第9話

 ── ☆ ──


 神様は、気まぐれだと学園長に言われた。

 そうミラノから聞いたけど、まさか本当に気まぐれを起こすとは思ってなかった。


「……お帰りなさい」


 棺桶から飛び出した彼は、負傷が重かったせいからか騒ぎの後気を失うように眠りについた。

 まるで生き返ったのが錯覚だというように、死んだように眠っている。

 しかし、心臓が動いているのは耳を当てて聞いたから大丈夫。

 ……彼は、死の淵から蘇って来た。


 けど、ソレだと兄さんが戻ってこないのは少しだけ不満になる。

 だからこそ”気まぐれ”なのだろうと納得するしかないんだけど。


「術後の処置は自信があるほうでね? ボクとしても標本にしたいくらい上手くいったんだ」

「やめてください、学園長さん」

「いや、本当さ。片腕片足をそれぞれ失っていた状態だったんだ。ソレがさっきの騒ぎを見るに、何の後遺症も無く動かせていた。今は無理やり繋ぎ止めている痕が目立つけど、それも暫くしたらちゃんと繋がって抜糸も出来るようになるからさ」


 学園長さんの言っている事の多くは昔から理解できない。

 何をどうしたら切断された手足を再び動くように繋ぎ止めることが出来るんろう?

 分からないけれども……良かったと思う。


「──カレは暫く安静。別に無理をさせてもいいけど、繋がりきってない腕とかが取れちゃうかもね」

「あ、いえ、その……大人しくします、させます」

「そうしてくれると助かるね。ふぁあ……流石に眠いや」

「あの! その……有難う御座います」

「いいえ、どういたしましてかな? いや、言うなら”当たり前の事をしたまで”かもね」


 ひらひらと手を振って、学園長は去っていった。

 私は少しの間だけ眠っているヤクモさんを見て、医務室を出た。

 あそこにはカティアちゃんが付きっ切りで居てくれてるし、私にできることは何も無いのだ。

 

 ただ、一つ困った事がある。

 それは、彼が今まで以上に”勝手”をするようになっていたからだ。

 目を覚ましたという一報が入ったとき、彼は既に部屋を抜け出していた。

 肝が冷えた、今度こそ”終わり”なのではないかと、少しだけ思った。

 あんな目にあったんだから、もう嫌気が差したのかもしれない。

 

 けど、そんなことはなかった。

 カションカションと、不思議な音が聞こえてきたからだ。

 そちらに行くと、彼が居た。

 

「な、にやって……るんですか」


 一瞬だけ、自分が”アリア”である事を忘れた。

 自分がミラノである事や、それを偽って逃げていることをふとした時に忘れてしまう。

 こんな事では、いつかは見破られかねない。

 

 けど、彼は”興味がない”のだった。

 手にしている”武器”という奴を、ずっと壁に向けている。

 その先には、見たことのない袋がたくさん積み重ねられていた。

 

「──あと少しだけ待ってくれ。調整があと少しで済む。……うん、右4、下1クリックの調整だな」


 そう言って、彼は長く黒い槍のようなものを持っていた。

 カションと、再びあの音が響いた。

 それから彼はなれた動作で武器をいじくるとゆっくりと起き上がる。


「ミラ……違うな、アリアか。どうしたんだ? こんなところで」

「どうしたんだ、じゃないですよ。自分がどうなってたか、どうなってるか分かってます?」

「さあ、全然分かってない」

「絶対、安静なんですよ! そも、自分の状態くらい把握してください!」


 彼はポリと、頬をかく。

 本当に何も分かっていない様子である。


「学園長が処置してくださったんです。けど、それも完璧じゃないんですよ? 魔法での回復や治癒って、結局は仮初めの回復でしかないんです。腕が動くのも、足で歩けるのも今はつないでるだけなんです」

「……あぁ、だから違和感があったんだ」


 そう言って彼がめくった袖には、痛々しい接続痕がまだ残っている。

 表面には糸が這っていて、それで無理やり繋いでるのだろうということも分かる。

 どうやったのか、そこに至るにはどうすればいいのかも今の私には分からない。

 傷を塞いだり出血を止めたりするのも大変なのに、体から切り離された一部を動かせるようにするなんて……。


「……忘れないうちに、覚えているうちに直しておきたかったんだ」

「直す?」

「俺の……武器を。精確に、正しくつけるために。それと、魔物の事を知らなかったから、舐めてたとも言えるし。……これから先、同じような事が起こらないとは限らない。良くてこれ以下、運が良くて同じくらい、運が悪ければ今回以上の悪いことが起きる。その時に……また、無様な事をしたくない」


 そう言いながら、彼は小さな道具を差し込む。

 長い槍のような先端の小さな針に何かしている。

 それから手前の方で何かを押し込むようにねじっていた。

 

「前向き、ですね」

「……前を向かされてるだけだ。能動的じゃない、受動的な行動でしかない。こんなの、班長に笑われる……」


 そう言って、彼は目を臥した。

 しかし、直ぐに大きな息を吐いて顔を上げる。

 以前とは、大分違う。

 

「今度は上手くやるんだ……」


 私は、彼の前に居られなかった。

 説得できる言葉を私は持たない。

 彼の言い分は少なくとも間違っては居ない。

 学園の外を出れば今もまだ不安定な状況が続いている。

 流石に父さんがこの状況を長く続かせるとは思わないけど。

 だとしても、学園や都市の外は──あるいは、ツアル皇国に行けば同じような事はある。

 私やミラノは彼と考え事を共有できない。

 そして、主人じゃないと偽っている私には……何も出来ない。


「はぁ~……」

「おや、どうしたのかな娘よ。珍しいじゃないか」

「ちょっと考え事~……」


 父は学園の貴賓館の一部を借りて、そこで指示を出したりしている。

 学園の授業は全部とりやめ、教師の多くは学園に寄って来る魔物を倒したり、学園外に出たりもしている。

 つまり、暇なのだ。


「ふむ……。私としては、大人しくしていて欲しいんだがね? 先日会った時の姿を思い返すと、今でも身が震える。……母さんに、今から何と言えば良いのか悩みどころなんだ」

「母さん、どうしてる?」

「……それを聞くくらいなら、出来れば直に会って話をしてあげて欲しい。きっと、今回の件で学園も一度は生徒を帰すだろう。その時にでも、姿を見せてやってくれ」

「うん、そうする」

「──さて、ここに来たということは、状況を理解してなおそれでもここに来たかったという事だろう。おいで、一息入れよう」

「は~い」


 父さんは側付きの世話役を呼ぶことなく、お茶の用意を始める。


「本当なら良くないのだろうけどね。しかし、今は人手が惜しい。それに、君らはこちらの方が良いだろう?」

「うん」


 それは、私やミラノ、兄さんが使っている簡易的なお茶淹れの道具だ。

 魔法で水を出し、魔法でその水を温めて沸かす。

 表でやれば神や英雄の軽視だという人が居るのだけど、裏なら何でも良い。


「……彼は、何者なのだろうね」

「分からない。けど……悪い人じゃ、無いと思う」

「そう思う根拠は、なにかな? 父としてじゃなく、公爵としてもそれを聞いておきたい」

「……理由なら幾らでも言えるけど。本当に一度死んでまで私たちを助ける理由が無いから、って言うのが大きいかな。それに、私たちを学園にまで送り届けた所でやる事は終わってたのに、通りがかったところで見知った相手を見かけたから助ける、というところも」

「たまたま失敗しただけで、取り入ろうとしたという可能性もある。それに、あの外見を利用しようとしている可能性もある」

「父さん。まだ外に出てない兄さんを真似るのは難しい話だと思うよ。それに、見た目を理解していても、中身までは知らないと思う。気味が悪いくらい似てるけど……そこまでなんだ」

「気味が悪いほど、似ていると」

「悪意があって真似てるんだったらそれで良いんだけどね? 似てるだけの別人……って言うのが、私の認識かな。似すぎてるんだけどね。普段は締まりがなかったりするけど、ちゃんと引き締める事が出来るのも。誰かの為に何かをしたり、出来たりすると嬉しそうな顔をするのも、誰かを助けに行く理由が……ただ失いたくなかったという、そんな理由だというのも」


 私の知っている兄は、そんな人だった。

 たくさんの失敗をして、俯いたりしていることも多かった。

 それでも前に進んできた。

 私達が思うよりも兄の世界は広くて、私達が思うよりも兄の歩みは速くて。

 ……そして、私達が思うよりも真っ直ぐすぎた。


「……私もミラノも、例え短い中でも”それぞれの目線でお互いに”彼を見てきた。反抗的ではないし、むしろ従順で忠実で……うん、正しくあろうとしてたかな」


 ── 間違いじゃない。あのまま逃げていたら、ミラノの使い魔は臆病者って事になる ──

 ── 臆病者の主人……そんなもの、引きずらせるわけにはいかないだろ ──

 ── どうすりゃ良かったんだよ、どう……したら ──


 あの日の夜、”私のため”にアルバートくんと戦った事を零していた。

 勿論、彼はそんな事は決して私たちには言わなかった。

 頑なに、”勝手なことをした使い魔”としてあり続けた。


「ミラ……いや、今はアリアか。少し、息子に引きずられすぎではないかな?」

「なら、父さんに逆に問いたいかな。あるいは、デルブルグ家当主に。英霊の1人、マスクウェル学園長に慈悲をかけてもらって、その上”神に愛された”として戻ってきた。私としてはその二つだけでも十分だけど……ここに来る前にさ、目が覚めたって聞いたんだよ。そしたらさ、何をしてたと思う?」

「休んでいたのではないのかな?」

「それがね。忘れたりしない内に今回の戦いの事で見直す所を見直しておきたいって、外に居たんだよ」

「──フッ。なるほど、確かに似ている」


 兄は学園に行く前から、両親の話や書物から魔法の練習をし始めていた。

 剣や乗馬の練習もしていて、当然だけど失敗や出来ない事の方が多かった。

 けど、兄の特徴は”失敗した後の成長”に有ったと思う。

 傷だらけでも、怒られても。

 失敗した直ぐ後であればあるほど、”見直し”がしやすいと。

 私たちにお茶を飲ませてみたい、兄らしい事がしてみたいといった態度の裏には、沢山の失敗したお茶があったらしい。

 一時期部屋の中が茶葉の匂いが染み付いて大変だったと、女中さん達が言っていた。


「アリアとしても、ミラノとしても見たから。少なくとも相手で対応を変えたり、態度を変える人ではないよ」

「──よろしい。では、隙を見て私も彼に会ってみよう。ダメ、とは言わないだろうね?」

「父としても、公爵としても会わなきゃいけない……でしょ?」

「聡い娘たちを持って、私は幸せ者だ」


 父の淹れるお茶は、少し濃い。

 それは大人になったから味覚が違うのかもしれない。

 けど、お屋敷で母さんが淹れるお茶は柔らかい味がする。

 濃すぎず、けど薄すぎず。

 ……たぶん、私達が居ない中で父はまた色々有ったんだと思う。

 年々お茶の味が変わっているのは、どういう意味なのか──。


「お茶を飲んだら、帰ったほうがいい。いかに身内とは言え、君は部外者だ。身内だからこそ贔屓にしてはいけない。そうでないと、兵や民を率いる貴族として示しがつかないからね」

「分かった。父さんも無理をしないでね?」

「はは、娘に言われたら無理は出来ないな。戻ったらザカリアスに口うるさく言われてしまう」


 そうは言うけど、たぶん無理するんだろうなあ……。

 けど、仕方が無い。

 父である前に貴族で、貴族である以上に公爵家なのだから。


「……そういえば、シャルダン辺境伯さんは今回来なかったんだ」

「国が少しばかりきな臭い以上、不在を委ねるのに値する相手は彼しか居ないからね。それに、どうやら軍備に不備があったらしく、今回の派兵に対して致命的だと感じたらしい。恭しく、自ら足を運んで頭を下げられたよ」

「え~……想像できないなあ」


 シャルダン家の辺境伯さんは、どこか薄ら気味が悪い。

 微笑というよりは、何も読めない笑みを常に浮かべている。

 細められた目は、興味深く周囲を見ているようで価値を見出してないようにも見えるから。

 そんな人が素直に頭を下げるだろうか?

 下げたというのも、ただの演技に思える。


「嘘ついてたりしないかなあ」

「それに関しては、彼女を向かわせてる。軍備に不備と言うよりは、指揮統制に何かあったというのが正しい見解らしいけどね。まあ、嘘はついていないようだ。真実でもなかったがね」

「うわぁ……」


 大人って、大変。

 けど、それを真似している生徒達が学園にもいるのだから、似たようなものなのかも知れない。

 男の人じゃないから楽なのかな?

 ……そんなことも無かった。

 婦人同士のつながりとか、社交場があったんだった。

 やだな~、面倒くさいな~……。

 学園でも虐めとかあったのに、それに似たような事を大人になってもやるとか。

 貞淑な人にでもなろうかな。


「グリムさんはじゃあ、居ないんだ」

「彼女以上に信じられる斥候や偵察役は居ないだろうからね。どうやったら単独潜入や情報収集、その直感や本能にも近い危険察知能力を教本として手勢に与えられるか悩み所だ」


 グリム、父が召喚した英霊。

 男の子のような外見だけど、女の子らしい。

 舌足らずのような、間延びした喋り方をする。

 弓が得意で、かつての戦いでは狙撃や破壊工作、弓兵による支援や援護、阻害などを行っていたとか。

 今は従える兵は居ないけれども、彼女さえ居れば殆どの情報が筒抜けになる。

 一度お屋敷で色々な演習を父がしたけど、侵入を防ぐ事も、情報を盗まれない事も、脱出を防ぐ事も、そもそも見つけ出すことも出来なかったとか。

 気がついたら侵入されていて、気がついたら情報を盗まれていて、気がついたら既に外に居て……。

 彼女に言わせれば「よゆー」らしいけれども。

 父は、とんでもない人物を召喚したものだ。


「それじゃ、またね」

「今度はお屋敷でちゃんと会いたいものだね」

「だね。そういえば、ミラノは来た?」

「……アリア? 何かあったから来たのは君で、何も無かったから彼女は来なかったというだけじゃないかな? まあ、父としては何も無くとも顔くらい見せて欲しいのだけどね……」


 あ、傷ついてる。

 けど、それも仕方が無いかも知れない。

 父はあの子をちゃんと大事に思っているのだけど、あの子はどこか遠慮している。

 ”いい子”過ぎるのだ。

 あの日から、ずっと。


「もう少し、私は親として色々出来ると思うんだが」


 公爵である前に、父でも有る。

 仕事上の苦しみや辛さも有ると思う。

 けど、親子関係も悩みの一つである。


「毎年学園からも報告が来ている。主席になったと、それは父として嬉しく思う。けど、彼女はそれをなんとも思っていない。私は……もう少し、それを喜んだり、無邪気に誇って欲しいと思うのだが、欲張りすぎなのだろうか」


 父親として強くありたいというのは分かる。

 けれども、父親だから見せる弱みと言うのもあった。





 ~ ☆ ~


 アリアが去ってから、大人しく部屋へと戻った。

 カティアに怒られはしたけど、もう大人しくしていると約束して何か食べるものが欲しいといって追い出した。

 確かに空腹なのも事実だけれども、それ以上に……今は知り合いに見られたくなかった。


「……チッ」


 見捨てられなかった、そのせいで俺は無様に死んだ。

 決して自分のしたことが間違っていたとも、そのせいで死んだことも恨んでいない。

 けれども、なぜそうしたのかは自分で理解しなければならない。


 メモ張を開き、ここ暫くで書き上げた人物図鑑のようなものを睨む。

 それから、直ぐに自分が”なぜ失いたくないのか”は出てくる。


 ミラノ、努力家。

 学年主席で、その為に日々部屋に帰っても努力をしている。

 魔法に関しての知識も学生らしく豊富で、幾らか感情の波は少ないけれども、視野は広い。

 少なくとも相手が誰であれ優れている事を優れていると認めることが出来て──。

 俺にも、戦いに関して少しは誇れるでしょうと言ってくれた。

 そのひたむきで熱心な姿を、誰かに奪わせるだなんて間違っている。


 アリア、訳ありの少女。

 体調を崩しやすく、ミラノの影に隠れがちだが成績が悪いわけではない。

 ただ、詠唱を長く続けられないとか、授業を休みがちだとかで評価されづらいだけだ。

 そして、彼女は礼儀正しく接してくれる。

 カティアの面倒を見てくれたり、ミラノとのやり取りの最中にそっと言葉を添えてくれたりもする。

 優しいのか、あるいは別の視線で考えたりもしてくれる。

 ただ、気になるのは”距離感”だ。

 俺が居ない時は、素の彼女が出ている。

 けど、それはそれでいいと思う。

 俺も演じ続けているのだから。

 自分を守る為に必要としていた、自分を守らなければいけない。

 そんな”か弱い子”を、見捨てられるわけが無い。


 アルバート、劣等感に塗れた青年。

 武芸の家柄の中、それを体現する父親と追随する長男。

 次男は武芸とは無縁ではあるが、その代わりに他者を纏めたり率いたり、魔法に秀でているとか。

 三男のアルバートには未来が無い。

 長男が次期当主で、次男はそのスペアである以上三男に何かを求められる事はそう無いだろう。

 良くて衛兵や軍部の末席、悪けりゃ手切れ金を渡されて追放。


 ……俺は、アルバートの顔をちゃんと見た。

 アレは目も腐ってない、性根もまだ真っ直ぐだ。

 つまり、俺に指導してもらいたいというのは”本気”なのだ。

 ミラノへの言い訳でもなんでもなく、強くなりたいというのは真実。

 認められたい、そんな奴を見捨てられるわけが無い。


 グリム、アルバートの従者。

 主人を優先するその忠誠心は立派で、横槍を入れた上に自ら生贄になるくらいには出来た従者だ。

 それは、俺が自衛隊に居た頃を思い出させる。

 国のため、誰かの為、守りたい人の為……。

 世間で騒がれる”常識”から外れ、自分の”意志”の中で生きる。

 常に危険を顧みず、尽くす。

 それが出来ることが羨ましく思える。

 ……だから、死なせたくない。


 ミナセ、学園内では不出来な生徒として有名。

 ツアル皇国の人物らしいが、ユニオン国からの許婚が居る。

 臆病で、逃げたがりで、けど……惰弱ではない。

 俯きがちで、出来ない、無理だという。

 けれども、出来ないなりにやろうとする。

 アルバートと違い、ネガティブな思考に塗れている。

 ただ、魔法が使えないからこそ秀でた身体能力がある。

 それは臆病さに隠れてしまっているが、アルバートよりも優れている。

 ……共感が、俺の中にある。

 だから、見捨てたくは無かった。


 タケル、ミナセの親友で不出来な生徒その2だ。

 ミナセよりも前向きであり、刹那的とも諦観とも言えるような考えをしている。

 貴族や魔法使いらしい言動はしておらず、庭で日差しが良いからと寝転がっているような人物だ。

 背景は分からない、ミナセに幼少の頃に拾われたと聞いたくらいだ。

 けれども、悲壮感は感じられない。

 出来ないことは出来ない、仕方が無いと割り切って出来る事を行う。

 その竹を割ったような気持ちよさは、ミナセから失わせてはいけない。

 

 カティア、俺が食べ物を与えた小さな子猫……。

 俺の死後、彼女も長くは生きられなかった。

 アーニャに頼んで、使い魔にしてしまった少女。

 可哀想に、俺に仕える事を喜びとしてしまっている。

 色々な知識は有りながら経験は少なく、それでも何か役立てないかと献身的に尽くしてくれる。

 死んだ、この世から外れた……。

 そこで終われたのに、終わることが出来たのに……俺が再び生を与えてしまった。

 俺には、彼女を幸せにしてあげなければならない”義務と責任”がある。


「は、はは……」


 一時間近くベッドでメモ張を睨んでから、笑ってしまう。

 そして、メモ張から顔を上げたからこそ、カティアが既に食事を持ってきてくれた上に、それが冷めた事にすら気づかない。

 俺は、自衛官である前に勝手に大事に思っていたわけだ。

 見捨てることが出来ないのではない、見捨てたくないという私欲の中で自分を殺しただけでしかない。


 ただ、理解すると幾らか落ち着く。

 曖昧だった行動理由が、自分の中で決着がついた。

 つまり、俺は彼女や彼らの中に”お題目なし”で大事に思う理由があったというわけだ。

 認識したくなくて、背負いたくなくて考えもしなかった。

 自衛官だったから、両親に顔向けできないから見捨てることが出来ないという訳じゃなかったのだ。

 そして、自分が”綺麗な人間ではない”と言う事が認識できると落ち着く。 

 善人ではない、それだけで安心できる。


「ご主人様、何を考えていたの? せっかくの温かい食事が冷めてしまいましたわ」

「……行動指針って奴だよ。今回の一件で、これからの事を考え直さなきゃいけなかったからな」


 パタムとメモ張を閉ざす。

 このメモ張は、恥部でしかない。

 主役は、主人公は単純で正しい方が受けが良い。

 だから、ごちゃごちゃと考え込んだこのメモ張は必要ないのだ。

 闇に埋もれて、誰にも読まれない言語のまま埋もれさり、グズグズに風化してしまうまで。

 

「さて、少しいいかな?」

「ん?」

「ボクは……そうだな。キミを少しだけ面倒を見たヒトだよ。言伝があるから聞いて欲しいだけさ」


 誰だか分からない。

 ただ、子供のような背丈で小さい子だ。

 けれども、侮れない感じだけは受け取れる。


「ふむふむ、休めばいいのに無理をしたようだね」

「?」

「無理やり繋いだ腕と足が、限界を迎えているということだよ。さん、に、いち……」


 ブシャリ。

 俺の血、ドバーっと俺の血……。

 接続痕の存在する断面が裂け、そこから血が止め処なくあふれ出す。

 裂けた皮膚の下から、糸が見えている。

 これ、縫合とか接合って言う奴じゃ……。


「あぁ~……」


 血が抜けてく。

 意識が遠のいていく。

 頭から血が抜けて行き、思考がガソリン不足で空転しだす。


 ベッドに倒れこむと同時に、相手は切断されたそれらを触れる。


「治れ治れ、ボクをヤブ医者にしないで欲しいな」

「う、ぐっ……」


 虫が這うような感覚が肉体内部から感じられる。

 それが、徐々に出血を止めてくれる。

 気分が悪くなるまで血が抜けてから、出血が収まったのを感じた。


「さて、伝える前にキミは無理をしたからね。次に同じことをしたら、もっと腕と足がポロリと外れるからね。それと、ボクがいなければこんな魔法を使える人物は居ないから、人生詰んでるよ」

「治るんですかね……」

「絶対安静を条件とするのなら、早くて三日だね。ただし、医者として言うのなら、その倍の六日だね。六日経過したら、糸を抜こう」

「は~い……」

「さて、その前に衛生的に宜しくないね。寝床が血だらけだと、そこから菌が繁殖して健康に関与する。食事をするにも切断されなかった腕で、立ち上がって歩く時は……そうだね、彼女に支えてもらってくれ」

「えぇ~……」


 その人物は、カティアを指し示す。

 カティアは既に「かも~ん」と言った様子で、手をワキワキさせている。

 一秒だけ考え込んで「じゃあ……」と頼る事にした。

 彼女が俺を正式にご主人様扱いし出した以上は、満たしてやらねばならない。

 

「ふふ~ん……」


 あぁ、嬉しそうだ。

 こんな事で嬉しがらなくてもいいのに……。

 ベッドから移動して、冷めたにしても食事を前にする。

 

「利き腕じゃないと不便でしょ?」

「と、思うじゃん? 両利きでもあるんだな、これが」


 銃を取り扱うにしても、救急看護をするにしても利き腕じゃないから出来ませんということが無いように訓練をした。

 右腕ほどの精密さや繊細さは無いにしても、食事をするくらいなら左腕でも出来る。

 の、だが──。


 フォークを取り落としてしまう。

 もちろん、こんなものは演技だ。

 そして、大げさに反応してやればいい……。

 そうすれば、相手は満たされる。


「あ、あれ?」

「ほら、やっぱりダメじゃない。食べさせてあげるから、大人しくしてて」

「はい……」


 と、調子に乗ってから失敗しておけば、より”助けが必要だ”と思われる。

 普段出来ていただろうことが出来なくなる、つまりそれだけ困ると。

 

「さぁて、ボクはこれをキミ達が食事をしている間に綺麗にしてしまおうか」


 そう言って、血だらけでまだ温かいだろうベッドに触れる。

 杖は無い、ただFalloutで見たような装飾品を腕につけているのだけ見えた。

 ただ、目の前で魔法のような事が起こる。

 夥しい血が、目の前で消えていくのだ。

 乾燥させたわけでも、蒸発させたわけでもない。

 血だけが抽出されたかのように、中空へと血が浮いている。

 それを、握りつぶした。


「……無詠唱」

「魔法だって、極めれば言葉なんて必要ないんだよ。とはいっても、そんな理念はとっくに失われたけど。ボクは、たまたまそういった”真髄”に到達しただけの、1人の”ニンゲン”だよ」


 ……たいした魔法使いを医務室に雇っているもんだ。

 メイフェン先生も、魔法を銃弾のように無詠唱で使っていたし、教師陣は凄いのかも知れない。

 とは言え、闘技場で見た居るのか居ないのか……むしろ居ないも同然の教師は論外だが。


「かふぃあ、もうふぁいらない、ふぁいらっふぁい……」

「あ、ごめんなさい」

「……た、食べるペースは、急ぎじゃない限りはゆっくりでいいから……」

「普段早く食べちゃうのに?」

「味が薄いし、量が少ないし、下っ端だから主人を待たせちゃいけないと思ってるだけです~! それに、非常事態でもないし、誰かを待たせてるわけでもないしなあ」


 悲しきかな、下っ端根性。

 候補生時代は早く食えとせっつかれ、なれてきたら訓練で時間が無いから急いでかきこむ。

 部隊に配属されたら部屋の先輩と暫く一緒に食べろと言われて、気を使って先に全部胃に淹れなきゃいけない。

 じゃあ後輩が出来たら出来たで、拘束させたらかわいそうだから急いで食べる。

 ……あれ、下っ端じゃなくて奴隷根性?


「さて、ボクは暫く空けるよ。ボクに用事があったら、あるいは何か困ったらそこの子猫ちゃんに言うといい。足跡を辿るのに、彼女ほど適した子はいないからね」


 それはどういう意味だろうと思ったけれども、それを問う前に去っていってしまった。

 というか、お~い……。

 教員が医務室空けて良いのか?

 良いんだろうなぁ……。




 

  ~ ☆ ~


 ……えいゆ~。

 それは、ちょっとよくわからない。

 かってにヒトがそうよぶ。

 けど、それが”えいゆーは、わたしたちいがいにはいない”ということにはならない。


「くそぁぁあああああッ!!!!!」


 いいつけをやぶって、わたしはつよいまりょくをみにきた。

 そのなかで、ひとりのひとをみつける。

 もうこのじけんをおこしたマゾクはしんでいる。

 だから、もうこのはなしはおわり。

 そのはずだった。


「くあっ、くっ……クソ。まだ、もう少し……、もう少しぃぃいいいいいっ!!!!!」


 まもののむれ、ひとりのひとがたたかってる。

 どうかんがえても、むぼー。

 まものは、ふつーのヒトよりつよい。

 きたえたへいしでも、5にんひつよー。

 ひとりで、ひゃくいじょうは……ただのじさつ。


 ひだりうでがきられた、もうあれじゃうごかない。

 ウルフがそのうでをかむ。

 うでが、ちぎれてとれた。


 それでも、そのひとはとまらない。

 のこったうでで、けんをつかう。

 ……あれは○○○のつかっていたけん?

 ずっと、なくなったとおもってた。


 ゴーレムも、オークもきれるすごいけん。

 あれをかかげれば、みんなのキボーのショウチョーになる。

 あのけんに、みんなついていった。


 けど、けんはすごくても……ひとがすごくなければ、いみがない。

 わたしは、そのひとがしぬまでみてた。

 いたそーで、こわそーで……うごかなくなるまで。


 ただ、ゴブリンがけんをうばうのだけはダメ。

 そのけんは……おまえらがつかっていいものじゃ、ない。


「しゅうちゅー、しゅうちゅー……」


 やがとんでいくと、たくさんいたまものがきえる。

 マホウとくみあわせただけなのに、こんなにつよくなる。

 けど、ここのがくえんには……そこにたどりつくひとは、いない。


 けんは、かいしゅーした方がいいかもしれない。

 そうおもって、まものがしんだなかにおりる。

 けど……かいしゅーはできなかった。


「……はなさない」


 しんでも、そのひとはけんをはなさなかった。

 いきはしてない、すごいナミダのあと。

 いたくて、こわくて、かなしかったんだとおもう。

 けんをしんでもはなさないのは、こわかったから?

 それとも、しんでもてばなしたくなかったから?


「──ま、いっか~」


 これいじょうここにいると、きづかれる。

 それに、いわれたばしょにいないと、コーシャクがおこる。

 

 けど、うん。

 それなら、うでとあしくらいみつけてあげてからかえってもいいか。

 うでは……あった。

 あしはどこ?

 ……あった、オークのしたじきになってた。


 ちかくにおいて、はやくかえろう。


「あぁ、そんな……。神様──」


 あぶなかった。

 もうちょっとおそかったら、みつかってた。

 あれはたしか、センセー。

 ……おいのりして、うでとあしをひろって……そのひとをつれてく。

 けんをみつけたいがい、とくべつなことはなにもない。


 えいゆうみたいなひとがいて、けどえいゆうのようにしんだだけ。

 なにも、せかいにとってとくべつじゃない。

 

『グリム。今何処に居るんだい?』

「ん、ばしょをかえてる。さぐるのきんし」

『使い魔の居場所を探るだけでも、察知される可能性があるというやつか』

「けっかいとか、そーいうのがあるとそこでひっかかるから」

『辺境伯が屋敷付近に結界を?』

「……いまいるばしょが、そのかのーせーがある」

『君はどこにいるんだ……』


 こーしゃくの、おおきなためいきがきこえる。

 けど、しかたがない。

 ウソついたけど、これはヒツヨーなこと。

 もしマモノがせめてきたら……ツカイマとか、かんけーない。

 

「……くりかえさない、ぜったい」


 マモノがたくさんのひとをころす。

 それは、くりかえしたらいけない。


 けど、すこしざんねん。

 えいゆーみたいだった、えいゆーになれなかったあのひと。

 あれでいきのびてたら、いきたえいゆーになれてた。





 けど、それはかんちがい。

 てへぺろ。

 なんか、いきてた。

 てあしとれてたのに、すごいね。

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