第15話
~ ☆ ~
「それじゃ、おやすみなさい」
「お休み」
消灯時間を迎えた二人は、素直に灯を落として眠りにつく。
自分よりも身分が上な相手が居る以上、先にベッドに入ることも眠ることもしない。
一種の上下関係を弁えているヤクモは、ミラノが眠りにつくのを確認してから脱がせた衣類を片付けてから、己も眠りにつく。
着替えは無い、寝巻きも無い。
ただ以前と違う所が有るとすれば、ベッドがある事位だった。
「──……、」
ウォークマンを操作し、寝付きやすい音楽を再生する。
最近は悪夢がなぜだか普通の夢になってしまい、ならば寝ることに億劫にならずに済むと前向きである。
それでも、眠りにつくまでは緊張するのだが。
安らかに奏でられるピアノの音を聞いているうちに、焼くもの意識は遠のいていく。
そして、最後に意識の境界線にまで認識が押し込まれた後、彼は眠りについた。
~ ☆ ~
『しかし、力がある事を知って奴は何もせぬのか?』
図書館で、本を探している中アルバートが零した言葉がミラノは幾らか気になっていた。
力関係が完全に逆転してしまっていて、魔法と言う長所も知識や応用力を前に物理的に黙らされる事を理解した。
使い魔でも無くなった事も含め、今までのような”安全”が失われた事を思い出した。
それでも、アリアを含め彼女たちがそのことに思い至らなかったのは、やはり兄に似ているからであった。
それだけでなく、言動が幾らか酷似している事や彼の成し遂げた事を前に、そういった”考えもしなかった事”は文字通り浮かびもしなかった。
『兄さんとは、違うんです』
アリアに言われて、それでも全てを振り払えるわけではない。
寝静まったであろう頃に、素足で床へと足を伸ばした。
足音を殺して、ゆっくりゆっくりとヤクモへと寄るが──。
まるで、死んでいるかのように静かであった。
彼女は、急に不安になった。
生きていたという事が実は間違いで、やせ我慢や嘘の中辛うじて生きていただけだったのではと。
だが、そんな事は無い。
ヤクモは普通に生きていて、耳を近づければ静かに呼吸を繰り返している。
その呼吸の仕方が、まるで息を潜めるようで、初期の頃のヤクモを連想させた。
「──……、」
静かに、彼女は兄と似た男の寝顔を見る。
最初に出会ったときのような自信の無い顔でも、最近では中に居る時でも見せるような幾らか頼もしそうな顔でもない。
全ての装飾が剥がれ落ちたような、素のヤクモの顔を見た気がした。
── ごめんなさい…… ──
つい最近の事なのに、もうあの時の臆病で震えていたヤクモが遠くに感じられた。
だからと言って、全部が変わったのかといえばそう言う訳でもない。
ただ、部屋の中でも外に居る時のように振舞いだしたというだけ。
それが、なんだか寂しく思えた。
── 情けない。情けない情けない情けない情けない情けない ──
── 情けないのは、いやだ…… ──
ふと、彼女はなぜかそんな言葉が聞こえた気がした。
勿論そんな言葉を聞いた事も無いし、そんなことを目の前の男や兄が言った事も無い。
もしかしたら内面ではそう思っていたのかもしれないと、彼女は指を伸ばす。
頬へと触れたらどうなるのだろうと、ゆっくりと。
「ふぃ……」
嫌な顔をされた。
ミラノは慌てて手を引っ込めるが、それで起きた様子は無かった。
「……心配して損した。よく考えたら、力関係がひっくり返ったのを良く知ってるのはコイツだったわ」
考えずとも、魔法をそこまで行使せずとも弱点を知っているのだから、そういった機微を見逃す筈が無いのだ。
しかし、目の前の男は言いつけをこなしている。
朝早く起きてお茶を淹れ、着替えを手伝い、かつては使い魔今では従者として仕えている。
何も要求せず、何も求めず……。
「──って、これも考える必要の無い事だった」
そして、今回の始まりに戻ってくる。
何も求めず、何も言わず、何も要求しない。
だからこそ、何かしら褒美を与えねばならないと考えたのではなかったのだろうかと。
ミラノは、ゆっくりと離れようとした。
だが、その時になってようやく何かしら音が聞こえることに気がつく。
それは、ヤクモに近寄れば更に聞こえる。
「なんだろう……」
ポツポツと雨が降るような水音が聞こえる。
その中で、静寂の中に悲しみを感じさせる音が聞こえるのだ。
「そういえば、コイツずっとこの変なの首にかけてたわね」
ヘッドフォンをミラノが知る訳ないが、それでもそこから音楽が流れてくることくらいは分かる。
仕組みは分からない、理由も分からない。
だが──彼女は、雨の中の静けさと物悲しさを奏でるその音楽が気に入った。
その音楽をもう少しだけ、もう少しだけ聞こうと思い続ける。
だが、彼女はそうやってベッドの上で聞き入る内にまどろんで来る。
それでももうちょっとだけ、もうちょっとだけと思って聞いているうちに、本当に眠ってしまった。
ベッドの上で、何も被らずに眠ってしまった彼女は暖炉で暖まった室内でも風邪を引きかねない。
だが、その心配は不要であった。
ヤクモが寝返りを打ったときに、ミラノの上へと腕を重ねたからだ。
余った布団が引っ張られてミラノに被さり、彼女は風邪を引かずに済んだ。
安らかな気持ちで音楽を聞いて眠り、しかも先人が温めた毛布で温もりに包まれながら眠る。
ミラノは幸せ者であった。
当然、その対となる男は不幸なのだが。
「いってぇ!?」
バチーン! と、朝から乾いた音が響いた。
それと同時に、ドスンという音が室内を叩く。
その要因を作った少女は、真っ赤な顔をしながら毛布で身体を覆っていた。
「あああ、アンタ! ついに……信じたくなかったけど、本性現したわね!!!」
「えぇ……」
「嘘だと思ってた。いいえ、嘘だと思いたかった。あんたがそんな事をするなんて!」
夜でこそうっすらと体のラインが見える程度のネグリジェも、朝の日差しを浴びれば露骨に、扇情的に身体を見せる。
なぜこうなったか等、説明するまでも無い。
ただ、運悪くヤクモが目覚ましをセットしておらず楽しい夢に溺れており、運悪くミラノが早起きをしてしまったというだけの話なのだ。
ミラノの叫び声で飛び起き、ミラノにビンタをくらってベッドから落ちる。
背中から床に叩きつけられてから、暫くそのまま考え込むヤクモ。
「……俺のベッドじゃん」
「え?」
「ここ、俺の寝てた場所……」
ゆっくりと起き上がりながら、語気を強めないように努めながらそう主張する。
言われてから、ミラノも状況を把握できるようになった。
見れば己のベッドは窓側で昨日抜け出したままで、出入り口の近くに置かれたシングルベッドに自分は乗っていたのだから。
ヤクモはポケットからウォークマンを取り出して再生を止める。
一日が始まり、こんな出来事があったのに雨音と共に安らぎの音楽なぞ聞いている心境ではないのだ。
「──……、」
「……──」
数秒、二人して見詰め合う。
その沈黙の時間はヤクモは恨みがましく、ミラノは現実逃避のように消費された。
ただ、下手に突っつくと被害が拡大する事に思い至ったヤクモは、即座に話をぶっちぎる事に決めた。
「あ~、とりあえず……お茶飲む?」
「さ、さんせ~……」
場を誤魔化すような返事をしたミラノは、ヤクモが背を向けている間にそそくさと自分のベッドにまで逃げ込む。
何があったのかを思い出そうとして、それから気になった事を思い出す。
「そういえば。アンタのその首にかけてるやつ、音楽が聞こえたのよ。そう、それが気になって──」
「あぁ、ゴメン……。聞こえるとは思ってなかったんだ。今日からはやめるよ」
「そうじゃ……ないんだけど」
指摘されて、今回の問題になったものを即座に使用中止を言い出し、できる限り今日の出来事を軟着陸させようとするヤクモ。
だが、そもそもの話寝ているヤクモに近づいたのはミラノであり、そのまま寝落ちした上に勘違いで叩いたのもミラノである。
今回に関しては、完全にヤクモは被害者だった。
「な、何の音楽だったの?」
「娯楽の音楽に、自前で音声を追加した奴。雨の音とかもそうだけど、自然音や環境音は落ち着くからって、学生の頃に教師に勧められたんだ」
「音を、足す? ……まあいいわ、なんでも。けど、良い音楽だった。私、それ好きかも」
「色々入れてた甲斐があったかな、それなら」
「他には何が入ってるの?」
「う゛……。い、色々は、色々だよ」
追求されてしまい、今度は気まずくなるヤクモ。
下手すると自分が加害者になりかねないものまで入っており、それは文字通り”ブラックボックス”と化していた。
電波ソング、エロゲソング、アニソン、色々な国の国家だのだのだのだの……。
おおよそ幅広く突っ込んであり、おおよそ幅広く引かれる要素をゴッタ煮にしていた。
そして、ヤクモは無自覚である。
眉が僅かばかりに寄り、唇が引きつった事で『嫌である』と言外に告げていた。
「……あ、もしかしてずっと音楽流してた?」
「お、おぉ……。正解」
「だって、そうじゃないのなら理由が無いじゃない。そんな首周りの邪魔になるものなんて、アンタからしてみたら戦いの邪魔になりそうなものだし」
内側にあるクッションが良い塩梅で首を保護してくれる為、首にかけたままベッドで寝ても違和感が無い。
その代わりに横になった時に大分首筋が圧迫されるのだが、それもまた耳宛の部分が柔らかい為に眠りの妨げにならない。
数万円もするヘッドフォンをゲーム用ではなくわざわざウォークマン専用に買っているあたり、音楽への傾倒具合が分かる。
「さて、お茶はあれで良いとして。着替え、着替え……」
「ちょっと、ヨダレ垂れてる」
「あ~、ん~……」
「なんか、気が抜けすぎじゃない? 少し締める?」
「いつもは自分で早起きしてたけど、今日は早起きしたわけでも覚醒したわけでもないから……。目覚まし、つけてなかった」
「目覚ましなんて有るの?」
「学園のものとは違うけど、腕時計。時間が来ると微弱な電流が流れる奴」
「ふぁ……」
腕時計という存在に驚きかけてから、時間が来ると電流が流れて叩き起こされると聞いて呆れるミラノ。
「アンタ、毎日そんな起き方してるの……?」
「いや、電流が流れる前に目覚めるように、念のために設定してるだけでして。……ちょっと、夢見が良かったのと、ここ最近ずっと医務室に居たから設定してなかった」
「まあ、どうせ学園側も学業再開するのかどうか迷ってる状態だし、決まるまでやる事なんて食堂に行く以外何も無いんだけど」
「とは言え、だからといってだらしない生活をする訳にはいかないと。……うし、着替えはそこにおいておくから、お茶の用意してくる。下着替えたら教えて」
「分かった分かった」
最早男女という性差を意識した様子は二人には無い。
むしろ「そんなもの意識するだけ浪費」と言わんばかりに、互いに成すべき事をしている。
アリアに言わせれば「ミラノは羞恥心とか無いの?」と言う話なのだが、ミラノからしてみれば犬に食わせてしまって欠片しか残ってないような代物だった。
ただし、ヤクモ側は意識していないわけではない。
認識優先順位を下げる事で意識や反応を遅らせているだけでしかなく、遅効性の毒のようにやってくる。
……ただでさえ自衛隊生活を含め女日照り期間が10年近くに及んでいる。
だからこそ、今朝の騒動は悪い意味で”意識”させるには十分であった。
「そういや、ミラノの勉強ってそんなに難しい物なの?」
「な、何よ急に」
「いや、普段の授業中の様子や部屋に戻ってからの課題のやっつけ具合を見ると、何をそんなに時間をかけてるのかなと。昨日だって、夕食食べ損ねかけたし」
「もしかしたら家元に帰されるかも知れないでしょ? 学園自体も幾らか被害を受けてるわけだし、安全面や親の心情を考慮したらその可能性って高いと思うの」
「なるほど。だから民草の事を今学んでおこうと……」
ヤクモは、ミラノの言葉を真に受けた。
授業中にも知識を披露し、優等生っぷりを見せつけたのだから無理も無い。
将来父親や領土運営の手助けをする為に、今から合間合間に勉強をしているのだろうと考えたのだ。
「……やっぱ、主席は凄いんだな」
「馬鹿にしてるでしょ?」
「いや、感心してるんだ。俺なんか、何も無けりゃ自主的に何かをするような人じゃないからさ、自主的にそうやって邁進していくミラノは素直に凄いと思う。マジで」
「あ、ありがと……」
嫌味なら聞きなれている、自分の努力不足を棚上げした連中がしょっちゅう口にしていたから。
しかし、純粋に彼女を褒めてくれる人はそういない。
居たとしても教職や身内ばかりで、ありがたみを失っていた。
だが、目の前の男は自分のことを棚上げにし、さらには嘘だという事も知らずに純粋に凄いといっている。
それも、納得できるだけの理由まで付け加えて。
ミラノは嘘を吐いた事を恥じながらも、純粋に褒めてくれた事に恥ずかしさを覚えていた。
「け、けどアンタだって凄いじゃない。色々知ってるし、色々出来るし」
「受動的で、相手に与えられた物をそのまま受け入れてるだけともいえるから、何とも。それに、興味最優先にしたから、興味のないことはまるっきりだし」
「だとしても、教わった事を高い水準で習得して保持するのって、結構難しいことよ。学校でもそうだけど、教師の教えてくれた事を本当に理解して習得するのって全員が出来るわけじゃないもの。つまり、私達と違う分野とは言えアンタも凄いのよ」
「──……ありがとう」
呆気に取られ、呆けた顔をしたヤクモ。
だが、それが直に以前彼女が自分を認めてくれたという事実につながり、純粋に受け入れた。
以前にもミラノは、自分には何もないと言った所で「戦いが少なくともできると言えるでしょ」と言ってくれた。
その事をヤクモは忘れて居なかった。
だから、彼女は自分を認めてくれているとして、否定しかけた言葉を呑んで感謝したのであった。
親に認められたい一心で、認められることなく宙ぶらりんとなったヤクモに取って、彼女のその言葉は万金に値するものだった。
── ☆ ──
「しっかし、着付けだけは未だに慣れないんだよなあ……」
そんな事を、コイツはもらす。
戦う事や勉強よりは簡単なはずの事を、コイツは難しいことのように言う。
「服を着せて、スカートを履かせて、外套を着けるだけじゃない」
「それが難しいんだって……」
そう言いながら、彼は着替えをさせてくれる。
もちろん、それが私の与えたお仕事だから。
けど、少しだけ今日は不思議な気持ちになった。
彼が私の前でしゃがみこんで、スカートを足に通そうとしている時だった。
彼の顔が、私の下半身の前にあるとどうにも落ち着かない気持ちにさせられる。
少しだけ伸びた髪が膝を、それから少しずつ下腹部までくすぐる。
なんでだろう。
私は、以前のようにそれを我慢することが難しかった。
「い、いいわ。アンタまだ病み上がりで完全じゃないし、そういう身の回りの世話はカティにやらせるから」
そう言って、私はヤクモの手を止めさせた。
スカートを奪うように掴むと、自ら着替える。
ゆっくりと彼が立ち上がるときに、髪の毛がパンツに触れた。
その時に、限界が来た。
「ひぃうっ!?」
「ミラノ?」
「や、チョ。なんでもない! 髪の毛がくすぐったかっただけ!」
「あ、あぁ……」
大事な所に髪の毛が触れたときに、凄い痺れた感じがした。
頭や顔まで熱くなって、恥ずかしさが前面に出てしまう。
け、けど……コイツは悪くない。
言われた事を、言われたとおりに、いつもどおりにやっていただけ。
なのに違いが有るとしたら、それは……私?
「そう、そうよ……。アンタはもう騎士なんだから、着替えをやるのは少し違うもの」
「そっか」
「ええ! えぇ……そうよ」
なんで? 何でかよく分からないけど、これ以上やらせちゃいけない気がする。
寝起きが悪かったから、変な風になってるのかも。
たぶん、きっとそう!
「外套は?」
「それはやって」
「ういうい」
と、言ってみたものの……。
立ち上がって、彼が外套を着せるのを待っていると、余計に変になる。
後ろから、まるで抱きつくように外套を回してくる。
そして、前に回りこんでくると少しだけ屈んで顔が私の目の前に来る。
勿論何も考えていないだろうし、悪意も無いだろう事は見ていれば分かる。
胸元で留めようとしているのだけど、ここはいつも時間がかかる。
今まではなぜそんなに時間がかかるのだろうと思っていたけれども、今は理解できた。
……胸元近くで手作業をするのであれば、勿論その近くにあるのは私の胸だ。
そこに手が触れないように、かつ首が絞まらないように配慮しているから時間がかかっているのだ。
「ま、まだ終わらないの?」
「だ、だから言っただろ。慣れないって」
私が変に急かしたせいか、コイツの声に焦りが滲む。
不慣れな作業の中で最大限の注意を払っていた中だから、仕方が無いと思う。
ただ、手の甲が私の胸に触れた。
次の瞬間、机を巻き込んでヤクモが吹っ飛んでいた。
「ぎゃぁぁあああぁぁっ!?」
「さささ、触った! アンタ、今胸触った!」
「ごめんなさいごめんなさいわざとじゃないんです!ただ急がなきゃなと思っていけるいける出来るもっとやれるってと思ったら失敗しただけなんですぅぅぅうううう!?」
触った! コイツに触られた!
誰にも触られたこと無いのに!
「やめて! 許して! 背中折れちゃう!」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!」
床で丸まってるヤクモの背中を何度か踏みつける。
どうせ利いてない、口だけなんだから。
そう思ったけど、まだ消えていない腕の切断部の痕跡を見てから冷静になる。
それでも、収まらないものは収まらない。
「何か言うべきことは!」
「……い、一応”有った”んですね」
何が?
数秒、本当に考え込んでしまった。
慈悲の心があるとでも言いたかったのか。
それとも、”考え”とやらが有るといいたかったのか。
けれども、そうじゃない。
ふと、コイツを見下ろす視界の中に含まれているストーンとした、私の胸が見えて理解する。
私は、足を頭の上に一度だけ思い切り踏み下ろした。
暫くして、朝食から戻ってきたらアイツは「ちょっと、歩いて体の調子を確かめてくる」と言って出て行った。
歩くだけなら引き止められない。
そもそもあの腕や足が今でもちゃんとくっついていて動く方が今でも不思議。
マスクウェル学園長の知識や魔法は今でも理解できない。
けれども、アイツの指摘した詠唱の隙だとか、発動時の光や音と言ったものがかなり小さいか無いので、優れたものだという想像くらいは出来るけど──。
「──……、」
外套を脱いでから、立ち鏡の前に行ってしまう。
それから少しばかり、胸元を見た。
「無く、ないし」
ふよりと胸に触れてみるけど、直にその奥の骨へと指が届いてしまう。
無いわけではない、けれどもあると言うには少しばかり虚しさの方が勝る。
溜息を吐いてから、寝床に飛び込んだ。
少しばかり跳ねてから体が柔らかい素材に埋もれていく。
枕もとの机に置きっぱなしだった本に手を伸ばすけれども、なぜか読む気分にはなれなかった。
「……まだ、子供だし」
そう、まだ14だもの。
皆より二歳も若いから、その分まだ未来があるもの……。
けど、食堂の給仕や女中を取り仕切ってる若い子は……結構、胸大きかった。
それに、思い返してみれば私達がお風呂に言っている間、食堂裏の井戸で身体を洗ってるわけだから、何か接点があってもおかしくない。
少しだけモヤモヤしたけど、私の周りって……”子供”が多い?
グリムも、カティもそういう意味では仲間──じゃないかしら。
そんな事を考えていたら、ノックが聞こえる。
誰だろうと思ったら、アリアだった。
「姉さん」
「あぁ、アリア……」
「ど、どうしたの? なんだか浮かない顔だけど」
……そういえば、アリアはどうなんだろう。
双子のように私たちは同じだけど、同じ人という訳じゃない。
あれから4年も経てば、違いもあるはず。
もしかしたら、私だけ……ということもありうる。
「──……、」
「ね、姉さん!? ちょっと、なに!?」
「う~ん……」
揉んでみたけど、よく分からない。
さわり心地は、同じに思えるけど……。
「く、くすぐったいよ」
「──差は、無い……かも」
「何の話?」
「胸……」
ストーンで、もにょーんで、ふわーんな物。
アリアも似たようなものだと、同じだと安心したけど、だからと言って無いものは無いのに変わりは無い。
虚しくなって来た……。
「なにかあったの?」
「じっ、事故なんだけど。着替えの時に、アイツの手の甲が胸に、ふれ……て」
「あ~……」
なんだかよく分からない反応。
怒るかなと思ったけど、何で微妙な顔をしてるの?
「そ、それで?」
「何か言う事は~って聞いたら、『一応有ったんだ』とか言われて、ちょっと気になって」
「──……、」
あれ、アリアが黙った。
……なんで? どうして?
まさか──
「まさかアイツ、アリアにまで──」
「そんな事は無いかな!!! ないから!」
「え? なら、なんで今黙ったの?」
「……姉さん、というかミラノ。やめよう? まだ14だけど、人より無い事を二人で分かち合っても、悲しくなるだけだよ」
そう言ったアリアは、なんだか歯軋りをしていたような……そんな気がした。
それから、彼女もまたふよふよと自分の胸を触る。
「まだ14だもん、まだ14だし……。まだ、未来はあるし……」
……アリアも、気にしていたみたい。
まったく同じ仕草で、自分の胸を確認していた。
「……けどけど、食堂の給仕や女中を取り仕切ってる若い子は……結構、胸大きかったなあ」
「考える事も同じね……」
数秒の沈黙の後、それぞれに溜息を吐いた。
私は上を向いて、アリアは下を向いて。
勉強や知識はどうにでもなるけれども、身体的な成長は時間に委ねるしかなかった。
「なんか癪に障るわね」
「同感」
アリアも私も解消できない苛立ちを抱えた。
勿論、その全てはアイツが悪い。
居てもいなくても頭の中に居るだなんて、なんだか疫病神みたい。
「少しくらい、お仕置きしてもいいよね?」
「ええ、そうね。少しくらいお仕置きしても罰は当らない」
「勝手なことばっかりするもんね」
「勝手なことばっかりするもの」
「ふふ……」
「ふふ……」
なんか、ちょっと楽しい。
どんな声で、どんな顔で喚くのかしら?
気になる。
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