賞味期限

――男は常々、猫には見習うべきところが多いと考えていた。


 彼らは孤独でありながら孤立しておらず、群でありながら適度になれ合い拒絶し合う。

 その絶妙な距離感の取り合い。個人としての過ごし方。

 なにより、背を伸ばして空を見上げるその仕草には誇りを感じた。

 塀の上、三毛猫が一匹。まっすぐに空を見上げている、その背中を見つめながら俺は道を行く。

 雑貨屋アムリタから数分歩いたその場所にあるのは軽食屋ハミングバードだ。

 夜間は酒場として機能しているため広々とした室内に足を踏み入れる。人はまばら。席も半分以上がテーブルの上に椅子を上げたままだ。

 いつも利用している窓際の座席に腰掛けると、間を置かずにコップとメニューが差し出される。


「なんだ。今日は妙に早いじゃないか」

「少し早く起きたんだ。おかげで腹ぺこでな」

「そうかい。注文はいつもの――なんだっけね。アンタ、前に来たの一月以上も前だから忘れちまったよ」

「ホットサンドを二枚にミルクを二杯。あと、あるならばサラダ」


 ああ、そうだったそうだった。呟きながら、この店の昼を切り盛りするママは億劫そうに厨房へと引っ込んでいく。

 割腹がよく、腕っ節が強く、気っ風が良い。薹が立って久しい年齢といった顔立ちだが、美人で浮き名を流した過去が透けて見える。そんな女性。

 この軽食屋とバーを利用するハミングバードたちは、敬意を込めて親鳥ママと彼女を呼ぶ。カナリヤである俺もまたこの店に来るときだけはハチドリになる。

 料理が届くまでの手持ち無沙汰な間、窓の外を眺める。

 先ほどの猫は見当たらない。舗装された道を行き交う人はまばらで、皆、どこかくたびれた様子だ。

 この道をまっすぐに海側へと暫く進んだ先に港がある。

 といっても海に面した船を迎える港ではなく、ソラに面した船を迎える宇宙港マスドライバだ。

 地球からソラへ旅立つ船が居なくなって既に半世紀以上。

 宇宙港の役割は、旅立つ船を見送るのではなく、やってくる旅行者を出迎えるものとなっている。

 もっともそれは建前上で、実際は船に乗ってやってくる支援物資の貯蔵基地としての役割が大きい。


 地球が人類のゆりかごとしての役割を終えてから半世紀以上。

 最早、物資ですら宇宙からの支援に頼りながら人々はのんびりとを待っている。


 暫くして、注文した料理が届いた。

 ホットサンドが2枚に、ミルクが2杯。おまけに山盛りのサラダが3皿。


「お代は安くしとくよ」

「にしても、在庫処理なんじゃないか。この量のサラダは」

「どうせアンタ以外誰も食わないんだよ。タダでも良いから処理しちゃってくれ」


 そういって端末を差し出す女将さんに、自分も左腕を持ち上げて時計をケーブルで繋げる。


 チクタク。ちくたく。

 人生にはがある――。


 お代の支払いはそれで完了。

 ごゆっくり、と告げる親鳥ママの声に従い、ピーチクパーチクとホットサンドをつまみ始める。

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