宙の女#3
「帰るための案はあるのか」
ヴィヴィアンに尋ねると、彼女は腰に手を当て、強い頷きを返した。
「ここ、タワーでしょう? 今いるところは元は1階で、今は地下1階ってところなんだけど」
カツカツと歩く彼女に付いていけば、たどり着いたのは、この
現在地がひときわ大きな赤丸で強調されている。表示によれば確かに「1F」。1階のようだ。
「植物が折りかさなったのか、あるいは腐葉土が地層になったのかは分からないけれど、この階は全部が地面の下に埋まっているの。
あなたも、ここに来る時は滑り落ちてきたでしょう?」
「観察する余裕はなかったけどな」
たしかに、滑り落ちたような感触はあった。
考えとしては蟻の巣穴なのだから下に掘られているだろう、くらいの浅知恵だったがなるほど大きくは間違っていなかったらしい。
「で、この地層は大体5階あたりまで続いていて」
彼女の指はつぅ、と案内板を滑り「4-5F」を指し示す。
書かれているのは「アトラクションテーマパーク」の表示。題材となっているのは、かつて、この星で放映されていた映像作品かなにかのようだ。
2階層を使った一つの大きなアトラクションとなっているようで、小さな写真が幾つもちりばめられアトラクション内容の解説が載っている。
「この屋上階のあたりが地面ね」
ただ、とヴィヴィアンは案内板においていた指を今度は自分の頬の辺りに持ってきて思案げな仕草を取った。
おそらくは彼女の考え込むときの癖なのだろう。今はフルフェイスのマスクに身を包んでいる手前、
「ただ――この外の様子は、あなたも知っての通り。わたし達の手にありあまる、まさしく蟻地獄の有様ね」
「外に出るのはあり得ない、と言うわけだな」
「そう。よく判っているじゃない」
結構、ジョークも行けるクチなのね、鳥さんはと口にしながらヴィヴィアンは続ける。
「なので目指すのはここ。メインデッキよ」
案内板に書かれた
かつては
案内板の中を探せば、高さは地上から約150mあまり。
この計測時から地面は5階分積み上がっているわけだから高さは減っているだろうが、それでも優に、地上から100mはあろうかという高みだ。
「投身自殺には付き合わないぞ」
やるなら一人でやってくれ、と案に視線で伝えるがヴィヴィアンはどこ吹く風とこちらの非難を受け流す。
「あなた、わたしがこのタワーの中にどこから入ったと思う?」
「どこから、というと」
言われてみると確かに、彼女はどこからこの
男を一人抱えるなり引きずるなりして来たわけだから、自分と同様、巣穴から入り込んだとは到底考えづらい。
ならば、どこかに男を抱え込んだ女性でも容易に侵入できる道があるという事だろう。
「それがそこにあるのか?」
「いえ、ないわよ。わたし達が入ったのは、この辺り」
メインデッキから指を滑らせたヴィヴィアンが指し示しているのは、丁度、地上とメインデッキの中間辺り。
「ここに階段があるんだけど、今は森から太い蔦が伸びてるのよ。
外縁部のビル辺りに繋がっているのだけど」
大人二人が余裕で歩ける強度に幅よ、とヴィヴィアンは語る。
「彼に肩を貸しながらではあったけれど登れない距離ではなかったわ」
「そこをあえて使わないんだな」
「そういうこと。この蔦、登るのには良いんだけど致命的に下るのには向いてなさそうだったのよ」
「っていうと」
「真下に真っ黒い蟻が蠢いているのがずっと見えるの。
偶に目がきらめいたり、食事をしていたり、色々見たくないものがね」
足を滑らせたらそこに落ちる、という想像が最大の敵ね、と沈痛な面持ちだ。
「登っていたら前を向けばいいけれど、下りだったら嫌でも眼に入るでしょう?
そうじゃなくても、滑りやすい蔦だったから降りるのはお勧め出来ないわ」
だから、次はここを目指すの、と改めてヴィヴィアンはメインデッキを指さした。
「そこになにがあるんだ?」
純粋な疑問から俺はヴィヴィアンに尋ねた。
地上から100m以上あるのに、途中にある蔦よりも安全な脱出手段があるというのか。
案内板にはメインデッキに存在する様々な施設が書かれている。
だがそのほとんどはカフェや観光施設ばかりでとてもじゃないが脱出に繋がる何かがあるとは思えない。
そんな俺の懸念を押しのけて彼女は待ってました、と自信満々に自分の胸を叩くと答えた。
「――ずばり、道よ」
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