第16話
~ ☆ ~
やること無くて、暇。
アルは少し鍛錬をするとか言って、闘技場にいってる。
後ちょっとでヤクモ、治るからそれまでに少しでも成長しておきたいとか。
けど、私がひつよー無いってのは、少しバカ。
アル、何がひつよーか分からないまま鍛錬してる。
たぶん、時間の無駄。
「ん~……」
日向ぼっこは、気持ちがいー。
寮のおくじょーは、ほんとーは入っちゃいけないけど。
ここは、いい風が吹く。
「──……、」
けど、ほんとーならヤクモのめんどー見てるはずだった。
アルにそういわれたからそうするはずだった。
要らないって言われると思わなかった。
それは、なんか屈辱。
「?」
使い魔が、私に何かを囁く。
それが、知ってる人が傍を歩いているという物だから、身体を起こす。
見れば、ヤクモが歩いてた。
たぶん動けるようになったから体の具合を見てるんだと思う。
けど、ちょっとぎこちない。
どこか痛めた?
好機……!
縄を引っ掛けて、直に屋上から飛び降りる。
降りる前に壁を蹴って縄を外して、少しだけ浮いて高い所から着地……。
かん、ぺき。
「なになになになに!?」
「──お~」
「その声はグリムだな! なんで人様の背中にいきなり乗っかってるんですかこの子は!」
……結構、鋭い。
いきなり乗っかられても転んだりしなかった。
転ぶと思って、踏み台にする準備してたのに、残念。
降りながら、気づかれないように傷の場所に触ってみる。
まだ、穢れが残ってる。
「ったく、何も無くても退屈しないな……」
「──ヤクモ、まだ治りきってない」
「今ので分かるのか……。けど、散歩だけでもこなして自分の現状を把握しないと、文字通り飼い殺しになっちまうからなあ」
「?」
「──常に、万全の状態の時に何かが起きる訳じゃないんだから、自分がどれくらいの痛手を負ってるのか、何が出来そうで何が出来ないのかを把握しておく事が、自体に対して間違いを犯しにくい状況を作る。あの時だって完全に腑抜け切ってて色々確認すべき事が抜け落ちてたからさ。今度は間違えない」
……ん。
アルの傍に来て、ほんとーに良かった。
こーいう人、学園には居ない。
お屋敷に戻ればおじーさんが居るけど、その人の言う事をアルは受け止められない。
だから、ヤクモくらいがちょーど良い。
英霊みたいに歴史があるわけでもなく、肉親でもない。
記憶が無いからちょっと変な人で、けどりゆーや理屈で説明するくらいには賢い。
それで……アルよりも色々知ってる。
「で、グリムは何してたんだ?」
「──ん~。暇だから、ヤクモの相手しよーと思って」
「アルバートは?」
「アルは……一人にして欲しいって言ってた」
「……まあ、そういうときも有るか」
「──で。アルにヤクモにお詫びをするって、あの話まだ生きてる」
「気にしないでいいのに」
「アルが気にする」
いっぽー的に、けっとーした。
それに私が横から邪魔をした。
それがあの場合は良かったと思ったけど、じょうきょーが変わった。
「──ヤクモ、騎士になった。だから、ちゃんとあの時の事を詫びてるって、周囲に示すひつよーがある」
「なんとも面倒な事で……。とは言え、それを拒否するとアルバートの立場が悪くなるから、受けるべきか」
「そーゆーこと」
「と言っても、本当に散歩してるだけだから特に何も無いんだけど」
「──そーいうの、きゅーに手足が痛んでも同じ事言える?」
ちょっと、血が出てる。
外に出てくる前から何か攻撃……のよーなものを受けたのかも知れない。
考えて直に出てくるのは、ミラノに怒られたから。
ミラノ、普段は感情的じゃないから怒った時はすごい事になる。
アリアが苛められてた時も、怒ったら凄かった。
アル、覗いてたら巻き添えで痛い目にあってたし。
ヤクモ、少しだけ考えてる。
けど、直にうなずいた。
「分かった。それでもいいと言うのなら」
「ん。ヤクモ、話が分かる」
「……暇だからって言ってもらった方が断然頷きやすかったけどさ」
「──暇だった」
「遅いんだよなあ!?」
ヤクモ、こーいう人間せーだから良い。
ちょーしに乗り過ぎない、けど程ほどにバカ。
バカに見えるけど、大事な所はちゃんと押さえてる。
立派過ぎても遠い人に見える、馬鹿すぎても今度は傍に居るのが難しくなる。
これくらいなら、あいきょー。
ゆっくりと歩き出すけど、やっぱり前よりも遅い。
「痛む?」
「ん……。まあ、幾らかは」
「──無理、しない。食堂近くまで歩いたら、一度止まる」
「まあ妥当か……」
けど、ヤクモは不思議。
騎士になったけど、その前は何も無かった。
なのに、公爵家だとかミラノにあんまり壁や距離が無かった。
騎士になってからも、偉ぶったり勘違いしたりしてない。
なんにも、かわってない。
「ヤクモ、すごい」
「なにが?」
「あんな事あった。けど、ヤクモはまだ”折れてない”」
「……生きてたら、どうせ何かしら戦ったり抗ったりしなきゃいけないんだ。それに、魔物が居るのならまた同じように襲われる事もあれば、何かしらの理由で此方が襲うことだってある。それから……そこから逃げたら、本当に俺には何も残らないからなあ」
?
ヤクモの言ってる事、よく分からない。
けど、少しだけ考えてみたら直に分かる。
「ヤクモ。戦うしか、ない?」
「ん? あぁ、まあ。そんなとこかな。ミラノには言われたんだけど、こんなものでも俺には他人に誇れるものなんだってさ。だったら、戦う事を少しでも大事にしてやりたいんだ」
「──なる」
前より少し違って見えるのは、たぶんそれ。
自信がなかった、だから自分を小さく見せてた。
けど、ミラノが自信を与えたから、小さくなるひつよーがなくなった。
だから、出来る事は出来るっていう。
けど、出来ない事や分からないことは誤魔化さない。
立派立派。
「とは言え、やってみたらやってみたで大分不足や物忘れが露呈した訳だけど」
「ん~、けどヤクモは一つだけ立派なものがあった」
「というと?」
「──心」
「心、ね」
「──あの時、一番心が折れても仕方が無かった。使い魔だから、使い捨てられるとか考えたりする事も有った。皆に言われて、皆に指示を出してめんどーみてた。そんなの、簡単に出来る事じゃない」
「そうなのかな」
「そー。……ん、ついた。ヤクモ、一旦座る」
「ういうい」
深い息を吐きながら、ヤクモは座った。
無理してたのバレバレ。
んと、たぶん持ってるはず……。
「ヤクモ、服脱ぐ」
「は? え? いじめ?」
「──違う。ヤクモ、血の匂いがする。傷口、少し手当するだけ」
「あ、あぁ……なんだ。人目の無い所までつれて来れたから、虐めるのかと……」
「──考えすぎ。早く脱ぐ」
ヤクモ、上だけ少し脱いだ。
長い袖の中、少しだけ皮が切れて腕から血が出てる。
まー、私が背中に乗った時にちょっとやった。
けど、これで体が調べられる。
「あれ、魔法じゃないのか」
「薬とか、ホータイ使う方が良い。魔法でも、ビョーキまでは治せない」
「……悪い」
「ん~」
……特別、筋肉質でもない。
けど、腕とか柔らかいから良い筋肉。
これなら、長い間色々やっても体が疲れにくい。
鍛え方がいー。
「足も」
「……捲くるだけじゃダメですかね」
「誰も見てないから、さっさとする」
「止めて脱がさないで!? 女子に無理やり脱がされるとか屈辱的で……アーッ!?」
往生際が悪い。
無理やり脱がせて下着だけにした。
……足も、身体に対してちょっと太め。
けど、太ってる訳じゃない。
アルに見習わせたい、良い体の作り方してる。
「へーっぷしっ! さささ、寒い!?」
「だから抵抗しないほうがいー」
「は、早く終わらせてくれ!」
仕方が無い……。
何か秘密とか有るかと思ったけど、ふつーに鍛えた人だった。
面白くない。
こう、秘密があって凄いほーが面白いのに。
「沁みる、我慢する」
「今更薬ぐらいじゃ動じないっての……」
「うい」
強がりかなと思ったけど、違った。
痛いのは隠し切れないくせに、薬が沁みるのは大丈夫みたい。
アルだったら、もう喚いて「止めよ止めよ!」と言って叩いてきてる。
何が違うんだろ。
「ん。これでビョーキにならない」
「ありがとさん」
「早く履く」
「脱がせたの君ですけどね!? まあ、いいけどさ」
……履物も、ちょっと丈夫なくらいで特別じゃない。
つまらない。
けど、何で出来てるかは分からない。
私達が着たりしてる物よりは頑丈だけど、見栄えが良くない……。
……何か聞こえた。
「誰か来る。早くする」
「ま、待てって! クソなんでこういう時に限って……!」
ん~、履くのに苦労する。
硬いからかも知れない。
柔らかければすんなり履ける。
お……お?
「お、おわぁっ!?」
履くのに手間取って、ヤクモが転ぶ。
別に、そんなのは驚く事じゃない。
けど、気がついたら私も巻き込まれてた。
ヤクモの方が体が大きいから、支えきれないのもあるけど。
──押し倒されて、唇がぶつかってた。
「ほわぁあああっ!?」
「……それ、とってもシツレー」
「ごごご、ごめんなさいごめんなさい。ワザとじゃないんです、事故なんです! けど謝ったら失礼だったらご馳走様って言うのもなんか変ですよね!?」
「──……、」
むっすー。
事故、事故ってのは分かる。
けど、私は安い女じゃない。
なら、反撃するのも妥当。
「足足足足! 絶対それ急所蹴り上げる為ですよね!?」
「む~……」
……蹴ったら、アルも怒る。
怒ったら、欲しいものが手に入らなくなる。
仲直りした印、横槍入れた罰、反省してる姿勢を見せる為って考えたら、良くない。
蹴ったら、たぶんミラノが怒る。
ミラノが怒ったら、アルが怒られる。
それは良くない。
「……ちゅーもく」
「Yes mam!!!」
「事故だから、許す。けど、貸し一つ」
「許したのに貸し一つ!?」
「──口付けと胸を触ったのと押し倒したの、三点でどれが重い?」
「ど、どれも重く思える……」
「──ヤクモ、ただの騎士。私、侯爵。八つも偉い」
「死刑ですねぇ!」
「──けど、ヤクモは運がいー。誰も見てないから、ご機嫌取りしたら、黙ってあげないことも無い」
「な、何が要求ですかねえ?」
「──アルがいーと言うまで、私を傍に置く」
「そ、それだけで良いんですかね?」
……ヤクモ、押されるとすっごく弱い。
顔なんかもう真っ赤で、汗も出てる。
もう泣きそーな顔してるし、さっきまでの頼もしそうな顔が無い。
──ん、こういうホウコーからヤクモは責められると弱い。
覚えた。
「──ん」
「りょ、了承と取って良いんですかね……」
「文句?」
「有りません、Sir!!!」
「──ん、よろし~。だいじょ~ぶ。ヤクモが約束を守れば、何も言わない」
「うぅ……」
~♪
ヤクモって、大分扱いやすいかもしれない。
~ ☆ ~
グリムに巷で言うラッキースケベをやらかしたヤクモは、半ば脅される形でグリムの強制同行を受ける事になった。
本来であれば反省などの意味で傍に居る筈なのだが、それを一方的に考えなしに拒絶した事もあり、強く否定できなかった。
下手に突き過ぎたり食い下がりすぎたら、首を絞めかねないと諦めていた。
「あれ、誰も居ないや……」
散歩を終えたヤクモが部屋に戻るが、誰も居なかった。
暖炉はまだ火がついたままで、帰ってくるまでそう時間は掛からないだろうと判断した。
「……部屋でも付き添いますかね?」
「ん、とーぜん」
「はぁ……」
当然、やることが無いので先日の勉強の続きを始めるヤクモ。
ベッドで足と腰に楽をさせるのだが、その傍にグリムも寄り添って寝そべる。
「ん゛ん゛……」
「──読めない」
「そ、そりゃそうだろ……。俺の居た場所の言語だもん」
「なんて書いてる?」
「……1018頁も有れば、色々書いてあるよ。最初は国の憲……法令に関して。そこから部隊における法だの、規則だの、訓令だの色々有る」
「──ヤクモ、全部覚えてる?」
「まさか。必要とされた場所、自分に関わりの有る場所を幾らか覚えてたくらいで。今じゃ殆ど忘れてる。それでも、今でも残るものもあるけど」
「どーゆーの?」
「『隊員は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、強い責任感を持つて専心その職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に努め、もつて国民の負託にこたえる』って奴かな」
ヤクモにとっては候補生から後期教育に至るまで、筆記や学科試験の合間合間に諳んじる事が出来るようになるまで教育された。
前期の3ヶ月、後期の3ヶ月。計6ヶ月の180日前後、毎日口にし続けてきた言葉だった。
「──その中に、この前のような時の事って書かれてる?」
「この前のような?」
「──ミラノ、ヤクモの主人。けど、あの時ヤクモ、全部命令してた」
「あぁ、ちょっと待って……。あるな。あの場において自分自身を兵士と既定して、ミラノとアリアを民間人……失礼、非戦闘員とすることで『必要とされる措置を実施する事が出来る』って。つまり、ミラノが主人である事に変わりはないけど、あの場面においては自分が自分の責任の下で主人であっても必要な事柄であれば指示・命令できるってやつかな」
「あるんだ」
「あるある。というか、そういうのをちゃんと規定して無いと部隊や兵士とて無法者の集いになっちゃうだろ? 俺のいた場所では……いや、居た国ではそこらへんが厳重だったんだよ」
懐かしむように服務に関する本を読みふけるヤクモ。
現役時代でも、あるいは陸曹候補生時代でも読まなかった頁も、今では暇潰しの一環として読むことが出来る。
本来であれば除隊後シュレッダーに自らの手でかけ、持ち出すことも再利用する事も出来ない事を証明した後に『返納・破棄』の書類に名前と捺印をする。
だが、アーニャというチートを経由して、グレーな経緯で手元にそれらの教本が有る。
それは好奇心と興味を持つヤクモに取って嬉しい誤算であった。
「──けど、どーしていまお勉強?」
「学園の授業に参加してるとはいっても、義務も責任も無いし。ミラノは俺に戦えるじゃないと言ったのだから、求められてるのは戦いに関することだと思う。そうじゃなくても、あの時の俺は今思い返しても色々出来た事があったと思う……。それに、アルバートに戦い方を教える事になってるから、心構えも一緒に学んどかないと」
「──立派」
「そうかな」
「ん。あんな事があっても、変われない人は居る。ヤクモ、変わろうとしてる人。それは良いこと。それに、アルのためにもなる」
「だな」
ヤクモは、少しだけ心が温まる気がした。
自衛隊を除隊してから、高校卒業後6年間も居ながら外に出て通用する知識や技術を持っていなかったからだ。
ただでさえ片足を引きずっていた事もあり、自信などは皆無に等しかった。
だが、ここではそれが求められる、必要とされている。
ミラノに認めてもらい、褒めてもらった。
グリムがそれを凄いと言い、立派だと言ってくれた。
日本に居た頃に、反自衛隊派によって否定され傷つけられたものが、少しだけ蘇った。
「戦い方とか、ある?」
「それはもう一冊のほうで、また別のになるけど」
「ん、きょーみ、ある!」
「って言ってもな。たぶん、アルバートやグリムには適用できないものが多いと思う」
「──なんで?」
「武器が違う、組織が違う、特性が違う、そもそも文化が違う。戦列歩兵を並べて行進する訳じゃないし、どちらかと言うと散兵戦術系が俺の居た部隊の主だったかな」
「?」
「えっと……」
ヤクモは、グリムに寄り添われながら二冊の本を手に色々とグリムの疑問に答える。
グリムも勿論、その全てが理解や納得が出来るわけではなかった。
だが、明文化されたうえにそれを履修している存在が目の前に居る事で、己を満たせるのではないかとグリムは興味と好奇心で食いついた。
そのどれかが、或いは全てがアルバートの為になるのではないかと。
一時間、二時間、三時間と時間が経過すると、ヤクモの瞼が半ばほど閉ざされだした。
グリムは、その眠気をそっと押すように魔法をかける。
度々行っている偵察で、ヤクモの性格や人柄を理解しているからこそこのままだと眠らないだろうと。
消灯後も、お酒を飲まない場合は中々寝付かないこともグリムは知っていた。
微弱な睡眠魔法は眠気を増大させるようにヤクモをまどろみへと誘う。
パタムと、読んでいた最中の頁を開いたままに力尽きた。
「──……、」
グリムは、これ幸いと部屋の中を探る。
何か少しでも秘密くらいは無いかと探る為に。
だが、部屋の中に彼に纏わるものは何も無かった。
この前使った武器も無い、あるのはつい最近手に入れたらしい剣くらいしかない。
じゃあ、今まで読んでいた本だけでも何か収穫になるものはと見てみるが、知らない言語が専門書のように細かい字で羅列されているものを見て諦めた。
グリムは、結局の所何の秘密も不思議も無いただの男なのではと判断せざるを得なかった。
アルバートに言われてではなく、アルバートの近くに居る人物だからこそ従者として色々知らねばならないと。
それが益となるか害となるか位は知っておかなければと、色々考えたのだが──。
「──ねむ」
警戒すべき事も、特筆すべき事柄すら見つからずに役割を果たし、緊張感が解れた。
そうすると日向ぼっこしていた手前、退屈さも押し寄せて眠くなる。
部屋に戻ろうかと考えたが、すぐ傍に熱源と自分の温めた場所があることを思い出す。
いそいそとヤクモの傍らに収まると、彼女は小さな猫のように少しだけ丸まって身を寄せて目を閉ざす。
少なくとも、今日の出来事で彼女なりにヤクモの評価をまた改めていた。
問えば答える、求めれば応じる。
嫌な事は嫌だと態度や言葉で言い、あまり裏表を感じさせない。
それで居て、正義感だとか責任感だとか、そういったものが強いだけの普通の人間だと。
(……唇一つ、安い対価だった)
そんな事を考えながら、彼女もまた眠りにつく。
彼女なりに事故を誘発し脅迫したのであり、ヤクモはまったくの被害者であった。
痛くも無い懐を探られる為に、望まぬ事を強制され脅されたのだから。
そして、騎士になってからも変わりはないだろうと最終的に断じた。
騎士になった事で、或いは状況が変わったことでアルバートとの約束をふいにする可能性も危惧したが、そんなことは無いだろうと。
欠伸を一つ漏らしてから、グリムは”安全と断じた相手”のぬくもりを感じながら眠りにつく。
それは、ミラノたちが戻ってきても目覚める事は無かった。
~ ☆ ~
「……文句の一つでも言いたくなるわね」
「あはは……」
ヤクモさんが部屋の中でグリムさんと寝ている。
それを見つけたとき、色々な意味で驚きを隠せなかった。
けど、読んでいただろう本を見た姉さんが、深い溜息を吐いた。
「──そういえば、アルバートに決闘の時の一件で良いと言うまで傍に居ろって言われてたっけ。散歩中に見つかって、言い訳出来なくてついて来られた……って感じかしら」
「どうしてそう思うの?」
「あんまりこんな言い方したくないけど、コイツ自身は簡単な気配り程度は出来るのよ。それ以上に、何をしたら悪いかって事に関しては考えがそれ以上に良く廻る。だから、部屋にグリムを連れ込んだら自分の立場が悪くなる事や、それをみられたら私の立場が危うくなる事くらい理解できてる筈なのよ」
「あ~……」
それに関しては同意できる。
決闘した日の夜、泣きそうになりながらどうしたら良かったのかと追い詰められていたのを思い出した。
良かれと思ってやったことでも、周囲に理解されないことが有る。
私達が思うよりは、色々考えてるのは良く分かる。
「何読んでたんだろ?」
「これは……確か、この茶色い本の方は心構えだとか規則だとか法則だとか、そういうのが書かれてるとか言ってた」
「なんの?」
「所属していた部隊のだって。1000頁はあって、全部はまだ把握もしてないし覚えてないとか」
「1000.……教科書と同じくらいありそう」
「で、緑の本は……兵科? に関わる事だって言ってた。教練だとか、行動だとか、そういうのが書いてあるって」
「こっちも分厚いね。けど、読めないや」
「ツアル皇国の伝承文字に似てるみたいだけど……」
ミナセ君とかタケル君の居た場所の話だね。
ツアル皇国の人々は、そもそも渡り人たちが定住したのが始まりだとか聞いたことがある。
余所者で有りながらも人類の危機に際して魔族と長らく押し留め、国が滅んで尚味方として受け入れてくれた事に恩義を感じて再び魔族と一番近い場所に住まう事で感謝を示すとか、なんとか。
国そのものが人類の最前線で、そこに居る事をよしとする……。
「……ツアル皇国の人、じゃあないんだよね?」
「違うんじゃないかしら。もしそうだとしても、今回の一件で存在が知れたわけだし、知り合いが居れば抗議してくるだろうし。そもそも、親が外交に携わっていた上に教育まで受けてるんだから、何も言われないってことは、違うんでしょ」
「そっか……」
……けど、ヤクモさんって普段何考えてるか分からないのが心配。
前みたいに、裏で吐き出したいような事や、思うところはあると思う。
それらをおくびにも出さないで、ただ周囲に振り回されてる。
私は、何処まで信じていいのか分からない。
本当に大丈夫なのか、本当は大丈夫じゃないのか。
兄さんを思い出させるから、苦しくなる。
胸が、キューってなる。
何かあったら大げさに騒いで、けど本当に大事なことは隠して。
……なにか、大きな事に繋がらないといいんだけど。
「けど、それはそれ、これはこれ。悪くないという事と、気に入らないということは両立するのよ」
「あ……」
もう、どうなるか分かっちゃった。
出来れば止めたかったけど、それは遅かったみたい。
安らかに、健やかに。
以前のような怯えた顔でもなく、最近のような警戒して引き締めた顔でもない。
寝ている間だけは、色々な事から切り離されて悩まずに居られるといった顔をしていた。
それを起こすのは、憚られたけど、姉さんが既にシーツを引っ張った所だった。
ゴロンゴロンと、ヤクモさんとグリムさんが転がり落ちる。
何事だとヤクモさんの方が起きるのが早いけど、その警戒しきった顔がすぐに「やっべ」といった顔に染まる。
「さて、お話をしましょうか」
鬼だ、鬼が居る。
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