第11話

 あれから、数日が経過した。

 あのバカは目が覚めてからすぐに色々とやり始めたり、自分に何があったのか自覚して無いんじゃないかと思う。

 けど、カティに聞いたら傷口が開いたから大人しくしてるみたい。

 三日経った。

 けど私は、未だに顔を出せずに居る。

 それは、あの日の学園長の言葉が私の中で消化し切れていないから。

 私がどう報いれば良いのか、主人としてどうあれば良いのかが分からないから。

 

 色々と考えはしてみた。

 けれども、学園長の言葉が引っかかる。


 ── けど、カレはそれじゃあ喜ばないだろうね ──


 色々と考えてみても、学園長の言葉が引っかかる。

 つまり、私の中で正解だと思っていないからだ。

 何がダメなのか分からないから、とにかく書き出してみる。、

 紙の束に、アイツの事を色々と。


「元兵士なら、報奨金? いえ、それは私には出せないわね……。待遇や境遇の改善? だとしても、学園の中で学生の私に出来る事なんて殆ど無い、か──」


 死んだことで、主従関係は解かれてしまった。

 つまり、アイツを縛るものは無くなってしまったのだ。

 もう命令をする事も出来ない、死ななくても遠くにいけてしまう。

 たぶん、戦えるのなら傭兵になっても生きていける。

 けど、それは──。


『入っても良いかな?』


 父の声が聞こえた。

 学園に居る事は知っていたけど、まだ一度も会っていなかった。

 どうぞと言い掛けてから、部屋の中が荒れていることに気がつく。

 誰がやったのか?

 勿論、勉強と苛立ち紛れの行為と、模索の為に乱雑に書物や紙切れを散らかした自分だった。

 

「す、少し待って」


 ミラノという少女は、しっかりしていなければならない。

 こんな堕落した所は存在させちゃいけない。

 直ぐに片付けて、父を招きいれたけれども、クスリと笑われてしまう。


「どうやら、私の知らない所では違う君が居るようだね」

「え?」

「指を見たかな? 乾ききらない墨のついた物を触ったようだ。先ほど待って欲しいと言ったが、それを踏まえれば何か書き物をしていた最中だったようだね」

「これは、その……」

「課題や宿題、という事もないだろう。なら、君は”勉強していた”と見るけど、違ったかな」


 ……やっぱり、父には敵わない。

 父は「座ってもいいだろうか?」と聞いてくる。

 私はそれを断らない。


「私は、避けられてるのかな。それか、頼りにならないだろうか」

「それは、どういう……」

「今の状況と、君が私を部屋に入れるのを待たせたことを考えれば、考え事……というよりは、悩み事。問題に直面していたという事が伺えるからね。それに──ここしばらく、ちゃんと眠っていないようだ。これ以上、言葉が必要かな?」


 ……一言も、言い返せない。

 胸の中が少しだけ重くなるのを感じた。

 私は、何をやってるんだろう。

 これじゃあ、兄の代わりだなんて言えない。

 私のせいなのに、私が悪いのに──。


「──私はね、出来れば頼ってもらいたいんだ。それが、公爵である前に君の父親だからこそ……ね。それとも、そうするに値しない、不甲斐無い父親だろうか?」

「いえ、そんな事は。私は……煩わせたくないと思っただけで──」

「自分の子の事で煩わしい等と感じる親は居ないさ。それに、学園に行ってから親として出来ることも、家族としての時間も限られてしまったからね。なら、少しでも親らしい事をしてあげたいと思うのは……わがままだろうか?」

「いえ、私が浅慮でした……」


 謝っただけなのに、父は困った顔をする。

 私のせいで、また迷惑をかけてしまった。

 困らせてしまった。

 ……それが、悔しい。


「──話してみる気は、ないかな?」

「……私事、なのですが」

「敬語は、不要なんだけどな」

「……ごめんなさい」


 私は、父と上手くやれない。

 私は、立派な子になりたいだけなのに。

 両親と、”ミラノ”が大事にしていた兄の代わりになれるように頑張ってるだけなのに。

 それなのに、どこか……上手くいかない。

 私は父が好きで、立派で、凄いと思ってる。

 けど……それは、どこかですれ違ってる。


「──使い魔だった、兄に似てるあの人にどう報いればいいのか、どう向き合えばいいのか分からなくて……。さっきまで、色々書き出して考えてたの」

「見ても良いかな?」

「分かった」


 さっきまで必死に隠していたものを、本棚や衣装棚、寝床の中や机の裏から取り出す。

 その時だけ、父は苦笑や困惑した顔でなく、笑顔を見せてくれたのはなぜなのだろう。


「……ふむ、色々と考えてはみたようだね」

「その、私……。人の上に立つとか、従えるとかそういった事をやった事が無かったから。それに、学園長から助言も貰ったし」

「マスクウェル学園長。ただ人類が滅びない為の学びの園を作った本人……英霊、か。それで、彼女はなんと?」

「──何をしたらその人が喜ぶのか、何をしてあげられるのか考えてみなさいって。それと、生徒達と同位に扱って弔って送り出すのを、私は喜ぶだろうって言ったら、喜ばないだろうねって」

「そうか、喜ばない……か」


 父は、少しだけ考え込む。

 それから私の考え込んだ紙を見て、瞼を閉ざす。


「報奨金がダメだと思ったのは、なぜかな?」

「記憶が無くて、そもそも通貨や貨幣が無いのと、常識を知らないから。無いよりは有り難いだろうけど、使い方を知らなければ無駄に消えるだけだと思ったから」

「なるほど、時期と条件と言うわけだね。ただ、それを理解できる人柄かどうかを私は知らない」

「そう、聞いてよ! アイツ、学園に4年居た私よりも理解が早いの! 知識は無いけど、噛み砕いて自分なりに受け入れて、それを説明する力はあるのよ! だから、必要なのは教えることと理解する事、学ぶ機会だと思うの」

「ふふ……」

「どうしたの?」

「君がそんなに喋るのを、私は初めて見たからね」

「あっ……」

「いや、良いんだ。悪いことだとは言ってない、君は……いつも冷静だったから。そんなに熱の入った所をみると、嬉しいんだよ。当たり前だとか、当然だとか。そういうので、私は君に優秀であって欲しくない。責任や義務だけじゃなくて……こう、自分で見出した生き方や考えでそういうのを追い求めて欲しかったから。……あの事は、君のせいじゃない。息子、クラインの事で……君が、背負う必要は無いんだから」


 ……そうは言っても、気にするなと言うのが無理。

 今でもあの時の事を覚えていて、目の前で斃れた所も……今でも思い出す。

 ゲヴォルグさんの所でアイツが庇って怪我をしたとき、もう何も考えられなくて──。

 それで、死なせてしまったら、もう戻れなかった。

 私は、もっと頑張らなきゃいけないんだ。

 アイツの指摘した魔法の弱点を、4年も居たのに、まだ教わっていないからと甘えて詠唱魔法しか使えない事を直さなきゃいけない。

 じゃ無きゃ、本来なら……兄がそうしていたはずだから。

 ううん、そうしていただけじゃない。

 もっと、私の想像できないくらい立派になっていた筈。

 その未来を、私が少しでも真似しなきゃいけない。

 じゃないと、何のために生きているのか──。


「えっと、とにかく。アイツは何も知らないだけで、頭自体は悪くないの。まったく違う場所で、まったく違う教育を受けて、まったく違う常識を見につけてるだけで」

「それは、むしろ足を引っ張りかねないんじゃないのかな」

「父さま、それは思い込みや偏見よ。ただ教わった事しかできないのなら、私たちは考える葦足りえないもの。重要なのは、知識を応用や転換できる頭脳だもの」


 父は、少し驚いているみたいだった。

 けれども、そんなものは当たり前だと思っていた。

 それが魔法の詠唱でもあり、言葉を選ぶという事の基本だと聞いてるから。


「むしろ、こう考えられるのよ。私たちと違う常識や教育を受けていても、知識や教育が皆無と言う事にならないもの。なら、必要なのは似ている類似点を見つけ出して、変換して、置き換える事。そう考えれば、アイツも下地はある状態なのよ」

「……よく、見ているのだね」

「──仮にも、主人をやると決めたんだもの。主人たらんとするのなら、相手を知らないと……だから。それに、アイツにも使い魔が居るのよ。アイツ自身、違う形だけど主人であろうとしてたんだから、その主人である私がやらないわけには行かないから」


 アルバートとグリムの主従関係は、互いに補うという形だから少し違う。

 私がして貰っていたのは、一方的な従属と奉仕。

 与えていたのは、最低限の生活と安全……だけ。

 別に、それでもいいと思っていた。

 俯いている事が多くて、困った顔ばかりしている情けない奴。

 それでも、兄に似ているからどうして良いかわからなくて──。

 

「……立派だった。少なくとも、アルバートやグリムを入れても、殆ど全部アイツが考えて、指示して、私たちを救ってくれた」

「その事なんだが……。君たちは何処に居たんだったかな?」

「ゲヴォルグさんの鍛冶場だけど」

「その付近でね、多数の証言があったんだよ。そう長い時間ではなかったけれども、多くの市民を救ってくれた人の事がね。彼は……地震が起こった直後から、日が傾くまでの間大勢の人を二人で救ったと。子供、大人、老人、赤子。男性、女性、身分を問わずにあの付近でね。どうしたものかと困っていた所だったけど、そうか……」

「なに、それ。私……知らない」


 違う、知らないんじゃない。

 私は翌日まで、自分の世界の中に居た。

 また兄を失うような錯覚に溺れて、気がついたらお屋敷までつれてこられた所だったのだから。

 あれはどれくらいの時間だった?

 私の知らない時間は、どれくらい有った?

 その前に……アイツは、そんな事は、一言も──。


「言わなかったのだろうね。言う必要の無い事だったから。──言ったとしても、渦中に居た中でそんなことに意味は無い」

「父さま、そんな言い方──」

「ミラノ。そういう話は、終わってからこそ意味があることで……彼は、今でこそ生き返ったとは言え”生き残る事が出来なかった”のだから、なおさら意味を持たないことなんだよ」


 言いたい事は、なんとなく分かる。

 どれだけ武功を立てても戦いの中でそれを誇ることに意味を持たないし、戦いが終わるまで生き延びられなければなおさら意味が無い。

 だとしても、それだとしたら……なおさら、アイツは。


「バカ、みたいね」

「そうだね、馬鹿みたいだ。けど、それを私は批難する事はしたくない。そうでないと……君とアリアを救いに行ったあの子の事を、私は責めねばならなくなるから」

「ッ……」

「まあ、本当のところは分からないよ。彼の内面を知っている訳でもなければ、何を考えていたのかなんてなおさら分からない。それでも、私は彼に幾らか報いたいと思っている。いや、報いなければならない。だからミラノ、君の悩みを少しは分かち合うくらいは出来ると思っている」

「なにをするの?」

「……一世一代限りではあるが、騎士にしてあげよう。身分は彼のしたことを裏付ける武器になる。それは、私や君が居ても居なくても意味が有るものになる。それに、君は忘れてないかい? 使い魔でもない子を、学園には置いておけないからね」

「あ……」


 すっかり忘れていた。

 使い魔じゃなくなったら、学園に居る理由がなくなってしまう。

 まだ寝床も届いてないのに、追い出されちゃう……。


「ど、どうしよう……」

「……雇う、と言う形で傍に置いておけば良いんじゃないかな。もちろん、強制力は使い魔と違って無くなる。彼が受け入れない場合は、諦めて欲しい」

「──……、」


 強制力が無い。

 つまり、アイツに選ばせるという事になる。

 それは、今までのツケが来るという事だ。

 扱い、態度、境遇、反応……。

 床で眠らせていて、食事もありあわせの冷めたものにしていた。

 雑用をやらせていたし、アルバートとの件でも──彼は、責められただけだった。

 最後に、彼は目的を果たしただけで痛く恐い想いをして死んだ。

 それらは、果たしてまた傍に居たいと思う材料になるだろうか?


「勿論、選ばせないという手段もある。騎士にするとなった、その上で継続して君の傍に居させると”事後報告”で済ませれば良い。そうでないと学園に居られなくなる上に、放り出されて困るのは彼だと説明してね」

「父さま……」


 なんか、こう……。

 学園の中に居る変な連中みたいな、ズッコイ事を父さまが言ってるのは、なんだか嫌だ。

 けど、居させるとしたらそれが確実で……。


「あ、あれ。怒らないのかな? そういうずるい手段はダメだと、君なら言うと思っていたのだが」

「……神様、お許しください。私は今、私欲に揺れました……」

「ああ、言い方を変えよう。取り立てると、私がその許可を出したと伝えれば良い。それに、汚い言い方かもしれないが、ヴァレリオ家も彼に感謝すると言っている。半ば強制になってしまうのは後に謝罪するが、取り立てるという体裁でもとらなければ我々も恩知らずとなりかねない。それに、街中での行動がある以上、そんな彼に選択肢を与えて学園から出て行かれると困れるのは私たちだ。勿論、それは君たちにも関係するのだがね」


 ……そっか、結局アイツに選択肢なんて無いんだ。

 私は、ミラノ・フォン・デルブルグ。デルブルグ家の子だから。

 どう思うかじゃない、家にとって何が最善なのかで選ぶしかない。

 デルブルグ家だけじゃない、ヴァレリオ家も絡んでしまっている。

 私たちやアルバートを救った、その上にあんな皆の前で鎮魂歌を歌い、送り出してしまった。

 学園内部にも周知の事になってしまってる。

 それだけじゃない、学園の外では少なくない人が助けられてる。

 アイツに出て行く選択肢を選ばせた場合、私たちは庇いだてすらしなかったと映るかもしれない。

 例え騎士にしてやったとしても、しなかったとしても。


「……そんな顔をしないでくれ、ミラノ。これは私の選んだ事で、私の罪だ。君は、私がそういう選択肢を選んだのだと思って欲しいのだが」

「いえ、父さま。私もデルブルグ家のにん……ヒトだもの。父さまにだけ背負わせるわけにはいかない」

「──そうか。では、ヴィスコンティの公爵家2家が此度の活躍と功績に対して、騎士爵を彼に与える事にする。それと、僅かではあるが謝礼金も与えよう。こちらの都合で彼の道を勝手に決めるのだから、迷惑代だと」

「分かった」


 となると、私が取るべき態度は今までと同じと言う事になる。

 それに、もしかしたら調子に乗るかもしれないし。

 強く言った方がいいのかもしれない。





「それは……俺に出て行けって事かな」


 まあ、こうなると思った。

 やっぱり押し付けるように言わなきゃダメね。

 また少しだけ芯が通った気がするけど、根っこは変わってない。

 使い魔じゃなくなったのなら学園に居られない、だから出て行かなきゃいけないと至る辺り”常に最悪を考える”というのが染み付いてるみたい。

 

「アンタを騎士に取り立てるって事。扱いは幾らか変わるけど、今までどおり私の下につくって事は変わらない」

「ふ~ん、そっか」


 ふ~ん? そっか?

 コイツ……騎士ってどれくらい凄いか分かってないのかしら?

 まあ、凄いって事を知らないのかも知れない。

 常識無いもん、コイツ。


 はぁ~あ……。





 ~ ☆ ~


「なあ、ヤクモよ」

「んぁ~、なに~?」


 こやつ、腑抜け切っている……!?

 アリアの使い魔だと思っておったが、実はこやつの使い魔だとか。

 なんにせよ、甲斐甲斐しく世話をされて──。


「ご主人様、トイレは大丈夫?」

「尿瓶は要らん! いや、マジで止めて? いや、包帯もそんなせっせと替えるものじゃないからね!? 止めて! せっかく止血と固定化目的で縛ってるのに、また血が出ちゃうから!!!」

「あぁ……」


 甲斐甲斐……しい?

 いや、違う。違うぞ!

 これはグリムと何も変わらぬ!

 独善を押し付けるようなものが、従者に有って溜まるものか!!!


「あ~、質問を、早く!」

「あ、いや……うむ。少しばかり疑問を抱いてな。貴様の、戦いと言う奴を」

「うん?」

「アレは戦いではないと、我は思う。だが、確かに戦いそのものだったと思うのだ。理解は出来ても納得は出来ないのは、なぜなのだ?」

「……非正規戦闘という、新しい概念下にある戦いのやり方に──カティア、メモ張も取らなくていいから」


 少しだけ思い出す。

 ミラノ達と行動したときのあの時を。

 戦いとは雄雄しく、あるいは勇ましくあるべきだと思った。

 だが、あれは──



 ── ☆ ──


「それじゃあ、事前に通達。敵を目撃した場合や、声を出さずに情報を伝達するハン……手信号のやり方を教える。基本的に無音ないし、激しい交戦は不可とする」

「あぁ、うむ?」

「……質問があったら、絶対に黙らずに質問してくれ。戸惑ってる間に全滅とか、俺はやだからな」

「なぜ、手信号なのだ? 鬨の声を上げて相手を威圧する必要は?」

「──間近に敵が居た場合、異変を察知させて敵を呼び寄せる可能性があるから、却下。戦闘方針は幽霊部隊≪Ghost Swuad≫だからな」


 幽霊部隊、その意味を理解するのは直ぐであった。

 魔物が四匹、曲がり角から覗いた分で発見出来たからだ。

 それを報告すると、ヤクモは己が目で判断する。

 指をチョイチョイとしている意味を理解できず、溜息を吐かれた。


(耳を貸せってんだよ、ったく……。俺が先に突入する。数を五数えてからお前は後から来い)

(なに!? 貴様、1人でやるというのか!?)

(相手の編成を見ろ。ウルフが一匹、オークが一匹にゴブリンが二匹だ。この中で一番厄介なのはどれだけ分かるだろうが)

(オークだろう?)

(ウルフだ。オークは接近するまではただの鈍重な奴でしかない。ウルフは足が速いから、一匹なのがせめてもの救いだ……)


 そして奴は、一度息を吐くと曲がり角から飛び出す。

 最初は足音を殺して、それから接近するにつれて走り出す。

 その行動派は道中の瓦礫などで出来る限り身を隠すという、戦いとはかけ離れたものだった。

 コソコソとした、なんとも無様な……。

 だが、ウルフが察知してからは一方的だった。


 幽霊部隊と言う、その意味が理解出来たのはその時だった。

 不思議な、片手で取り扱う武器が近づく前にウルフを血に染め上げて倒していた。

 それから、間近に居たゴブリンを一体思い切り蹴飛ばして巻き添えにしてもう一体をも転がす。

 そして、オークの振りかぶったのを見て、振り下ろされた鈍色の斧を最小限の動きでかわす。

 床に振り下ろされた斧を踏み、その高い背丈の先にある顔面へと武器が再び突きつけられる。

 音は小さく、血が撒き散らかされれる。

 オークの強靭な生命力と攻撃の通らぬ肉体を無視して、巨体が倒れた。

 

 目が、こちらを見る。

 しまった、5を既に過ぎていた。

 慌てて飛び出し、近い場所に居たゴブリンへと剣を向ける。

 自身の状況と、これからどうなるのかを理解したのだろう。

 だが、それとて……躊躇するわけにはいかん。

 相手が泣き喚こうが、嫌がろうが、尿をもらそうが知ったことか。

 こやつ等は……同胞を、守るべき民を、平穏を破壊した侵略者だ。


 剣が突き刺さるまでに、ヤクモは既にナイフで喉を切っていた。

 血が流れ出し、もがき苦しむゴブリンはその内虫の息となり、屍に姿を変える。

 そして、もがき苦しんでいるウルフにも、奴は死を与えた。

 静かだ、静か過ぎる。

 こんなものは、戦いでは──。



 ── ☆ ──


 そう、戦いではない。

 そう思ったのだ。

 だが、言っている事もやっている事も的確なのだ。

 だから、理解は出来ずとも納得はした。

 なら、納得をしたのなら今は理解をすべき時だろうと。

 少なくとも、落ち着いてきてはいるのだから。


「非正規戦とは、なんだ?」

「あれ、不正規戦闘だったかな……。まあいいや。あの時俺たちは小規模部隊で、ゲリラ戦……遊撃戦という形で、臨機応変と言う名のある種無作為な行動を取り続けなければならなかった。相手を正規軍とみなして、自分らは同じ手段や戦い方では勝てない中でとる戦い方とも言える……かな」

「難しくて、よく分からん」

「つまり、格好良く言えば特殊部隊、格好悪く言えば行きずりの関係で作った抵抗勢力による呉越同舟でしかないと。まあ、アルバートには……あんまり、縁のない話かもしれないか」

「なぜそんなことを言う!」

「俺は下っ端で、お前は三男とは言え公爵家だから”こうしよう、ああしよう”って言えば、現場がやる事だから。つまり、理解できないのも仕方の無い話なんだよ。戦略と戦術のような、規模の違う話なんだから」

「──……、」


 そういって、ヤクモは寝転がった。

 それから少しばかり考え込んで、再び身を起こす。

 ……その時に、包帯が少しばかり血で滲むのを見た。


「格好がつかないのは分かってる、けどそんなものはどうでも良い。上の連中は現場で命なんかはりゃしないが、それでも腐ってなけりゃ大局を見てくれる。なら、下っ端のやる事は少しでも生存可能性と成功率を見比べて、とるべき手段を選ぶ事くらいだ。声を出さない事で敵の察知を抑える、敵の察知を鈍らせる事で騒ぎになる可能性を抑えて、増援を抑え生存率を上げる。敵が気づかない事を連続させられれば、敵を倒す数を増やして道を切り開いたり、取るべき戦いや行動を見直す……文字通り、望んでも得られない時間と言う資源を得られる。敵の中に連絡員や報告員が居ないとは限らないし、俺たちには寄り上級部隊が存在しない以上は”最悪”を想定して察知される事を最上の愚としなけりゃいけない……とまで、言えば理解してもらえるか」

「……あぁ、ようやく理解できた」


 言葉を尽くされて、説明を受ければ愚鈍な我とて理解できる。

 

「……情報を集めてくれるものも、それを処理してくれる者も、それこそ部隊が無いからこそ……ああするしかなかったと」

「そゆこと。人手が足りない、人手が足りてないということは情報収集能力も処理能力も無い。勇ましく戦うのは、あの場面では不適も不適」

「それを言うと、貴様はなぜあの一連の中で、常に先へと飛び出し続けたのだ?」

「それは簡単。あの場で偉そうにしてた俺が先に動く事が、皆の支えになるから。分かりにくいけど、ああいう”勇敢”の示し方はありだろ?」

「……言われてみれば、確かに……。貴様のやり方は、心の支えとなった」

「声を上げて鬨の声を挙げるだけが、勇ましく戦う事だけが良い訳じゃない。勇者になれ、覇王になれ、魔王になれ、悪鬼羅刹となれ。……それが、誰かの為になるのなら、さ」

「そうやって、貴様は戦ったのか?」

「いんや、正直な所。命のやり取りなんて今回が初めてだぞ?」

「な!?」


 なにを……何を言っているのだこやつは!?

 

「それでは、貴様とて我らと同じではないか!」

「まあ、そうなんだけどさ。けど、国に仕えていると、情勢は理解できるようになる。国を守れ、民を守れ、他者を守れ、家族を守れ、戦友を守れ──。それを、肌に塗りこんで、傷口にも塗りこんで、口から腹に収め、糞にして不純物をひり出すのを一年間、二年間、三年間と繰りかえりていけば、自分の中でも腹が決まってくる。それとも、お前らは守るに値しない、ナニカだったか?」

「腹が決まったからと、出来ることでもあるまい!」

「お前もさ、貴族として生きたのなら貴族としての心構えとか思想や思考ってのがあるだろ? 俺にはそれが当たり前だったというだけで、今回はたまたまそれが合致する場所だった……というだけさ」


 そうは言うが、貴様……。

 命のやり取りをしたことも無いと言うには、慣れすぎていた。

 なんなのだ、なんなんだ……この差は?

 我とて貴族の片割れ。

 民草の先に立ち、盾となり矛となりて魔物から人類を守れ。

 その為に武を、魔を磨き続けよ。

 それが……それが、我の──貴族の、あり方だ。

 高貴な誇り、有るべき姿、高貴な義務と言うべきものだ。

 だが、蓋を開けてみればなんだ?

 守るべき筈の相手に、民草側であるはずの男に我らは救われた。

 この4年間は、なんだったというのだ?

 もし、こやつが現れて居なければ、更に無様に……。


「簡単に考えればいいんだよ。お前、ミラノが好きなんだろ?」

「ななな、何を突然!?」

「良いから答えろって。好きなんだろ? それは、自分の都合が悪ければ見捨てられる程度のものだったかって聞いてんだよ」

「無礼るな、貴様。我は、俺は……」

「そう、失いたいから殺す、守りたいから殺す。殺すという事に最適解は無いけど、効率化ははかれる。腹括れよ、男だろ? 男はどんなに自信が無くても、どんなに恐くてもちっぽけな自尊心と情けないくらいの僅かな勇気を振り絞ら無きゃいけないことだってある。お前は今回それが出来なかった……けど、これから先も同じで居たいとは思わない、だろ?」

「あぁ」

「じゃあ、お前が持てるものを再確認した時に、どうしたら皆を守れるかを考えて考えて考えまくった先にどうすべきか、どうしたら良いかを悩んだ時に少しでも手札を持てば良い。なんなら卑怯者になっても良い、騎士道に糞を塗りたくっても良い、勇敢さとは無縁な臆病者になっても良い。泥の表面の水を煤って、木の皮をはいで虫を食らって、穴を掘って長い時間身を潜めてでも果たしたいと思うのならさ」

「……貴様は、そうするというのか」

「そう出来るかなんて、蓋をあけて見なきゃわからないさ。けど、そうしたいと思うのなら、そうし続けるだけだろ」


 ……はっ、敵わぬ訳だ。

 そもそも、立っている場所が違いすぎる。

 目の前の男を虐める事しか、排除する事しか考えていなかった我とでは。

 全てが違いすぎる。

 でなければ、あの場面で貴族連中や公爵家の子を前に全てを取りまとめて、自ら先頭にたってそれを証明し続けるなどできぬ。



 だが、我は……それを羨ましいと思うのだ。

 確かに理解できない事や納得できない事は多い。

 それでも、誰よりも先を歩いて危険に自ら乗り込んで行くその後姿は勇気付けるものだった。

 血に塗れても、汗や泥で塗れても何気ない顔で「大丈夫か?」と問われるだけでも。

 そして、守るべき相手を優先して逃し、危険な場所に最後まで残るという姿を見てしまえば。

 武で足りずとも、魔で劣ろうとも……我の真似し吸収すべき事はあるのではないだろうか。


 そう、そう考えれば我が来てからの態度も幾らか理解できるようになる。

 最後の最後に橋ごと押し流され、死と引き換えに戻ってきた。

 それを少しでも意識させぬように、演じているのではないかと。

 我は……無力だ。

 だが、逆に考えてしまう。

 自分ではなく他者が流されていたのなら、こやつは飛び込めたのであろうか?

 ……断言できる。

 ミラノやアリア、この使い魔だろうと放り出されていたのならこやつは進んで飛び込んだであろう。

 それが、当たり前となるまで全身に浴びてきたのなら。


「──そういえば、グリムの姿が見えぬな。あ奴には以前の詫びとして付き添うようにと言っていたはずだが」

「あ~……。カティアが正式に俺の使い魔として付き添うようになったら、要らないかな~って」

「貴様!」

「や、だってさ! カティアずっと猫の姿で学園でアリアの使い魔演じてたんだし、主人らしい事何にも出来てないんだもん! グリム貸し出すくらいなら酒頂戴よ酒!」

「ご主人様?」

「カティア。酒で陰鬱とした気分を向上や回復させることで、治癒に役立つってデータ知ってる?」

「そうなの?」

「あ、あぁ。少なくとも、治す為に大人しくしている連中と、自由にさせている連中とでは治りが違うと……長兄が言っていたのを聞いたことがあるな」

「はぁ、しょうがない」


 グリムが持って来たであろう酒を出す使い魔。

 それを受け取ったヤクモは、手馴れた様子で栓をぬく。

 け、結構難しい筈なのだがな……。

 失敗すると欠けるし、蓋が半端に残ってしまったりと、練習……したのだがな。


「かはぁ~っ! 生きてるって感じだ!」

「行儀悪い……」

「理不尽に生きて、理不尽に死ぬ……。自由に生きて、望まぬ死を賜る。それが人生なのさ」


 意味が分からん……。

 だが、分かることがある。

 こやつは、馬鹿だ。

 

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