そうな拳骨……。

 トウカはあんな拳骨を喰らって、よくもすぐに行動再開できるよな。

 俺だったら悶絶して動けない自信があるわ。


「──……、」

「キツかったか?」

「そりゃ、今夜はぐっすり眠れそうなくらいに。まあ、これくらいならむしろ助かるくらいで……」

「助かるだァ?」

「学園が休みで、帰省するからと最近礼儀作法の勉強ばっかりで、寝付けなくてですね! こう……出来ない事があると、気になって眠れなくて」

「相変わらず、コキ使われてるみてぇだな」


 そう言って、おやっさんは更に酒瓶の中身を飲む。

 俺はすぐに続けて飲めない。

 井戸から急いで水を掬い上げ、水を飲んで薄める。

 大分、ヤバい。


「ヘッ、ざまあねぇな。騎士になってもなぁんにも変わってねぇみてぇだ」

「むしろ、重責とやる事が増えたぶん忙しくて……。あ~あ、こんな事になるんだったら騎士になるんじゃなかった~。礼儀作法知らなくても大丈夫な平民がよかった~」

「お前ぇみたいな事を言う奴は初めてだな。……なあ、一つ聞かせろ」

「むぃ?」

「お前ぇ、本当に貴族でも何でも無いんだな?」

「父親の実家は農家、母親の実家は牧畜してた家柄だよ。確かに、父親と母親はそれぞれ立派だけど、貴族の血筋とかそういうのは無いって」


 父親は農家の三男、母親は発展途上国で畜産をやっている家の三女。

 そこからそれぞれ”家を継ぎたくない”からと家をでたところまで似ている。

 父親は外務省へ、母親は検事になろうとしていた。

 そして父親が赴任した先で母親と出会い、その未来で第一子である長男の俺が産まれる。


「……そうか」

「そうそう」

「──まあ、貴族じゃねぇだろうなってのは、外で聞いてきたからな。ただの……ああ、ただの確認だ」

「外で?」

「お前ぇが、人助けをしてたって話を聞いたんだよ。手前ぇも大変だって時に、そんなことが出来るのならただのバカだからな」

「ひでぇ」

「だから、悪かったな。頭に血が上って……裏切り者、みたいに扱っちまってよ。トウカにも大分言われてな。お前ぇさんは、何も知らなかった。お前ぇさんにとって、身分や立場の近しい相手は俺たちしか居なかったってのにな」


 殊勝な態度のおやっさんを見て、俺は……これじゃダメなんだろうなと姿勢を正す。

 それから、酒瓶を再び思い切り呷る。

 中身がほぼほぼなくなったが、一気に酔いが回った。

 足に力が一気に入らなくなった。

 それでも、立とうとする。


「……じゃあ、許して……くれたってことで、いいの、かな」

「あぁ、そうだ」

「はは、そりゃ。よかッ──」


 気が抜けると、余計に酔いが回った。

 それでも、何とか立とうとする。


「なっさけねぇ騎士だな。だが──」

「オっちゃ~ん! 仕事終わったよ~!」

「じゃあお前ぇも飲めトウカ!」

「やった!」


 え、嘘。

 お酒飲ませて大丈夫なんですかね……。

 って、俺よりもぐびぐび飲んで平気そうだわ。

 

「……さて、きかせな。色々有ったんだろ? また、貴族連中に何かやったんだろ?」

「色々、あったなあ……。たぶん、信じちゃくれないだろうけど。貴族連中を、俺が従えて学園まで帰還したんだ。あの日……」

「いんや、それは俺でも聞いてる。どうだったよ?」

「……おやっさんが見たら、たぶん笑ったさ。偉そうにして、我が物顔で学園を闊歩する貴族が、外に出りゃ何の力も持たない、現実を目の前に夢の中に居たと気づいて慌てふためく様を見たんだからさ。誰かさんは俺を脅してでも学園に戻ってこようとしたんだぜ? けど、杖を逆に折ってやった。ザマアミロだ」

「はは! そいつァいいな! 他には?」

「俺に決闘を仕掛けたアルバートって奴も、魔物に襲われて足腰ガッタガタでやんの。それで、俺が指揮を取るって言ったらあっさり明け渡しやがった。んで、後はその付き添いの侯爵の娘にも命令して、全員で逃げてきたって訳さ。んまぁ、誤算はあったけどな」

「最近のことは?」

「貴族の何人か、面倒見る事になった。勿論、生ぬるい事しかしてない連中だ、魔法に頼りきりで身体を鍛えると言った事をしてないからすぐに崩れる。けど、ま。ツアル皇国の生徒は逆に身体を鍛えてるだけあって優秀だと知れたから良かったけどさ」


 色々、別角度から見た俺の考えがボロボロ出てくる。

 人の悪い所を見るな、人を悪く言うなと律しながらも、少しつつけばボロボロ出てくる。

 溢れるように零れる言葉は、普段思いはしてもしまいこんでいたもう一面の俺から見た事柄だろう。

 けど、言っていても楽しいのはその瞬間だけで、徐々につまらなくなってくる。


「……っと、あんまり長話してるとまた怒られちまうや。ごめん、おやっさん。俺、そろそろ行かないと」

「なら、湯を使いな。それと、まだ食い足りないだろ? 幾らか残してあるが、食うか?」

「──助かるよ」


 立ち上がろうとしたけど、上手くたちあがれなかった。

 やっべ、度数がたけえ……。

 

「トウカ、手助けしてやんな。……こいつが居れば、退屈しねぇですみそうだからな」

「分かったよ、オっちゃん」


 トウカが肩を貸してくれて、俺を引き起こしてくれる。

 ただ……真っ直ぐ立てないから、必然的に胸に頭部が凭れ掛かる形になる。

 意識した事柄じゃない。

 けれども、ラッキースケベとは言え受け取れるものは受け取っておきたい。

 

「あはは、いい枕だと思わないかい?」

「ぶへっ……」

「あ~、い~ってい~って。そのまま楽にしてなよ」


 か、寛容が過ぎる……。

 仕方が無いのでお言葉に──甘えたかったが、無理やり力を入れる。

 流石に、そこまでダメになれないというか、なりたくない。

 胸は借りないように、何とか最低限の距離だけは保とうとした。

 

「ご飯は自分で食べられ──なさそ~だね」

「い、いやいやいやいや。いけるって、いけるいける……」


 プルップルの手、二重三重の世界、頭が既にアルコール付け。

 口の位置と手の位置は分かるが、手にしているスプーンとその先端の位置情報が狂ったGPSのように把握できない。

 誤って鼻にスープを突っ込み、具材が鼻に入って苦しい思いをする。


「はいは~い、食べさせるからさ?」

「すまないねえ、おばあちゃん……」

「そういうのはいいっこ無しですよ、おじいちゃんや」

「お前らいつ結婚したんだ……」


 そう呆れながら、おやっさんは酒を飲み続ける。

 俺はトウカに食事を運んでもらうが──途中でフツリと意識が遠のく。

 キャパオーバーだ。

 普段は度数低めで量を重ねるか、度数高めで量少なめにしていたが。

 今回に限っては、度数も量も多かった為に限界を迎えたのだ。

 


 ~ ☆ ~


「は、はぁ……」

「ご容赦ください」


 え~、うっそ~……。

 なんか、私がミラノの時だけヤクモさんお酒飲んでない?

 女中長が連れてきたヤクモさんは、半分以上意識が無いみたいだった。

 最初は何事かと思ったけど、寝床に転がされた時点で話ができないくらい潰れてた。


「……つまり、個人的に交友があった厨房の料理長と、仲直りの印に酒を勧められて、こうなったと」

「はい。もし罰則を望むというのであれば、どうか私にお願いします」

「そんな事はしないわ。ただ、料理長には感謝を伝えておいてくれる? 願わくは、彼と親しくして欲しいと」

「──怒らないのですか?」

「怒るなんて、とんでもない。彼は私が無理に連れ出した事もあって、気の許せる、親しい相手が居ないもの。それに、私は子供だから出来ない事があるし、料理長となれば人生経験も豊富なのだから苦しみや悩みの相談相手にもなってあげられるはず。──名前、なんて言ったかしら」

「トウカです、ミラノ様」

「じゃあ、トウカ。貴女もお願い。私は……ほら、貴族だから。たぶん貴女も彼と色々と近しいだろうし、相手してあげて」


 ……うん、これで間違い無い対応な筈。

 私もミラノも、結局は貴族である事から抜け出せない。

 育ちが違う、となると考え方も違う。

 その溝は、決して浅くは無い。

 例え私達が歩み寄っても、例えヤクモさんが理解を示そうとしても。


  ── 貴族、ね ──


 私達にではなく、貴族に対してあまり良い感情を持っていなかったのを覚えている。

 それはたった一度きりの言葉、たった一度きりの顔。

 だとしても、致命的なものだとすぐに分かる。

 だから、私たちじゃ言えないことや、聞かせられない事だって絶対にある。

 

「──ヴィスコンティ国、デルブルグ家の者として言います。命令ではなく、お願いだと。その際に生じた不利益や支出は、私が肩代わりすると。だから彼が飲んだお酒の費用も負担すると」

「かしこまりました、ミラノ様。そのようにお伝えいたしますが──それで、宜しいのですか? ミラノ様の騎士をこうした罰は、無いと?」

「無しよ」


 トウカさんは、それで素直に引き下がる様子を見せなかった。

 けど、納得させられるものは私には無いけど──。

 やっぱり、傅いているとその胸が大きいな~って思う。

 ミラノが言ってたもんね、なんだか親しそうだし胸が大きいって。

 ゴクリと、思い出して唾を飲んでしまった。

 気になって、どうしたらそんなに大きくなるのだろうとか考えてしまう。


「じゃ、じゃあ。一つ聞かせてもらえる?」

「なんなりと」

「あ、貴女のその胸って……何をしたらそんなに大きくなったの?」

「……にゃ?」

「ふ、深い意味は無いのよ! ただ、私も女性だから……もし、何か秘訣があるというのなら、聞かせ願えるかしら」

「──そ、その。申し訳ありません。この学園に来る前まで、よく身体を動かしていたという事くらいしか私には心当たりがありません。今も、料理こそ違えど同じ材料を使ったものを口にしているだけですので」


 そ、そうなんだ……。

 同じものを食べてるのに、そんな胸なんだ。

 じゃ、じゃあ……身体を動かす人はいい体つきになる、ということなのだろうか。


「ミラノ様。僭越ながら申し上げたい事が。親やその親の代から引き継がれやすいというお話があります。母君が、或いはその母方が豊かな胸をされていれば、ミラノ様もいずれはそのようになるかと存じ上げます。まだ14でありますので、これから育つ可能性を考慮ください」

「けど、貴女だって私と近い年齢じゃない」

「個人差、というものがありますから。何事においても早熟な方も居れば、大器晩成な方もいらっしゃいます。なので、知りたいというのは正しいと思われますが、だからと言って憂慮なされるのは違うかな~と」


 ……個人差、個人差かあ。

 ミラノを見てると、なんだかそれも少し絶望的な気がしないでもない。

 けど、母さんは大きな胸をしてる。

 それも、このトウカさんよりも大きくて立派な胸が。

 なんでこんなに気になるんだろう、今まで意識したこと無かったのに。

 ミラノのせいだ、あの子がいきなり変な事を言うからだ。

 なんか、恥ずかし……。


「あ、ありがとう。トウカ。貴女の言葉、参考になったわ。それと、貴女も彼の近しい人としてこれからはあまり気兼ねせずに色々してあげて」

「かしこまりました。では──」


 ササッと、トウカさんは部屋から出て行った。

 それを見てから、初めて鼾をかきながら息すらしているのが分かるように眠るヤクモさんを見る。

 今までは死体のように静かに眠っていたけれども、こんな姿は初めて見るかも。

 

「……驚いたなあ。けど、アルバートくんやグリムさん以外にも、ちゃんと知り合いは居たんだね」


 その事が少しだけ安堵させる。

 私が召喚したけど、その事実から逃れてミラノに全てを押し付けた。

 それでも、何度か後悔する。

 部隊の話、仲間の話、自分が居た所の話、家族の話。

 色々な事を零しているからこそ、そんな場所に思い入れがあったんだろうなと。

 そのままだったら、申し訳が無かった。

 けど、そうじゃなかったから少し救われてる。

 トウカさんと料理長さんが仲良くしてくれる、それだけで少し気が楽になった。

 けど──。


「お酒は、程々が良いかなあ」


 兄さんの顔で、兄さんの姿でお酒に酔いつぶれて鼾をかいてるのは見たくなかった。

 深い溜息を吐きながら、私も自分で着替えて消灯まで本を読むことにする。

 ミラノが読まないような、空想物語≪ファンタジー≫。

 こういうお話は好き。

 けど、少し嫌い。

 お姫様はいつも待っていれば誰かが来てくれる。

 けど、そのお姫様の所にいく主人公は必ずしもそうじゃない。

 

 ヤクモさんは、主人公みたいな人だと思う。

 けど、そう考えちゃうと、私はただ待っているだけの人なんだなあって。

 あ~あ、なんでミラノとこんなに違うんだろ、私って。

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