第4話 作者は天才?

 女教師、レイチェル。

 豊満なボディにぴったりフィットしたスーツに身をつつみ、髪と同じの褐色の瞳が、眼鏡の向こうで意味深に微笑んでいる。


「ピーターバロ・シティ・アカデミアにようこそ。ミリーの気まぐれのおかげで、あなたに会えて本当に良かったわ」

「会えて良かった? あんたが言う意味がさっぱりわかんないよ。俺はただの売れない絵描きだぞ」


 すると、女教師はにこやかに答えた。


「ミリーが、聖堂美術館で、すり替えたあなたの風景画、えらく評判になっているわよ。名うての画商が、どうしても手に入れたいと続々と手をあげている。目下の価格は1万ポンド(約140万円)」


「え?1万……」


「もちろん、闇での取引だけど。だって、もうプレミア付きだもの。反響の大きさに警察が犯人逮捕の手がかりになるって、あなたの絵、あのまま聖堂美術館に展示される事になったのよ」

 そう言って、レイチェルはタブロイド版の新聞をキースに差し出した。


“評判の謎の風景画、聖堂美術館に展示を続行!”

 作者は天才? はたまた、美術窃盗団か!


「……で、物は相談だけど」


 驚いて二の句が継げないキースに、女教師は有無を言わさず提案する。


「あなた、ここで絵を描かない? 超豪華なアトリエを用意するわ。契約しましょう。ピーターバロ・シティ・アカデミアの専属画家として」

 

 何だか頭の中が真っ白になってしまった。

 

 俺の絵が1万ポンド? 聖堂美術館に展示? ……おまけに専属画家?

 その時、


 くわんっ。


 パトラッシュが一声、鳴いた。

 すると、飛び出してしまったキースの心が、やっと体の中にもどってきた。ふぅと息を吐き出してみる。騙されるもんか、こいつらロクな奴らじゃない。 


「契約とかより、聖堂美術館の絵を盗んだのはお前たちだな。まず、その事を説明しろよ。何故、“神秘の降誕”を狙わずに“複製画”を盗んだ? それに、俺の絵とすり替えたのはどういう理由だ」


 キースの追求にも、レイチェルは、淡々とした態度を崩さない。


「絵のすり替えは、単なるミリーの気まぐれだって言ったでしょ。それにね、あれは“複製画”なんかじゃない。れっきしとした有名画家が描いた本物の絵よ。本当の価値もわからない馬鹿な収集家たちが、バブルの泡に乗せられて買いあさった数々の美術品、その中に混ざり込んでいた逸品。“神秘の降誕”なんかより、ずっと優れた作品なのよ」


「……」


 たたみかけるように、女教師は言う。


「私たちの目的は、そんな隠れた作品を探し出して、本当の価値でこの世に送り出す事。もちろん、あなたのような埋もれてしまっている才能を見出す事もその一つよ」


「……なら、きちんと競売にでも出て、買い取ってしまえばいいじゃないか! 盗む必要なんかないだろ!」


 ほほ……とレイチェルは挑戦的な笑みを浮かべた。


「そんなの、ちっとも儲からないじゃない。ここのご子息、ご令嬢の親にも、かなり有名な画商が沢山いるの。欲しい物には手段を選ばない収集家もね、ただし、彼らの目は本物。ミリーなんかもその一人。あの審美眼には驚いたわ。あなたの才能をちゃんと見極めたんだから」


 何だよ、それ! うまい事言ってても、結局は金が欲しくて絵を盗んでる窃盗グループじゃないかよ。おまけに生徒たちまで巻き込んでの俗悪集団じゃないか。


「契約なんかお断りだ! どうせ、あそこに掛けてある贋作がんさく作りを手伝わせようって腹なんだろ。誰がそんな犯罪の片棒を担ぐもんか!」


 怒りにまかせて、そうは言ったものの、相手は犯罪集団だ。キースはかなり不安になってきてしまった。


 俺、ちゃんと家に帰れるのか。巻きにされて、テムズ川に放り込まれちまうんじゃないのか……。


 ところが、

「それは、残念。うちと契約すれば、十分な契約金と豪華なアトリエ、欧州の美術界への強いコネクション、それに……」


 セクシー女教師は、意味深な笑みを浮かべながら若手画家に近づき、その完璧ボディを見せつけながら彼の耳元に囁く。


「女の子だって、選び放題だっていうのに」


 キースは、ちらりと彼女の胸元を見てから、とことん気色悪そうな顔をする。すると、レイチェルはむっと眉尻をあげて、


「お帰りなんだったら、きちんと正門から出て! 穴のあいた裏門から、小汚い男が出てゆくなんて、それこそ警察に怪しまれかねないんだから」


 訝しげに部屋を出てゆくキースとパトラッシュ。その背中越しに聞こえてきた女教師の声。


「言っておきますけどね。あの風景画の窃盗に関しては、あなたはもう第一の容疑者なのよ。今の話を誰にしたって疑われるのはあなたなの」


 この女、超ムカつく!


 キースは、その気持ちをたたきつけるように、力まかせに部屋のドアをバタンと閉めた。


「気がかわったら何時でも、どうぞ」


 ドアの向こうから響いてくる高らかな笑い声。畜生! 馬鹿にしやがって。それでも、今の自分に何ができる?

 なす術のない悔しさに、キースはわざと靴音を大きくたてながら、地下室から正面玄関へと続く階段を駆け上がっていった。


 



              

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