図書館のヒーロー part2

上空100m、高層ビル程に一気に上昇した博士は、忠実に再現された

ミニチュアのような本物の街を見て、クリッとした黄金色の目を細めた。

正確に言えば街の丁度真ん中に位置する小学校───セルリアンが出没した

その小学校は、空高くから分かるほど砂埃が立ち込めていて、状況の悲惨さを物語っていた。


「……さて、野生的部分をちょっとばかし解放するのです」


そう独り言を呟いた博士は、細めた目から虹色の粒子をほとばせて、

つまりは野性解放をして、どこから出してきたのか、先端が尖った杖を取り出した。


「数にして……3…いや4体といったところですね。

少しめんどくさいのです」


驚異的な視力でセルリアンの数を軽々数え切った博士は、不意に体を上下を逆さにした。取り出した杖をまるで突き出すようにして構えると、眼下に広がる街へと真っ逆さまに落ちた。否、それは落ちたのではなく、狙いを済まして狩を始めたのだった。



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遡ること十数分前、午前中の四時間の授業から解放された

子供達は、限られた20分間の昼休みを思う存分楽しもうと、炎天下にも関わらず

画用紙に色とりどりの絵の具を塗るように、グラウンドを使って多種多様な遊びを繰り広げていた。

サッカーをする子もいれば、鬼ごっこをする子、端っこには低学年の子らがおままごとをしているなど、見ていて飽きないようなグラウンドは

笑い声と活力に満ちていた。とても、絶望という二文字のは程遠い場所にある彼らの…筈だった。



それは突然のことだった。いきなり、地面が小刻みに揺れたと思えば

バランスボール程の大きさの球体が、複数体、グラウンドの中央、サッカーゴールの真下の地面から湧き出てきて、ガシャンッ!!と派手な音を立ててサッカーゴールを下から押し倒した。

ゆっくりとその全貌を現した異質な球体が、セルリアンだと知らない子供達は、それらが何か認識できずに、突然の出来事に固まっていたが


「セ、セルリアンだー!!逃げろー!」


と誰かが叫ぶと、まるでそれが運動会のかけっこのスターターのように

たちまち一斉に子供達と、それを追うセルリアンが走り出した。

きゃああああああああああああ!……うわぁあっ!…いてっ!…

笑い声が満ちていたグラウンドは数秒の間に一変、今度は悲鳴と金切り声の嵐が渦巻き、言い表すなら地獄絵図へと変貌を遂げた。


「こ、こっちに来るなー!」

「っ!!やめろぉ!」

「お母ざーんっっ」


セルリアンも、ぴょんぴょんぴょんっとその見た目からは信じられない

早足で跳ねて子供達を追い、足の遅い子供達を一人、また一人と

青黒いゼラチン質の体にねじ込んだ。

ねじこまれた子供達の───主にサッカーをやっていた子供達の断末魔が

次々に途絶えていく一方で、セルリアンの体は飲み込むたびにどんどん大きくなっていく。


ウ“オオオォオオオオオォオオォォォン……


周りにいた子供達をあらかた食べ切ったセルリアン達は、飢えた獣のように

無い口で雄叫びをあげると、虚無を映す真っ黒な一つ目を逃げようとあちこちでごった返すしている子供達へと向けた。

先程より数倍大きくなったセルリアン達は、小さいときよりスピードは落ちたものの、子供を襲うなのには充分な速さで跳ねて、逃げ惑う彼等に襲いかかった。


その一匹が、グラウンド端でおままごとをしていた低学年の元へ跳ねていく。


「ひっ…」

「に、逃げなきゃ…」


みるみるこちらに向かってくる自分達と等身大のそれに、少女達は手に持っていた

お皿役だった石を落として逃げようとする──が、二人の内の一人の少女は立てずに、目の前の球体にずりずりと尻餅をついて下がることしていかできない。


「は、早く逃げようよ百子(ゆっこ)ちゃん…!

セルリアンがすぐそこに…」


「た、立てないのっ、何度もっ、力を入れてるのにっ!

こ、腰がっ!」


百子と言われたその少女は、土だらけになったその小ぶりな尻を何度もわずかに浮かせては、すぐに地面に落として、そういった。

その傍にいたもう一人の少女、今では珍しい三つ編みを揺らして、こちらに向かってくる球体と腰が抜けてしまった百子を交互に見ると、意を決した表情で無言で百子の肩を掴んで引っ張り始めた。慌てて少女を見上げた百子に、少女の丸眼鏡の奥に光る目が合った。


「っっ!!?

何やってるの歩波(ゆなみ)ちゃん、逃げないとあんた死んじゃうよ!?」


「いいから百子ちゃんは黙って!

百子ちゃんを置いていけるわけないでしょ!?」


「で、でもっ……!」


逃げ切れないないよっ!

百子は、言葉の続きを、心の中で叫んだ。

小さな腕で自分と同じ程度の体重をひきづる少女が、ただでさえ全力で走っても逃げ切れるかどうかのセルリアンを巻けるほど、この華奢な少女がスピードを出せないのは、赤点常連の百子でもわかることであった。

せめて歩波だけでも逃げて貰おうと、百子は掴んでいる腕を叩くが、細い腕のどこから力が出ているのか、歩波は絶対にその腕を離さなかった。


「歩波ちゃんっ!あんただけでも逃げてっ!

あんたまで食われるなんて嫌だよそんなの!」


「百子ちゃんが死ぬのも嫌だよ!

置いていけるわけないっ」


もはや目と鼻の先まで近づいてきたセルリアンは、突然ボコボコッと一瞬形が歪になったかと思うと、突然出した青黒い触手を少女達に伸ばして、走る歩波の足に絡み付いた。その触手に、彼女達は体制を崩して派手に転んで、「きゃっ」と短い悲鳴を漏らした。

その触手は、さらに絡みついた足を強烈に締め付けると、


「っ!!

嫌だっ!!離してぇっ、百子ちゃぁぁああん!!」


「あぁっ!!歩波ちゃんっっ!!」


足に絡みついたその触手が、まるで出し切った掃除機のコードが収納されていくように、凄まじい勢いでセルリアンに向かって引き寄せられて、穂波はなすすべなく、引きずられていった。

自分より前に居た歩波がモモコに手を伸ばし、百子もその手を

掴もうと手を伸ばすが、虚しくもその手は空をつかむに留まった。

百子は、凄まじい速さで自分を追い越していく歩波を目で追いかけることしかできなかった。


─────もうダメだ。


二人が同時にそう思い、小さな瞳をギュッと瞑った時、

ビシャッと何か潰したような音が、また同時に二人の耳に届いた。


「「…………え?」」


少女達が恐る恐る目を開けると、先程まで『剣役』だった木の棒を構えた金髪を揺らした少女、スナネコ がセルリアンと少女の間に入って、触手をぶった切った所だった。


「せ、先生…」


「ふふ、つまらない剣道の

授業でしたが、こう言う時には役に立ちましたね。」


歌うように笑う自分たちの音楽教師に、彼女達は呆れ半分、驚き半分で

言葉を失う。

セルリアンは、クルクルと一回転、木の棒──言い換えるなら木刀を回すと

握り直してセルリアンを見ると、笑顔から一変、セルリアンを突き刺すような目で睨みつけた。


「……ここはボクが時間を稼ぎます。

あなた達も早く、ここから離れてください。」


突然の変わりように、百子は戸惑い、つい敬語になってしまう。


「は…はい…わかった…けど

せ、先生は?」


「ま、まさか、戦うつもりですか?

そ、そんなの危ないよ!早く逃げないと!」


「…あなた達ヒトが作ったマンガの先生は、諦めたら

そこで試合は終了だと言っていましたよ?

スラム……パンクでしたっけ?ボク、あれ大好きなんですよ、OPの歌が。

ふふふふふーんふん、ふふふーんふん」


「そんなこと言ってる場合じゃっ…」

「歌ってる暇じゃないですよっ!?」


「ふふっ冗談です。でも…ボクが飽き性なのは知ってますね?

ボクの気が変わらないうちに、早くあなた達は行ってください」



歌うように笑っていたスナネコが、最後の方は低い声を出してにこりともせずにそういった。

百子達は一瞬顔を見合わせて迷った後、百子達の前に仁王立ちするスナネコの気迫に押されて、チラチラと様子を伺いつつも、スナネコに背を向けてゆっくりと校門へと進み始めた。





セルリアンと二人っきり。そこらかしこから悲鳴が捲き上るロマンチックとは程遠い雰囲気で、自分とほぼ同じ高さのセルリアンを見ながら、スナネコは口角をあげて、再びにんまりと、獲物を狙う狩人の笑みを浮かべた。


「今回もそうですが…………」


スナネコは、先程まで剣役だった木の棒を握る。


「“あの時”の落とし前も……付けてくれませんとね?」


スナネコの脳裏の奥に、一瞬何度も夜魘うなされた情景が映り込んで、

それが、暖炉に薪を入れたようにスナネコ のセルリアンに対する敵意を

バチバチと音を立てて燃やした。

そして、その敵意は、スナネコ の理性を焼き切りそうになる程燃え盛り、手に持った元剣役の木刀を介して……露わになろうとしていた。






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