第10話
~ ☆ ~
おかしいですね、私って結構主要人物のはずですよね?
なのに、なんでこうも出番が少ないのでしょうか。
納得がいきません、結構頻繁に会ってるはずなのですが。
「待って待って待って待って、そっちの敵を抑えてくれないとこっちが結構ヤバ味なんですがねぇ!?」
「え~、ちょっと待ってくださいよ……。装備の編成がショットガンとRPGなので、出来ればもうちょっと踏ん張って欲しいのですが」
「何でそんなピーキーな装備編成にしてるんだよ!? 航空母艦で海上基地作成! けど駆逐艦も巡洋艦も編成し忘れた第二次世界大戦! みたいな」
「それ、防御ボーナスも回避ボーナスも無いまま直撃して沈むコースですよね? あ、すみません。やられました」
「New-U Stationのお世話になるのはいやだぁぁぁあああああ!?」
一緒にゲームをするのも、アニメを見るのも、本を読むのも結構しょっちゅうな筈なのですが。
な~ぜか、彼の中ではあんまり語られないのですよね……。
「そういえば、最近スライムが主役の異世界モノがアニメ化したみたいで。魔王の1人がめちゃカワなんですよ」
「なろう小説だったっけ? 漫画化した所まで知ってたけど、アニメ化までしたのか……」
「あのツインテールでピンク髪なのも、ホットパンツでちょっと傲岸不遜なようで素直なのが良いんですよ」
「それは同意。よくもまああんな性癖の塊を作り上げられたもんだなと驚くよ。やっぱオタクの世界ってリアルよりすげぇわ……」
神の世界とも、私だけの管理空間とも言える場所は現実に引きずられない。
彼の方は腕足が切断されてましたが、夢の世界ではそんな事はかんけいなく五体満足です。
インターネットも電気も深く考える必要はなし御座いますとも。
「……そういや、昔のアニメを見たくなったんだけど。見られるかな」
「ニ○ニ○動画で課金して見れば良いんじゃないですか?」
「いや、コメントは要らないんで……。そういうのは実況動画とかプレイ動画で有れば面白いから」
「──まさか、裏モノアニメじゃないですよね。や~ですよ? 私のPCにエロアニメのデータが残るの。あぁ、でも。”理解”が深まると思えば、ナシとは言いませんが」
「エロアニメ見るにしても、こっそりしますけどね……。違うって。昔のアニメが見たくなったんだけど、一人で楽しみたいんだよ」
「いつごろのです?」
「日本に来た当事、ちょうどラノベが最高潮とも絶頂期とも言える位にヒットしまくって、アニメ化の枠が大分広まった時かな。あの、あれだよ。釘宮病のど真ん中」
「あぁ……なるほど」
釘宮病、言ってしまえば罵られたり「うるさいうるさい」と言われたり、ツンデレが流行った頃でしたっけ。
たしかにあの時代となれば、彼の方が日本に来た時期と一致します。
オタクという方々の認識が、今ほど細分化されていなかった時期。
逆を言えば、準犯罪者とも犯罪者予備軍という認識がまだあったころでしょうか。
私や彼がそれで迫害されずに済んだのは、帰国子女校という色々な国のヒトがいる場所だったからでしょうね。
右を見ればアメリカから、左を見れば中国から。
前を見ればアルバニアから、後ろにはカナダやベネズエラから来たという生徒がいる。
私はロシアから、彼の方は南米から来たのですから、そんな中で”日本人と言う少数派”の考えで、三年も持つわけがありません。
結局、色々な考えをもつクラスメイトと触れ合っているうちに、下らない事は下らないと皆が棄てるのです。
それが”常識の範疇”であれば、ですが。
「タイトルが分かれば仕入れますよ?」
「先輩経由で?」
「はい、先輩経由で」
……とは言え、あんまり頼りにするのも気が引けるんですよね。
けど、時々様子を見に行かないと怠惰に堕落していく可能性が高いので……。
「あ、アーニャ? どうした、手をワキワキさせて」
「あ、いえ。ちょっと、お掃除の事を考えちゃいまして」
「……お掃除シミュレーションゲーム? 最近出てたけど」
ちょうどそんなゲームの画面を見ていたみたいで、話が変な意味でかみ合いました。
追求されても答えづらいので勘違いしてもらった方が助かるのですが。
ごみ屋敷と化した高級マンションの二階層フロア……。
前回行ったのは、何年振りでしたっけ?
一週間ほど泊り込んでようやく片付きましたが、アレはアレで──。
「はい、お掃除好きですから!」
「そりゃ奇遇。自分の身の回りのことはしたくないけど、仕事や義務で掃除するのは好きなんだよなあ……」
「──貴方様のお掃除って、文字通りの”お掃除”じゃないですよね?」
「なん……あぁ、死体処理──」
「というか、おかしくないですか? 最近ではイエス・キリストやブッダを戦わせるゲームまで出てますし、Steamって恐いもの知らずなのでしょうか?」
「いや、流石に倫理に引っかかるものは排除してた筈なんだけどなあ……。あぁ、死体処理ってのも有る意味倫理にかかわるか」
そう言いながら、まったく違う『泥棒シミュレーター』を見つけて興味深そうに見ています。
あの、流石にそういった犯罪まがいな事を楽しむってのもどうなのでしょうか。
というか、この方は自分を軽視しすぎています。
『真似できそうだからやってみて、真似できたから習得できるもの』として、むやみやたらに手を伸ばす事が。
「あの、貴方様。ピッキングや泥棒のスキルに興味が?」
「あ~、いや。興味があるというか、新しい知識は取り入れておきたいかな~って」
「新しい、知識?」
「ピッキングと窃盗は……技術の一つで出来ますし」
「……ぁえ?」
「いや、その──。妹が不登校だった時に、ピッキングを覚えたらしくて片手間に教えてもらって。窃盗は、友人の父親が悪餓鬼だった頃に覚えたとかで……へへ」
口笛を吹いて、何かを誤魔化す。
……流石に、全部の情報が抜け落ちてる中でつれてきたので、見落とした情報が多すぎますね。
「けど、悪い事には使ってないぞ? 物品保管の個人ロッカーの鍵を一時的に紛失した先輩のロッカーを開けたとか、印鑑を入れてた人事陸曹が困ってたから開けたとか……そういうくらいですよ?」
「窃盗は?」
「あれは格闘に役立ったかな。あと、自分がそういった”隙”を理解していれば、相手がそれを狙うだろうってのも、どういうのが狙いやすいのかを逆手に取った行動やブラフもとれるし。あとは……へへ、高校の時に、お金を取られた時に、ちょ~っとね」
……けっこう無難な学生生活を送っていたと思ってましたが。
むしろ、そういったこととは縁遠いヒトだと、そう思ってました。
「役に立たないけど、ブラをした女性の肩からスルリとブラだけ抜き取る技も覚えたんだぞ」
「マジで役に立ちませんね!?」
「役にたたないけど、知りたくならない? マジックとか見てて、タネと仕掛けを知りたいとは思わない?」
「思いますね!」
「たまたま側でそういうのがあったから、知ろうとしただけの話。……へえ、最近のピッキング道具ってこうなってるんだなあ。あ、こっちに錠に関するシミュレーターがある。なんだこれ、犯罪者養成シミュレーターか?」
「貴方様がそっちがわに傾倒しすぎているだけでは?」
「それは否定できないなあ……」
正しくあろうとしすぎた結果、正義を”危険な代物”と認識した。
正義の反対はまた反対の正義。
感情と道理、緊急避難etc,etc...
罪を犯したとしても、時としてそれが許されてしまう事もある。
だから、自分が判断できる為には多くを知らなければいけないと、戒める。
正しくあろうとして、正しさを口にする事ができなくなり、詐欺師になることを選んだ、1人の人。
「で、アニメのタイトルは?」
「あ~、そっちのパソコンにデータで転送してある。口で言っても間違ったり忘れる可能性も有るし、最近だとAVのタイトルにもじったのを取り入れてたりして悲惨な所にたどり着きかねないからさ」
「またまた、ご冗談を……」
「『君の名は』と『君の縄』っていうのであるし、他にも『マトリックス』と『マゾリックス』とか『アイアンマン』と『アーンイヤーンマン』とか」
「……頭が痛くなるのですが。なぜそういうのをご存知なのですかねえ?」
「ツイッターって、暇な時につい一時間くらい眺めちゃうじゃん? そうするとさ、RTとかで一発ネタだとか面白い事とか回って来るんだよ。でさ、気になっちゃうじゃん? 『秀逸なタイトル集』とかで検索して、暫く思い出し笑いする」
「内容は、見てないのですよね?」
「え? どうやって買うの?」
……この、こう。
なんでございましょうか。
興味を持ったらピッキングだの錠前の仕組みなどを理解する癖に、AVを何処で買うのかすら知らないとは。
人として偏りすぎと言うか、既に90度ほど傾きすぎていて後は沈没待ったナシのお船さんみたいです。
この人は欲というものがないのでしょうか?
それとも、男の人……?
いえ、もう一つ考えられるのは──。
「二次元にしか興味がない人ですか?」
「はっは~、笑える。興味がないわけじゃないんだけど、優先順位がどうにも低くてさ。ゲームや漫画、ラノベにアニメ、映画に洋画と色々金を出してると、そこらへんはどうでも良いやってなるからねえ。アプリゲーに狂ってた時は20万とか突っ込んだ事もあるし、そこまで消費して冷静になると、どうでも良い奴は切るよね」
「え~、なんだか不健全です……。健全な男性の方は、えっちっち~な事に興味があると聞きましたが」
「優先が低いだけだって、優先度が」
しばらく、そのまま雑談をしているのかよく分からないまま、別のパソコンを使いながら時間を使います。
この空間は便利ですね。
ここで3時間過ごそうが、12時間過ごそうが、24時間過ごそうが、72時間過ごそうが外の世界とは別の時間が流れているわけですから。
一週間働いて、あ~ダメだな~、疲れたな~って思ったらここでゴロゴロして三日でも一週間でも休んだら、また働けばいいのですから。
「そういえば、結局後数回使える望みも、使ってないままですね。何かないんですか?」
「……そういうドラゴンボール的なものは、本当の本当に切羽詰った時に使おうかなと。まだ何も分からないし、何もしてない内に使うのはもったいないかなと。それに……」
「それに?」
「──本当に”後悔してもし足りない時”とか”どうしようもない時”に取っておきたいんだよ。たしか、以前の話だと記憶とかは残らないけど、文字通り時間も戻せるんだろ? ……たぶん、引きずったまま生きられないと思うからさ」
「それは、誰かを守れなかった時、ですか?」
「まあ、そういうことかな」
それは、今回死んだ時の事を言っているのでしょう。
結果として、自分以外の身近な人物を守る事ができた。
だから良し! ……とは、考えなかったみたいです。
最悪の事態を考える、悲観的とも言えるその思考は”今回は上手くいっただけ”とした。
つまり、自分の為か……あるいは、死なずに済むまでやり直すのか。
ただ、私でも分かる事があります。
それは”どれだけやり直したとしても、素養や素質的にたどり着かない未来もある”という事です。
100回やり直したとしても、1000回やり直したとしても、その人の触れ幅からそれた事は出来ません。
”その人がやらないだろう”ということや”やる理由が無い事”は、何度やり直しても通らない。
ADVゲームで、そのキャラクターに浮かばない選択肢を選ぶ事ができないという事ですね。
現実はゲームではありません。
ですが、ゲームのように説明する事も理解する事もできます。
”平和主義者”の特性を持ったキャラクターが”暴力行為”を出来ないような、そんな感じです。
とは言え、現実では平和を語りながらテロ行為を行う方もいるわけですが。
「……実は、オーバーフロー狙ってたりしません?」
「ディスガイアじゃ無いんだから……」
「いえ、そうではなく。貴方様、実は何度も時間を巻き戻す事で意図的に世界か私をバグらせて、望みを叶えられる数を増やしてる疑惑がですね」
「けど、今の自分やマーガレットにはいつ、何処で、どういう状態で、いつ時を巻き戻したかも分からないんだろ? もしかしたら言ったとおり、何十、何百、何千、何万と時を巻き戻して、その結果世界かマーガレットがバグったとして──」
「人をバグるとは、失礼ですね! ぷんぷん」
「自分で言ったんだろ……。とにかく、それを俺もマーガレットも知らないんじゃ確認しようも無いだろ」
「う~ん、天上の”創造主”であれば知ってるかもしれませんねえ。この空間と同じで、ここから世界を巻き戻せば世界が戻るのとは別に、それまで過ごした自分は別で存在できるわけですから。ただ、私達管理者は時間を巻き戻せば大半の場合は一緒に巻き戻されちゃうのですが」
「戻されない場合も有ると」
「あると聞きますよ? ただ、実例を示せないのでヘンペルのカラス状態ですが」
「悪魔不在の証明みたいな感じだなあ……」
そういう類似系の小難しい事がバッと出てくるあたり、色々な事をかじってるだけありますね。
とはいえ、これらもアニメやラノベで取り扱われるので、手垢のついたものではあるのですが。
「……けど、時を巻き戻してるのが分からないんじゃ、結局意味が無いんじゃ? だって、アーニャに巻き戻せるのは、俺がここに来たところからなんだから、どう足掻いても片足ぶっ壊して自衛隊辞めて5年間引き篭もって道端でおっちんだ所からスタートするしかないんだし」
「さあ、分かりませんよ? 例えば、貴方様が居た世界の神と会うことが出来て、その方と話ができたならその可能性も無きにしも非ずですから」
「あぁ、なるほど。って、なんか管理職の面倒な手続きみたいだな……」
「みたい、じゃなくて。そのものなんですよ」
ふふふ……。
シムシティ感覚で始めると、徹夜で修正や情報収集、見直しが必要な事だってあるんです。
それを繰り返しすぎると、見た目そのままなのに1年歳をとっていたとか有りますし。
実例で、見た目そのままであまりにも世界情勢が複雑怪奇になりすぎて、細かく見ながら訂正していたら100年経過していたという方も居ますから。
「舐めてます? 舐めてません? 貴方様が過ごした平穏な一日の裏で、私はデバッガーの如く世界を睨んでることだってあるのですよ?」
「……俺、何かの間違いでここに来る事があっても、絶対辞退するわ。やっぱり責任が一切生じないゲームって最高。ロボット呼んでも隕石落としても台風を発生させても知らん振りできるし」
ええ、たぶんその方がいいですね。
私もちょっと前までは栄養剤とか活力剤、エナジードリンクを飲んでまで頑張ってましたが。
けど理解したんです。
頑張っても頑張らなくてもお咎めがないと!
いや~、社会人になったことも無いので”ちゃんとしなきゃ”って思ってましたが。
そんなこと無かったんですね~。
なので、今は世界の管理をついででやりながら現地入りしてます。
報告? 現地での触れ合いって奴で済みますね。
「あれ、なんだこれ。World War Z? テーザー……」
「来年に出る作品ですね。映画と小説になってる作品で、それを舞台にしたゾンビゲーという奴です」
「へぇ~……。L4Dとかのイメージが強かったけど、こりゃまた……すっごいな」
「数はあれ以上みたいですからね。それに、TPSなので大分ゾンビさんマシマシみたいで」
「……遊びたいな~、プレイしたいな~」
「そんなチラチラこちらを見なくても、私も遊びたかったので大丈夫ですよ。ただ、出世払いか何かでお支払いください」
「友達代はダメ?」
「卑怯すぎる!? それは貴方様がこちらに来るのを拒み続ければ、私が再びボッチになるぞという脅しですか!?」
なんたる卑怯!
アニメやゲーム、ラノベや漫画の趣味を持った同好の知り合いなんてこの方しかいないというのに!
1人で楽しむのも限界がありますし、こういうのは一緒に楽しめる相手が居てこそだというのに!
「私は脅しには屈しませんとも!」
「いや、言ってみただけだって……。けど、この世界の通過や貨幣って、ボッタクリレートになるって聞いたんだけど、それだと支払いがどうなる事やら……。今無収入だから、完全に出世払いになるんだけど」
「まあ、そうですね。無利子無担保、出世払いですかね」
「無利子無担保って、それは──」
「そこを”友達だから”と言わせてくれたのなら満点だったんですけどね~」
……まあ、少なくとも以前のように抜け殻じゃないだけ変化が有ったという事でしょうか。
けど、それを大いに連日楽しんでおきながら、回想や本編にも触れられないって、大分変じゃないですか?
── ☆ ──
「ふにゃ~……こぉ~……。ふしゅ~……」
「……右手におたま、左手にフライパン」
思いっきり寝ていたら、うるさい金属音で無理やりたたき起こされた。
なんだろうと起きると、可愛い後輩がいる。
「あ~、アーニャちゃんだ。ん~……テリテリ、まだ夢見てるみたい。もうちょっと寝よう……」
「夢じゃないです! というか、あぁ……思い出したから来てみましたが、やっぱりこうなりましたか──」
後輩のアーニャちゃんが、私の家に来てくれた。
マークドワンじゃないのに個人訪問してくれるなんて、いい後輩を持ったね、私ってば。
「ふあ……ん~。今何時?」
「オヤツ時です。それにしても、テレサ先輩……。結局前と同じ状態じゃないですか! それにまた……お酒くっさ!」
「ごめんなさい」
起き上がると、すぐに「隠してください、着て下さい!」と顔を背けられる。
んん~? あ、そっか……。
「また脱いでた」
「冬は暖房で暑くて脱ぐ、夏はクーラーを効かせるのに沢山の布団を被るから暑くて脱ぐ。どうしても脱ぐんですよねえ……」
「まあまあ。古代には身体を締め付けると身体が歪むから着ないって言う人も居たんだから、それに倣って──」
「──……」
「ねえ、怒らないから言ってもいいのよ? その子供体系で、締め付けられて歪むところなんてあるんですか~? って」
「お、思いはしましたけど! それを言うわけないじゃないですか!」
「言ってるのよね~……」
この、なんだろう。
馬鹿じゃないはずなんだけど、どこか抜けてるのよね……。
別に引っ掛けたわけでもなんでもないのに、自分からそう思いましたと白状してるんだもの。
「はぁ……お泊りですね、これは」
「何日くらい?」
「別にお泊りしにきた訳じゃないんですよ!? というか、お腹を鳴らしてアピールしなくていいですから!」
「出前とか外食も飽きてきたところだったのよね~。出来た後輩をもって私は幸せだなあ」
アーニャちゃんはそっと溜息を吐く。
けど、直ぐに持ってきたバッグから色々と取り出す。
エプロンに三角頭巾、タスキ……。
完璧にお掃除を想定して来てるよね、これ。
んと、こういうときは……。
「ゴミ袋とかあった方が良いよね?」
「あ、じゃあ。買ってきていただけますか?」
「ん~、だね。じゃあ、面倒だけど行って来ようかしら」
「普通は、皆さんそういう面倒の中で生きてるんですよね~……」
下着を毛布の下で着てから、傍に落ちている服を掴もうとする。
けれども、その手が服を掴む事はできなかった。
「ダメですよ? 一度着た服をもう一度着るのは、女性として変ですよ?」
「そんなの気にする人いるかしら?」
「いますよ~? 私が気づくくらいですから。それに、皺がついてる服で送り出すなんて、後輩としても嫌ですし」
「あ~、アーニャちゃんは可愛いな~。私のお嫁さんになってくれる?」
「私はノーマルなので。お嫁さんになるとしても男性の方が良いです」
「だよね~……」
仕方が無いな~と、二階まで服を取りに行く。
着替えてから、何処までゴミ袋を買いにいこうかな~と考える。
少しだけ考えて、”情報”を見ると遠いけど良いかなと考えてしまう。
電車に乗って一時間、誰かさんの地元にまでやってくる。
もちろん、私は”先輩”だから誰なのかは知っている。
「さってと、歩調64cm、速度0.79秒、目標曲がり角っと」
着替えなんて必要ないって、もうちょっと強く言っておけばよかったかな?
けど、気まぐれだし、偶然を味方にしただけじゃ説得できないよね。
「自動販売機でドクペを購入。ちょっと飲み掛けであと3分41秒」
計算、計算、計算。
「相手は歩調73cm、速度0.68秒。乱れ無し、っと」
誰かさんの家の近くにまでやってくる。
そして、望んだとおり、計算したとおりに事が起こる。
「おととっ!?」
「きゃっ!?」
曲がり角で1人の男性とぶつかる。
メガネを掛け、マフラーもつけて少し着飾った人。
ウォークマンを聞いていて、周囲の音がまったく聞こえていなかったという状態。
演技賞受賞ものの転び方と悲鳴。
これなら見かけを含めて、罪悪感を覚える筈。
ううん”覚える”。
そういう人物だと、情報が出ている。
「あぐっ。や……すみません!」
「あ~、いったぁ~……。あ、ヤダッ。ドクペが──」
「う、ぐっ……その、重ねてすみません……としか」
これ以上は虐めちゃ悪いかも。
対人経験は豊富だけど、対女性経験は誰かさんと同じで少なめだから。
「ん~……家の洗濯機と乾燥機、借りても良いかな? 君、敦くんでしょ?」
「え、なんで──」
「同人仲間なのよ。香山くんの弟さん」
「あのバカ、家に同人仲間上げてたのか……。ふーっ……洗剤もありますし、自分が悪いから、どうぞ」
「や~、ごめんね? 鍵はポスト下の植木鉢の下に入れておけば良い?」
「何でそれまで教えてるんだクソ兄貴ぃ!!!」
あ~、こういう反応いいな~。
私は彼と会った事は無いけど、送り出したからにはその身内がこうなんだから、似てるんだろうな~。
けど、目論見どおり家に上がることは出来た。
もちろん、同人仲間なんかじゃないんだけどね。
「あ~、生き返った……。乾燥機も借りて、悪いわね」
二階の風呂を借りて、一階に降りる。
代わりの服は、海外に行って結婚した妹さんの服を借りてる。
弟くんは、優しくも珈琲を淹れてくれていた。
「いえ、気になさらず。自分が不注意だったので。けど、あぁ……うん」
「あは~、怒らないから言っても良いのよ? 妹さんが置いて行った、もう着られない服を着られることに何か言いたかったんでしょ?」
「そのような事は、決して! ……あ~、それで、その……一つ、質問が」
「何かな?」
「兄は……他に変なこと漏らしてませんでした? 名前だけじゃなくて家までバラすなんて……危機管理がなってないんじゃないか──」
「ん~、多くは聞いてないよ? けど、自慢の弟だ~とか、立派にやってるってことしか聞いてなかったから」
「そうですか……」
「──お兄さんのこと、残念だったね」
「いえ、別に。少しは国に、忠を尽くせる立派な奴になったかと思ったら、5年もニートして。好き勝手に生きて、そのツケが来ただけですから。居なくなって清々してますよ、ホント」
それは、強がり。
本当に清々としてるのなら写真たては倒して置いておかない。
写真たてごと追いやるか、写真を入れ替えて立てておくから。
けれども写真たてを寝かせてるのは、存在は忘れたくないけど思い出したくも無いからだ。
見れば思い出してしまう、泣きたくなってしまう。
けど、だからと言ってしまってしまうと忘れてしまう。
人が死んだときに最初に忘れるのは人の声だと言われているけど、それもあると思う。
声を忘れた時、姿も徐々に古ぼけて──。
いつしか、存在も忘れてしまうから。
けど、その事を言ったりはしない。
今回はそんな目的で来ていないのだ。
「悪いわね、出て行くところだったのに」
「いえ、大丈夫です。ちょっと外食しようかなって思っただけなので」
「……出前頼むのなら、私が持つわよ? 時間とらせちゃったし、それくらいはするから」
「いえ、お気遣い無く。じょっ……女性に奢られるのは、男らしくないというか……。わっ、笑われるような真似はしたくないので」
ふんふん、私の手元にある誰かさんの人物像と大分似通った考えをする弟くんだな~。
まあ、幼い頃から国を転々としていれば必然的に遊ぶ相手は固定化されるよね。
同じようなゲームを遊んでいれば、同じような思考になりやすい。
国に忠を尽くせ……人気なゲームの名台詞だったはず。
弟くんは国に尽くす人にはならなかったけど、甲斐性だとか男の見栄というものは似てる。
けど、嘘をつくとか詐欺師の真似事に関してはお兄さんに似なかったみたい。
格好つけてる自分を恥ずかしがったりしてるし、そういうところ純粋だよね。
「──真面目なんだ」
「真面目とかじゃないですよ。両親に顔向けができないですし、そもそも……兄にすら出来たことを、弟の自分が出来ないだなんで、出来ないだけなので」
「……ふぅん」
直に弟くんと接触したのは、単なる気まぐれ。
アーニャちゃんに預けた彼のことだって、私は情報以上のことは知らない。
──アーニャちゃんと同じ学校に通った、その後色々有って死んだというだけの。
何の変哲も無い、何処にでもあるような死。
少なくとも、私よりは恵まれてる。
飛行機が突っ込んで、死ぬよりは。
それと、情報面だけで言えば不安な材料も沢山転がってる。
精神科に通っていたとか、認識障害だとか。
スキル面でも、ピッキングやスリ、ハッキング等々と言った真っ当じゃないものが多すぎる。
可愛い後輩のアーニャちゃんに、そんな不安材料を渡すのも本当なら嫌だった。
「──すみません、ちょっとトイレに」
「ん、わかった」
そして、弟くんは気づかれないと思ってる。
二階のトイレに入って、膝から崩れ落ちる音が聞こえる。
視界を飛ばして盗み見れば、トイレに行った理由が用を足す為じゃないと分かる。
「はっ、はぁ……。はっ、はぁ……」
苦しそうに胸を抑えて、顔を歪めて涙を零している。
……だから、思い出したくなかったけど、忘れたくなかったという考えは正しかったんだろうなと思う。
それと同時に、そうさせる”兄”がどういう人物なのかも幾らか理解できる気もした。
少なくとも弟である彼に深く食い込んでいて、そして尊敬もされている。
認められない、重ならない部分はあっても、家族としての情が有るくらいには。
私は乾燥機が服を乾いたと教えてくれたのと同時に、弟くんの記憶を弄る。
私はここにこなかったと、出会わなかったという風に。
ゴミ袋を勝ってから、家の近くまで空間を接続して直ぐに帰った。
勿論、遅すぎてアーニャちゃんに怒られたけどね。
「ねえ、アーニャちゃん。聞いてもいい?」
「はい、なんでしょう?」
掃除も少し進んで、夕食の時に私はたずねてみる事にした。
情報やアーニャちゃんの口から聞いた話以外では、私は自分が預けた子の事を知らない。
じゃあ、知る為にアーニャちゃんの世界に行けば手っ取り早いけど、あんまりいい顔をされないからね……。
アーニャちゃんを守る為なら、盲目的になっている彼女に代わって別の目線から”彼”の事を教えなきゃいけないから。
「私が預けた彼は、問題ない? 変な事してない?」
「……あ~」
「あ、その反応! なになに? 報告、連絡、相談は仕事の基本よ? 少しでも引っ掛かりを覚えたら言いなさい。上の神様が何を考えてるか知らないけど、中には転生・転移した先で好き勝手して世界を巻き込んだ大戦争を起こした人も居れば、支配者にまでなって暗殺されて荒廃したとか、そういう危ない話もあるんだからね?」
「いえ、そういう変なお話じゃなくて。……人が前向きになるって、難しいな~って」
「前向きになりすぎちゃった? 能力与えたら調子乗っちゃった?」
「そうではなくて。むしろ、使わなさ過ぎというか……。鬱屈しちゃったけど、正しい事とかを諦めきれない人なんです。それで、今回頑張りすぎちゃって、死んじゃったんです」
「あぁ、死んじゃったんだ。じゃあ、終わったんだ」
「いえ、もう少し生きてみようかなって、また頑張る事にしたみたいです。流石に一週間で亡くなるのは私も想定外というか、可哀相かなって」
「何で死んだの」
「ちょっと不明なのですが、世界に降ろす前に誰かが召喚で呼び出してしまったんです。それで、その人の使い魔として生きていたのですが、モンスターが襲撃をかけて──」
「逃げ出したところでも殺された?」
「あの、先輩? なんでそこまで悪人にしたがるんですか?」
う、露骨だったかな……。
アーニャちゃんも自分が好きな子を悪く言われて、機嫌が悪くなったみたい。
「あ、アーニャちゃんは学生の頃までの彼しか知らないでしょ? 私のところには詳細な情報があって、それを見たら気になっちゃうのよ。なんでスリとハッキングとピッキングのスキルを持ってるのよ。それに精神科に行ってるとか、認識障害とか持ってるって知ったら、心配になるじゃない」
「あ、う……。確かに、泥棒の技術を持ってたり、性欲とか無いのかな~、男の人や二次元にしか興味ないのかな~って思ったりもしますけど! ですが、私はそれでも──愛します」
「わ~、愛するとか言っちゃった。恋も知らないのに」
「それ言ったら先輩だって知らないじゃないですか!」
「知らないわよ、悪いかしら?」
「じゃあなんで否定できるんですか!?」
「A=Bとするのなら、A≠Bは違うという話は分からないかしらね!」
結局、私にはアーニャちゃんが何で彼を聞きつけて引っ張り込んだのか。
そうしようとしたのかは分からなかった。
それ以上に、聞けば聞くほど分からなくなる。
情報で提示される要素は、何処も安心できる要素なんか無い。
自殺するか、破滅願望を抱いて行動し続けるか、そうでなければ自己正当化をして犯罪者になってもおかしくない。
けれども、そんな男でも身内の弟は他人の前でも思い出して泣いてしまうだけでなく、その存在を深く打ち込んでいる。
それに、一週間とは言え自分の主人だった相手の為に戦い、少しばかり一緒だった学園の知り合いの為に死んだと。
──弟がそうだったように、兄である彼もまた両親に顔向け出来ない事はしたくなかったと言う事かしら?
余計に、訳が分からなくなっちゃった。
この空白の五年で、彼は滅茶苦茶になっている。
私が懸念しているのはそこなんだけど、理解してもらえない。
ん~、難しいな~。
「ん~、おいし~!!!」
「って、先輩!? もうビール飲んでるんですか!?」
「アーニャちゃんも飲む? 記憶が飛んで、昨日はお楽しみでしたねってとこまでいこうよ~」
「私は飲みません。……ビニール袋置いておきますから、その中に飲んだのを入れておいてくださいね。後で洗いますから」
「は~い」
そう、難しい。
けど、私は彼女を守らなきゃいけない。
それは彼女の為と言うわけじゃない、この孤独で理解者の居ない世界の中で得た唯一の人間関係だから。
孤独だと、人は壊れる。
だから、私は彼を信じない。
五年間も孤独だったのだから、どこか壊れてるに違いないのだから。
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